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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
21/45

拾肆

 間を開けてしまってすみません。


 ブックマークありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです。今後とも拙作をよろしくお願いしますm(_ _)m


 柊の、諒への呼び方があまりしっくり来なかったので、零のカイ 弐 入学式 の、それに関する描写を変更しました。




「『頑張った』、って、どういうことです?」


 (りょう)が訊ねる。


「それは──」


 左部(さとり)は少しだけ言い淀んで、


「──秘密、だよ」


 (ひいらぎ)を見ながら言った。その口元は弧を描いている。何かを面白がっているような、意地の悪そうな顔。左部の話を信じるのであれば、彼が呪いの石の物語を知ることができたのは、彼の先祖であるという(サトリ)の力を使ったからだろう。それを()()()である諒に隠すのは理解できるのだが、何故意味深な視線を柊へ送ったのか。


 柊は懐疑の目を左部に向けたが、彼は笑んだまま顔を逸らし、諒へ向き直った。


「え~。気になるんですけど~」

「ふふ。我が家に伝わる秘術、とでも言っておこうかな。そっちの方が面白そうでしょう」

「それ、絶対違うじゃないですか~」

「まあそんなことは置いておいて、」


 不満げに頬杖をつく諒を適当にあしらって、左部は切り換えるようにぱん、とひとつ柏手(かしわで)を打った。


「ぼくとしては君の耳の方が興味深いな。さっきの様子からすると、ひ──……若松(わかまつ)くんは今まで、カイが違うものの声を聞いたことはない様だし」


 見えたこともないんでしょう? と首を傾げる。諒は困惑した様子で頷いた。


「あーはい、そうですねぇ。おれの記憶が正しければ、一度も」


 以前も言ったように、諒は「ファンタジーを体験してみたい」などと普段から溢しているが、やはり実際にそういった出来事に遭遇したことはないらしい。柊も、そうだろうとは思っていた。人は、見たことのないもの、したことのないことを望むから。


 左部が、んーと小さく唸る。


「じゃあ、今日の石との邂逅で、チューニングが合ったのかも知れないね」

「チューニング……? ギターとかのですか?」

「いや、ぼくのイメージだと、楽器よりもラジオのに近いかな。正確には違うんだろうけれど……他にちょうどいい言葉が見つからないなあ」


 少しの間だけ天井をあおいで、左部は言った。


 ラジオは、聞きたい放送局にチューニングを合わせることで、その局の放送を音として聞くことができる。今回の場合も、それと同じようにして諒にはっきりと呪いの石の声が聞こえたのではないか、と左部は言いたいらしい。


「恐らくだけれど、君は今日人生で初めて、怪異の存在を多少なりとも信じた状態で、それも自ら()()()の声に耳を傾けた。君の意識の変化によって今まで機能していなかった『なにか』がはたらいて、人ならざるものたちの棲むカイに、()()()()()()()()()()んだ」


 カチッ、とね。左部が何かのつまみを回すようなジェスチャーをする。


「人ならざるものたちの存在は、世間の人々に全面的に信じられてはいないし、人間が()()()のものを見聞きするシステムはいまだ解明されていないから、その『なにか』の正体は誰にもわからないけれどね」

「はあ……」


 諒が気の抜けた声を漏らした。しばらく考えるそぶりをした後、何かに気づいたのか、ハッと顔を上げて左部を見る。


「あれ、それじゃあ、おれは今後も何かしら──先輩の言う『カイの違う声』とか──が聞こえるってことですか?」

「うーん、どうだろう。今回はたまたまあの石と波長が合ったってだけかも知れないし……、今回限りってこともあるかもね」

「ええ~。それは残念ですねぇ……」


 歯切れ悪く答えた左部に、諒は眉間に僅かに影をつくった。


 「残念」という言葉に反応した左部が、ゆったりと頬杖をつき、何故か笑みを深めて「それはどうして?」と訊ねる。


「だって、おれ、普段から非日常を体験してみたい~って思い続けてましたし。一生のうちにそんな出来事に出会える回数なんて、ひとつあるかどうか、むしろない方が多いじゃないですか。人生に新鮮味が欲しい、っていうかー……、心を大きく動かす出来事に出会いたいんです。もっと言えば、自分の常識がひっくり返されるくらいの出来事に。そのためなら死んだっていい──とまでは流石に言えないですけど。……このまま何も感じずに死んだら、たぶん心残りでそれこそ怪異になりそうですしー」


 いつも通りの半目のまま、諒はあっけらかんと言い放った。笑顔を更に深めてもはや満面の笑みとなった左部とは反対に、柊は目を僅かに見開く。


 きっと、これは諒の本心だ。柊は直感で理解した。作られてはいない。そもそも、諒は先輩によく見られたいがために嘘をつくような人間でもなかったが。


 諒が魔法や怪異を求めていたのは知っていたが、その理由までは聞いたことがなかった。ただの好奇心のようなものだろうと、自己完結していた。まさか諒の人生観にまで関わっているとは。


 思えば、踏み込むのが怖かったのかもしれない。相手の事情に踏み込まないのは、自分の事情に踏み込んでほしくないから。いつだったか誰かに言われた言葉。


 ──四辻(よつつじ)くんって、なんか、私たちと一線を引いている、っていうか。そんな感じだよね。ひとに興味がないんでしょ? 訊かなければ、訊かれることもないもんね。


 恐らく、諒が柊の友人になる前。そう問うた誰かの声に、批難の色はなかったように思う。ただ、苦笑いで、しょうがなさそうに。言うつもりではなかったことを、つい漏らしてしまったように。


 それに何と返したのか、柊は覚えていない。けれど、今もこの言葉を思い出すということは、それなりに柊の心に(あと)を残したのだろう。それが良いことなのか、そうでないのか、柊にはいまだにわからないが。


「まあでも、そうと決まったわけじゃあないしね。今回チューニングが合ったのなら、そのままズレずにいるかもしれない。今回ではまだ耳の方しか確認できていないけれど、もしかしたら()()()ようにもなっているかもね」

「え、ホントですか?」

「あくまで可能性だよ」


 ──…………。


 柊は話すふたりを見て、なんだか形容しがたい気持ちが湧いて出てきたのを感じた。これを言い表す言葉を柊は持ち合わせてはいないが、少なくとも負の感情であることはわかった。嫌い、や嫌、というのとは少し違う。気に入らない、が近いかもしれない。


 そう。初対面で諒の本心を引き出してしまった左部も、初対面の相手に本心を述べた諒も、気に入らないのだ。おまけに、喋るのがあまり得意でない柊は、置いてけぼり気味になっている。そこも気に入らない。


 柊は若干不貞腐れたまま、ふたりの様子を諒の隣で眺めていた。


「──まあ、若松くんにとって最良となるように祈ってるよ」


 頬杖をつき、柊と諒を見て口元に柔らかい笑みを浮かべる文献研究部(ぶんけんけんきゅうぶ)の部長は、柊の目にどこかあやしく映った。




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