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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
20/45

拾参

 再度言いますが、何も調べていませんので、事実とは一切関係ありません。




「『カイが違う声』? ですか?」


 そんな(ひいらぎ)の様子に気づかなかった(りょう)が、左部(さとり)に訊ねる。


 左部は柊をちらりと一瞬だけ見てから、諒の問いに答えるため口を開いた。


「この場合は、石の声のことだよ。他ではどうだか知らないけれど、ぼくの家では妖怪だとか幽霊だとかの所謂(いわゆる)非現実的なイキモノのことを、『カイが違うモノ』と呼んでいるんだ」

「カイって、どういう意味なんですか?」

「それが、ぼくも以前気になって調べてみたんだけれどね……、わからなかったんだよ。そもそもこの言い方が記された書物自体が滅多にないし、うちの納屋の古書に辛うじてあった記述にも、平仮名で『かひ』としか書かれていなかった」


 左部は話しながらホワイトボードの前まで歩いていき、ペンを手に取る。


「おそらく、ずっと口伝(くちづ)てに伝承されてきた言い方なんだろうね。カイに当てはめる字としては、ぼくの勝手な想像だけれど──」


 キュポッとキャップを外す。ペンを持つ右手をすっとボードに伸ばした。


 柊と諒が見守るなか、黒い文字が左部によって書かれていく。


 最後の文字の横棒を書き終わり、左部がペンを下ろしてキャップを嵌めた。


「こういった漢字が当てられるんじゃないかな」


 トントンとペンの先で左部がさしたそこには、「界」「階」「怪」という3つの漢字が縦に並んでいた。


「棲む世()が違う、潜む()層が違う。人ならざるものたちは、通常ぼくら人間の目には滅多に映らない。その状態を、境界を引かれているかのように考えていたとすれば、それにまつわる文字が当てられる。もしそうなら、非現実的出来事をまれにぼくらが認識するのは、こういうふうに世界あるいは階層が重なったことで起きる刹那の邂逅のせいだと考えられていたのかも知れない」


 左部はペンを教卓に置き、水平にした両てのひらを徐々に近づけていき、それらを重ね合わせた。その後、すぐに離れていく手。一瞬の接触。


「ある一部の集団では、普段から人ならざるモノたちやその声を見聞きすることができる人のことを『カイバミ』や『カイノゾキ』と呼んだりもするそうだから、それをこれらの『カイ』の意味と結びつければ、辻褄がぴたりと合うんだ。境界線を越えることができる能力がある、という意味の呼び名なのかもね」


 へえ。という薄い感嘆の呟きが、柊の横から聞こえてきた。その声を発した本人は、いつの間にやら椅子に座っている。それを見た柊も、まだこの蘊蓄が続くのであればと、諒の隣に腰かけた。立ったまま聞くには、少々疲れる話だ。


 抱えていた梟は、背後に置いてある石の隣に、きちんと視線を送れるように置いておいた。


 左部の講義はまだ続いている。


「一方こっちの『カイ』は、あやしいだとか疑わしいという意味の漢字」


 「怪」と書かれているその少し下を、ノックするように手の甲でコンと叩く。


「ぼくらは、説明がつかないほど不思議で不気味な出来事のことを、『怪異』と言ったりするよね。怪異という言葉に含まれる『異なる』という字は、『違う』と言い換えることもできる。だから、『怪異』が変形して『怪が違う』と言われるようになった。という説も考えられるんだ」


 ホワイトボードの「怪」の字の右隣に、「異」という漢字をキュッ……と書き足した。こちらに背を向けていた左部が振り返る。


「──とまあこんなふうにぼくは推測しているのだけれど、実際どうなのかは定かじゃあない。残念ながらね」


 左部は微笑み、こちらへ戻ってくる。もといた場所まで机や椅子を避けながら辿り着くと、「邪魔だから収めてしまうね」と言いながら、長机に置かれたままだった呪いの石を片づけ始めた。


「──さて、話を戻すけれど」


 桐箱の蓋を閉めて組紐を結び、もう一度梟の彫刻を撫でて「番人」を収め、もとあった教室の隅へ置くと、左部は柊と諒の前に座った。


「呪いの石の声は誰にでも聞こえるとは言ったけれど、本来はそこまではっきりとは聞こえないんだ。せいぜいがそこの眼鏡くんが言ったように、途切れ途切れに聞こえる程度」

「…………」

「先輩、こいつ四辻です、よつつじ」

「ああそうだったね、ごめん」

「……いえ」


 名前を覚えられたくなかったから訂正しなかったのだが、諒が律儀に教えてしまった。普段は他人の名前なんてどうでもいいと言って憚らないくせに、と柊は胸中で呟く。


 さっき自分たちの苗字を告げたときに、まだ左部の名前を知らないはずの諒が訊かなかったのも、その価値観が関係しているのだろう。そもそも覚える気がないから訊いても無駄、という思考回路なのだ。


 現に、もう入学して1週間が経とうというのに、いまだ担任の苗字すら覚えていないらしい。入学式の日に彼が柊の従兄であることを諒が覚えていたのは、もはや奇跡の域かもしれない。本人が言うには、「え~、柊の従兄なら四辻先生でいいじゃ~ん」だそうで、むりやり改姓させようとしている。せめて友人の関係者の苗字くらいは興味をもって欲しいところだ。


「でも、先輩にはちゃんと聞こえていたんですよね? 聞こえてきた断片を繋げて、おれたちに石の変遷を話すくらいですし……」

「ぼくでも、普段はめが──……四辻(よつつじ)くんと同じ程度しか聞こえないよ。君たちに話した内容を聞き取ったときは…………、──そうだねえ、『頑張った』んだよ」


 確実に今「眼鏡くん」と言いかけた左部は、諒と同じく人の名前になど興味がないのかもしれない。諒がそもそも他人という存在に興味がないのに対して、左部は──これは柊の勝手な偏見だが──名前イコール記号であり、個人を識別できればなんでもいいだろうなどと思っていそうだ。




 一週間ほど休載します。

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