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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
16/45




 (ひいらぎ)からの視線を受けた左部(さとり)は、困ったように笑う。


「いやあ、まいったね」


 机の上の木箱を見下ろして、その拍子にずり落ちた眼鏡をひょいと戻した。レンズの奥に覗いている赤みの強い茶色の瞳が、柊を見つめ返す。


「先に手順を踏まれてしまった」


 左部は苦笑いを浮かべながら、その視線を箱の蓋──すなわち、梟の足がどっかり乗った柊の指──へ下げる。そして腕をそっと伸ばし、その指を箱の上からずずずっと退かした。ぼてっと柊の手が落ちた衝撃に驚いたのか梟は羽根を広げて飛び上がり、やがて柊の真っ黒な頭のてっぺんに降り立った。


 ──なぜそこなんだ。


 純粋な疑問というよりは不満を多分に含んで、柊はそう胸中で梟に問いかけた。


 ()()()のモノであるくせに肩がこりそうなくらい重いし、足の爪の湾曲した先が頭皮に食い込んで痛い。禿げそうだ。


 左部に落とされた手を、思わず頭部へ持っていく。しかし梟に触ってその鋭そうな(くちばし)で反撃されたらと思うと、迂闊に手は出せなかった。


 これでこのさき頭の一部だけ脱毛症になったりしたら、誰か補償してくれるのだろうか。この場合は飼い主が該当するはずだが、左部をそれとするには少々無理がある気もする。


 こちらを何故かにこにこと上機嫌に笑いながら見ている件の先輩を、柊は若干の不信感をもって見つめる。


 人の不幸は蜜の味、というやつだろうか。それともただ純粋に、翻弄されている柊が愉快なだけなのか。いや、しかしそれは「純粋」とは言えない気もする。


 左部が直接梟に触れなかったのは、彼が梟を見ることができなかったからだ。逆に言えば、見えなかったのにも関わらず、柊の助けを求める視線だけで今どういう状況なのかを把握して一時的なものとはいえ対処したのである。「空気が読める」とでも表せば良いだろうか。流石は(サトリ)である。


 柊が左部にちょっとした感銘未満の感情を受けている間、(りょう)はというと。何も乗っていないように見えるのにやけに重そうな動きをした柊の指を、訝しく思ってまじまじと見つめていた。彼が半目なことも相まって、はたから見ると睨みつけているかのようだ。本人からすると、ただ真剣に観察しているだけなのだが。しかしどれだけ見つめようとも、諒の瞳に何かが映り込むことはない。たとえ彼が見つめている手のすぐ横に、この世ならざるモノがいたとしても。


 この場で唯一何も知らない諒は、ひたすら「んー?」と首を捻っていた。


「…………ぅぉ」


 しばらくは柊の頭上で大人しくしていた梟だったが、急にモゾモゾと落ちつかなげに動き始めた。


「? 柊、どうかした?」

「……いや、別に」


 確かに自分の髪は多少もさっとしていて弾力があるかもしれないが、「巣」と呼べるほどのものでもないはずだ。お願いだから巣作りを始めるのだけはやめていただきたい。


 柊は諒に返しつつ、無表情にそう抗議した。もちろん声には出していないために、梟は我関せずとばかりにモゾモゾし続けている。たとえ実際に言っていたとしても、梟には通じなかったかも知れないが。


 梟が足踏みをする度に、鈍い痛みが柊を襲う。禿げそうだ。そんな中でも無表情を貫く柊は、もし諒にその様子がすべて視えていたならば、「さすが鉄仮面」と言われてしまっていただろう。


「じゃあ、開けてしまおうか。番人もスタンバイできたらしいし」

「……番人……?」


 困惑している諒と、迷惑している柊をそっちのけで、木箱を結わえている浅葱(あさぎ)色の組紐に左部が手をかけた。


 黒髪の上に落ち着きのない「番人」を乗せたまま放置された柊は、内心「えぇー……」とぼやく。しかし勝手に触ってしまったのはこちらであるため、文句は言えない。いくら「触ってみてもいいよ」と言われたからといって、もう少し警戒心を持つべきだった。


 それに、左部には見えていないのだから、どうにかしろというのも無理な話だろう。そう自分を納得させて、柊は大人しく左部の手元を注視した。


 ……しかし、紐をほどくかたわら、左部がときたまこちらを見ては吹き出しかけたように肩を震わせているのは、気のせいだろうか。左部には今も頭の上の梟は視えていないため、梟の様子などわからないはずなのだが。どうも確信犯のような気がしてきた柊である。


 箱の上では、十字にかけられた紐が音ひとつたてずにほどかれていく。普通の桐箱の結び方だったようで、極丁寧な手の運びでも、さしたる時間もかからずほどけた。


「それじゃあ、開けるよ。準備は良いかい?」


 蓋の左右に両手を添えつつ、こちらを見て左部が聞く。


「……あの、今さらですけど、その『声』って誰にでも聞こえるんですか?」


 改めて言われたことで思い至ったのか、諒がふとそう訊ねた。一切気負った様子がない。普通の人間ならば、いざとなると怖じ気づきそうなものだが。自ら「見たい」と言い出しただけはある。


 左部は少しだけ考えるように顎に手をやる。考えがまとまったようで、その口を開いた。


「うーん、まあぼくにも聞こえたくらいだから、そうだろうと思うよ。きっと君にも聞こえるんじゃあないかな」


 ふわりと微笑み、安心してとでも言いたげな雰囲気だが、普通の人なら余計こわがるだろう台詞(せりふ)である。


 しかし「普通の人」とは言いがたい方の人種である諒は、全くこわがることなく「あ、それならよかったです」と言い放った。いっそふてぶてしい。


「じゃあ、開けるね」

「はい、どうぞ」

「…………」


 頷きで肯定を示そうとしたが梟のせいで頭を動かせなかった柊は、結局無言のまま、今まさに開かれようとしている籠目の桐箱を見つめた。




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