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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
15/45




 そう言って首をかしげた左部(さとり)は、長く喋って疲れたのかふうと溜め息をついた。


 隣の友人はどんな反応をしているのか気になって、(ひいらぎ)がそちらを見る。彼は何とも言えない微妙な顔をしていた。


 それもそうだ。(りょう)は怪異に慣れていない一般人である。いくら普段から「魔法使えないかな~」だの「妖怪とかその辺転がってないかな~。解剖してみたい」だのと言っていたとしても、急に「石が喋る」などと言われたところで信じられないだろう。


 それに、柊としても今の心境は「微妙」としか言えないものだった。それは左部の話が信じられないからではない。むしろ納得した。だから結界を張っていたのか、と。あれはおそらく、外から来るものを防ぐものではなく、中のものを閉じ込めるものだったのだ。


 では何が引っ掛かっているのか。それは、左部の、語りの締め括りかただった。


 語られた内容は、再度(ひいらぎ)の背筋を震わせるのに充分な程恐ろしかった。しかし最後の締め括りが何とも言えず間抜けというか、のほほんとしているというか。この先輩は見かけによらず図太いのかもしれないと、柊はちょっと引いてしまった。さすが、自ら変人と言うだけある。


「……その石、」


 しばらく何事か考え込んでいた諒が、口を開いた。目を伏せていた左部が、そちらに顔を向ける。


「その石、見せてもらったりってできます?」


 左部が口元に優しい笑みを浮かべたまま、眉を跳ね上げた。


「おや、さっきの話は信じられなかったかな?」

「いえ、そういうわけじゃありませんが。やっぱりそういうファンタジーな出来事は自分で体験してみたいな~、と」


 なんとも諒らしい理由である。


 それを聞いた左部は驚いてから、考える様子もなく「いいよ」と許可を出した。いやにあっさりしている。先程の話の途中で指さしていた、教室の入り口から一番遠い隅へ歩いていく。左部が辿り着いたそこには、簡素な木箱がちょこんと置いてあった。彼がそれを手に取り、二人の方へ戻ってくる。


「おまたせ。はい、これがくだんの石を封じている箱だよ」

「おお~……!」


 若干興奮したように、諒が控えめな歓声を上げた。


 ことり、と気負わず長机に置かれたそれは、その色の薄さと質感からして、素材は桐のようだった。柊の握りこぶしほどの大きさだろうか。蓋が簡単に開いてしまわないよう、僅かに艶のある柔らかそうな浅葱(あさぎ)色の組紐で十字に固定されている。遠目からでもわかったように、木箱の本体にニスや漆は塗られていなかった。しかし近くで見ると、びっしりと精緻に籠目文様が全ての面に彫り込まれている。寸分の狂いもない、美しい幾何学模様。


 これはすごい。柊は素直に感心した。面積はそれほど大きくないとはいえ、これほどの縮尺で、これほど精確に彫るだなんて。おまけに、木箱の中に収められているだろう怨霊の気配が、その彫りに込められた強い妖力で上書きされて、全く感じられない。あくまで予想ではあるが、おそらくこれは彫刻師が彫ったものにその道の専門家が力を込めたのではなく、専門家がその一刀いっとうに妖力を乗せながら彫ったものだ。


 なんて素晴らしい技術だろう。もはや狂気の沙汰とも言える。これほどの腕の者は自分の実家にもきっといない。そんな技量の持ち主にいったいどうやって依頼したのかと、柊は左部の人脈が気になった。


「そんな遠巻きにしなくても、触ってみてもいいよ。ただ、蓋はまだ開けないでね。手順があるんだ」

「あ、はい」


 諒はそれを聞いて、一歩分ほどあった机との距離を、立ち上がって近づくことで数センチにまで縮める。けれども流石にまだベタベタと触る勇気はなく、顔を近づけて見るに留めた。


「…………」


 その様子をさりげなく見ていた柊も、やはり触ろうとはしない。左部があっさりと許可を出したということは、危険ではないということだろう。しかし柊はいまだこの柔和な笑顔を浮かべる先輩を信用できていないが故に、警戒心から木箱に触れることはなかった。けれどもやはり同業者の仕事は気になるもので、椅子から立ち上がって木箱の置いてある机に手をつき、つぶさにそれを観察する。


 ──あ、……(ふくろう)がいる。


 蓋のちょうど中心の辺り。少しずれている、紐の交点の下。よくよく見てみると、籠目の隙間に、小さな梟がちょこんと彫られている。顔は見えない。真後ろ──この場合は箱の中の方──を向いている。小指の爪ほどに小さい意匠だ。


 柊の意識は不自然なほどにその梟から離れない。彼の瞳は、小さな梟に釘付けにされていた。


 ──なんだろう、なにかとても……。


 惹きつけられる。


「あ」


 左部の声が柊の耳に届くと同時に、自覚なく伸ばされていた柊の指が、その梟に触れていた。でこぼことした彫刻の細い溝を指の腹が撫でる。その瞬間ピリッという静電気のような軽い刺激が走り、ぼうっと梟を見つめる柊を我に返らせた。


「あ」


 今度は柊が声を上げた。


 ぽん。


 瓶にはまっていたコルクが抜けたような音と共に、木箱の上にどっしりと大きな()()()()()()


「え」突然言語として意味をなさない音を発したふたりに、諒が戸惑う。「なに、どしたの?」


 彼の目は、不可解に出現した梟でなく、柊と左部を行き来していた。


「ああ、いや、触っちゃったなと思って」


 柊は妙に立体感のあるその梟から目を逸らさないまま、適当に誤魔化しの言葉を返す。その脳内は、表には出ないまでも、大いに混乱していた。


 梟……? なぜ急に……いや、俺が模様を触ったからなのだろうけど。……え、どういうこと。人形……とかではないよな。諒には見えてないみたいだし、少なくとも()()()のモノではあるはず……。


 梟は、柊が見た瞬間「でかい」という印象を抱く程度には大きい。体高は柊の肘から手首までの長さほど、横幅は体高より少し小さめくらい。まるっとした体型で、ずんぐりむっくり、という表現がしっくりくるかも知れない。全身の羽の色が、木箱によく似た浅黄(うすき)色をしている。柊をじいっと見つめてくるのは、小金目梟にそっくりな真ん丸い瞳。触ったらふんわりと手を包み込んでくれそうなその胸の羽は、呼吸しているかのようにもこもこと動いている。


 先程木箱を撫でてそのまま引っ込め損ねた人差し指を、梟の片足がどかりと踏んづけている。爪は食い込んではいないものの、重みで圧迫されて血が止まりそうだ。


 これはどうすれば良いのかと、困惑しながら柊は左部を見た。




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