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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
12/45




 失敗した。


 (ひいらぎ)は内心焦りながらも、それ以上は表に動揺を出さないよう努めた。無表情のまま先輩を見つめ返す。


 ポーカーフェイスは得意だ。顔のパーツはひとつも動かしていない自信があった。


「俺の目がどうかしましたか」

()()見鬼(けんき)の眼でしょう? さっきも入り口の結界を気にしていたようだし」


 自分の目の下をトントンと人差し指で叩きながら先輩が言う。


 少しは予想していたことだったが、やはりこの人には()()()に触れる素質があるらしい。


 ただわかるだけの、突然変異の体質なのか、それともそういった家の出なのか。名を聞いていない今、それを判断することができない。敵か味方かわからない以上、自分の情報を渡すべきではない。


 柊はそう判断して、先輩が何かしら確定的なアクションを起こすまで、知らないふりを突き通すことに決めた。


「けんき? なんですか、それ」


 柊がとぼけて見せると、先輩はそれに反応を示さなかった。代わりに、柊に聞かせるというより自分の思考をまとめるためのように、柊の眼を凝視したまま呟く。


「──ああ、でも君のは、見鬼の眼と言うよりは、鬼そのものの眼なのか」


 ガタリ。


 先輩が言い終わるか言い終わらないかのうちに、柊は警戒(あらわ)に素早く立ち上がりスラックスのポケットに手を突っ込んだ。


「あ、ストップ! ぼくは君の敵じゃないから。ここで暴れないでね」


 焦ったように先輩が腕を突き出す。


「ここ、貴重な資料とかが多いから、傷がついたりしたら一大事なんだ」


 ポケットから御符を取り出そうとした柊の手が、ピタリと止まる。


 その御符は広範囲に損害を与えるようなものではなかったが、万が一ということもある。学校のものは県のもの、公共のものだ。それを私情で傷つけるのはいかがなものか。


 柊の実家に連なる祓い屋たちのなかには、仕事が遂行できれば他のことはどうでもいいという割りとぶっ飛んだ者が多くいるが、柊は「公共の福祉」を優先する稀有な存在だった。波風を立てたくない、ことなかれ主義とも言う。


 苦笑しているようにも見える先輩の顔を、すがめた目で睨む。


「あんた誰ですか」

「意外と口が悪いんだね」

「あんたはいちいち俺の発言に一言コメントしなきゃ気がすまないのか」

「そんなことはないけれど」


 御符を使うことは取り敢えず見送った柊だが、その手はいまだポケットから出てきていない。斜に構えて臨戦態勢の柊と、のらりくらりと受け答えする先輩。はたから見ると、その対比が少し間抜けかもしれない。


「まあまあ、そんなに警戒しないでよ。ぼくは見えもしないし聞こえもしない、ただの一般人だ」


 ならば何故バレたのか。()()()にはわからない筈だ。


 柊がかけている眼鏡には、ある(まじな)いの文字が処狭しと刻まれている。それは、柊の特殊な眼を隠すためのものだった。より具体的にいうならば、見えないようにただ隠すのではなく、見えたとしてもその印象を薄く、記憶に残らないようにする術式だ。


 その(まじな)いを破り、更には柊の眼の本質までもを少しの間見ただけで突き止めた。それができるのは、()()()側の者か同業者か、それこそ見鬼の才を持つものだけだ。


「……お名前は」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。まあ普通は入部してから自己紹介するしね」


 仕方ない、仕方ない。先輩が口の中で呟く。


 立ったままの柊を見上げ、先輩はやんわりと口の端をゆるめた。


「ぼくは左部。『左』の『部』屋と書いて『さとり』ね」


 君もうちの一族の名は、一度くらいは聞いたことがあるんじゃないかな。


 左部と名乗った先輩はそう言って、何がおかしいのか柊にはさっぱりわからないが、くす、と肩を揺らした。落ち着いた雰囲気に反して、笑い上戸なのだろうか。それに分類するには大人しすぎる笑い方のような気もするが。


「左部……」口の中で呟いてみる。さとり。


 何度か舌の上で転がしてみて、


「──あ、(サトリ)


やっと答えがわかった。


「正解。思い当たるのが遅かったね」


 口元に手を当てて、左部がからかうように笑った。


「発音の音程が違いましたので。と言いますか、先輩ちょっと訛っていませんか」

「そうかな? ぼくの地元では、3文字の苗字は尻下がりで発音するのだけれど」

「では、田中も田中なのですか」

「そうそう」


 よくある苗字を、左部の言う「地元風」に発音してみた。全くの別物のような気がする。ふたり同じ苗字の人がいても、イントネーションの違いで呼び分けられそうだ。


 なんだか奇妙な感じがして、柊は顔を歪めた。なお、あくまでもそれは本人がそうしている()()()であることが重要なのであって、実際にその顔が歪んでいるかどうかは、柊は特に気にしていない。左部から見ると、やはりその前後の表情の違いは認められなかった。


「ですが覚の系譜であっても、先輩のいう通り見えも聞こえもしない体質なら、これも見えないはずです」


 「これ」と言いながら、己の眼を指さす。


 覚とは、日本各所に伝えられる(あやかし)の種族の名だ。彼らは、人の心の(うち)を覗きこむことができるとされている。どうやら左部は、その妖を祖先に持つらしい。そういった血筋には、祖先の妖の技や見鬼の才を持つものが産まれやすいと聞く。この部屋に素人の術ながらもきっちりと結界が貼られているのも、その覚の血が作用しているのだろう。


 しかし見る才を持っていない者には、()()()側のものである柊の眼は見えない。そうであるがゆえに、その眼は鏡に映らないのだから。


「でも、君のそれは、完全には鬼のものになっていないでしょう? 少しだけど、人間の血肉が含まれている。だから、ほんの少しだけ素養があるぼくにも見えたのさ」

「……そういうものですか」

「そういうものだよ」

「…………」


 しばしの間考え込む。柊のその手は、いつの間にかポケットから出されていた。左部と話しているうちに気が抜けたのか、臨戦態勢も解かれている。左部のゆったりとした余裕のある喋り方には、人の警戒をほぐす力でもあるのかもしれない。意図してそういう喋り方をしている可能性もあるが。


「……先輩は、眼と耳を持っていなくとも、何かしら強い力を持っているのではありませんか」


 でなければ、眼鏡の(まじな)いが効かなかった理由がわからない。これはそこそこ強いものだ。同業者であっても、気づかない者がいるくらいに。


 左部が微かに顎を引く。


「強い、と言えるかどうかはわからないけれど。ぼくは覚の一族だからね」


 左部の説明によれば、彼は「感じる」力が一族の中でも特に強いらしい。


「共感、と言うのかな。強い感情を持つ者が近くにいたりすると、けっこう……」左部が言葉を探すように目を彷徨わせる。「侵食される?」


 柊が口を挟んだ。


「ああ、その感覚が近いかもしれない」

「強くない感情でも感じられるのですか」──例えば俺のとか。


 一番知りたいことを口にしなかった柊に、左部は小首を傾げて全てわかっているかのように妖しく微笑む。


「さあ。やろうと思えばできるかもね」


 その言葉に、柊は目つきをいっそう鋭くして、霧散していた警戒心を再び練り上げた。




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