肆
明けまして今年も拙作ですがよろしくお願い申し上げます。
※あらかじめお伝えしておきますが、調べたりは全くしていませんので、この物語は前編全て捏造となっております。ご了承下さい。
柊と諒は、ちょっと顔を見合わせたあと先輩に向き直り、こくりと頷く。
ふたりとも、己の好奇心には勝てない性分なのだ。
先輩が嬉しそうな顔をした。仲間を見つけて、喜んでいるような。
目をつけられたかもしれない。
「長話を立ったまんまじゃあ疲れるだろう」
今座っている長机の隣のそれを、伸ばされた手のひらで指し示して、先輩がさあ座ってと促す。
柊はまだ警戒を解いてはいなかったが、立ちっぱなしだったために休みたいという気持ちも確かにあった。それに、促されて座らないというのも不自然だろう。素直に机の下からふたり分の椅子を引っ張り出して座る。
諒も、椅子の位置を話が聞きやすいよう調節して、ばすんと腰かけた。
背凭れがついているタイプの回転椅子。背を預ける部分と腰かける部分を繋ぐパーツには柔軟性があり、深く座ると思いの外落ち着く。いっとき話を聞く分には充分な座り心地だった。
「それじゃあ、とある昔話をしようか」
さっきはああ言ったけれど、「逸話」というよりは「伝承」に近いかもしれないね。
少しかすれた、落ち着いた大人の声で、先輩が語り部のように口火を切った。
ふたりは先輩の語る「昔話」への興味を抑えきれずに、身を乗り出した。
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この学校の裏に、大きな山があるのは知っているよね。うん、そう、須頭山。そこはこの辺りが「町」になるまで──「集落」だとか「むら」だとか呼ばれていた時代、姥捨て山だったんだ。
姥捨て山なんて昔話だけだと思ってた? 言ったでしょう、昔話だと。それに実際、姥捨て山なるものは存在していたんだよ。いや、ぼくは実際にその時代に生きていたわけではないから、詳しくはわからないんだけれど。意外とふるい文献に遺されていたりするんだよ、こういう記録が。
例えば、そうだなあ。昔の、貧しい村では、三男以下ってどんな扱いだったか、わかるかい? 継嗣でもなく、そのスペアでもなく、はたまた嫁に出せるわけでもなく。つまり、自分たちの食べ物を減らすだけの、ただただいらない子だったんだ。そりゃあ、若いうちは労働力としてこき使えるけれどね。
ただ畑を耕したりだのするためだけに、抑圧されながら、「自分」を出すことを禁じられながら彼らは育てられた。そんな彼らが年老いて使えなくなったとき、大事にされると思うかい? そう、ありえないんだよ。
「姥捨て山」と名がついてはいるものの、実際は婆さんも爺さんも捨てるんだから、正しくは「老捨て山」、とでも言うべきかな。
昔話には、捨てようとした者が「お前が無事帰れるように」と枝を折って道しるべを作っていた祖母に感激して連れ帰ったり、老婆を入れて運んできた籠ごと置いていこうとしたら「持って帰りなさい。どうせお前が捨てられるときにも使うのだから」と言われて恐怖し連れ帰った、といった様々なバリエーションがあるけれど。きっと実際は、口減らしのために捨てるのだから、連れて帰る人はいなかったんじゃないかな。だってそうしたら、自分が飢えて死んでしまうかもしれないのだし。
まあちょっと話がずれたけれど、要するに、裏山では昔そういったことが行われていたんだよ。特に飢饉の際にはね。
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静かに語られ始めたその内容に、柊はぞっとした。とてもおそろしいと思った。幽霊や化け物といった怪談とは違う、人間の業が詰めこまれたような恐ろしさ。
何故か叔母の家には、日本の昔話を101話集めた分厚い本がある。中学生の初め頃、柊は暇なときにそれをペラペラと捲っては読んでいた。それらの中には背筋がぞっとするような話も多く、特に「雉も鳴かずば撃たれまい」や「牛池」、それにこの「姥捨て山」といったお話は、何とも言えない薄気味悪さがあって、印象に残っている。
肌を粟立てながら隣をちらと見ると、諒は流石と言うべきか、顔色を少しも変えずに先輩の話に聞き入っている。その思いの外真剣な表情に、柊は意外さを覚えた。実に失礼なことだが、こういった猟奇的とも言える話は、このサイコパスは嬉々として聞くかと思っていたのだ。
「この話がどう文研部室の話に繋がっているのか気になっているだろうけど、もうちょっとだけつきあってね。これがけっこう重要なパーツなんだ」
ずり落ちたのか、先輩が眼鏡のつるを指先でつまんで引き上げる。いちいち様になる仕草をするなと柊は思った。
「あのー、すみません」
先輩が話を続けようとする前に、諒が手を挙げて遮る。
どうかした? 先輩が首をかしげると、遠慮する素振りも見せず堂々と「思ったより長くなりそうなんで、ちょっとお手洗い行ってきても良いですかー?」と訊ねた。
「ああ、全然構わないよ。いってらっしゃい」
先輩が気分を害したふうもなく快く許可を出すと、諒はすたすたと扉まで進んで、片手間のように「失礼します」と呟いてから教室を出ていった。悪いわけではなかったが、特別良いとも言えない態度である。
柊は若干呆れた視線で、彼を見送った。
先輩との間にしばしの静寂が降りる。
なんだか気まずい。先程まではまったく意識していなかった時計の音が、急に耳につき始める。見ると、前方の壁に埋め込まれた2段の大きなホワイトボードの横に、大きめの時計が掛けられていた。学校によくある分針と時針のみのシンプルなものではなく、──アンティーク調と言うのだろうか──手の込んだ模様が木製の枠に彫られており秒針までついている、黒と白を基調とした少し高そうな一品だ。
あれも歴代の「変人さん」のうちの誰かの趣味なんだろうか。
現実逃避ぎみに、柊はそんなことを考えた。
全く知らない人と同じ空間に長くいることに慣れていない柊が、居たたまれなさを感じて身動ぐ。先輩と目を合わせないように努めていると、何故だか彼に凝視されているような気がしてきた。きっと今柊の目は、久々に大海原に放たれた飼い魚がごとく、うろうろと落ち着きなく動き回っていることだろう。
柊は急に親友の存在が恋しくなった。いたらいたで地味に主張の激しいやつだが、いなかったらそれはそれで困る。
先に沈黙を破ったのは、ずっとこちらを凝視してきていた先輩だった。
「やっぱり君、その眼──」
──とても珍しい眼を持っているね。
思いがけないその言葉に、柊の肩がびくりと震えた。




