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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
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 2022.1.4 第3部分に割り込み投稿しました。




「ぼくがこの文研の部長だよ。一応、という枕詞がつくけれどね。なにしろぼく以外に部員がいない」


 その男子生徒がくるりと椅子を回転させて、こちらに改めて向き直る。見えた足元には、赤いラインの入った上履き。


 と、いうことは、この人は2年生なのか。


 この高校では、上履きは踵を覆うようなものではなく、スリッパの形のものが採用されている。いつだったか(ひいらぎ)がちらっと聞いたところでは、踵がなければそもそも潰して履くようなやつは出てこないから、だそうで。


 ずいぶん乱暴な理由だなと思ったが、実際に履いてみると、歩いたときにぱかぱかするのはいただけないが、履くときにわざわざ屈んで踵を立てなくてすむので、柊はけっこうこのスリッパを気に入っていた。


 その上履きは斜めに2本ラインが入っているのだが、その色が学年ごとに違うのだ。今年は、1学年は青、2学年は赤、3学年は黄、という風に分けられている。来年は進級するのに伴って2年が青になり、3年が赤、そして1年が黄色といった感じに、毎年ぐるぐると回っていく。


 高校では名札をつけないようなので、学年を判断するにはスリッパを見るしか方法がなかった。


「それで、君たちはやっぱり部活動体験に来たのかな?」


 ふたりに荷物を下ろすようすすめてから、目の前の先輩──学年が上なので、柊は先輩と呼ぶことにした──は、そう訊ねて完璧な角度で首を傾ける。


 完璧な角度、というのは、頸動脈が見える角度のことだ。以前目にした本に、「頸動脈を相手に見せるのは、急所を晒して警戒心を薄れさせるため」と書いてあったのを、柊は思い出していた。


 魔除けといい、仕草といい、この人は警戒すべき人種かもしれない。


 柊は僅かに顎を引いて、警戒体制をとった。


「はい、冊子に書いてあった内容じゃあ、なにやってるのか全然わからなかったので」


 あれじゃあ「文献研究部」の説明じゃなくて「文献」の説明ですよー。先輩の言葉に甘えて荷物を置きながら、(りょう)がどこかで聞いたような科白(せりふ)を繰り返す。柊も諒の荷物のとなりにそれを置かせてもらった。


「でも、謎めいていて面白かったでしょう? だから君たちも惹かれたんじゃないかとぼくは思うんだけど」


 違う?とこちらを楽しそうに目を細めて訊ねてくる先輩は、少し性悪そうに見える。


「そうですね。興味を惹かれる紹介でした」


 そう柊が答えると、先輩が満足そうに頷く。ご希望に沿う解答だったらしい。


「てことは君たちもきっと奇人か変人か、もしくはそのどちらもに当てはまるんだろうね」

「え?」


 唐突に奇人変人扱いされた諒は、怪訝そうな声をあげた。それを表面に出すことはなかったが、柊も不思議に思った。


 先輩が立ち上がって、教室の後方の壁を全面占拠している木製の棚に近づく。


 立っている姿を見ると、先輩は意外に背が高い。諒より4、5センチメートル上の辺りを、先輩の頭の頂点が通過していった。諒は少し前に測ったとき、たしか168か9ほどであったと柊は記憶している。本人が「170いかなかったあ~」と嘆いていた。ならば先輩は、少なく見積もっても172センチメートルはあるということだろうか。男子高校生の平均身長はだいたい170前後だと柊は耳にしたことがあるが、柊の周囲に高い人があまりいないためか、平均身長といわれる高さでも充分高く感じてしまう。柊自身の身長が低いからというのも、その理由のひとつとして挙げられるかも知れないが。


 先輩が向かったその棚には、種類ごとに整頓された数々の岩石や、色とりどりの鉱石などが収められていた。


 博物館みたいだ。


 柊は、入部したらじっくり見せてもらおうと決める。


 美しいものを見るのは好きだ。


 先輩はその棚のうち、書類がきれいに立て掛けられている場所の硝子戸を開けると、端の方から薄っぺらい冊子を引き出して戻ってきた。


「実はあれ、毎年同じ内容なんだよ。この部を立ち上げた初代部長が考えたらしい。それ以来ずっと、あれが採用されてるんだ」


 面白い伝統だと思わないかいと先輩が微笑む。


「奇人変人しか集まってこないから、あの文言をずっと変えていないのか、それともあの文言だから奇人変人しか集まってこないのか。さて、本当のところはどうだかぼくにはわからないけれど、面白いからぼくは後者だと思うようにしているんだ。何事も考え方次第だしね」


 差し出された、表紙に数年前の年度と「部活動紹介」の文字が印刷された冊子を、柊が受け取った。諒とふたりで覗き込みながらパラパラと捲っていく。すると冊子のちょうど半分あたりのところで、「文献研究部」の表記を見つけた。


「あ」


 柊が手に持っていた今年配られた部活動紹介の説明冊子を開き、見比べる。


 そこには、注釈まで一言一句変わらない内容が記されていた。


「ほんとだ……」

「あれ、しかし活動場所は違うのですね」


 数年前の冊子の方では「活動場所:南館4階2年5組教室」となっているが、今柊たちがいるのは地学教室だ。


「ああ、何年か前にここに移らせてもらったんだよ」


 先輩はそのとき居なかった筈なのに、何故か自分が体験してきたかのように言った。


「なぜですか」

「君は疑問符だとか感嘆符だとかをつけない喋り方をするね」


 淡々としていて面白い。先輩は控えめに笑い声を立てる。


「君たちは、この高校の選択科目に地学が含まれていないのを知っている?」


 疑問に疑問で返された。


 だんだんわかってきた。この先輩は、面白いことと迂遠なやり取りが好きらしい。


「え、ないんですか?」


 諒が動揺する。


 そういえばこいつは鉱石だとか宝石だとかをよく好んでいた。


 いつだったか柊は、理科の火山岩の単元のときに、生き生きうきうきと花崗岩と玄武岩の構造の違いとその美しさを語られたことがある。いつも理科のテストでは平均点ギリギリだったのに、その単元でだけは100点という驚異的な点数を叩き出したのだ。どや顔で見せびらかされたときには流石にいらっとした。


「ああ。昔はあったのだけれど、希望者が減ってなくなってしまったらしいんだ。それで使われなくなってしまったこの教室を、当時部室がなかった文献研究部が貰い受けたのさ」

「そうだったのですか」


 柊が薄い反応を返したのに対し、諒は「地学があったら絶対とったのに……授業で使わないなんて、教室がもったいないじゃん……」と文句を漏らしている。


「けれど、他に部室がない部もあったでしょうに、よく獲得できましたね」


 こんな立派な部屋、他の部も欲しがりそうなものなのに。


 柊がそう言うと、先輩はまた愉快げに目を細める。


「実は、それにはこれまた面白い逸話が関わってくるのだけれど……」


 聞きたいかい?


 先輩がからかうように、ふたりを見ながら首を傾けた。




 しばらく年末年始のお休みをいただきます。

 よいお年を!

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