飼い主が死んだ、その後で(木崎)
本日2話目の投稿となります。
先週の続きは、一つ前の「昔の犬。三匹目」です。
登場する人物名、施設名その他、事件等も全ては架空です。フィクションです。
クリストファーから以前聞いていた話では、木崎が死んだのは前世のジルベルト、「素良」の死後二十三年目のことだ。
都内の有名な繁華街の一つにある木崎が持つ店の一つが、カルト教団の爆破テロで粉々に吹っ飛び、一人で事務所に残っていたオーナーの木崎が死亡した。そういう報道だったと言っていた。
死亡時期と爆破の事実はともかく、カルト教団やら何やらは真実とは異なるだろう。
実際、カリムとして転生した木崎に訊いてみれば、予想通りに口封じと証拠隠滅が目的のようだった。
「御堂が始末された後、残った俺と山川は更に慎重になりました」
御堂は、過去の膨大な裁判のデータから、素良が入院していた病院、素良の夫が勤める製薬会社が関わる物に、不審な工作の気配と、同一人物の演じ分けを疑える三人の証人を見つけ出した。
その三人から提出された証拠品も、裁判当時の物流や経済を再考察し、改めて厳しい目で見てみれば、「随分と都合の良い偶然で持っていたな、残していたな」という物が連なり、証言にはそもそも信用性があるのか疑わしい。
だが、御堂が殺されて直ぐに動きを見せれば、折角御堂が命懸けで掴んだ敵の尻尾を切り落とされてしまうと考えた。
証人役を務める三人は、結構な長期に渡り繰り返し使われている。
敵方にとって、信用出来る、または簡単に始末するには惜しい程度の道具なのだろう。
それでも、その三人に着目して疑惑を持つに至った御堂の口を封じて時間を置かず、他の人間にも疑いを持たれるようであれば、躊躇無く始末される可能性が高い。
長年使っていた道具は、その分、無自覚でも意図的でもマズイ情報を色々と握っているものだ。
背後に大きな権力を持つ人間がいて、自分が良からぬ事に加担している自覚もある筈なのだから、ヤバそうな雇い主にむざむざ殺されないように、隠し玉を持っているだろう。
だから、木崎達は、じっと、警戒が緩むのを、持つことにした。
木崎と山川は、突然な友人の死に悲嘆に暮れ、憔悴した様子を周囲に見せつけ、山川はそれまで以上に日本に寄り付かなくなり、木崎はまるで何かを振り切るように新店舗の出店に注力するようになった。
そう、見せた。
もう、危ない橋を渡るのは止めた。
これ以上、友を失うのは御免だ。
そう、見えるように全力で過ごした。
その間に、件の病院の院長は素良の夫の友人が継ぎ、親子二代で、官房長官とその父親との蜜月な交流が続いていた。
友人が院長に就任したほぼ同時期に、素良の夫も製薬会社の理事に名を連ねるようになる。
官房長官の父親は、官房長官の娘以外の孫娘らを財界重鎮の息子や孫息子に嫁入り、または婚約を結ばせ、出来が良く見目も良い孫息子らを、若い男を愛玩するタイプの有力者に行儀見習いや秘書として送り込み、権勢を更に拡大させた。
官房長官の父親は、金の力の使い所が絶妙で、様々な生臭い欲を煽って人心を操ることに長けた人物なのだと言う。
そして官房長官自身は、カリスマ性と若く未熟な頃に植え付けたトラウマを利用した恐怖支配で、嘗ての学友である警察や検察の上層部を掌握していた。
エリートを養成する閉鎖的な「選ばれた者のための学校」の闇が、数十年後に開花したような形だ。
官房長官と父親の黒い噂は、危ない橋を渡って調べる迄もなく、木崎のような所謂「夜の世界」で其れなりの結果を出した成功者となった者の耳には入っていた。
噂だけで物証は存在せず、耳にした情報を表側にまで漏らせば命が無いから口を噤むが、クリーンなイメージを奴らに持っている同業者など居なかった。
社会の闇に程近い業種の人間じゃなくとも、薄々感付いてはいただろう。
官房長官の在位は長い。首相が何度変わっても、政党が変わらなければ官房長官は変わらなかった。
世間一般の無学の市民でも「長すぎねぇ?」と疑問を口に上らせる頃合いになると、首相が大きなポカをやらかして政治を主導する政党が交代したが、ほとぼりが冷めた頃に再度政権を取り戻せば、官房長官の椅子に座る男は同じだった。
誰の手に最も強い権力があるのかなど、誰も口にしなくても一目瞭然だ。
そんな無敵の権力を掌握したかに見える官房長官だったが、危うい隙が一つだけあった。
人間性の善悪は別として、天才と称して不足は無い父と祖父の遺伝子をあまり受け継がなかったのか、官房長官の末息子は、かなり足りない人物に成長してしまったらしい。
財力と権力を存分に行使して最高の教育を与えられたにも関わらず、能力も、考えも、警戒心も、注意力も、演技力も、真剣さも、謙虚さも、胆力も、読解力も、想像力も、カリスマ性も、何もかもが足りない、典型的な駄目ボンボンの末息子と評されていた。
父と祖父が、その強大な権力と財力で揉み消し握り潰しているが、洒落にならない犯罪行為を次々とやらかしていることは、各分野の調査員らに嗅ぎ付けられていたし、木崎も情報屋と呼ばれる知人達から聞いていた話だ。
ただし、ソレを突付いた奴は、家族ごとだったり事業所ごとだったりと、巻き込み系の御臨終を迎えたという情報も同時に出回った。
恨みを買いながら長く権力の座に居る人間を引き摺り下ろすネタは、当たり前に狙われる。
木崎達は沈黙を守ったが、他に幾らでも攻撃を仕掛けたい者は存在するのだから、その全部を始末するのは非現実的だ。
一番簡単で楽なのは、露出している唯一の弱みである馬鹿ボンボンを、病死でも事故死でもさせて処理することだが、人を人とも思っていないだろう官房長官と父親も身内は可愛かったらしい。
馬鹿な子ほど可愛いとか、歳を取ってからの末っ子だ、というのもあるのかもしれない。
馬鹿ボンボンの存在が情報屋達の知るところになって間も無く、海外の「セレブ専用」と言われる、街そのものが学園の敷地で、部外者が一切潜入出来ないセキュリティを誇る、外部からの接触を絶った寄宿学校に留学と称して送り出されたそうだ。
幾ら積んで、どんなコネを使ったのやらと、表に出せない情報界隈で恐ろしい試算結果が出回った。
唯一の懸念をマスコミや情報屋の手の届かない場所に隔離した父と祖父は、尻拭いに奔走する必要が無くなり一息ついた。
それまで張り巡らせていた緊張の糸が、暫し緩むことになった。
機は到来したと、木崎は動いた。
鬼気迫る勢いで新店舗出店に尽力する姿勢を見せる一環で、木崎は全国の「夜の店」と呼ばれる類の店を渡り歩いていた。
客として訪れることが大半だったが、知人の店や、木崎の『ザ・夜職』な雰囲気に「一日だけでも」とヘルプを依頼した店などではスタッフ側として滞在したこともある。
数え切れないほど、種々のその類の店に顔を出していれば、いつの日か偶然、御堂が命懸けで見つけた「尻尾」と酒を酌み交わすことになっても可笑しくはない。
証人役達は、合法的に本名と身分を変えて住所を転々としている。
彼らの目的から、人々の印象に残ることは避けたい筈だ。
例えば流れ者の珍しい人口の少な過ぎる田舎町には住居を構えるのを避けるだろうし、「一般的な勤め人」に埋没するために、男性であれば特に、酒の席や職場によっては風俗店への付き合いも「人並みに」必要だ。
人と顔を合わせず挨拶も交わさないような「勤め人」は却って目立つし、誘いを常に断る「付き合いの悪い奴」や「お固い奴」は敵意を持たれることもあり、「何だか気に入らない奴だった」と強く印象に残る危険がある。
彼らは、その身分と名前を捨てて別の身分と名前で次の仕事に入った時には、以前の自分を人々の記憶から消し去ることが出来るくらい、「何処にでも居る一般人」でなければならないのだ。
いい加減長く使われて「善良な一般市民らしさ」を徐々に失っていったが、「如何にも普通じゃない雰囲気」を持たせないように、彼らは専門的な訓練を敢えて受けさせない「プロの素人」だったそうだ。
特定されるような写真や映像を撮られてはならないという警戒は強く持っていたが、程々に同僚や近所の人と飲んで遊ぶことは、「素人でも出来る埋没の手段」としてよく使っていたと言う。
木崎は、御堂の残したデータを基に、偶然の出会いで自然に証人役に接触し、持ち前の人誑し能力で懐柔した。
接触さえ出来れば懐柔は可能だと、接触はせずに偶々同じ店内に同時刻に滞在していた時に、密かに観察しながら予想していた。
彼らの良心や罪悪感は完全に死滅していた訳ではないし、後ろ暗い事に加担する期間が増えれば、知りたくなかった恐ろしい真実もウッカリ見聞きしてしまう。
司法やマスコミに助けを求めるには自身が罪に手を染め過ぎているが、直接手を下して人殺しをしてはいないことで、まだ一線は超えていないと自分に言い訳を通して暮らすことに、疲弊は募って行っていた。
自身が卑怯な犯罪者として破滅する恐怖と、悪辣で恐ろしい権力者から、いつ処分されるか分からない恐怖に追い詰められながら、逃げ場も相談相手も無く、「使える駒である内は殺されない」と不確かな希望に縋って罪を重ねる人生に、限界を感じているだろうと、木崎は見慣れた姿と嗅ぎ慣れたニオイに確信していた。
十代の頃から「夜の世界」と呼ばれる業界に身を置いていた木崎は、軽い気持ちや、ほんの小遣い稼ぎのつもりで加担した「軽微な罪」から地獄の底まで身を堕とす人間を飽きるほど見て来ていた。
不運にも加担する悪事に適性があったり、知れば口封じになるようなネタをチラ見せされて逃げられなくされたり、甘い餌をぶら下げられて釣られている内に抜けられない深みに嵌っていたり、と、最初から大それた犯罪組織の一員になるつもりなど無かった「元一般人」の、すぐ隣に闇は口を開けて獲物が落ちて来るのを待っている。
そんなつもりじゃなかった、と後悔する頃には、背後に想像もしなかった大物の影もチラついて、どうにもならなくなっているのがセオリーだ。
嗅ぎ慣れた自業自得で身勝手な絶望のニオイを纏う見慣れた獲物の姿は、シャバで最期の慈悲を与える救世主に擬態した、残酷な二次被害を与えるハイエナだった木崎のお得意様だ。
異性相手や色恋の手管だけが得意という同業者も多い中、木崎には性別年齢問わず誑し込めるオーラと才が有った。
軽妙に、しかし親身に接する木崎は、包容力があって聞き上手。
自然な流れを装って、個室で二人きりで飲むようになるまで時間はかからず、そこまで行けば、元から「誰かに聞いて欲しかった話」を吐露する状況に持って行くのは造作も無かった。
調査と下準備にかかった時間、失った仲間のことを思えば、それは呆気ないほど簡単に手に入った「本物の証言」だった。
様々な「人体実験」を有耶無耶にする助力となった裁判の偽証の懺悔の中に、木崎達が求め続けた「御主人様の死の真相」も、しっかりと存在した。
「國村貴人には、美姫子という一歳下の妹が居ました」
國村貴人というのは、素良の夫・慶一の学生時代からの親友であり、素良が入院して死んだ病院の院長の息子だ。御堂の死後、貴人は院長を継いでいる。
貴人と慶一は同級生だと聞いていた。夫の慶一は素良より五歳年上だったので、貴人の妹の美姫子という女性は素良の四歳年上だ。
「美姫子が四十二歳の時、症例もほとんど報告されていない、病名すら未だ付いていなかった奇病に罹ったということです。原因不明の熱や痛みや倦怠感を主症状とし、緩やかに体力を消耗して衰弱し、死に至るというもので、対症療法で延命しても回復や完治した例も無かったそうです」
ジルベルトは思い出す。
体調不良を繰り返すようになったのは、確か三十八歳頃からだった。四歳年上の「美姫子」とやらが奇病に罹患した時期と重なる。
「貴人の父親の代から、國村病院は、政界で暗躍する族議員の一部だった棚塚家と組んで整えられた人体実験場だったようです」
棚塚家は政治家の家系だ。
一応、ジルベルトも薄っすらと思い出した。顔は思い出せないが、地元は北関東の方だった気がする。
マスコミに頻繁に顔が出るような目立つ地位には居ないが、政治や経済のニュースでは、よく名前が挙がる政治家という印象だった。
その息子が、ジルベルトの死後に官房長官になったということは、目立たず暗躍するだけではなく、表舞台の掌握にも手を掛けたのか。
「貴方の他にも『被験体』は居たそうです。ただ、他は美姫子と年齢や体格の相違が大きい、性別が男性などであり、貴方が最も重要で長く使った『被験体』だったと」
ギリ、と歯が削れるような嫌な音と血の匂いがして、ジルベルトは「カリム」と落ち着いた声で呼ぶ。
ジルベルトにとっては今更な、怒りを発する事柄でもない話でも、カリムとなった木崎にとっては、思い出すだけで流れる血も焦げ付くような憤怒が湧き上がる許せない話なのだ。
音がするほど奥歯を噛み締め、強く握り過ぎた拳の爪が自らの手のひらを抉って流血しても、痛みも感じない激情が記憶を侵食して行くのを、御主人様に平常心の区域まで呼び戻された。
「申し訳ありません。ジルベルト様」
熱い息を吐いて居住まいを正すと、カリムは前世の報告を続ける。
転生後の自身が体験した、コナー家のクリストファーですら胸糞悪くなる悲惨で過酷な生い立ちは、感情の揺らぎなど感じさせず淡々と告げたものを、御主人様への侮辱や害意を口にするには冷静でいられないのが木崎という男だ。
犬は総じて「取扱注意」なのだが、木崎は中でも扱いに注意が必要な方だったな、と思い出す。
平常心を装えるようになったカリムの話では、國村病院のお嬢様である美姫子の治療を目的とした実験は、過去最大の融通が利かされた特別扱いとなり、かなりの人数の健康な人間が美姫子の症状を人為的に再現されて死亡している。
素良以外の『被験体』は、次の実験に繋げる必要の無い使い捨ての扱いだったそうだ。そのために、身寄りの無い人物や、家族や身内から見放されて交流の無い人物、無職かつ親しい友人も居ないような人物が選ばれていた。
素良は、そういう使い捨ての『被験体』による実験の中で「成功した方法」を施される、美姫子に一番近い『最終被験体』だったそうだ。
だから、大事に長く生かし、美姫子の部屋には劣るが豪華で快適な特別室に入院させ、食事も美姫子と同じものを出されていたのだと言う。
ジルベルトにとって全く喜ぶ情報では無いが、病院食が異常にお洒落な感じだった謎が解けて少しだけスッキリした。
美姫子の治療のメインが投薬になるという方針により、元々癒着傾向にあった慶一の勤めていた製薬会社を完全に「一蓮托生の身内」として取り込み、幾種類もの病原菌や黴、人間以外の動物の死体から採取した微生物、奇形の海洋生物から採取した細胞など、他にも口に出すのも憚られるような原料を用いて、薬剤に見せかけた、悍ましい「病気の素」を製造させていたそうだ。
明るみに出たら、国際的に物凄い批判を浴びそうな醜聞だ。
カリムの列挙する『原料』を使った「病気の素」の殆どを、おそらく摂取させられていたであろう前世の身体を思えば、ジルベルトも流石に気持ち悪いものを覚えるが、それらを投与されていた「素良」の身体はもう自分のものではないので、まぁまぁ他人事として聞いている。
素良が四十三歳の時、多くの犠牲を礎に美姫子の治療法が確立した。
一年後、美姫子が快癒し、再発の兆候も見られなくなったことから素良の用済みは確定となり、「病気の素」の投与後に対症療法を行わず放置し、素良は四十四歳の生涯を閉じることになった。
國村病院が用意した書類を元に、各種事務手続きは夫・慶一の手で速やかに行われ、死体が調べられることもなく、火葬と葬儀も早々に手配されて滞り無く終了した。
美姫子は本当に完治していたようで、木崎が死ぬ直前頃もピンピン生きていたそうだ。
母親を早くに亡くし、父と兄に溺愛されていた美姫子は結婚歴も無く、実家から出たことも無い『高齢箱入り娘』で、元気になって、病気になる前より積極的にパーティー等に顔を出すようになった五十歳近い年齢になっても、精神年齢はローティーンのお嬢様並みだったと言う。
木崎が死ぬ頃には「老婆」と言って差し支えない年齢だったにも関わらず、聞こえて来る評判は「魂は十代前半の乙女」という、称賛の皮を厳重に被った揶揄に尽き、自分のために誰かが犠牲になることに罪の意識が無いと言うよりも、「罪」や「悪」という「汚いモノ」が「純粋な自分」に付属する事など有り得ないと、本気で心の底から思っているような人間だったそうだ。
美姫子には、悪意も害意も欠片も無く、何時もただ望むだけ。
あれが欲しい、これを気に入った、美姫子が望むだけで父と兄が手段を選ばず手に入れて所有者を美姫子に変えるのが、美姫子にとって「普通」の世界だった。
元気になりたい、健康が欲しい。素良の死に繋がった、数多の犠牲者を出した人体実験も、そんな美姫子の「何時もの望み」の一つに過ぎなかったのだ。
「告発に足る証言と裏付ける証拠は揃いましたが、国内の司法に提出すれば握り潰される疑いも有りました」
当時、まだ前世を生きていたクリストファーは驚愕に眉を顰める。
ごく普通に一般市民として暮らしていた彼は、自分の暮らす豊かで平穏に見えた国が、そこまで腐敗を広げていた事実にまるで気付いていなかった。
「奴らの罪を確実に明らかにするために、俺は全てを山川に託して囮になることを決めました」
完全に奴らを油断させるために、また、海外への警戒を緩めるために、木崎は日本に寄り付かない山川との交流を絶ったように見せていた。
御堂が殺された頃から、木崎が囮として手に入れた証拠と共に始末されることも計画のパターンの一つに入っていた。
木崎は証人役達との接触後に、わざと浮足立った様子を人目の多い場所で晒した。
証人役達が制裁か口封じか分からないが、他殺体となって発見されたことが耳に入り、「釣れた」と嗤った。
最初から、素良の死に加担した証人役達を許すつもりは無かったのだ。
ズルズルと足を洗わず犯罪の泥沼に浸かっていた、被害者面の小悪党には似合いの最期だ。道具は最後まで道具でしかない。最後は、黒幕達を油断させる木崎の道具として命を有効に活用してやった。
人目のある場所で慌てた様子を見せて、木崎は人払いした自身の店舗の一つの事務所で、金庫から証拠のオリジナルデータを出して、焦ったように確認しながらパソコンに向かい、海外への送付手続きのための画面を幾つもロードしていた。
背後に囲まれた気配を感じ、「大漁だな」と内心嗤いが止まらなかった。
木崎を囲んだ集団は、木崎に激しい暴行を加えながら、揃えていた証拠のオリジナルデータを入念に確認し、金庫の中や事務所も漁り尽くし、パソコンの中のデータも精査後に抜き取って、虫の息の木崎が演じる渾身の「敵討ちに失敗して無念に血涙を流す敗者役」を、勝ち誇って嘲笑しながら眺めた後に、爆発物を仕掛けて意気揚々と引き上げて行った。
オリジナルデータは、最初から二つずつあった。
証人役達から証言を取る時、彼らには一つしか無いと思い込ませていた。一度裏切って秘密を吐いた奴は、必ず再び裏切って吐く。奴らは、きっと簡単に木崎を売り、木崎の録ったデータは一つだったと吐いたことだろう。いい仕事ぶりだ。
告発に足る証拠のデータ群は一つも欠けず、全て海外の山川に渡る手筈になっていた。
奴らが回収して行ったのは、二つずつあったデータの各種一つずつだけだ。
盛大に全力で悔しがってやった木崎を、奴らは疑わなかった。
証人役達のような「プロの素人」とは違い、木崎を襲った集団は玄人だったろうに。素人の木崎に、してやられた訳だ。
結果を見ることは叶わないが、奴らの破滅は疑いようも無く、木崎は満足して死んだと言う。
山川が成功したか否かは、再会を待つより他は無い。
次回投稿は、100部目投稿記念閑話になります。
101部目から本編続きに戻ります。