モスアゲート王国の留学生
ニコルが在籍する二学年のBクラスに、モスアゲート王国から「カリム・ソーン」という留学生が編入してきた。
当然、学院長の指示により強行された非常識であり、通常は有り得ない事態である。
Bクラスというのは、下位貴族の成績優秀者と、身分は高いが成績のよろしくない生徒で構成されるクラスだ。
この学年に限り、ニコルとニコルの護衛達の影響で、Bクラスの総合成績が最も良いという現象が起きているが、それでも高位貴族の家の子女がBクラスに編入させられるというのは、家名に泥を塗るほどの恥である。
留学生は、留学前に編入試験を受ける建前になっている。
こちらの国では侯爵家に相当する家格のモスアゲート王国辺境伯家の子息でありながら、「編入試験を受けて」Bクラスに配属されたということは、編入試験の成績が余程惨めな結果であったと公表されるようなものだ。
おそらく、学院長に「カリム・ソーンの留学」をお願いしたモスアゲート王国の「高貴な御方」の意を汲んだが故の、カリム・ソーン自身への嫌がらせと、クリソプレーズ王家が庇護するニコルと同じクラスに不審人物を置くことでの王家への侮りと攻撃を併せた結果だろう。
カリム・ソーンは、事前の調査通り、実際の髪色や瞳の色は覗わせず、両眼は細かい網目状の布で覆われた上に長い前髪で隠され、その髪もソーン辺境伯家特有の黄緑色だ。
しかし、両眼を覆い隠してなお端正な顔の造作は隠し切れず、細身ではあるが鍛えられた靭やかさを感じる均整の取れたプロポーションで見せる上品な所作は、高位貴族の家の者であると納得させるオーラがあった。
自己紹介では、武門の家に生まれながら、幼少の折の事故により視力が弱くなり武人としては役に立てない自分が、家と国に貢献するために他国の優れた文化や経済を学びに来たと、これも事前の調査通りの「留学理由」を述べていた。
優秀な生徒達は、モスアゲート王国に於ける辺境伯家の家格を知識としては学んでいるため、Bクラスに編入という事態を表情には出さずに訝しんでいたが、視力の弱さで学習が捗らず試験結果が残念だったのかもしれないから、触らずスルーしておこうと考えている。
そのために、カリム・ソーンは敵意や悪意を向けられる事無くクラスに受け入れられたが、賢い子供達が揃って「迂闊に近寄れない」と判断したことで、平和的行動の結果ではあるが、ボッチになっていた。
本人はそれに傷つくことは無く、むしろ拍子抜けしたような心持ちだったが、このお行儀の良い対応が罠である可能性も否めないと気を引き締める。
クリソプレーズ王国に留学生として送り込まれた「カリム・ソーン」には、下された命令があった。
その命令が「国」からなのか、「王」からなのか、それとも彼に直接言いに来た「いつもの阿呆」からなのか、「カリム・ソーン」の戸籍を持つ彼には分からない。
ただ、それを遂行すれば自身に待つのは碌な未来では無いことは分かっていたし、命令に背けば殺されることも分かっていた。
折角、「あの阿呆」が権力を直に振るえる祖国を出ているのだから、どうにかして脱走したいものではあるが、この国でも護衛と称した監視に貼り付かれての行動しか未だ取れていない。
脱走のチャンスを作るには、命令に従っている体を装って時間稼ぎをしておかなければならないだろう。
チャンスを掴んで「あの阿呆」と祖国からの脱走に成功しても、この国に喧嘩を売ってクリソプレーズ王国の手配犯になっては元も子もない。
気は進まないが、「ターゲット」を取り巻く護衛に話しかけるだけなら、問答無用で即捕縛とまではならないだろう。
真面目な顔で授業を受けながら思考を巡らせ、カリム・ソーンは休憩時間を待って、ニコルの席の方へ足を向けた。
カリム・ソーンが、ゆったりとした足取りでニコルの席の方へ向かうだけで、ニコルの席を取り巻く護衛達は滑らかな動きで配置を入れ替える。
ニコルに直接話しかけて即断罪、という立場に追い詰められたくないカリムにとって、この動きは願ってもない協力なのだが、護衛達は彼の内心など知らないのだから、当然本気で警戒している。
ニコル直属の護衛の中でも特に体格が良く、カリムを超える上背のゼドとレイジが壁のように行く手を阻んだ。
「失礼。ミレット嬢に話しかける許可を頂いても?」
断られる前提で問いかけたカリムに、ゼドが温度の無い灰色の目で見下ろす。
「ニコル様はクリソプレーズ王家に庇護を受けている。王家から接触を許可された人物以外の接近は防ぐよう、我らは王命を賜っている」
「そうですか。他国の経済を学ぶための留学なので、自身で商会を持つミレット嬢のお話を伺えればと思ったのですが残念です」
自分へ付けられた監視の手前、一応本当に残念そうな声と口調で前髪に隠れた眉を下げた表情を作り、内心では国家の財産とも言える「ニコル・ミレット」をしっかり囲って守護しているクリソプレーズ王家の対応に感心しているカリムに、色は暖かみのある茶色なのに刺すような冷たさを宿した眼差しで見下ろすレイジが、突き放すように告げる。
「他国の経済を学びたいなら、三学年のAクラスにカーネリアン王国から公爵家の御令息が留学して来ていますので、そちらにでもお話を伺ったらどうですか」
「なるほど。助言、ありがたく頂きます。失礼」
この場から追い払うような物言いであり、王命を賜っているとはいえ平民である護衛が他国の辺境伯令息に取って良い態度では無いが、カリムは気にしない。
卑屈な考えからでは無いし、護衛の態度が褒められたものでは無いことは、厳しい教育を受けたカリムにも分かっているが、さっさとニコルの前から退散する切っ掛けが手に入ったのだから、無駄にせず速攻で拾っただけだ。
レイジの言い方や態度は別にして、カリムがネイサンと面識を持つよう誘導する文言を護衛に口にさせたのはニコルの指示なのだが、そこまでは今のカリムには分かりはしない。
退散した後もニコルの居る教室に留まっていれば、付けられている監視から後で「命令遂行の熱意が足りない」などと咎められそうだと考え、カリムは教室を出る。
目指すのは三学年のAクラス。
ニコルの護衛の言葉に従うことで、「ターゲット」の心証を悪化させず、あちらの警戒心を弱める可能性を探る行動だったのだと、早々に諦めてニコルの前から退散した言い訳に出来る。
それに、真実はどうであれ、「カリム・ソーン」は「他国の経済を学ぶために留学した」ことになっている。初日から、「実は他国の経済に然して興味の無い態度」を取って疑惑を持たれ、祖国に送り返されでもしたら目も当てられない。
カリムは、二度と祖国に「帰りたい」などとは思っていなかった。
出来れば二度と行きたくもないが、もしも現在の立場を脱出出来たとしても、今後生き延びるために自分を何処かへ売り込むならば、祖国の土を踏まずに済まされることは無いだろうことは覚悟している。
何れにせよ、自分が太陽の下を大手を振って歩いて生きていける未来など存在しないことは確実だ。
随分とクソな立場にムカつくことも無くはないが、カリムには「目的」があり、そのためならば、どのような苦境も甘んじて受ける決意は、ずっと昔につけていた。
三学年のAクラスに到着し、入口付近に居た生徒に自分の名前を告げて、カーネリアン王国からの留学生を呼んでもらえるよう頼むと、その生徒は快く教室の中に戻り、よく手入れの行き届いた艶のある灰色の長い髪を一つに結んだ男子生徒に声をかけている。
男子生徒が礼を言って立ち上がり、カリムの方を振り向いた。
その瞬間、
「──っ」
上げそうになった声を飲み込んで、カリムは平静を保つ。虐待を超えた拷問のような「教育」が役に立った。
表向き、何ら特別な感情を滲ませず、カリムは振り向いたネイサンに軽く会釈をする。
ネイサンも、カリムがよく知っている、胡散臭い誠実そうな笑みを浮かべて会釈を返して来た。
カリムの胸の内が、この世界に生まれて初めて高揚するが、それも「教育」の賜物で完全に押し隠した。
「二学年への留学生の方ですね。私がカーネリアン王国からの留学生、ネイサン・フォルズです。私に何か用事でしょうか」
丁寧に話しかけるネイサンも、カリムの「正体」に内心では興奮しているが、それを微塵も表に見せることは無い。
「モスアゲート王国から来ました。ソーン辺境伯家の次男、カリム・ソーンです。他国の経済を学ぶことが留学の目的ですので、祖国から離れたカーネリアン王国の商業の話などを伺いたく、不躾にも先触れも無く訪れてしまいました」
やや申し訳無さそうに、しかし辺境伯家の次男という身分に違和感を持たせない、堂々と落ち着いた口調で、友好的な態度を示すカリム。
昔馴染み以外には気取られぬ程度に面白そうに薄紅の両眼を細め、ネイサンは誠実に見える微笑みを浮かべる。
「モスアゲート王国の方にまで我が祖国の商業に興味を持ってもらえるというのは嬉しいですね。よろしければ学院のサロンで互いの国の流行品などについてお話しませんか?」
学院のサロンは、生徒に開放されたスペースだ。
事前に申請すれば少人数用の個室も使えるが、ある程度の距離を置いてソファとテーブルが複数設置される高級ホテルのラウンジのような広い部屋は、学院の生徒や教師ならば出入り自由で利用することが出来る。
留学生同士であっても、それは保証された権利だ。むしろ、クリソプレーズ王国の王都に屋敷を持たない生徒同士の交流の場として使われるならば、誰しもが納得する利用の仕方だろう。
「お誘い、ありがとうございます。よろこんで」
ごく自然に誘いを受け入れたカリムに、周囲の生徒の目は温かい。
クリソプレーズ王国の貴族学院にて、他国の留学生同士が実り有る交流を持つというのは、彼らにとっても誇らしい事柄なのだ。
ネイサンもカリムも、クリソプレーズ王国の生徒との交流を拒否するような真似はしていないし、他国の高位貴族の人間同士が堂々と誼を結ぶ場として選ばれるほど、クリソプレーズ王国の貴族学院も、「目撃者」となる生徒達も、高い評価を持たれていると思えるからだ。
サロンへ先導しながら、ネイサンはカリムの両眼を覆う布に視線を流す。
ネイサンはカリムの事情については何も知らされていないし、掴めてもいない。
個人的な事情を詮索するような品の無い真似は貴族として出来ないが、見えていないとは思えない危なげない動作のカリムの、「いかにも傷があります。不自由です」といった体の目を覆う布を完全スルーするのも不自然であろう。
凝視はせずに、流すように視線を送り、多分それで「分かる」であろうカリムからの反応を待つ。
「ああ、気になりますよね」
少し困ったように苦笑して、「よく見えなくても視線は感じますよ」という体で、カリムが目を覆う布に手を触れる。
「幼少期の事故により傷を負いまして、全く見えないという訳では無いのですが、光が入ると痛むのです。見苦しい姿ですが、ご容赦を」
「いえ。こちらこそ不躾な視線を送ってしまったようで心苦しいです。今は痛みはありませんか?」
「はい。不自由はありません」
カリムの返答で、ネイサンは彼が実際には傷など負っておらず、「何らかの事情」により目を隠す必要があっての現在の姿であることに思い至った。
目を隠す必要がある「何らかの事情」。
自国では宰相公爵家の令息であり、幼い頃から王立図書館に通って国政の裏事情に精通した「友達」と親しく付き合いながら立ち回り方を学んで来たネイサンには、それで十分なヒントだった。
カリムは国王の御落胤であり、隠された瞳の色は、おそらくモスアゲート。
ソーン辺境伯の子供という身分は、カリム本人が用意した偽の物であるか、他の何者かの手によって用意された偽の物。
ただし、モスアゲート王国とクリソプレーズ王国が同盟国であることを鑑みれば、辺境伯家がグルでなければ直ぐにバレてしまうのだから、辺境伯家は「カリム」の本当の血筋を知っている。
そして、もしもカリムが持つ「カリム・ソーン」の戸籍が「本物」であるならば、モスアゲート王家、またはモスアゲートの王宮、もしくはモスアゲート国王個人と側近辺りがグルだ。
その目的と意思は不明だが、王族が偽の身分で留学というのは、お巫山戯やお遊びでは済まされない。
王族という身分で特別扱いを受けず、一貴族の身分で学生生活を経験させる、という目的ならば、両国の王家の間で話が付いているならば何も問題は無い。
しかし、それにしては不自然だ。
カリムには従者が付いていない。
身分を隠していても、もしものことがあったら困る王族ならば、護衛を兼ねた従者が共に入学か編入する筈だ。
ネイサンは、答えに辿り着く。
カリムの国での地位は、王族として安定したものではない。
カリムの留学目的は平和的なものではない。
特殊な訓練は積んでいない、軍人以下で一般貴族以上な気配察知能力を持つネイサンでも感知出来る監視の視線は、ずっとカリムに付き纏っているが、カリムを護ることを想定した視線では無いと結論が出た。
実際は王族であり、「目が不自由」という「設定」まで持っているカリムに従者が付けられていないのは、カリムを「捨て駒」として「何らかの良くない事」に当たらせる意図があるからだ。
その「良くない事」は、おそらく、同盟国であるクリソプレーズ王国への敵対行為に類する事であり、実行すればカリムは命を落とすだろう。
だが、監視が付いているということは、カリム自身が望んで行為に当たるのではなく、従わねば殺すとでも脅されているのではないか。
ネイサンは、よく知る人物だった「カリム」が、他人を人質に取られて誰かに従うような人間ではないことを知っている。
この「カリム」にとって、人質として効力を発揮する唯一人の人物には、彼は未だ再会していないのだから。
だから、彼が脅されて従っているということは、彼自身の命が脅かされているという現状があるのだろう。
そして、「カリム」がどんな屈辱も苦境も受け入れて生き延びて来た「理由」は、きっと、再会に至る手段を探すためだ。
カリムに、「脅されて受けた命令」を遂行させてはいけない。
ネイサンは今後の段取りを考える。
カリムが受けた「命令」の内容の詳細は現時点では分からないが、御主人様にとって嬉しくない内容であることは間違い無いだろう。
ジルベルトはクリソプレーズ王国の王族側近だ。クリソプレーズ王国への敵対行為が、同じ学院に在籍する留学生によって行われたとあれば、メンツを潰されるし能力も疑われる。
ジルベルトは『剣聖』なので処刑はされないだろうが、護衛する王子に傷でも負わされれば、自由意思は奪われ、飼い殺されるだろう。
同じ学院に通う留学生が国への敵対行為を行うことを、王族として未然に防げなかったとなれば、ジルベルトが仕える第二王子が失脚する恐れもある。主が失脚した騎士の末路は明るくない。
クリソプレーズ王国への「敵対行為」は、王家が庇護する「黄金を生み出せる令嬢」ニコルの略取や暗殺である可能性もあるが、ニコルはジルベルトの前世の娘だ。狙われたり害されたりを許す訳も無く、謀る者の存在だけでジルベルトに不快感を齎してしまう。
御主人様を不愉快にするとは万死に値する。
うっかり素の黒いオーラを出しそうになったところでサロンに到着し、紳士的な態度に感情を綺麗に隠して給仕に茶の用意を頼んだネイサンは、カリムを促して一人がけのソファが二つ向かい合った、二人用の席に落ち着いた。
カリム側の事情は凡そ推測出来たので、カリムの「命令」遂行を止め、ジルベルトにカリムの「正体」を報告し、カリムの救済を打診する。それが、この「会談」でネイサンからカリムに伝えておかなければならない、今後の方針だ。
「ソーン殿は故郷でも経済を主に学んでいたのですか?」
監視が付いていることを意識して、無難な会話から導入する。
ネイサンの「正体」を認識したカリムも心得たものだ。何でもない会話の中に現在の自分の「設定」を出来るだけ盛り込んで伝える。
「いいえ、恥ずかしながら、武門の家であるソーン辺境伯家の男子として生を受けても騎士を目指すには不足な体である我が身を嘆き、これまで社交にも出ず領地に引き籠もっていたのです。祖国では学院へも通っていませんでした。この度、一念発起して留学を志し、国際的ヒット商品を次々と発信するクリソプレーズ王国へ、自国の経済を発展させるための学びを得ようとやって来ました」
ネイサンはカリムの話から、伝えたかったことを正確に読み取った。
本当の出自がバレないように、王都から離れた辺境伯領に幽閉に近い形で押し込められていたが、この度「命令」によってクリソプレーズ王国に送り込まれた。「命令」の内容は、「国際的ヒット商品を次々と発信する」ニコルを狙ったもの。
「そうですか。逆境に絶望を覚えたままとならず、希望を見出し留学を決意したソーン殿は、きっと報われるでしょう。私も、この国への留学で将来の目標が定まりました。互いに頑張りましょうね」
年上の先輩として、物柔らかに優しく後輩を激励する、育ちの良い貴公子。
そうとしか見えないネイサンの演技力に、懐かしさを感じながら、ネイサンとの再会で予感していた「もしかしたら叶うかもしれない悲願」に届いたことを教える言葉に、カリムは熱いものが込み上げる。
しかし、それを監視に気取らせることはしない。
「はい。力を尽くして邁進します。と言っても、今まで引き籠もっていたもので、学業の成績は情けないものでして。今は家人が寝入った後も一人徹夜で詰め込み学習ですよ」
戯けたように肩を竦めるカリムは、恥をかかせるためにBクラスに編入されたことを逆手に取って、下校後の状況を伝える。
ネイサンはカリムの言葉から、カリムが下校後は一人で部屋に詰め込まれ─監禁され─ていること、夜は見張り番以外は休んでいることを推察した。
「おやおや、無理はいけませんよ。適度な休息も学習の効率を上げるものです。そうですね、これも何かの縁です。勉強が苦手ならば、私が見ましょうか。これでも編入試験は満点でしたから」
「素晴らしいですね、満点ですか! フォルズ殿の申し出は大変ありがたいです。クリソプレーズ王国の経済も学びたいのですが、それ以前に留学生として恥ずかしい成績では、モスアゲート王国民として立つ瀬がありませんからね。どうぞよろしくお願いいたします」
勝手な真似を、と帰宅後に監視達から折檻でも受けそうだが、衆目の中で「自然な流れで」決まった交流だ。
しかもネイサンは国交の無い他国人とはいえ、同規模の王国の公爵家の人間なので、辺境伯家の子息として身分を提出しているカリムが交流を拒絶することは悪目立ちに繋がる。ネイサンが全くの善意から、といった体で申し出ているのだから尚更だ。
「では、私からの約束ですよ。『家人が休む頃には、取り敢えず一度休憩すること』。学習とは、根を詰めれば結果が出るものでもありません。勉強も身体が資本なのですよ」
カリムが、首元に指を差し込んで襟を緩めるような仕草をした。ネイサンが以前、よく見た仕草だ。
それは、言葉で伝えられない時の、彼からの「了承」のサイン。彼の職業上、その仕草は自然に会話の中で紛れ込ませられるものだったから。ネイサンの前世であれば、かなり不自然で目を引いただろうが。
今の時点でネイサンが伝えたいことは、全てカリムに伝わった。
あとは、「先日のお礼」という体でクリストファーに面会し、カリムの正体と現状を伝え、ジルベルトにも話を通してもらえばいい。
当たり障りの無い「流行品」の会話をしばし続けて、満足の行く「会談」を終えた二人は別れた。