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脳筋騎士との出会い

 ジルベルトは8歳になった。

 5歳の誕生日に数多の妖精の加護を授かり魔法で自衛できるようになってから、屋敷内での行動が制限されることは無くなっていたが、外出は未だ一度も当主の許可が下りていなかった。


 5歳の時に天地へ剣聖を目指す誓いを立て公表したこともあり、屋敷に侵入した愚かな輩がジルベルトに魔手を伸ばして返り討ちにあったとしても、ダーガ侯爵家当主の権限のみで報告の必要無く処分する許可を国から得ている。だが、敷地内から外に出ると、侯爵以上の身分を持つ人間に抵抗すれば、正当防衛に物言いを付けられる可能性もあるのだ。

 外で性搾取目的で襲われても、高い身分の加害者が「ダーガ侯爵家の息子が誓いを立てたことなど知らなかった」と言い切れば、国家への犯罪行為として罪に問うことは難しい。

 子供を性的に襲うなど当然褒められた行為ではない。それでも、被害者より身分が上なら、「そんなつもりじゃなかった」や「向こうが誘惑した」や「合意だった」が罷り通るのが身分社会だ。


 この国の貴族の子供は8歳になれば、昼の茶会から社交に出る義務が生じる。

 安全地帯(屋敷内)から出さずに済む猶予をそれまでとして、ダーガ侯爵は爵位とは別に家族を守れるような地位や権力を固めるために奔走した。

 ダーガ侯爵夫人も親友である王妃と共に、高貴な女性達に根回しをして味方に付けた。

 主であるアンドレアは、彼の側近に手を出そうなどと不埒な思いを抱かせない「幼いながらも敵に回せば恐ろしい王子」を目指し成功した。

 主を同じくする仲間で友人のモーリスは、宰相である公爵の嫡男という立場を活かし、ジルベルトの後ろには第二王子と王妃だけでなく、切れ者宰相オズワルド・ヒューズ率いるヒューズ公爵家も付いていると、王宮王城内に出入りする人々の意識に植え付けた。


 アンドレア、モーリス、ジルベルトが茶会デビューする頃には、アンドレアは『笑顔で苛烈な天才王子』、モーリスは『紳士で冷徹なミニ宰相』と渾名され、将来が楽しみながらも怖れられる次代の担い手となっていた。

 今回の茶会ではその二人と共に、剣聖を目指す誓いを立てて嫡男の地位を弟に譲った『幻の絶対美人』と女性達が囁き交わすジルベルトが初めて人前に姿を現すのだ。その茶会の注目度は凄まじく高く、国外からの参加打診も出るほどだった。


 剣聖の称号はクリソプレーズ王国独自のものではなく、世界共通だ。

 他国でも、多くの歴史に登場し尊敬を集める憧れの英雄であり、特に、幼い時分から主のために道を選び、誓いを立てて剣聖となった人物は、尊ばれ語り継がれている。

 だから、誓いを立て剣聖を目指す子供を己の欲望で汚そうと手を伸ばす者が、身分立場にかかわらず白眼視される国は多い。国家への犯罪行為と見做す国さえ、クリソプレーズ王国を含め数多くあるのだ。

 それでも歴史上、愛玩目的や性搾取目的で狙われ、身を汚されて剣聖への道を断念した子供も少なくない。

 剣聖の素質の一端として『妖精の加護を大量に受けている』という事実は、人間の目にも非常に好ましく美しく映るということだ。過去、天性の才能と美を兼ね備えた剣聖候補達を殺してきたのは、剣でも毒でもなく、性犯罪とハニートラップだった。

 そしてハニートラップはともかく、剣聖を目指す子供への性犯罪の犯人は、その子供よりも高位の身分の権力者であることがほとんどだったのだ。


 だが、近年明らかにされた事実によれば、剣聖とは『妖精に愛された存在』だ。

 妖精に愛されるということは、世界─神々そのもの─を癒やす力を増す存在であるということに繋がる。

 妖精の数と力の総量は、自然の豊かさと密接に関係している。

 妖精の力が多く働いている場所は、世界の活力が高まる。

 古代、空を海を汚し大地を蹂躙することで権威を高めようとした人間の国は、その手法として妖精の数を減らすことを思いつき実行し、滅亡した。

 生き物の住めぬ不毛の地となった亡国の跡地を、癒やし蘇らせたのは妖精達だ。

 妖精の存在は神々の癒やしであり活力源であると古来より言われている。その妖精が成長して力を増すには、愛し愛される対象が必要なのだと、近年明らかになった。


 妖精は美しいものが好きで、美しさを気に入った人間に加護を与え、一度与えた加護を取り消すことができないことは、既にデータが取られ一般論となっている。

 幼い頃に見目の美しさから加護を与え、その人間が長じるに連れ興味を失くしても、力だけは願えば貸してくれる。

 見た目も振る舞いも才能も特筆すべきものが無くとも魔法を使える人間が存在する理由は、これだというのが通説だ。

 妖精は加護を与えた後は姿を消すが、気に入った人間の側には常に寄り添い、時には姿を現す。好意のアピールらしい。興味を失くした人間の周囲に、人目に触れる形で妖精が姿を現すことは無い。


 加護を与え、気に入り寄り添う人間が好みのまま成長すると、妖精達はその人間への愛情を持つようになり、各々で自我が芽生えるようになる。

 自我の芽生えにより好意以上の愛情を与え、また愛情を返されることで、妖精は成長して力を増すのだ。

 通常人々の目に触れる機会のある妖精とは、手のひらサイズの子供に種類ごとに色の異なる羽の生えた姿をしている。

 だが剣聖の周囲に姿を現す妖精は、その数倍の大きさで、姿は大人であり、虹色の羽を持つことが発見されたのだ。

 妖精は成長し、それによって力を増す存在であることを人間に明かしたのは、この時初めて人々に認識された大人の妖精だった。この世紀の大発見により、成長した妖精は人間と意思疎通が可能な知性を持ち、人の言葉も操ることが知られた。

 このことだけでも、『剣聖』という存在の貴重さを国の要職に就く面々は痛感している。

 意思疎通可能ということは、どう「お願い」しても「お願い=力を貸す」としか理解しない子供の姿の妖精と違い、本人の魔法行使の能力に関係なく望む形で魔法を使えるということであり、人間の知り得ない神々の領域に踏み込むような知識を得る機会も持てるということだ。


 近年新たな事実が判明したことで、妖精が愛する存在となり妖精を成長させる可能性を持つ『剣聖を目指す子供』を汚すことは、神々への冒涜であると認識する国が増えた。

 勿論、敬虔な言葉の裏には様々な思惑があるが。

 立場的に国家への犯罪行為と見做されないだろうと軽い気持ちで手を出しかねない者達も、神々への冒涜と評される行為には躊躇いが生じる。

 神々への冒涜は古代の国を滅ぼした実例もあり、権力の中枢に座す者ほど、そう評されることで被るダメージは大きい。それと、単純に「ここまで馬鹿な奴に権力を握らせておけない」と身内からも見放されることになり、力を抑え込まれるのだ。


 剣聖は、同じ国に短期間にそうそう現れない存在だ。

 称号を与える役割を国王が担う国でも、実際には資格の無い者を本物の『剣聖』にすることはできない。偽物が称号だけ持っていても魔法攻撃無効にはならないし、剣で魔法を斬り裂くこともできない。当然、妖精との意思疎通も不可能だ。

 本物の『剣聖』は、類稀な美貌と天才と呼べる剣の才能を併せ持って生まれ、美しさを損なわぬまま過酷な修行や鍛錬を以って国内最強の剣士となり、妖精の好む無垢な肉体と清廉な行動を維持し続け、自我の芽生えた妖精からの愛情に心からの愛を返せなければ至ることが能わない。

 その稀なる存在が、国民であり国の味方をしてくれることがどれほどの価値なのか理解できない、もしくは理解しても欲望が勝つような者は、自国の国家権力の中枢から弾かれる。

 他国の剣聖やその候補にも、表立って手を出せば宣戦布告と取られるのだ。敵国の戦力を削ぐために仕掛けるにしても、高い権力の座にある人間自らが痕跡を残して動くことは許されない。


 ダーガ侯爵は、外交官の地位を全力で使って周辺諸国に、「クリソプレーズ王国第二王子の側近であるジルベルトには十分な素質があり、剣聖を目指す誓いを立てた」という事実を刷り込んだ。

 どの国の王族だろうが大公だろうが公爵家だろうが、ジルベルトに手を出せば『神々への冒涜行為』だという世論を作り上げ、相互に()()()()()()()()()()を作り上げたのだ。

 これで表立ってジルベルトに手を出そうとする人間は、それぞれの国の中で窮地に立たされることになる。知らぬ存ぜぬは通用しないほどに事実を浸透させた。

 裏から手を回して来る輩は、身分がどうであれ返り討ちにできれば「無かったこと」だ。相手も返り討ちにされた抗議などできないのだから。

 そうして息子が安全に外出できる土壌を生成(せいせい)したダーガ侯爵は、ジルベルトの茶会デビューまでに外務大臣にまで登りつめ、国内外に大きな影響力を持つようになっていた。

 もう、侯爵家より爵位が上という程度で敵に回せる存在ではない。

 息子はそんな父親を尊敬し、感謝している。


 ジルベルト本人も守られていただけではない。

 公の場に立つまでに、敵意や悪意も入り混じる衆目の全てが納得必至な『将来剣聖になる子供』に相応しい姿を手に入れていた。

 身体を鍛え、精神を鍛え、剣技のみならず汎ゆる武術を己のものとするべく修行し、知識と実技訓練を積み重ね魔法を使いこなし、主や仲間に恥じぬ教養と作法も身につけた。

 当然、美しさと無垢な肉体は維持している。

 同年代の子供より頭一つ高い背丈にしなやかな筋肉、艶のある漆黒の髪は短く整えられ、深く澄んだ濃紫の両眼は大人びた知性を湛えながら主の半歩後ろで周囲の動向を把握している。白皙の美貌は人知を超えた類稀なものだが、主や仲間に向ける笑顔は凛々しくも温かみがあり、美しいだけの存在より更に人々を魅了する。

 独り歩きした誰も目にしたことの無い『幻の絶対美人』の噂に、「大袈裟な」と鼻で嗤っていた者達は、魂を抜かれたように呆けて彼から視線を離せなくなり、同年代の少年少女達のみならず、会場中の人間全てがジルベルトのことを「必ずや将来剣聖になるだろう」と、感嘆の息を吐きながら思い描いた。


 妖精は加護を与えるとアピール心が一旦落ち着き、普段は近くにいても姿を人間には見えないように消していてくれる。

 よって、茶会デビューで公の場に出るようになった子供は、一見では加護の多寡は分からない。8歳にもなれば、乳幼児の時期から集まっていた妖精は加護を与え終わっているからだ。

 それでも、目に見える状態から平均より加護が多いか少ないかは想像できる。

 妖精は美しいものが好きだというのは、この世界の真理だ。美しければ、取り敢えず平均よりは多くの加護を得ているだろう。更に妖精達が好むのは、生命力を感じられる美だ。

 姿形の美しさを前提条件に、健康な肉体、健全な精神、快活な好奇心、明朗な行動、血の通った表情。そういったものを持つ子供を殊更気に入る傾向にあることが、調査及び統計で知られている。

 つまり、美麗でありながら健康利発で表情豊かな子供は特に加護が多いと目される。


 乙女ゲームの世界のジルベルトは、全登場キャラ中最上の飛び抜けた姿形の美しさを持ち、設定では平均以上の加護を得ていたが、それに留まっていた。

 原作を思い出しながらジルベルトは、現在の自分の、どう考えてもバレたら絶対にマズイ量の妖精の加護は、()()()()()()()()()()()なんだろうな、と考えていた。

 原作通りに、この記憶を取り戻さないまま、絵本を抱えて本棚の影に潜み、理不尽な暴力に曝されながら絶望の淵を覗いて過ごす幼少期のまま成長したら、妖精好みの生命力なんか溢れる筈もない。

 妖精の加護は救いが必要な者により多く与えられるものではないのだと思えば、前世の記憶を取り戻した当初はファンタジー(現実味が無い)だと感じた妖精の加護(それ)は、シビアさと不公平さが非常に現実的なものだと今は感じている。


 ようやく許された初めての外出により、感慨深く未だ短い今生を振り返り思いを馳せるジルベルトの茶会デビューは、第二王子アンドレアと左右を固める側近のモーリス並びにジルベルトの公式なお披露目として大成功の流れとなっていた。


 ───そんな和やかな空気を殴りつけるような大声が中断するまでは。


「おい! ジルベルト・ダーガ! 俺と勝負しろ!」


 ジルベルトより頭半分ほど小さいが同年代の子供達よりは大柄な赤髪の少年が、ギラギラとオレンジ色の眼を吊り上げてジルベルトに人差し指を突き付け叫んだのだ。


(あ、こいつ脳筋()鹿()だ。)


 静かに穏やかな微笑を浮かべたまま、ジルベルトは眼前の存在を内心で切り捨てる。

 脳筋()()ハロルドは、原作ではアンドレアの側近だった。父親が騎士団長であり伯爵家の嫡男でもある彼は、立場的に今の現実でもアンドレアの側近候補である。


(こんな非常識な馬鹿が側近になったらアンディの恥になる。叩き直すか叩き折らねば。)


 剣聖を目指す誓いを立てたジルベルトは、既に(アンドレア)に忠誠を捧げている。主の害になるモノは矯正か排除が、側近であり専属護衛であるジルベルトの役割と自認していた。

 子供達が主役の集まりと言っても貴族の義務で公の社交の場である茶会。しかも主催は王家で、第二王子と側近の初お披露目という今年最も重要な茶会。そんな場で大声を出すだけでも真っ当な教育を受けていないのではと疑われるレベルなのに、身分が上の侯爵家の令息を許しも無く呼び捨てで指を差す行為。

 その上ジルベルトは王族(アンドレア)公爵家嫡男(モーリス)と並び立っているのだから、伯爵家の息子(ハロルド)が突然前に飛び出し大声を浴びせ指を差すのは、「非常識」と一言では済まされない、起きてはならない有り得ない非常事態だ。

 当然、ジルベルトはハロルドが近づき始めた時点でアンドレアを庇う位置に身体を入れ替え、専属護衛として許されている帯剣をいつでも抜けるよう身構えている。表情は変えずとも殺気と威圧は放っていた。

 大事な側近(ジルベルト)に無礼な真似をされたアンドレアも笑顔で怒髪天を衝いているし、大切な友人(ジルベルト)に敵意を向けられたモーリスも無表情のまま物理的に周囲の温度を下げた。


「私は馬鹿は嫌いだ。勝負する価値も無い」


 リアルで対面したハロルドの第一印象は最悪で、ジルベルトは静かな微笑を浮かべたまま、ハロルドが対応不可能な速度で間合いに入り、剣の柄で急所複数箇所を抉るように突き、昏倒させた。


 この出来事がジルベルトの新たな渾名、『麗しき死の刃』を生み出すのだが、本人がその厨二臭い渾名に悶絶するのは少し先になる。

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