表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/196

思わぬ繋がり

子供の死体の描写が出て来ます。地雷となる方はご注意ください。


 ロペス公爵捕縛の大騒動の影で、思わぬ進展を遂げた事件があった。

 その見届けのために、王都のスラム街の一角に設営された粗末な墓碑の乱立する墓地に、ハロルドとウォルターは佇んでいる。


 事前に周辺には、「破落戸に拐われた貴族がスラムの墓地に殺されて埋められたらしい」と噂を流しておいたので、軍服に帯剣のハロルドと、町の祭儀支所の役人よりも豪華だが同じ意匠の腕章を着けたウォルターが其処に居ても、「調べに来た騎士と葬式の専門役人」という印象が人々には残る。

 彼らの本来の立場を知る者は、この辺りには居ない。

 二人がこの場に立つのは、ハロルドがアンドレアの代理として、ウォルターはコナー家当主の名代としてだ。


 コナー家の配下がロペス公爵が組織的に行っていた人身売買の『商品』として潜入した際に、気になる少女が居たと報告があった。

 その少女は9歳だったが、栄養状態のせいか身体は5歳児くらいの大きさだった。帰って来なくなった父親が呼んでいると言われて「優しそうな知らないおじさん」について行き、『商品』として()()されていた。そして、貴族の子が履くような靴を履いていた。

 その靴を何処で手に入れたのか訊ねると、居なくなった父親から貰ったのだと言う。


 他にも「綺麗な布」を貰った友達もいるのだと聞いて、スラムに紛れているコナー家の配下に探らせると、「少女の友達」の兄の警戒心が不審なほどに強かった。

 コナー家の配下が、その兄を()()()()()連れ出し、()()()()()()()じっくり話を聞いたところ、春頃に流れの破落戸が小さな女の子を襲っているのを見かけて追い払ったが、女の子はもう死んでいたからスラムの墓地に埋めた。女の子が身に着けているものは、生きている人間のために皆で分け合った。とのことだった。


 スラムで死人が埋葬される時は、身一つで埋葬される。死んだ人間に服や、ましてや装飾品など与えられる余裕は、スラムの人間には無い。

 スラムの住民が貴族の死体を巡回兵の詰め所に運び込んだら、本当のことを言ったところで犯人扱いをされて罪人として殺される。だから、墓地に埋めた。

 少女の友人の兄の言い分に、不審点は無かった。


 墓地には粗末だが、まだ新しい女の子のための墓碑もあり、道端の花を摘んで作ったのだろう小さな花輪や草花飾り、子供達の宝物かもしれない磨いた木の実や色硝子の欠片が供えられていた。

 学の無い者達が、悪意で死体を隠すために埋めたようには見えない。

 スラムの住民は、死んだ人間から「貰ったもの」の代わりに、生きている自分が出来るお礼をする習慣がある。

 摘んだ花を手向ける、大切にしていたけど無くても生きて行ける宝物を供える、年長者から教わって、摘んだ野花や雑草を装飾品のように編んで感謝の気持を伝える。


 たくさんの『良い物』を分け与えてくれた女の子の墓碑の周りには、他の墓碑よりも多くの『感謝の痕跡』があった。

 ()()が埋葬された春頃から今まで続けられていていることは、供えられた花の季節が移り変わっていることから覗える。枯れて朽ちかけた花輪や草花飾りは、春のものから初秋のものまで揃っている。

 最新のものは、まだ萎れていない薄の茎に色付いた落ち葉を刺して重ねたものだろう。もっと秋が深まれば、もっと濃く色付いた落ち葉で何か作るのかもしれない。


 ウォルターの指示の下、死者を悼む意を表し、祭儀部の部下達が「たくさんの良い物をくれた女の子」の墓を暴く。

 未だ土に還っていない部分を検分すれば、遺体の特徴は行方不明のカーネリアン王国子爵令嬢のものと一致した。

 多くの感謝が捧げられた墓碑の状況は、祭儀官の一人が丁寧なスケッチを残した。スケッチは、スラムの住民の習慣と共に報告書に添付するものだ。

 令嬢の遺体は、美しい布に包まれて回収された。

 これから祭儀部の作業施設へ運び込まれ、洗浄の後に専門家達の手によって生前の姿に近づけて修復され、身分に相応しいドレスと装飾品を纏うことになる。


 令嬢の『遺品』となる靴や、ドレスの一部であろう布、名前が刺繍で入ったハンカチなどの回収にも成功した。

 それらを差し出した住民には、「遺品を保管していた謝礼」として、僅かな金銭と数日分の保存食が渡された。

 カーネリアン側から「罪人受け渡し要求」があったとしても、令嬢を埋葬し、感謝を捧げていたスラムの住民が引き渡されることは無い。

 捕まれば死罪確定の()()()()破落戸など、いくらでも用立てられる。

 カーネリアン王国からの留学生が到着する頃には、全てが整っているだろう。


 ハロルドが第二王子執務室に戻ると、アンドレアが新しくクリストファーからの報告を受け取っていた。


「フローライトからの留学生が明後日、王都に入る。複数の目視による確認で、留学生は去勢されていない男と判明。髪は地毛で艶のあるチョコレートのような濃茶色、瞳はフローライト。身長は推定190センチから195センチ。体格は鍛えられた騎士タイプ。一見人懐こく、宿の人間とは笑顔を見せて気さくに会話をしていたそうだ。プロの気配は鋭敏に察知するため、これは()()を道すじの宿場町に配置して得た情報となる」


 報告を受けるために私室で着替えて来たアンドレアは、ハロルドが執務室を出た時と衣装が変わっている。

 私室を出た時に無精髭が無くなっている、という変化も良いよな、とアンドレアは言っていたが、体毛が銀色のアンドレアでは、ジルベルトのように無精髭が目を引くことが無い。

 フサフサになるまで伸ばさないとハッキリ目視出来ないのだから、見えた時には無精髭と呼べるレベルでは無いと、モーリスに案を却下されていた。

 そんな益体もないことを思い出しながら、ハロルドはフローライトからの留学生の外見を頭に叩き込み、スラムの墓地で見届けて来た内容を報告した。


「そっちは問題無く片付きそうだな。ご苦労」


 アンドレアに労われ、ジルベルトに肯定的に頷かれ、モーリスが嫌な臭いのしないお茶を淹れてくれる。

 ハロルドにとって、ここは「帰って来た」と安心できる場所だった。

 モスアゲートの動きが報告に上がって来ないことに静かな憤りを抱えていても、修羅場が一段落したことで、それぞれが落ち着いて業務を進めている。


「そう言えば、一つ気になることが」


 モーリスが茶器を片付けながら、ふと話し出した。雑談ではないが、執務と全く関係の無い話と言うわけでも無さそうな雰囲気だ。


「僕がクリソプレーズ王国の歴史を学んだ時には、戦乱の時代に在位していたレオナルド王は、『幾多の大切なものを失いながらも終戦に導く采配を振るった悲劇の王』と教えられました。だから、以前ジルに仲介してもらってダーガ侯爵家所蔵の『宮廷雀の内緒話』シリーズを読んだ時も読み流していたのですが」


 モーリスの口から出た「レオナルド王」の名前に、アンドレアとジルベルトは嫌な予感が湧き上がる。

 ハロルドは、鼻を動かして首を傾げた。ハロルドにとって御主人様に当たる二人から、忌避と困惑のような複雑な匂いがする。


「あれは、『宮廷雀の内緒話・雲間の章』だったと思います。『王太子様の側妃のフローラ様が、お渡りが無いことを嘆き()()()()()なさってご懐妊の運びとなった』という逸話がありまして。有り得ない話なので誤植だと読み流していたのですが、同盟締結時のレオナルド王の采配を知れば、学んだ歴史に疑いが向きますから」


「あぁ・・・そういうことか」


 カップを片手にアンドレアが渋い顔をする。ジルベルトも徒労感に満ちた溜め息を吐いていた。


 クリソプレーズ王国では、正妃は王宮に部屋を与えられ、側妃は後宮に住まう。

 後宮を持てるのは国王と王太子のみだが、当然、それぞれの後宮は同じ場所ではない。

 後宮に入った側妃は、後宮の主である国王または王太子の許可があれば、準王族の務めの一環として慈善活動などのために外に出ることが出来るが、監視を兼ねた護衛付きの外出であり、出先で相対した人物は勿論、言動の記録も逐一詳細に残される。

 側妃との面会が許される後宮の主以外の男性は、実の父親か両親を同じくする兄弟のみ。その他は、身分に関わらず許されない。

 フローラ妃が外出を許された記録は一度も無く、フローラ妃には記録上、血縁者が存在しないことになっている。

 だから、王太子の後宮で生きるフローラ妃が直接会って言葉を交わせる男性は、王太子フェリクス唯一人となる。


 つまり、()()()()()()()()()()()出来る状況は、有り得ない。


 同盟締結時に王太子だったフェリクスは、フローラが何をしたのか実際に目にしているのだから、その罪を知っていた筈だ。

 まともな感性の王族であれば、たとえ王命で同盟国の王族に不敬を働いたフローラを後宮に入れたとしても、後の世で外交上の弱点となり得る『罪人の子』が出来るような危険は冒さない。

 王命に逆らえず後宮に匿ったとしても、最大限の譲歩で、「手を付けずに飼い殺し」だろう。

 フローラが「王太子の渡りが無い」と嘆いていたと言うならば、()()()()()()()()()「まとも」だったということだ。


 だが、フローラは()()()()()()()()()()()


 この逸話が事実であれば、王太子フェリクスの側妃フローラが産んだ王子エイダン、つまり後の学院長エイダン・メイソンは、フェリクス王太子の父、レオナルド王とフローラ妃の間に出来た息子だった、という悍ましい結論に行き着く。

 産まれた赤子の瞳が『国の色』を持つのは、父親が国王または次期国王である王太子である証。

 学院長の瞳の色はクリソプレーズだが、父親が当時王太子のフェリクスでなくとも、国王レオナルドであれば、その色の瞳で産まれることに不思議は無い。


「俺は、レオナルド王が何をしたかったのか、本気で理解出来ん」


 額に手をやり声を押し出すように零すアンドレアに、ジルベルトが労りの視線を送る。

 二人は『王家の恥』も聞かされているので、レオナルド王への「またお前か!」感も一入だ。


 罪人を、出自を抹消してまで後宮に匿いたいなら、王太子のフェリクスの後宮に入れずとも、九人も側妃を抱えていたレオナルド王自身の後宮に入れる判断もあった筈だ。

 その方が紛れやすいし誤魔化しも効きやすい。もしも子が産まれたとしても、他の多くの側室腹の王子や王女に埋もれて探られ難い。

 戦争で親兄弟を亡くした憐れな令嬢を後宮で保護したという美談を捏造するにも、「悲劇の王」なら似合いの役だろう。

 フローラを気に入って手を付けたかったならば、そうしておけば、まだ被害は少なかった。


 同盟締結時、フェリクスは15歳だった。

 側妃は慣例で二人以上が望ましいと言われているが、キャロライン姫が年上だったため、フェリクスは学院卒業後すぐに、正妃となるキャロライン姫と婚姻して後継者作りが始められる。二人の年齢的に、政略の意味の無い側妃を急いで迎える必要も無い。当時、フェリクスに釣り合う年齢の令嬢は高位貴族に居なかったのだから、尚更だ。

 フローラと別の側妃である、フェリクスの5歳年下のエレナ妃が後宮に入ったのは、エレナの学院卒業後なので、フェリクスの婚姻から五年後だ。

 それでもフェリクスは、まだ王位を継ぐ前の王太子であり、24歳の若者だった。


 王と側妃の年齢が大きく離れていることは珍しくない。

 早い時期から「側妃は二人以上が望ましい」の慣例に拘らずとも、同盟締結時には年齢が一桁だった高位貴族の令嬢を、側妃候補としておいても問題は無かったのだ。


 フェリクスは慣例に倣い、大人と認められる15歳になった時に、王太子として後宮を用意されていた。

 エレナ妃が後宮入りしたのは、フェリクスが24歳の時だと記録があるが、フローラ妃の入宮時の記録は存在しない。

 同盟締結により、王族の婚姻は貴族学院卒業が必要資格となったため、未婚時期のフェリクスの後宮は建前上は無人だったことになっているが、当時の「王太子の後宮の維持費」を見るに、ここに出自を抹消されたフローラを、13歳から()()()匿っていたと思われる。

 王太子の後宮維持費として、衣装や化粧品などの項目が細かく記載されるようになったのは、エレナ妃の入宮時からだ。

 だが、それ以前の「維持費」とだけ記載された期間の額の大きさが、無人の後宮の維持費とは考えられない。

 王命で匿ったと言える根拠は、王太子の後宮の主が王太子であっても、王太子の側妃を決めるのも、後宮に入れる許可を出すのも、国王だけが持つ権限だからだ。


 出された王命のリスクが高過ぎて、理解に苦しむのはアンドレアだけではないが、「すぐに後継者作りに取り掛かることが可能な、フェリクスと年齢の近い高位貴族の未婚令嬢の確保」が必須であった、という国王の判断であれば、ギリギリ無理矢理、「戦乱の世だったしな」と納得出来なくもない。

 だが、学院長エイダンの出生日から逆算すれば、フローラ妃が身籠った当時は、正妃であるキャロライン王太子妃が既に無事に王女も王子も出産した後であり、出自を隠す必要の無いスターク侯爵家のエレナ嬢が側妃候補として問題無く育って学院を卒業する目前だった。

 そこでフローラに日の目を見せるように、クリソプレーズの瞳を持つ子を生ませられる男が彼女に手を付ける必要など、皆無である。必要が無いと言うよりも、国の未来を考えれば、決して手を付けてはならなかった。


「フローラ妃が罪人なのは分かっていたから、自分の後宮に入れて責任を取りたくなかったんじゃないですか? 自分の後宮に入れると予算も自分の割当から出さなきゃならなくなりますし」


 本能に忠実に生きるハロルドの感想は、頭で考えて苦悩する仲間達に、深い納得を齎した。


「なるほど」


「余計に最悪だな」


 前者アンドレア。後者ジルベルト。

 モーリスは、ドロッとテクスチャーの「紅茶?」ではなく、糖蜜漬けの刻んだ林檎をたっぷり入れた深煎茶葉のお茶をアンドレアのために淹れ直している。


「あっちにもこっちにも良い顔はしたい。責任は負いたくないし後から取りたくもない。後世に悪く伝わるのは嫌だ。自分の予算は使いたくない。王太子は国王には逆らえないが、いずれ国王として責任を負って名を残すことは決まっている。美味しくないところは全部、息子に押し付けてしまえば、心のままに生きられますね」


 吊り気味のオレンジの瞳は澄んだまま、聞いた話の感想をポロポロ溢しているだけに見えるが、ハロルドの口から出た内容は『王家の恥』も聞かされていないのに、暗愚レオナルドの本質を暴くような、毒を含んだ鋭い見立てだ。


 それにしても、何処までもレオナルド王は余計なことをしてくれたものだ。

 クリソプレーズ王国の負の遺産は、自分が実権を握る前に綺麗サッパリ清算してしまいたい。

 アンドレアは、モーリスが差し出す甘い林檎茶を味わいながら、その決意を新たに強くした。

ある日のアンドレアとハロルドの会話。


「なぁ、お前の嗅覚って前よりレベルアップしてないか?」


「嗅覚って年齢と共に成長するものじゃないんですか?」


「いや、限度ってものがあるだろ⁉」


「まぁ、俺は自分の希望を叶えるために日々精進してますから」


「希望?」


「はい。何処に居てもジル様の汎ゆる諸々を感知できる犬になりたいんです」


「・・・そうか。まぁ、(ジルが)頑張れよ」


「はい! 全身全霊を懸けて精進いたします!」


「・・・程々にな」


 ハロルドは才能に胡座をかかない努力家です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ