父親達のヒント
国王陛下のヒントを元に戦乱の時代を調べるに当たり、学院長一派を潰そうと動いている今、城内で疑われる動きは避けようと、ジルベルトは深夜と言うには明け方に近い時間、一度ダーガ侯爵邸に戻った。
ダーガ侯爵邸の図書室は、歴代当主の蒐集癖で、数は王城の図書館に及ばないものの、現代では手に入らない書物が各種眠っている。それらは屋敷からの持ち出しが禁じられており、図書室への入室は当主の許可が得られなければ上級使用人とて不可である。
幼いジルベルトが図書室を逃げ場に選んでいたのは、当時の本人は知らなかったが、そういう理由で「怖い大人が追いかけて来れない場所」だったからだ。
許可無く侵入したら「坊ちゃまを探していました」の言い訳も却下で罰せられていた。それでも追って来る者が居たのだから、ジルベルトの「人を狂わせる美しさ」は、当人にとっては災難のようなものだ。
自衛の出来る今では、「人外」と呼ばれるほどの美貌は良い武器だと思っている。
屋敷の図書室で調べ物に集中していると、父のダーガ侯爵が温かい飲み物を入れたポットと軽食を載せた皿を手に歩み寄って来た。
相変わらず曇りの無い柔らかな笑顔で、本来なら眠っている時間だろうに清々しく整っていた。
父ブラッドリーは、「若くても身体が資本なのだから、無理は禁物だよ」と手ずからポットのミルクティーをカップに注いで息子に渡し、「調べ物をしながらで構わないから、ちょっとパパの雑談に付き合ってくれる?」と、聞き流せない話をジルベルトの耳に入れた。
ちなみにブラッドリーの巫山戯た口調は、ジルベルトを「仕事をする男として自分と同等である」と認めた頃から、二人だけの時に使われるものである。
ダーガ侯爵邸から直接学院に向かい、アンドレア達と合流して、授業中に身体を休めつつ考えをまとめ、午前の授業を終えて生徒会室に集まった。
今日の授業は午前で終わりである。
15歳で夜会に参加するようになると、貴族の子供達は自分が夜会で繋いだ縁で家のために動くようにもなる。
16歳になる三学年の頃には、休日に参加した夜会で誼を結んだ相手と「では明日の午後にでも」と、間を置かず再会の約束を取り付けたい者も増える。
そうなると、午後にある授業は家のために行動する貴族の障害となってしまう。それは、貴族学院の存在理由に反するのだ。彼らは「立派な貴族となるために」学院で学んでいる。「家のための社交」は、貴族の仕事のメインの一つだ。
だから貴族学院では、三学年以降は午後に必修科目の授業を設定していない。
ジルベルト達は学院側から、「生徒会役員は全科目を体験して卒業するように」と指示されているので、今年は女生徒のみの選択科目以外は履修することになっている。休日明けの今日は、最初から午後に四学年の授業が入っていないだけだ。
この現状は学院長の嫌がらせでしかないが、王族の執務妨害でもあるそれが罷り通る理由を、陛下のヒントからジルベルトは探り当てた。
一度アンドレアの側を離れていたモーリスが、大きな籠を片手に下げて生徒会室に遅れて入って来る。
学院の生徒達の使用人待機室に行っていたと言う。
公爵家ほどの高位の令嬢や、ニコルのような訳ありな生徒は、学院内に護衛の使用人を伴える。ニコルの場合は特例で生徒として共に教室内でも護衛が囲んでいるが、通常は「同い年の貴族」でなければ、同じ教室内で護衛の任には着けない。
プリシラには、本人の戦闘能力を隠すためにも、同い年の伯爵令嬢が二人「護衛の侍女」として授業中も付いているが、学院を卒業している侍女達は、授業中は待機室にいる。コナー家からニコルに派遣されている護衛メイド達も同様だ。専門が暗殺だったり男装していたり女装していたりするが、「護衛のメイド」で通している。
使用人待機室は、主人の授業中に護衛使用人が待機する他に、「お嬢様やお坊ちゃま」に届け物をしに来る使用人が一時的に待つ部屋としても使われる。
毒殺の危険が多いアンドレア達は利用しないが、学院には立派な食堂もカフェテリアも存在する。しかし、我儘なお嬢様やお坊ちゃま達は、「今日のお昼はアレが食べたい」という気分を大事にする。となれば、屋敷の使用人がお昼に学院まで届けることになるのだ。
アンドレア達は毒殺回避のための行動なので、我儘ではない。介する手の多さで、城から届いた食品は信用出来ず口にしないため、持参した携帯食で済ませる時以外はヒューズ家から届けられたものを食べることが多い。
ヒューズ家から届けられる昼食は、執事長が自ら毒見済みのものを運んで来る。それをモーリスが直に受け取り、他の者には触れさせない。そして、アンドレアの口に入れる前にはモーリスが毒見をする。
「おや」
大きな籠の包みを開けて、思わずと言った風にモーリスが声を上げた。
応接セットのテーブルに、籠の中から次々と取り出して並べられる料理を見て、他の面々もモーリスが声を上げた理由が分かった。
いつもはボリュームはあっても片手で食せる形に調理されている差し入れが、今日は前菜からスープ、最後のデザートまであるコース形式になっているのだ。
「これは・・・うちの父からのヒントかもしれませんね。食べれば分かると思いますよ。食べながらジルの報告を聞きましょう」
四人とも、死なない程度に栄養が補給出来れば、食事内容がどのようなものであれ耐えられる根性と経験はあるが、久しぶりのマトモな食事を楽しまない頑迷さは持っていない。
ヒューズ公爵領の特産品は食品が多く、美食の地としても有名だ。ヒューズ公爵家の料理もまた、王都の有名店を凌ぐ味を誇っている。
前菜から味わいながら、ジルベルトは調査結果の報告を開始した。
「戦乱の時代の後に王位を継いだ、先々代国王フェリクス・ジャヤ・クリソプレーズ陛下は、自称帝国に対する同盟が締結された後の最初の国王ですが、同盟締結時、フェリクス王には国内貴族の婚約者がいました」
75年前、同盟締結にて国王の正妃は同盟国の王女とする定めとなる以前は、クリソプレーズ王国では、国王の正妃は国内の公爵家から娶るとこが通例だった。
同盟締結時、フェリクス王は15歳。王族ならば婚約者がいて当然だ。
当時は現在のように、「同盟国からの正妃を迎え婚姻を以って立太子」ということもなく、国王が次の国王となる王子を指名すれば王太子となり、学院卒業を待たずとも15歳で婚姻する貴族も多かった。
「当時のフェリクス王太子の婚約者は、2歳年下のロペス公爵家のご令嬢だったと推察されます」
「ロペス公爵家? そんな記録は・・・いや、一応、ロペス家には戦時中に病死した令嬢が一人いたことになっているが。同盟締結時には記録上は存在しないぞ」
アンドレアの訝しむ表情に、前菜からスープに移ってジルベルトは頷く。
「戦時中に12歳で病死したことになっているフローラ・ロペスという令嬢の記録がありました。ですが、後のフェリクス王の側妃の一人の名はフローラ。年齢はフェリクス王の2歳下です」
「フローラという名は女性の名として珍しくない。ありふれたものだろう。同じ年齢だから同一人物とは限らなくないか?」
「それだけならば。バラバラの記録を繋ぎ合わせると、怪しい点が幾つも出て来ました」
まずは、同盟締結時にフェリクス王太子には2歳年下の公爵令嬢の婚約者が存在した記録は残っている。
当時、クリソプレーズ王国内において、フェリクス誕生の二年後に産まれた公爵家の令嬢は、死んだことになっているフローラ・ロペスだけなのだ。
同盟締結の一年前、終戦直前の戦時中に、フローラ・ロペスは12歳で病死したことになっている。
しかし、この届け出は死後一年以上経った同盟締結後に提出されていて、更に、祭儀部の貴族の葬式の記録にフローラ・ロペスの名前は無かった。
そして、側妃の一人、フローラ妃の記録だが、生家の記録が無い。
戦争で血筋が途絶えた家の令嬢を、陛下が憐れんで保護のために王太子の後宮に召し上げた、と記録があるが、これは公式記録ではないのだ。ただの通説であり、フェリクスやフェリクスの側近が公言した内容ではない。
保護者を失ったフローラを保護するという名目で終戦後すぐにに『王太子の後宮』に入れたという話を実話とするのは、時系列的におかしいのだ。
終戦直後には15歳に満たない年齢の王太子であったフェリクスは、まだ後宮を持っていなかった筈だ。「戦争で保護者を全て失った令嬢の保護」を実話とするなら、フェリクスが後宮を構えられる年齢に達するまで待ってなどいられない。
保護者を全て失った後ろ盾の無い貴族令嬢が、一年以上も誰の庇護下にも置かれず、後宮が構えられてから、王太子の側妃として後宮に入る要件を満たす『綺麗な身』でいられるのは、非現実的だ。
その辺りの現実と辻褄を合わせる記録は一切存在せず、フローラは突然『生家不詳の側妃』として、フェリクス王太子の後宮の記録に登場する。
当時は戦争で親兄弟などの保護者や後ろ盾を失った貴族女性など、把握しきれないほどいた。
その全てを後宮で保護したという事実など無い。予算的に不可能でもある。
だが、フローラは「定かではない民衆好みの美談」によって、「戦争で家と保護者を失くしたが、王太子の愛に救われた令嬢」のように民間に伝わっている。すぐに廃れたらしいが、当時は、似たストーリーの恋物語の芝居が上演されたこともあるようだ。
民衆がフローラを好意的に受け入れていたことで、当時の疑問を持っていた貴族も口を噤んだのかもしれない。
フェリクスの側妃は二人しか存在しない。フェリクスが持っていた後宮の予算の使い道を精査しても、妃は最大人数で二人であったことは確実だ。
その一人は生家が記録されていないフローラ妃。
もう一人はスターク侯爵家出身の、フェリクス王より5歳年下のエレナ妃である。そして、エレナ妃は生家の記録がしっかりと残っている。
「確かに怪しいが、そうまでして隠した理由があるってことか。公式記録や系譜を見ただけでは事実に辿り着けないようになってただろ」
「そうですね。王城で調べていたら不審がられるほどに、多様な資料が必要でした」
相槌を打ってジルベルトが口に運ぶのはメイン料理だ。ほろりと解ける牛肉の煮込みが美味である。ソースの香草が絶妙な味の深さを演出している。
「フローラ妃の素性が記録で残せなかった理由ですが、『宮廷雀の内緒話・草の章』に推察出来る逸話が載っていました」
ダーガ侯爵邸の図書室から持ち出し禁止となっている書物の一部、『宮廷雀の内緒話』シリーズは、王城や王宮で働く者や出入りする者、または暮らしていたことがある者が、全編匿名で実際に見聞きした内容を記述した問題作だ。『草の章』の他にも『花の章』や『青葉の章』、『落葉の章』、『雲間の章』がある。
現在は絶版であり、当時も出版と同時に発禁扱いとなった書物なのだが、戦乱の時代から動乱期の間だけの刊行だったこともあり、強制回収や所持だけで罰せられる処までは国の上層部も手を回す余裕が無かった。
このシリーズは、読み物としても興味深いが、内容が相当に際どい上に信憑性が高い。「王宮で暮らしていたことがある者」など、王族または準王族だったことのある人間だ。
王宮の深部まで入ることを許される使用人は、口の堅さが強い忠誠心と共に求められる。そういう点からも、内緒話の中には、使用人が漏らしたとは思えない内容もあった。下手をしたら、「当事者か?」という内容まである。
この書物は、コレクターにはとんでもない高値で取引され、一応、王宮の禁書庫にも所蔵されている。モーリスに非常に羨ましがられたダーガ侯爵家の所蔵品である。
「フェリクス王の正妃となったのは、モスアゲート王国の王女だったキャロライン姫です。同盟締結時は17歳でした。キャロライン姫も、国内の貴族に戦争が終結したら降嫁する予定で幼馴染の婚約者がいましたが、その男性は戦死しています。フェリクス王太子とキャロライン姫の初顔合わせは、同盟締結の年、我が国の王宮のサロンで行われました。そこに、正当な婚約者を名乗る令嬢が乱入し、キャロライン姫を『年増の泥棒猫!』と罵ったと、『宮廷雀の内緒話・草の章』にあります」
話を聞く三人の顔が、各々の個性を表して何とも言えない感じになっている。
アンドレアは「うわぁ」というストレートに引いた顔。モーリスは蒼い目に不快の色を冷たく滲ませるが無表情。ハロルドは元々女性が嫌いなので、嫌悪感丸出しで顔を顰めている。
「現在のロペス公爵と違い、亡くなった先代ロペス公爵ルパート卿は、法務大臣も務めたとても正義感の強い人物だったと伝わっています。ルパート・ロペス前公爵はフローラ・ロペスの一歳下の弟です。ルパート卿が爵位を継いだのは13歳。父親の公爵が急死したため、となっています。手続きが終了してから継いでいるので、父公爵の死亡はルパート卿が12歳の時でしょう」
「正当な婚約者を名乗る令嬢が、どエラい不敬をやらかした年と一致するな」
アンドレアが呻くように言う。
「で、『正当な婚約者』は『ロペス公爵家の13歳のフローラ嬢』だった、と」
ハロルドが、「げぇ」と舌を出して嫌そうに言う。
「フローラ妃が素性を隠して後宮で生かされていたのは、父公爵が責を負って自害したこと、当時家格と年齢的に側妃となれる未婚の令嬢がフローラ妃とエレナ妃しかいなかったこと、辺りが、生かしておくためにこじつけるなら使える理由ですかね。あくまで『こじつけ』と感じますが。その上で、側妃が罪人という記録は残せないからと当時の王が判断し、父公爵の死のみで家も残し、事件自体を『無かったこと』としたのでしょう」
正式な記録には、『王太子と王女の初顔合わせの場に令嬢乱入事件』など存在しない。
モーリスは淡々と分析し、そして、呆れたように付け足した。
「僕の知る記録では、後に法務大臣となったルパート卿は、13歳で公爵位を継ぎながら学院も首席から成績を落とすことなく卒業し、卒業後は法務部の文官として出仕。不正を許さぬ生真面目な正義漢だったそうです。王家の慈悲を理解し恩を返そうとした弟と違い、姉は恩知らずだったようですね。ああ、恥知らずも付け足しましょうか」
同盟の要となる王族同士の婚姻。その顔合わせの場に乱入した上に、相手国の王族に対して暴言。子供だから許されるレベルではない不敬だ。
仮に身分が同列で不敬を問われなかったとしても、幼馴染の婚約者を戦死という形で失った女性が、見知らぬ相手と新たな婚約を結ぶために初めて訪れる他国の地で、その国の令嬢から下品な罵倒で攻撃された形となる。
攻撃した令嬢の人間性が疑われるし、国としては、その令嬢に大恥をかかされている。国の体面を汚した貴族は厳しい罰を与えられて当然だ。
だと言うのに、命を差し出して罪を贖った父親と、苦労を重ねて国へ貢献し続け、家の心象をこれ以上悪化させないよう力を尽くした弟に守られて、後宮で生かされていた姉には反省の色が見られないと、彼らは感じていた。
フローラ妃に「反省の色が見られない」と、彼らが感想を持つ最大の理由は、『元王族』の学院長の存在だ。
側室腹の王弟だった学院長エイダンの母は、フローラ妃なのだ。
もし、フローラ妃が己の罪を自覚し、王家に与えられた慈悲を理解し、父親が死んだ意味を考え、弟の苦しみを想像していれば、エイダンが今のような「元王族の権力を振り回す人物」になっている筈がない。
同じく側妃であるエレナ妃の産んだ王子二人は、現在はそれぞれ婿入りした伯爵家の隠居となっているが、どちらも『元王族』などと振りかざすことは無いのだから。
「ロペス公爵は学院長と従兄弟だったのですね」
「そうなるな。あの傲慢な態度を思えば、自分は王家の外戚だとでも考えていそうだな。記録を残されていない意味を、どう取っているのか」
モーリスが嘆息すれば、アンドレアが吐き捨てるように言う。
ロペス公爵が、何を事実として知っているのか、現時点では分からないが、常の傲慢な態度を見るに、「記録が残されていない=罪は無かったものと許されている」とでも勘違いしていそうだ。
学院長の傍若無人な振る舞いも、元王族だからというだけでなく、母から「本来の正妃は自分だった」とでも聞かされていたのだろう。
正妃が産んだ王子の方が王位継承順位は上だ。
学院長は、「母が正妃の座を奪われなければ王になっていたのは自分だ」と考えている可能性が高い。入学した王族への不敬な態度を思い返せば、そうとしか考えられない。
本来は王であったのは自分だと考えているならば、ジュリアンもエリオットも学生時代に『次期国王』として扱おうとしなかっただろう。アンドレアなど、腹の中では王族としてすら扱っていないかもしれない。
「学院長が、王族や高位貴族相手でも、異常なほどに強気に振る舞う理由には辿り着いたな」
「本来なら自分が国王だったという妄想故ですね」
アンドレアに相槌を打つハロルド。
「で、肝心の、学院長が横暴を許されてしまう理由ですが」
ジルベルトが疲れたようにデザートのマカロンを飲み込んで、結論を出す。
「表に出せない話を、国家存続のためには隠し続ける必要があるから、ですかね」
生家不詳のフローラ妃の出自が秘されている理由は、暴露されてはならない。
同盟国の王族に対し、同盟の約定である婚姻に繋げる顔合わせの場に乱入して罵声を浴びせた大罪人を、国が主導で虚偽の死亡届を認めて「死んでいたこと」にして、国の恥となる事件そのものを「無かったこと」にして隠蔽した。
その上、他に未婚で血筋の条件を満たす令嬢がいなかったとはいえ、大罪人を生かして側妃にしてしまったのだ。
更に、その『罪人の側妃』が血を残し、国王の息子まで産んでいる。その息子が産まれてきた事実が、当時のクリソプレーズ王国が、同盟及びモスアゲート王国を軽んじていた証となる。
こんなこと、絶対に外部に漏らせない。国の信用失墜も甚だしいだろう。
先代国王や現国王は、フローラ妃の息子である学院長の罪を問うことで、妙な文言まで口走られることを怖れたのだ。
国の上層部は、公開裁判が開かれるような罪状や一般の書記官が同席する尋問が行われる程度の罪で、学院長をしょっ引く訳にはいかなった。
公式記録に残してはいけない内容が、学院長の口から出される可能性があったからだ。
まだ、当時を知る人間も生きている時代では、学院長の妄想から出た言葉と片付けようとしても、真実に辿り着く人間は必ず出て来る。年長者のヒントがあったからではあるが、17歳のジルベルトでさえも答えに辿り着いてしまったのだ。危険は冒せない。
学院長が、横暴だろうが様々な悪事に加担していようが、微罪では手を出せなかった。
その場で斬り捨てられるレベルの不敬罪か、問答無用の処刑前提で拘束されて尋問も秘密裏に行われるような、国家の重要機密に関わる重大犯罪に手を染めるでもなければ、学院長は、クリソプレーズ王家にとって手を出してはならない存在になっていたのだ。
重大犯罪以外は、学院長にとって全てが微罪だ。
本人も、それを分かっていて、あの振る舞いなのだ。
アンドレアとジルベルトは、疲れた顔を見合わせた。
フローラ妃は、フェリクス王の側妃として歴史に名を残している。
だが、フローラが事件を起こした当時、フェリクスはまだ王太子。貴族の死亡届を偽って通す権力など持っていない。重要な外交の場で起こった大罪を揉み消す力など、尚更、フェリクスには無かった筈だ。
当時の最高権力者である国王の名は。
──レオナルド・アナンダ・クリソプレーズ。
後世まで、『暗愚』としてクリソプレーズ王家が密かに伝え継がねばならない存在である。
ま た お 前 か !
アンドレアとジルベルトの心が一つになった。
どれだけ負の遺産を残してくれているんだ、と。
そして、何故あの場でジュリアンがヒントを出したのかも理解した。
学院長を潰すなら、用意する建前は、機密や軍事に関わる大罪を犯したというくらいでなくてはならないというメッセージだ。
アンドレアは空になった皿に視線を送り、学院長に与える罪状を選択した。