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報告と企みと

「報告を聞こう」


 王宮内の自分の私室に入り、扉を閉めた途端に数歩先に現れたクリストファーに、驚いた様子も無くアンドレアは言った。


「先ずはジョシュア・シモンズについて。第一王子側近の任を解かれ現在無職。側近の任を解かれてからは酒場に入り浸る生活でしたが、人目が気になり貴族街の店から平民街の店へ河岸を変えています。噂を流したのは平民街の店へ入り浸るようになってからです」


 噂の発生源がシモンズ侯爵嫡男だと聞いてから、アンドレアはエリオットの側近だったジョシュアを思い出していたが、脳内の記憶の何処を探してもジョシュアが賢かったというデータが見つからない。

 口にすれば危険が及ぶような内容の噂を広める手管として、噂話の登場人物の性別を誤認させるような知恵がジョシュアにあったとは思えなかった。

 疑問を当然のものと受け留めたのか、クリストファーは追加で説明する。


「噂の発生源となったジョシュアに難しいことや結果を考える頭はありません。かと言って誰かに手法を入れ知恵された訳でもない。ジョシュアにとっては単純な悪意だったようです。『気に食わない奴らを女のように誤解させて辱めてやりたい』と。それが王城に出入りする商人にまで広まり、いつ本人達の耳に入るかと毎日酒場の隅で怯えてますよ」


 コナー家の配下が直接接触し、昼間から浴びるほど安酒を飲んで泥酔状態のジョシュアに、酒を奢って慰めながら聞き出した。

 言葉は口から外に出せば、本人の意図など無視して独り歩きを始める。一度広まった噂をコントロールするなど、素人には無理だ。

 飲んで気が大きくなったジョシュアが、「自分が城に勤めていた頃に見た話」として()()()()()でモーリスとジルベルトを女性に見立てた第二王子執務室メンバーの下卑た話を捏造して披露した。始まりは、ただそれだけの話しだった。

 しかし、事はジョシュアの想像もしなかった事態を引き起こす。


 仕事をしたり貴族に必要な知識を学ぶには足りない頭でも、ジョシュアは高位貴族の生まれで、物心がつく頃から貴族の嗜みは身につけている。

 貴族男性は女性を美辞麗句で褒め称えるのも嗜みだ。情熱的な恋文をスラスラ書ける想像力と表現力も、平民男性とは語彙力からして段違いに持っている。

 不幸なことに、平民男性にとって、貴族男性のジョシュアが捏造したエロ話は、感動を覚えるほどに盛り上がれるハイレベルな代物だったのだ。


 普段、平民街の酒場で仕事帰りの男達が口にする猥談は、「あの店のネーチャンおっぱいデケェんだぜ」「いくらでヤらしてくれっかなぁ」「うちの母ちゃんの()()は最高だぜ」くらいの表現力だ。

 そこに貴族男性が嗜む官能小説並みの話が放り込まれたら、エロい娯楽に飢えた野郎どもは飛びつく。他人が提供するエロ話は、彼らにとって無料のエロコンテンツなのだ。同じように金が無くて女と遊べない男達に()()()として、噂話は、どんどん広がった。


 アンドレアは頭痛を覚えた。

 ジョシュアがアホだから行き着いた現状だったのか、と。

 政治的な作為も無く、他国の工作員の手引でも無く、頭脳派のアンドレアの政敵からの入れ知恵でも無く、ただの後先を考える頭も無い愚か者の、ごく私的な悪意だったという結論なのか、と。

 そして沸々と怒りが湧き出す。

 このクソ忙しい時に、何を余計なことを仕出かしてくれてるんだ、と。

 だが、一旦個人的な感情は全て抑え込む。報告はまだ終わりではない。

 むしろ、ここからがメインだ。


「姿を消した()()()()()は、ロペス公爵が郊外に所有する倉庫群の敷地にいます。表向きは()()()()()()()下働きとして雇い入れた形です」


 身寄りの無い者、職に就いていない者。つまりは急に姿を消しても熱心に探されることが無い人間ばかりだ。

 それらを無理矢理拉致することはせず、()()()()()()人目を避けてコッソリと暮らしていた場所から出てくるように仕向けて()()()まで運んでいる。

 拘束もせずに下働きとして働かせているのなら、違法性は問えない。事件性も見当たらない。どれだけ臭くても。


「ロペス公爵は人身売買をしていて『平凡な平民』は商品です」


「確定か」


「表向きは『人材派遣』として書類を作っていますが、()()()から生きて戻った人材が一人もいません。それに、国外の場合はクリソプレーズから出国しているのに()()()の国に入国の記録がありません。『商品』にされた当人達ですが、大人であれば『国外に住む場所と仕事を世話してやる』、子供には『その国で君の家族が待っている』と説明されています。ですが子供にも『人材派遣』の書類を作成して送り出していますね」


 我が国では、労働目的の出国、入国は、記録して管理することが法によって決められている。同様の法を定める国は多い筈だ。例えば、隣のモスアゲート王国とか。

 そして、未成年を労働目的で出国させる場合、出国先で保護する身元引受人の届け出も必要となる。これは、人身売買の商品になりがちな子供自身を守るためと、食い詰めて他国に流れた子供が、流れた先で犯罪者として根付くのを防ぐためだ。

 あの国は犯罪者を輸出しているなどと不名誉な評価をされないためにも、「ちゃんと法を掲げて対策を取っています」というポーズは必要になる。

 それに、子供本人には「家族が待っている」と説明し、実際は労働目的で出国させるのは詐欺行為でもある。


 何か事件でも起きなければ、魔法を使えるほどの加護を持たない平民の移動について、詳細な調査が入ることは無い。

 その穴を突かれたのだろうが、これほど杜撰な仕組みの犯罪が露見することなく続けられていたことは大きな問題だ。

 今までロペス公爵が怪しいと目されていても、強行捜査に踏み切ったところで何も出て来ないと言われる相手だったのは、対象を注視されない『魔法の使えない平民』に絞っていたからか。

 アンドレアの予想を肯定するように、ロペス公爵の犯罪が今まで露見しなかった理由をクリストファーが告げる。


()()の中に、魔法を使えない平民の配下を数人潜り込ませました。今までロペス公爵が人身売買に関する調査対象に上がらなかったのは、貴族や加護の多い人間に手を出すことが無かったせいです」


 犯罪の調査、取り締まりを行える人間は有限だ。危険も常に伴う。

 そのため、行方不明や誘拐の多発など、人身売買組織の関与が疑われる事件では、被害者が貴族や加護の多い者であるケースが優先される。

 貴族が被害者なら単発の誘拐や行方不明でも捜査隊が動くが、加護が多いだけの平民では、被害者の後ろ盾が有力者でもなければ「よくあること」で書類一枚の処理となる。

 平民と貴族の扱いの差は、隠しようもなく大きいのが実情だ。

 ロペス公爵は、その辺りを()()()()()()()のだろう。


 ロペス公爵自身は大臣職に無いが、先代のロペス公爵は法務大臣だった。

 現ロペス公爵は、現在法務大臣の任に着いているラムレイ公爵の先代と競い合ったが、先代国王から法務大臣に任命されたのは、先代ラムレイ公爵の方だった。

 先代のラムレイ公爵が大臣職を引退する時に、その席を息子の現ラムレイ公爵に引き継ぐことを認可したのは、現国王のジュリアンだ。


 その辺りの事情からも、ロペス公爵は先代国王と現国王を恨み、側室腹の先代王弟である学院長に摺り寄ったと推測される。

 ともあれ、父親の後継者として、公爵家だけではなく大臣職も継ぐつもりであったロペス公爵は、国法の知識を持ち、捜査の実情を知っている。法の目を掻い潜る術と捜査の手が及ばない範囲を知る、厄介な相手だった。

 だから、巡って来たこの機会で確実に潰すとアンドレアは決めている。


()()は大半が国外に送られます。主な使用目的は、賃金を払わず劣悪な労働環境で使い潰す労働力として、です。作業内容としては、通常ならば国が管理する場所で犯罪者の労役とされるようなものが多いです」


「モスアゲートにも送っている証拠を取れるか?」


「アルロ公爵は上得意です」


「流石だな」


 クリストファーは有能だ。求められているモノを要求する前に理解している。

 アンドレアの口許に酷薄な笑みが浮かぶ。これで()()()が上手く行く確証が得られた。


「クリストファー、ジョシュア・シモンズに()を吹き込んで欲しい」


 ジョシュア・シモンズは第一王子側近の任を解かれ、父親のシモンズ侯爵から廃嫡を仄めかされている。

 酒場に入り浸っているのは、憂さ晴らしと、父親と顔を合わせるのを避けるためだ。

 親から小言を言われれば、「市井に紛れて国のために調査をしているのだ」と、もっともらしいことを口にしているらしいが、ここでシモンズが屋敷に戻り、父親と顔を合わせられる()()()を提供してやろう。


「ロペス公爵が人身売買をしている()()()と」


「承知しました」


 冷酷な光を宿す紺色の垂れ目が愉しげに細められる。

 理由など説明せずとも、目的も導かれる結果も、クリストファーには()()()()()のだと、アンドレアは理解する。

 敵に回せば肝が冷えるが、味方として使()()()()()()()()()()なら、これほど頼もしい男もそういない。

 アンドレアはクリストファーを、見た目通りの年齢の少年だとは思っていない。まるで人生経験に裏打ちされたかのような()()は、いっそ、父王や宰相と同年代に感じることもあるくらいだ。

 実際、クリストファーは前世でそれくらいの人生経験があるのだが、アンドレアは知らない。


「こちらは我が国の狸を孤立させる根回しに進む」


「トカゲは、森の国の狸と泥の中、ですか」


 やはり、クリストファーは()()()()()()。アンドレアは笑いが込み上げる。能力の高い者と組む仕事は、愉悦と興奮を生む。


「ああ。頼りにしている。クリストファー」


「有り難きお言葉。ではまた」


 頭を垂れた姿勢のまま、クリストファーの姿が掻き消えるように存在を無くした。

 アンドレアは感嘆の溜め息を吐く。

 嗚呼、本当に、クリストファーとの仕事は愉しい。

 力尽くで抑え込んでいても、修羅場で情動が振り切れがちな脳みそでは、うっかり表情が取り繕えなくなりそうだ。

 ()()()の発動で、事態は一気に進む。ここからが正念場だ。


 だがその前に、父王に第三謁見室に呼ばれているので時間を捻り出さなければならない。

 同行する護衛は『剣聖』を指定されている。

 第三謁見室は、機密性の高い話をする場として使用されることが多い。()()の話であれば、同程度の機密性ならば国王の執務室に呼ばれるだろう。

 となれば、『剣聖』に何らかの関わりのある()()()()()だろうか。

 (エリオット)が失脚していなければ、おそらくアンドレアは聞くことの無かった話だ。


 顔を洗いながらそこまで予測して、アンドレアは髪を整えて私室の扉を出た。

 現在、護衛はジルベルトを伴っている。王宮内で父王の侍従を捕まえて言伝をすれば、このまま第三謁見室へ向かっても構わないだろう。

 今は、()()()の時間に合わせてくださると事前に通達されている。


「ジル、第三謁見室だ。付き合え」


「御意」


 時刻は深夜。明日は獲物の狸を油断させるためにも学院で学生らしく授業を受け、生徒会室に時間まで滞在してから城に戻ることになる。

 今頃、狸共は高鼾で眠っているかと思えば腹が立つが、アンドレアは仕事用の仮面を被り直し、疲労の色も見せない爽やかな王子様スマイルで王宮の廊下を進んだ。

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