打ち合わせは大事
挨拶の列を離れたジルベルトとニコルは、大舞踏会の名に相応しいダンスホールへと足を踏み入れる。
そこには既に挨拶を終えているモーリスが、クリストファーの兄のウォルターと談笑していた。ウォルターは妹のプリシラをエスコートしている。
そういえば、モーリスはプリシラを嫁として狙っていたなと思い出したジルベルトは、先に「夜会に参加したら一曲は踊る」のマナーに則ったノルマを解消することにした。
「お手をどうぞ。お嬢様」
「ありがとう。騎士様」
冗談めいた口調でジルベルトに差し出された手を、わざとツンとした口調で返して取るニコル。
特に女性には誰が相手でも仕事モードの態度を変えないジルベルトの、紛れもなくニコルは特別だと、盗み見ていたギャラリー達は突きつけられる。
濃紫の瞳に恋情の熱は見当たらなくとも、彼が慈しみの温度を視線に宿す相手はニコルだけだ。もう数年後、ジルベルトの弟レスターが夜会デビューするまでは、人々はそう認識しているだろう。
溜め息が出るほど優美なステップにターン。ドレスが一番美しく翻るよう計算し尽くしたリード。
二人に注目する参加者達がパートナーの足を何度も踏んづけているのだが、互いに踏まれたことさえ気付かずに、惰性で踊りながらジルベルトとニコルに見惚れ続ける。
「ジルベルト様、本当に女心を理解してますよね。毎回一番考えてるの、パートナーの女性を美しく魅せることですもん」
やや呆れたように、小声でニコルが囁く。「ふふ」と小さく笑って優しく目を細めるジルベルトに、また多くの参加者がパートナーの足を互いに踏み合った。
「それはまぁね。それに、ニコル嬢を私のパートナーとして魅力が足りないなどと言う輩は存在させたくないから」
ニコルを最高に美しく魅せるのは、優しい表情を裏切った結構物騒な心情も窺える動機だった。
確かに、外交上、王族や宰相からの命令等で断れない相手の手を取る場合以外は踊ることの無いジルベルトに、エスコートされ、参加する度に必ず彼と踊るニコルは嫉妬と羨望を浴びている。
ジルベルトが最高級の観賞用男性の『不可侵の麗騎士様』として女性達に認識されているせいだ。『剣聖』のジルベルトの方から信頼を持って声をかけられない限り、身体が触れ合うダンスのパートナーとしてなど、誰も決して手は伸ばせない。
ニコルも十分に華やかな美少女ではあるが、自分に自信の有り余る令嬢や夫人の中には、「人外の美貌」と言われるジルベルトにエスコートされるには「あの娘は人並みだ」と陰口を叩く者もいた。
陰口を叩いている時の醜悪に歪んだ顔を鏡で見ても、「あの人並みよりも、わたくしの方が相応しいわ」などと言えるものなのか。
そもそも、前世で40代まで美人の部類に入る女性として生きて、同性から敵視される経験もウンザリするほど積んでいるジルベルトが、面の皮とパーツの配置だけで女性の美しさを評価することは無い。
まぁ、見た目でマウントを取れることも経験上知っているので、ニコルを最高に美しく魅せられるエスコート及びリードに心を砕いているのだが。
「今日は壁際に下がらず目立つ場所に居続けるぞ」
くるりとニコルを回して、広がるドレスと揺れる飾りのリボンに満足そうに口端を上げ、唇はほとんど動かさずにジルベルトは囁く。
伯爵位までの挨拶が終わればアンドレアはホールに来る。護衛のハロルドも一緒だ。
普段はニコルへの妬心を必要以上に煽らないように、アンドレア達が同じ夜会に参加していても挨拶を交わす程度だが、性犯罪者まがいのやり方でニコルに手を出そうとしたことを王家がどれだけ重く見ているのかを知らしめるために、今夜はずっと第二王子執務室メンバーでニコルを囲んで、周囲を威圧することになっていた。
普段はダンスで嫉妬の視線を浴びても、壁際でグルメ堪能を始めれば「残念な娘」を見る視線になってくれるのだが、今夜は国中の貴族女性を敵に回しそうだと、事前に計画を知らされていたニコルは引き攣った顔を隠す。
しかし、ニコルが思っているような少女マンガ的展開な『敵に回し方』はしないだろうと、ジルベルトは予測している。
第二王子執務室メンバーは、確かに選りすぐりの極上の美形男性ばかりだが、付いている渾名は『最凶・血腥い』『氷血』『変態犬』だ。
並み居る普通の神経の貴族女性の方々が、彼らに囲まれて乙女心的視点から嬉しくトキメクだろうか。
粗を見つけられたら実家ごと消されるかもしれないと、生きた心地がせずにドッキドキだろう。
関わらずに済む立場で遠くから観賞するには良いかもしれないが、その視線がもしも此方を向いて目など合ってしまったら、ドッキーンと心臓が飛び出しそうだ。勿論、恐怖でである。
ニコルはジルベルトとクリストファーに護られ、王家が庇護を公言しているので恐怖を感じていないが、第二王子執務室のメンバーを婚約者や恋人や一夜の相手に望むのは、向こう見ずな野心家か頭の足りないお花畑令嬢くらいだ。
ジルベルトは女性達に怖がられていないが、『剣聖』に色仕掛をするのは国家反逆罪と同等なので、最初から観賞用である。
観賞用だからこそ、エスコートやダンスの相手となるニコルが、「その羨ましい場所を変われ!」と妬まれるのだが。そして妬まれついでに、「その娘で絵面がOKなら、私とならもっと素敵になる!」という勘違いさんも出没する。
いつもエスコートしているジルベルトだけではなく、第二王子執務室メンバー全員でニコルを守るように囲んで周囲を威圧すれば、却ってニコルを敵視する人間は当然いるだろう。
だがそれは、「イケメン侍らせて羨ましい」ではなく「王妃を後ろ盾にヤバい実力者に護らせて忌々しい」という感情がメインだ。その感情に男女差はない。
庶民?風に言ってみれば、「ぽっと出の小娘が姐さんのお気に入りだからって若頭達にボディガードさせるって何様だよ⁉」という感じだ。敵に回すのは、女性より男性の方が多いかもしれない。
曲が終わる頃、ジルベルトは、そろそろ学院長は挨拶に辿り着いた頃かと考える。
学院長が当主のメイソン伯爵家は、学院長がいつまでも当主に居座っているために、『メイソン伯爵家の功績』は「先代の王弟が婿入り」と「貴族学院学院長の任に着いている」以外に何も無い。
名誉ある肩書を失いたくない学院長が伯爵位を譲らないために、息子は既に金で買った領地を持たない男爵位を長く名乗り、それが社交界でも認知されてしまっている。
伯爵位については「孫息子が一人前になったら伯爵位を譲る」と言っているようだが、その孫息子は他国へ留学に出したまま、卒業しても帰国を許していない。
功績が積み上がらないので、メイソン伯爵家の家格は学院長が伯爵位を継いだ時から上がっていない。下がっていないのは他の伯爵家の忖度による結果だ。
先代国王の異母弟は、学院長の他に二人いる。
それぞれ由緒ある伯爵家に婿入りしているので、産業振興や現在家督を譲られた息子が文官や武官として上げている功績を加味すれば、メイソン伯爵家の家格はその二家より低い。
他にも、他国の貴族学院の教科書にも著書が採用されている学者伯爵が当主の伯爵家や、栄養価が高く見目も良いが固くて食べづらい葉野菜の品種改良に成功した伯爵領もある。
メイソン家の方が多少古くまで遡れるから、『先代王弟』に遠慮して前を譲っているだけで、社交界の認識ではメイソン家の国への貢献度は、伯爵位の中では下から数えた方が早いくらいだ。
忖度を止めた誰かが最初の一声を上げれば、陛下はアッサリとメイソン家の家格を正しい評価の位置に入れ替えるだろう。
だが『元王族』のブランドは中々に強く、出来れば相手取って事を荒立てたくないのが一般貴族の心情だ。
だから、今日も学院長は伯爵家の三番目に並んでいた。
もっとも、今後は分からない。先程の王妃殿下の印象深い一撃が、誰かが『最初の一声』になる背中を押したかもしれないから。
確か、今日の学院長のパートナーは末の娘だった筈だ。夫人は体調不良を理由に、もう長く社交の場には出て来ていない。ジルベルトの年齢では見たことが無いくらいだ。
メイソン伯爵令嬢は、この世界の貴族女性としては珍しい、夫人が35歳を過ぎてからの出産で生まれたご令嬢だ。この世界の医療レベルでは、その年齢での出産は母子ともに恐ろしく危険である。
どうあっても『王族同士の子』が足りない時の国王の正妃が、万全の体制の中で計画的に、というケースでもなければ避けるべき事柄なのだ。
仲の良い夫婦であれば、偶々避妊が失敗したのかもしれないと見られるかもしれないが、メイソン伯爵夫妻は『元王族』の夫が妻を下に見て虐げていると有名だった。
カーネリアン王国のフォルズ公爵は、妻が高齢でネイサンを身籠った時に、王族並みの体制を整えて母子の安全を守ろうとしたそうだ。メイソン伯爵家にそんな動きが無かったことは、調べがついている。
令嬢は、きちんとメイソン伯爵家の血と元王族である学院長の血を受け継いでいる。しかし、その血筋の高貴さを認める貴族達は多くとも、婚歴がまっさらで婚約者が居たことすら無いご令嬢としては大分ご高齢だ。現在27歳だっただろうか。
母子ともに自殺行為の中で、どうにか無事で産まれてきた令嬢なのだが、貴族社会での価値は、年齢と経産婦ではないことで、無に等しい。残酷だが、血筋の高貴さだけを認められていても、それが現実だ。
おそらく学院長は、娘を第一王子の側妃候補に勧めるために連れて来ている。
前々から一方的にそういう話はあったらしい。勿論メイソン伯爵側からの「一方的」だ。
正妃となる婚約者が学院入学前の子供の頃から、「側妃としての内定を寄越せ」という要求は、同盟維持の重要性を他の貴族ら以上に理解していなければならない元王族だからこそ、有り得ない非常識だ。
当然、要求は常に退けられて来た。
第一王子の婚約者であるアイオライト王国のクローディア姫は、現在16歳。婚姻を結ぶのは学院を卒業してからなので、三年後になる。
その頃メイソン伯爵令嬢は30歳なのだが、本気で勧めているのだろうか。そして、メイソン伯爵令嬢は乗り気なのだろうか。ジルベルトからは、とても、そうは見えない。
貴族令嬢は、当主に逆らうことが出来ない。生殺与奪権は当主に握られている。
学院長の家族の中には、彼の「最も身近な犠牲者」と呼べそうな人物が幾人か居る。
貴族の当主を断罪すれば、多くの場合、家ごと罪を償うことになる。
学院長の推定される余罪が全て公にされて断罪されれば、協力者ではなくとも、血族は連座で処刑されることになるだろう。
この世界には、罪を償わねばならない女性を送るのに都合の良い『修道院』は無い。
犠牲者でしかない、横暴な当主に支配された血族の救済策も、粛清が主な任務である第二王子執務室の今後の課題だ。
学院長は、何も新たな功績が無いから「次期国王の側妃を出した家」を狙っているのだろう。
あとは『王族』ブランドへの未練で、側妃という準王族の父親になりたいのだろう。「正妃という王族の父親の立場は遠慮してやったんだぞ」、とか見当違いなことを思っていそうで、こっちが恥ずかしくなる。
ジルベルトは恥ずかしさで痒くなりそうな思考を切って、ニコルとダンスの輪を抜けると、モーリスの所まで一緒に向かった。
途中で自分に白ワインを、ニコルにシードルを給仕から受け取る。モーリスの手には白く透きとおるカクテルがあった。
「注目の的でしたね」
「一曲はマナーだからな。互いに知っているだろうが、モーリス、ニコル・ミレット子爵令嬢だ。ニコル嬢、モーリス・ヒューズ公爵令息だ」
からかうように言われ、肩を竦めて返す。気安い様子は、モーリスもジルベルトも、仲間以外とは見せることの無い関係性だ。
紹介されてニコルは、完璧な淑女の礼を見せる。
「ニコル・ミレットです。ヒューズ公爵令息様」
「今晩は、ミレット嬢。学院でのこと、災難でしたね。生徒会の心配はせず、不安が無くなるまで婚約者に付き添って守るようクリストファーに伝えてください。僕のことはモーリスで良いですよ。ヒューズ公爵家には現在息子が二人いますから」
冷笑ではなく貴公子の微笑で丁寧に言葉をかけるモーリスは、中性的な美貌も相まって夢の王子様のように優しげだ。正体を知っていてもウッカリ見惚れる者が続出だ。直後に正気に返って身震いする者も続出中だ。
「お気遣いありがとうございます。モーリス卿」
注目される人物が集まっていれば気になるのは必至のこと。さり気なく気にかける者だけでなく、貴族としてどうかと思われるレベルで、はしたないほどチラチラと視線を送ったり耳をこちらに集中する者までいる。
それを分かった上で、彼らは当たり障りの無い聞かせたい話を並べる。主に、今後売り出し予定の商品に関する話題だ。ニコット商会の商品ではなく、それぞれの領地の特産品についてだが。
ニコルについて流された噂の扱いや王妃殿下の学院長への一撃は、まだダンスホールまで浸透していない。
すぐに到達して、「下手に突付いたら危険」と各々自戒することになるだろうが、見惚れるのが落ち着けば、いつも通り、向けられるのは好奇と敵意の視線に振り分けられる。
自滅するのは勝手だが、大掃除の下準備に忙しい今、小物に踊られるのも面倒なので、ジルベルトはこっそり殺気を送って黙らせ、モーリスは割り込むタイミングが測れないよう巧みに会話をリードして、近寄る貴族らを牽制していた。
高位貴族家の当主でも、おいそれと不躾な真似は出来ない王族のアンドレアが来る頃には、挨拶の一幕で何があったのか知れ渡ることだろう。
それでも自滅しに近づいて来るほど愚かなら、アンドレアの粛清リストに載って順番待ちになる。
理由はどうあれ、この場合は牽制によって守られているのは、ニコルではなく、その他大勢の貴族達の方だ。聡い者はそれに既に気づいているし、挨拶の一幕を知れば、気づいて胸をなでおろす者も多いだろう。
別にアンドレア達は、敵意を見せる全ての貴族を粛清するつもりなど無いのだ。粛清するのは余程の問題を起こした、または起こしかねない国賊レベルの貴族である。
アンドレアを快楽粛清者のように考えている貴族もいるようだが、そんな王族がいたら国が滅びるだろう。
「もうダンスは終わったのか?」
「ええ。ジルとミレット嬢は注目の的でしたよ」
「毎回いっそ、俺の代わりに最初に踊って欲しいくらい見事だよな」
「冗談はよしてくださいよ。王子様」
ハロルドを護衛として伴ったアンドレアが到着し、軽口を叩き合う仲間達の様子は微笑ましくも見える。
ちなみに、モーリスはジルベルトがダンスホールに到着する前にプリシラを誘って踊っているし、アンドレアは王族として、王妃殿下の開催宣言の後に、以前筆頭婚約者候補だった公爵令嬢と踊っている。
「アンディ、何か飲みますか?」
「とにかく冷たいやつがいいな」
モーリスに問われ、アンドレアはチラリとニコルのグラスを見た。
「シードルを貰おうか」
「わかりました」
近くの給仕を呼んでモーリスがシードルを受け取り、毒見をしてからアンドレアに手渡す。何も不自然な点は無い。
だが、これらは全て打ち合わせに沿った流れだ。
王妃殿下の攻撃後に挨拶の順番が回って来た学院長に対する、王族の態度と、学院長の対応を簡単に伝える内容になっている。
アンドレアが要求する飲み物の温度が王族の態度。指定する飲み物の種類で、学院長の対応を、招く結果を推測して四パターンに分けていた。
アンドレアの答え次第で、すぐに学院長対策の構えが必要になる。
要求する飲み物の温度が「とにかく冷たいやつ」なら、最低限の挨拶を交わすだけで前を辞去させる、「今の貴方達は我々にとって重要ではない」という態度。
「冷えていればいい」ならば、挨拶のみだが、労いの言葉や今夜の舞踏会を楽しむよう伝える一言などがある「貴方達の頑張りを我々は見ています」という態度。
温度に言及しなければ、挨拶の後に親しく言葉を交わす、「貴方達を我々は重要視しています」の態度だ。
飲み物の種類は、ニコルと同じものなら「学院長は被害が最小限になるよう場を乗り切った」。
ジルベルトと同じものなら「中途半端な解決策の提示で濁そうとした」。
モーリスと同じものなら「悪足掻きで自爆」。
誰とも被らないものなら「未知数の解決策を出して来た」だ。
アンドレアは「とにかく冷たい」ニコルと同じシードルを所望した。
学院長は、王族から最低レベルの塩対応をされたが、その場は恭順を示し、辞去の挨拶に反省の意と早急な対応の宣言を混ぜて堂々と立ち去った、というところか。
己の権力の範疇を思い違いしているくせに、やはり古狸だけあって攻撃の傷を最小限に留める術は身についている。
となれば、アンドレアが揃うまでは挨拶を終えた学院長を足止めしてくれる手筈となっていた、宰相ヒューズ公爵や外務大臣ダーガ侯爵を振り切って、そろそろこちらに突撃して来るだろう。
この夜会を逃せば学院長は、王妃殿下が認めるまでニコルに会うことは出来ない。
だが、この場でニコルから「問題ない」「大丈夫です」とでも言質を取れたなら、「王妃殿下が大袈裟に騒ぎ過ぎた」という印象操作に持ち込むチャンスを見出だせるし、思い通りにならない生意気なニコルを「王妃殿下に目をかけられているのに迂闊な発言をする恩知らず」に貶められる。
案の定、わざわざニコルの視界に入る10時方向から回り込んで、学院長が近づいて来る。
本当に最小ダメージで最短時間でニコルを目指して来た。
さっきからコナー家の縁戚の貴族達に誘導されて、コナー公爵にもウォルターやプリシラにも、当然ニコルにも全く近づけないベケット侯爵とは悪役の格が違う。
流石にトカゲを飼う狸。切り落とされる寸前のトカゲの尻尾とは違うものだ。
学院長の姿が視界に映っていても、ニコルは全く気づいていない体を保っている。
表情を見破ることに長けた王族のアンドレアから見ても、一切気づいていないように見えるのだから、前世は女優の面目躍如というところだろう。
この後の学院長の言質取り攻撃の躱し方も打ち合わせはしているが、ジルベルトはこの後、何が起こるのか別の打ち合わせで知っていた。
丁度いい距離だ。
打ち合わせ通りに、ジルベルトはグラスを持った左手を腰の辺りまで下ろした。
その瞬間。
『オーッス! ジルっち! おっひさ〜♪ 見て見て〜♪ オイラ達イメチェンしちゃった〜☆ 似っ合う〜⁉』
ド派手なキラキラエフェクトを背景に、色とりどりの妖精達が、10体ばかりスカートやツインテールをヒラヒラさせながら登場して、ジルベルトの周りを飛び回り始めた。
アンドレアは爽やか王子様スマイル、モーリスは氷の無表情、ハロルドは好青年風笑顔、ジルベルトは静かな微笑で顔面固定。
何が起こるか知っていたジルベルトは彼らとは別の意味で素の感情を誤魔化しているが、他の三人は、仕事モードの仮面を全力装着することで醜態を晒すことを回避中だ。
ジルベルトの近くに立ち、動体視力も良い仲間達は、妖精達の顔がモーリスそっくりであることを瞬時に認識し、現在の妖精達の衣装と過去の衣装や言動を記憶の中で総合して、アンドレアとハロルドはモーリスに向けたい視線を必死に動かさないよう堪えている。
ニコルは妖精の素顔を知っていたが、今日の登場と新衣装は知らされていなかったので、アンドレア達に疑念を持たれることなく本気で驚いていた。
妖精の登場で、学院長はジルベルトにエスコートされているニコルには近づけない。ジルベルトの狙いは、そこにあった。
どう周囲でフォローして躱しても、ニコルは子爵令嬢であり、学院長は元王族の伯爵家当主だ。対話の場を作られてしまえば、直接返答の強要からの言質取りを回避出来る可能性は半々だと、モーリスも苦い顔で算出していたのだ。
ならば奥の手で、絶対に対話の場を作らせないようにすればいい。
ジルベルトは、運良く妖精の気まぐれに助けられた体を装うことを、事前に妖精達と打ち合わせしていた。
ついでに悪ふざけの尻拭いも、妖精達自身でやってもらうことになっている。
学院長からは、やや距離があるため、全長30センチほどの妖精の顔立ちは未だ認識出来ないようだが、『剣聖』に加護を与える妖精の出現は、それだけで足を縫い止めるに十分だ。
妖精は加護を与えている『愛する者』以外には好意は見せないと伝えられている。
せっかく現れても『愛する者』との逢瀬を邪魔されると、機嫌を損ねて姿を消してしまうと言う。
人語を解する妖精については未知の部分が多く、各国の権力者や研究機関が血眼になって様々な可能性を探求しているのだ。
気まぐれにしか姿を現さない妖精の観察チャンスを潰すような真似をすれば、その汚名は、国内の一部の史実に残る程度の問題とは比べ物にならない。
諸外国から批判を浴び、数知れない刺客を送られるレベルである。
学院長は近づくことが出来ないまま、その場で足を止め、息を潜めて乱舞する妖精を見つめている。
『どうどう⁉ ジルっち〜☆』
「似合いますよ。今回も斬新ですね」
『ほめられたんだぜーっ‼』
ゴスロリのミニワンピの裾を翻し、ニーハイソックスで絶対領域をチラ見せしながらヘッドバンキング。
頭は黒薔薇を飾ったツインテールだが、飾りが落ちることは無い。妖精さんの不思議なのか、スカートの中身もキラキラエフェクトで見えない仕様だ。よく出来ている。
そろそろ、目の良い人達が妖精の顔に衝撃を受け始めた。
「え・・・? ヒューズ公爵令息?」
「まさか・・・モーリス様・・・?」
「あれ・・・宰相様のご子息と同じ顔じゃ・・・」
ちらほらと囁きが、ホールにさざ波のように広がって行く。
老眼の学院長も目を凝らし、そして狸の仮面も被り忘れて目を見開いた。
「なっ・・・宰相の小倅っ!」
小さな叫びだが、小倅本人に聞こえている。小ネタも積み重なると、最終処分時には追加の罪状で罰がより苛烈になるのだが、自分が何を口走ったのかも気づいていないようだ。
『なになにー、ジルっちもイメチェンなのー?』
「ええ。今日は少し」
『イメチェンならジルっちも頭振るかーい?』
『おしり振るのー?』
「いいえ。私は遠慮します」
にっこり。悪ふざけが始まった妖精に、ジルベルトの笑顔の圧が上がった。
妖精のおしりフリフリが、誤魔化すように速度を上げた。
こいつら、平然と演技してるってことは、普段サラリーマンスタイルで真面目な口調の奴等だよな。思い至るとジルベルトは遠い目をしたくなる。
『おしりフリフリ☆ばっはは〜い!』
何処で覚えたのか首を掴んで問い詰めたい古の別れの挨拶を最後に、10体の妖精が一斉に姿を消した。ジルベルトは遠慮なく遠い目になった。
とはいえ慣れたもの。ジルベルトはポカンとする周囲が回復する前に、仕事用の静かな微笑の仮面を被り直し、主人に優雅に挨拶をする。
「妖精の言葉の報告に参りますので、今夜はこれで失礼いたします」
「ああ。ご苦労だった」
爽やか王子様スマイルの仮面のまま、「どういうことだ!」という強い念をクリソプレーズの色に練り込んで挨拶を受け取るアンドレアに一礼し、ちゃっかりニコルをエスコートしたまま、ジルベルトは夜会の会場を後にした。
クリソプレーズ王国では、同じ爵位の中での格付けは、申請があれば審議後に国王の裁可で前年より変わることがあります。申請が無ければ変わりません。
申請は、前年の格付け決定後に成した功績を、論拠や一見して分かる数値データなどの書面で提出。
審議は年一回、宰相と補佐官、提出された功績の専門分野の部署の大臣、副大臣、長官、副長官らで、申請内容と血筋の古さや過去に縁を結んだ家の家格、王族の血が入っている家ならその濃さ等で総合的に判断。
現在のクリソプレーズ王国では、申請さえすれば、古さや由緒より功績の内容が重視されます。
過去の栄誉より、これから国を発展させていく人材を重要と考える国王が二代続いている、という理由が大きいです。
当然、古い家柄で最近功績を上げられない家からの反発はあります。