一番伝えたかったコト
目線を交わして頷き合い、ジルベルトは単純な質問から開始した。
「フローライト王国から『バダック・ベルモント』の名前で入国する留学生は、『ナニか』による転生者ですね?」
『言えません』
やっぱり転生者で確定か。
クリストファーの眉根は寄るが、ジルベルトは自信ありげに答えた妖精に、一先ずホッとしていた。そして、『世の邪なんちゃらかんちゃらナニか』と長くて質問が面倒だった邪神的存在の名称は、『ナニか』と略してもOKだったのか、と思いつつ次の質問にかかる。
「『バダック・ベルモント』として留学する転生者は、私の敵ですね?」
『えぇと・・・、あの・・・、げ、現時点では答えられない内容を含んでいます?』
何故、疑問形。何故、そんなに不安げ。保護者は何処だ。大丈夫なのか。青い瞳が滅茶苦茶ウロウロ泳いでるぞ。というか、「現時点では」って何だ。
様々な思いを押し込めて、ジルベルトは努めて冷静に質問を重ねた。
「現時点では『バダック・ベルモント』なる転生者が私の敵となるか味方となるか判断出来ないということですね?」
『はい・・・あ、言えません?』
おい、大丈夫か保護者。
「つまり、『バダック・ベルモント』なる転生者は、明確に敵ではないのですね?」
『そうで・・・言えません』
聞いているこちらがハラハラして来る頼りなさだ。
取り敢えず、フローライトからの留学生は『ナニか』による転生者だが、最初から敵だと決まってはいないようだ。味方でもないだろうが。
とにかく転生者であることは決定だ。となれば、敵か味方か分からない転生者に対して気になるのはコレだ。
「転生者同士は互いに一目で相手が転生者だと分かりますね?」
『場合によっ・・・答えられない内容が含まれますっ』
間違えずに言ったぞ! みたいな顔してるけど、「場合によって」って言っちゃってるからな。
内心でツッコむジルベルトだが、場合によって一目で分かるのは、ジルベルトがクリストファーやニコルと互いに一目で中身まで分かったのだから知っている。
条件を絞って行けば答えに辿り着くだろう。
「転生させた力が異なる場合、互いに一目で相手が転生者だと分かりませんね?」
『言えません』
これは慌てず答えられたようだ。エリカと互いに一目で分からなかったのは、エリカが前世の記憶を持っていなかったこととは関係無かったらしい。
一旦賭けに出て大きく範囲を狭めるか。
「転生前の前世で知人同士でなければ、互いに一目で転生者だと分かりませんね?」
『言えません』
賭けに勝ったようだ。当たりだ。だが、そんなに堂々と胸を張って「言えません」は、どうなんだ? それでいいのか? 保護者。
気を取られそうになる疑問を頭から追い出して整理すると、同じ力で転生した知人同士でなければ一目で転生者だとバレることは無いようだ。
と言うことは、フローライト王国からの留学生が『ナニか』による転生者なのだから、こちら側の転生者達と顔を合わせた瞬間に「転生者だ」と見破られることは無い筈だ。
もっとも、言動から怪しまれてしまう可能性は否めないが。特にニコル。
「『バダック・ベルモント』は、私と同じ世界からの転生者ですね?」
『言えません』
クリストファーに視線を送れば、妖精の応答に呆れて白目を剥いていた顔を真剣なものに戻し、深く頷いた。ニコルに釘を差しフォローするのは婚約者に任せておけばいいだろう。
一息ついた時、ジルベルトは、ふと不安に駆られ、思いつくままに「まさか」という内容の質問を口にした。
「モスアゲート王国から『カリム・ソーン』の名前で留学して来る人物は、『ナニか』による転生者ですね?」
息を呑んで妖精を凝視するクリストファー。
果たして、妖精の答えは───。
『言えません』
ジルベルトも息を呑んだ。
まさか、当たりだとは。
速まりそうな鼓動を抑え、ジルベルトは次の質問を口にする。
「カーネリアン王国からの留学生、『ネイサン・フォルズ』は、『ナニか』による転生者ですね?」
『言えません』
コイツもか!
クリストファーは微動だにせず妖精を凝視し、ジルベルトは己を落ち着かせるために拳を握り込む。
深呼吸をしてから、ジルベルトは最後の一人の留学生について質問した。
「アイオライト王国からの留学生、アデライト姫は、『ナニか』による転生者ですね?」
『違います』
ジルベルトとクリストファー、両者の口から安堵の大きな溜め息が溢れた。
あの問題王女だけは勘弁してくれ。両者共通の願いが天に届いた気持ちだった。どうやらアデライト姫は、ただの問題人物だったようだ。
いや、十分に厄介だし面倒だし問題山積なのだが、あの前評判で転生者だとすれば、ヒロイン系の再来な上に身分まで持っていることになる。しかもエリカと違って呪いで妖精を生贄にした一度目など無いだろうから、王族として平均的な加護は持っているだろう。そんなヒロイン系転生者はイヤ過ぎると、ジルベルトもクリストファーも思っていた。
謎の疲労感を胸に、ジルベルトの質問は少しばかり適当になった。
「『ナニか』による転生者達は全員、私と同じ世界からの転生者ですね?」
『言えません』
力を抜いていた二人の背筋が再び緊張感を漲らせた。
適当な質問に対しての答えが肯定だったのだ。先程ジルベルトは、全員と言った。もしも今後、他にも『ナニか』による転生者が現れたとしても、全員がジルベルト達と同じ世界からの転生者なのだ。
暫し考えて、ジルベルトはバダック・ベルモント以外の留学生が、現時点で明確な敵であるかを訊ねる。
バダック・ベルモントと同様に質問で結論に至れば、カリム・ソーンもネイサン・フォルズも現時点で明確な敵というわけではない。勿論、明確な味方でもないのも同じだ。
互いに一目で転生者だと見抜く条件が、もしも三人の留学生らに当て嵌まったとしたら、どう事態は転ぶのか。
もしも彼らが前世で知人同士であれば、彼ら同士で結託または敵対するだろうか。
敵対であればまだしも、彼らが結託した場合、我が国に及ぼされる影響は───。
『あのぅ』
思考に沈むジルベルトと難しい顔で黙り込むクリストファー。
その沈黙を破って、妖精が小さな手でジルベルトの服の胸元の布をクイクイと引っ張りながら遠慮がちに声をかけた。
「どうしました?」
膝の上を見下ろして訊ねると、困ったように青い瞳を潤ませて見上げるモーリスと同じ顔。ものすごく、話を聞いてあげなければならない気になってしまう。ジルベルトも、常日頃モーリスに何やかんや迷惑をかけては面倒を見てもらっている自覚はあるのだ。
『あのですね、まだ、すごく大事なことをお伝えしてないんです』
何だろう。
ジルベルトとクリストファーは、同時に嫌な予感に襲われた。
「何でしょう?」
腹の中で覚悟は決めてから、ジルベルトは問う。
『フローライト王国からの留学生は、フローライト王国の“剣聖”を何度も目にする機会があったんです』
まぁ、どういう境遇で生き延びたのかは知らないが、御落胤ということは王族だから、城なり王宮なりの敷地に滞在する資格は持っていただろう。ならば、国王の専属護衛であった『剣聖』を目にしたことがあっても不思議は無い。
「はい」
何故か、とても焦って上手く言葉を紡げない妖精に、ジルベルトが励ますように相槌を打つと、妖精は、意を決したように凛々しくモーリスと同じ顔を上げた。
『だから、フローライト王国からの留学生は、大人の妖精の素顔を見たことがあるんです!』
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ジルベルトとクリストファーは固まった。
そして、同じタイミングで、ジルベルトの膝の上の妖精の顔に注目する。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ジルベルトとクリストファーは、互いの顔を見合わせた。
「ヤベェな」
「マズイな」
妖精も一緒に、三人で頷き合った。
「他人の空似・・・」
「ジル、自分でも無理があるって思って言ってるだろ」
『妖精からの要求としてモーリス・ヒューズにサングラスと軍艦リーゼントを・・・』
「やめてあげてください」
こんなことになるのなら、いっそモーリスの周辺が騒がしくなろうとも最初から妖精の素顔を晒しておけば良かったのかもしれない。
いや待て、よく考えたら妖精達が夜露死苦コスプレをしたのはジルベルトの意思とは関係無い。アレは一切の事前打ち合わせも無く、出て来たと思ったらアレだったのだ。
「本当に、コスプレは必要だったんでしょうか・・・」
『えぇと・・・答えられない質問が含まれます、です・・・?』
物凄く、言わされてる感があるな。
「まさか、面白そう、だったから、とか?」
強く、区切りながら問うと、妖精はキョドキョドと視線を彷徨わせ、虹色の羽が忙しなくパタついた。
『い、言えません?』
「・・・・・・」
今回、出現させられたのが、この妖精だった理由をジルベルトは正確に悟った。
マズイ事態がバレたとしても、こちらが怒るに怒れない一番下っ端の従犯を差し出したのだ。主犯格であろう奴らは出て来ていない。
「保護者達に事態の解決を求めます」
『い、いえすまむ』
どこで覚えた、その台詞。ニコルの屋敷での前世雑談を聞いていた保護者どもからか。だとしても何故にマムなんだ。ジルベルトは今は立派に男である。
最初から悪ふざけなどしなければ、こんな事にはならなかっただろうに。
行動を共にすることの多いモーリスとそっくりな顔を隠すために、ジルベルトの指示で素顔を隠す変装をしていたと周囲に受け取られてしまえば、それほどしっかりと要求を飲ませることが出来るのかと、強欲な輩に他国の『剣聖』まで目をつけられる。
そうなれば今までの、妖精が愛する者達のためにして来た努力が水の泡だろうが!
『ジルベルト、嫌いにならないで』
涙目で見上げてくる幼気な表情のモーリス。
このタイプの妖精が出て来た後は、しばらくモーリスの顔が何となく直視しづらくなるのだ。勘弁してもらいたい。
「なりませんよ。反省はしてもらいたいですけどね」
青い髪をそっと撫でると、嬉しげに羽を震わせるものの、表情は反省して落ち込んでいる。この個体を落ち込ませたいわけではないのだが。
「愛していますよ。これからもよろしくお願いします」
『・・・はいっ!』
キラキラした雫をハラリと零し、妖精は幸せを体現するような笑顔をジルベルトに向ける。モーリスの顔で。
今回も夢に出る。確実だ。
一度目のハロルドも、さぞや複雑な思いを抱える日々だっただろう。
モーリスの顔に向かって愛を告げて喜びを返され、明日はどんな顔で同僚と対面しようか。
助けを求めるようにクリストファーに流し目を送れば、「何も見てません」というように、そっと目を逸らされた。
私事でトラブル発生につき、しばらく更新が週一になります。
次回投稿は4月15日午前6時です。