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今期の生徒会役員

 生徒会室に入室し、扉をしっかり閉じてから、ジルベルトは小さく息を吐いた。

 無駄話で貴重な時間を潰されるのは、王や宰相からの依頼であっても妙な疲労感を引き起こす。


「お疲れ様でした。ジル。濃いお茶を淹れますか? それとも鎮静効果のあるハーブティー?」


「濃い方で頼む」


 モーリスに声をかけられ、ホッと緩んだ素の微笑を見せると、室内のあちこちから「うっ」という呻き声が上がった。人外の美貌の気を許した者だけへ向ける笑顔は攻撃力が高い。


「で? どうだった?」


「陛下と宰相閣下の企画に引っ掛かりました。紹介者が学院長で、紹介されたのはタイタス・ベケットです」


 アンドレアに訊かれ、ハロルドに引かれた椅子に自然に腰を下ろして答えるジルベルトを、クリストファーが複雑な表情で見遣る。

 ハロルドがドヤ顔をクリストファーに向けるが、クリストファーは羨ましいと思っているわけではない。「え、それ自然に受け入れてるんだ?」という、犬からの御奉仕慣れした様子に少しばかり複雑な思いが過ぎっただけだ。


 現在、この部屋にいるのは、アンドレア、モーリス、ハロルド、ジルベルト、そしてクリストファーの五人だ。

 夏休み明けに会計と書記だった五学年生が引退したのを受けて、一学年生のクリストファーを会計として生徒会に引き入れた。

 会長は引き続きアンドレア、副会長は引き続きモーリスだが、書記は副会長補佐だったジルベルトが引き継ぎ、ハロルドは変わらず会長補佐ということになっている。


 ジルベルトとハロルドはアンドレアの専属護衛なので、アンドレアが生徒会役員であるなら生徒会室に出入りするのは役無しでも問題は無いのだが、護衛と言っても脳筋ではない二人には十分に実務を担える能力がある。

 だが、下手に役職を付けてしまうと、その役職を理由にアンドレアから二人同時に引き離される恐れがあるからと、今まではジルベルトを副会長補佐、ハロルドを会長補佐という、学院側に強制力を持たせない立場に置いていた。


 生徒会の会長と副会長は、個人的に指名した補佐を一人ずつ持つことができる。

 補佐は生徒会室に自由に出入りすることが許されているが、立場としては一般生徒であり生徒会役員ではないので、役職を理由に学院側からの問答無用な呼び出しに応じる必要が無いのだ。


 今回ジルベルトが学院長室に呼び出されたのは、『生徒会書記』としてだ。


 一般生徒である『副会長補佐』のままだったら、授業中に、王族の専属護衛であるジルベルトを、護衛対象のアンドレアから引き離してまで呼び出し、長時間拘束する、正当な理由を、呼び出す際に、ジルベルト本人と主のアンドレアに、説明する必要があった。

 ジルベルトが一般生徒枠から生徒会役員になったことで、()()()それが不要になり、「生徒会書記は学院長室に来るように」との文言だけで呼び出せるようになった途端に、この有様である。

 狡猾な狸爺ではあるが、学院長は己の持つ権限の()()()()()が見えていないようだ。


 生徒会役員は、学院の自治において、一般生徒とは異なる大きな権限を持つ。

 その代わりに、「折衝を学ぶ」名目で、学院側からの理由無き呼び出しを含む種々の要求を、必ず一旦は受け入れなければならない。

 この、生徒会と学院側の関係は伝統的なものではあるが、今の学院長になってからは悪用されている感が大きい。


 悪用を想定した上で専属護衛の一人(ジルベルト)を書記にしたのは、生徒会室を()()の人間だけで固めたかったからだ。

 生徒会役員を引退した五学年生の生徒二人は、どちらも学院長と親しい家の令息だった。

 おかげで、国王や宰相も警戒する学院長に話が筒抜けになる生徒会室では、あちらに()()()()()()しか出来なかったのだ。

 それはそれで向こうの動きを操作や予測が出来るメリットもあったが、不便を感じることも多かった。


 スパイが二人抜ける穴を再び子飼で埋めようと、後任の生徒会役員として学院長から推薦された生徒はいたが、「もう枠は埋まっている」と断るために、会計としてクリストファーを引き入れ、書記にはジルベルトを据えた。

 ハロルドではなくジルベルトを役付きにしたのは、国王と宰相の依頼だ。

 『剣聖(ジルベルト)』は、学院内における学院側の横暴を、この辺りで一回()()するための餌だ。次期騎士団長の座を不相応に狙う輩を誘き出す餌にも使われているので、餌の兼任である。ハロルドの暴走前に早いところお役御免になりたいと、ジルベルトは切実に願っている。


 役員引き継ぎ完了早々に学院長も餌に食い付いたのだが、こうなるまでには、新たなスパイを受け入れなかったことに対して、かなりゴネられた。

 しかし今は、()()()()学院長のゴリ押しが通らなかったのだ。


 世間を震撼させた大罪人の公開処刑に、カリスマ軍人だった前騎士団長の醜聞による辞任と伯爵家の廃絶、第一王子側近の醜聞による公爵家の降格と側近の再選定、等々、一気に噴出した数々の大問題の対応で国内の、特に貴族達は未だ平静を取り戻しておらず、その隙を狙う国外との、それこそ「折衝」は関係部署に多忙を極めさせている。

 この時期に、王族や『剣聖』の近くに置く人物の選定は、「学院内平等」の理念や「学院長の権限」を超えて、国の有事の時と同様に、国家の側で行う。

 そう、()()()()アンドレアに宣言されてしまえば、()()()は要求を引かざるを得ない。


 国の有事となれば、『学院長と生徒会長』という学院内のみで有効な関係性よりも、元々の立場が重視される。

 伯爵家に婿入りした先代の側室腹の王弟よりも、正妃を母に持つ現役王子の方が立場がずっと上だ。本来ならば、アンドレアの側が拒否すれば、血の繋がりがあろうとも勝手に声をかけることすら許されないほどの身分差である。

 創設当初は、王族や高位貴族の子等を愚か者にしないための「学院内平等」の理念や、伝統的な生徒会と学院側の関係だったが、当時のような目的で学院長が権限を振りかざしているとは考えられない。

 学院内だろうが国法は守る義務があり、貴族の常識を逸脱し、貴族としてのマナーも序列も無視した行いが、貴族社会で正当性を持って受け入れられることは無い。

 長らく『学院』という狭い世界で最高権力者として君臨し、格上の王族すら意のままに出来る力があると悦に浸って来た学院長には、その事実が受け入れ難いようで、己の権力を過信した態度は、堂々としていて迷いが無い。それが幻であると認識出来ていない故だろう。


 元王族の学院長はコナー家の役割を知っているため、クリストファーの生徒会入りに反対することは無かったし、学院長推薦の生徒を入れずジルベルトを書記にすることにも一応反論を引きはしたが、ならば、と、空いた副会長補佐に学院長と懇意の家の令嬢を押し付けて来るなど、とかく諦めが悪かった。

 忙しいのにしつこいと苛立ったアンドレアが、「この有事の時に第二王子と『剣聖』に()()あった場合、()()()を推薦した学院長に責を問うが?」と、かなりハッキリ脅したことで漸く黙ったが、鬱陶しいことこの上なかったようだ。

 副会長補佐は、現在空席のままである。補佐を付けるのは義務ではないので何も問題無い。


 煩わしい横槍はあったが、今はクリストファーが学院内で動かしているコナー家の配下の働きもあり、生徒会室は、ある程度の密談ならば可能な場所になっている。

 クリストファーの毒薬講座も、王城の第二王子執務室に出入りして人目に付くことを警戒しなくとも、生徒会室で必要なだけ受けられる現状はありがたい。


「ジルの方の結果は父上に報告しておく。こっちも宰相筋で掴んだ学院絡みのネタがある。モーリス」


「はい」


 ジルベルトには濃い紅茶を、他の面々にはクリストファーが持ち込んだ、ニコット商会で近々発売されるジャスミン茶を完璧な所作で置いてから、モーリスは副会長の席で資料を手に話し始めた。


「留学生について、受け入れの可否が決定するまで学院に国への報告義務はありません。ですが、学院長は来月中にも四人の留学生を受け入れることを決め、密約を交わしています」


「露見すれば国法違反だな」


「書面は交わしていないので、言い逃れが出来ると思っているのでしょう。受け入れを決定した時期を偽証するやり方です。こちらに()()する暇を与えず、国に報告を済ませた日には留学生が学院内を好きに動き回る権利を得ているという寸法です」


「留学生は工作員の可能性が高いのか?」


 ハロルドの質問に、モーリスは長い銀の髪を耳にかけて資料を捲り、僅かに眉を寄せて答える。


「工作員の可能性が高いのが二名、非友好的な調査目的が予想されるのが一名、ある意味工作員より面倒で(たち)の悪いのが一名ですね」


 「は?」という顔のハロルドと、「同感」という顔のクリストファー、既に資料の内容を知っているアンドレアと早く先を聞きたいジルベルト。クリストファーは、コナー家の筋でモーリスの手元の資料以上の情報を得ているのだろう。


「まずは、非友好的な調査目的と思われる一名について説明します。カーネリアン王国からの留学生で、年齢から三学年ですね。カーネリアン王国宰相フォルズ公爵の三男です。名はネイサン・フォルズ。髪は灰色、瞳の色は薄紅色、成績は学年首席と優秀だそうですよ。四名の内三名が男子学生ですが、偽名を使っていないのは彼だけです」


「工作員の可能性が高いのが偽名の男子学生二名ってことか」


「ええ。ですが、カーネリアン王国からこのタイミングで、ということですから、未だ()()()()()()すら発見されていない子爵令嬢に関する調査目的ではないかと」


 それは、非友好的な調査になるだろうな。と、真実を隠蔽した張本人達は納得した。

 今後も隠蔽した真実が暴かれることは避けなければならないため、諦めて帰国するまで気取られぬ程度の調査妨害と、手土産になる程度の手掛りを()()されるように適当な場所に()()()おかなければ。

 それぞれが、国の裏側で暗躍するような役割を担う場面が多い男達は、手段、方法、経路、試算、様々な自分の今後の動きを思考する。

 そこに、学舎の生徒会室という明るい青春めいた空気などまるで無い。


「偽名の奴らの説明を聞いてもいいか?」


 自分が割り振られるだろう仕事を大方想定し終え、ジルベルトが声をかけると、モーリスは頷いた。


「一人はバダック・ベルモントという名で四学年に留学して来ます。フローライト王国のベルモント伯爵の次男ということですが、その年齢の子供は男女どちらもフローライト王国の貴族として記録がありませんね。これから届け出を提出する予定の庶子だと言われてしまえばそれまでですが。髪や瞳の色も不明です。フローライト王国はクリソプレーズ王国とは大陸の端と端ですから、あの国の情報は()()の良い内には中々入って来ないんです」


「じゃあ、コナー家(うち)から追加情報。良い話じゃねぇけど」


 軽く挙手したクリストファーに、モーリスから聴衆の視線が移る。生徒会室内では素で喋るクリストファーに、最初は外見に似合わないと違和感を覚えていたジルベルト以外の三人も、直ぐに慣れた。


「フローライトから本名不明の留学生を受け入れるかもっつーネタを仕入れて、直ぐに放ったウチの諜報員は生死不明だ。ただ、()が一羽だけ帰還した。五羽連れてた筈だから残りは殺られたんだろう」


 コナー家の『鳥使い』と呼ばれる諜報員は、放せば巣に帰ることだけを教え込んだ極小の鳥を連れている。

 寿命は短く運べる情報も極小だが、虫と見間違うほどの大きさで敵の目にも付かず、長距離を飛ぶ力と帰巣本能に特化した鳥だ。

 クリストファーが実権を握ってからコナー家で品種改良に成功した鳥なので、まだ大量に使うことは出来ないが、重要度の高い情報から順に暗号化した上で分断して運ばせることで、諜報員が囮になって始末されても情報の一部だけでも()に届けられるようになった。


「鳥が運んだ情報によれば、留学生として来る男は、フローライトの王族特有の瞳を持ってるそうだ。一羽が運べたネタはそれだけだ」


「それはまた重要度が高い話だな」


 苦い顔でアンドレアが腕を組む。

 この大陸で最も自国と離れた国であるフローライト王国との国交は、ほぼ無いに等しい。

 せいぜいが、『剣聖』を抱える国として、『剣聖』に加護を与える人語を話せる大人の妖精から齎される情報の共有をする程度だ。それも、フローライト王国とだけ特別になされている訳ではなく、他国との交流を拒む国や国交を断絶している国以外とならば、どの国であろうと同じ様にやっていることだ。

 元々、文化的にクリソプレーズ王国や同盟国とは相容れない部分があり、経済交流はともかく、婚姻等の縁を結ぶ交流は避けられて来たのだが、フローライト王国は『剣聖』に加護を与える妖精が人語を話せると判明した後から、国王が一人の寵姫の傀儡のような(ざま)となり、国際的な評判が下がっている国でもある。


 フローライト王国を含む大陸反対側の周辺国は、「女性は男性の所有物」という考え方が強く、女性は家畜と同等に男性にとって財産の一つとされているのだ。

 そんな常識と法律の国に、娘を嫁がせようとするマトモな神経の親はいない。

 大陸のこちら側でも、貴族の家督を女性が継ぐことは出来ないし、要職に女性が受け入れられることも無いが、女性が働くこともシングルマザーが生きていくことも可能だし、女性を家畜と同等の財産だという考え方は、気持ちが悪いと唾棄する紳士がほとんどだ。

 クリソプレーズ王国において、女性は人間であり財産ではない。女性にも当然ながら人間の法律が適用される。それに、成人男性の後ろ盾は必要だが、女性が自分の名義で起業することも出来るし、それで得た利益はその女性自身のものになる。


 だが、フローライト王国等の大陸の反対側では、女性は表に名を出すことも出来ず、優秀であれば『価値ある財産』となり、成果を上げれば()()()の男性が利益を独占する。奴隷制度は無いが、これらの国において女性に『()権』は無いので、ある意味、女性は奴隷以下の存在だ。

 かと言って、それらの国で女性が虐げられていると一概には言えないので、国際社会で当該国が糾弾されることは無い。

 所有する()()を大事にしなければ、所有者の恥になるという文化があるからだ。そういう国では、女性に()権を認める国々の女性達より、ずっと大事に扱われ、贅沢な暮らしを一生保証されている女性も沢山いる。

 ただし、大事にする方向性は各所有者の裁量に委ねられ、他人が口を挟むものではないという常識もある。所有される女性が、望む方向性の男性に所有してもらえるかどうかは、一か八かだ。

 何れにせよ、大陸のこちら側の文化圏で育った女性達が馴染める環境の国ではない。


 以上のような文化の違いで深い交流など無く、クリソプレーズ王国生まれの紳士としては良い印象も無いフローライト王国の国王は、代々『御落胤』が非常に多い。

 女性を多く所有するほど、財産も多く持っていると見做されるお国柄なのだ。国で一番財産を持っていると誇示しなければならない国王の後宮は、広大で常に満員御礼である。


 後継者争いで国が乱れる時代もあったようだが、国王が在位中に後継者候補を指名し、それ以外の王子には王族としての教育を能力の如何に関わらず一切施さないことで、一応内乱は起きなくなったらしい。

 王によっては寵姫の産んだ無能な王子ばかりを指名することもあるので、臣民にとっては苦しい時代もあると聞こえるが、クリソプレーズ王家としては、遠い他国のことは反面教師として眺めるくらいのものだった。

 王族の責務に対する考え方が違い過ぎて、関われば不利益しか想像出来ないからだ。


 フローライト王国の国王の『御落胤』が国から出奔した事例は、少なくない。

 王女は国内や同じ思想と文化の友好国の中で『財産』として遣り取りされるが、王子は全員に爵位を与えて家を興させるわけにはいかない。人数を捌ききれないのだ。

 後継者候補以外は、下手に王位を狙わぬように、貴族家に養子に出すこともせず、幼い内に去勢して飼い殺すか、平民として自立しろと国外へ放逐するのが習わしであり、その行為には「国家安寧のため」という大義名分があるから、それを非人道的だと責める声を上げることは、国民も、他国人なら尚の事、出来はしない。

 国家の運営方法に他国が口を出すのは内政干渉になる。


 王子達は、国王と美しさで所有されていた女性の血を引くので、容貌の美しさから加護は多めだ。それ故、冒険者になって国を出るのが最も平和的な出奔のやり方と言える。

 何故「出奔」という言葉を使っているかと言えば、平民として自立しろと国を放逐した後は、刺客が追うのも習わしだからである。後継者争いの内乱が起きなくなった実際の理由は、こっちだろうとアンドレアは思っている。

 王の御落胤であっても、国籍の無い人間に身分は無い。身分の無い人間は死んだ際の処理や手続きが簡単なのだ。邪魔になった王子の始末も楽なものだ。


 国を放逐するとは、国籍を剥奪することだ。

 だが冒険者は、国籍に関係無く一定の身分を保証される。国籍を持たない人間であっても、一定の身分さえあれば、その死に様が不審であった場合、現地の法に則った調査は行われることになる。

 適当な刺客が適当な暗殺などすれば、面倒臭い他国の官憲や軍人や冒険者の組合から依頼を受けた専門家が、フローライト王国に疑念を抱いて入国するだろう。死体には出自を誤魔化しようの無いフローライトの瞳があり、証拠隠滅とばかりに両目を持ち去るか損壊させれば、それが「何処ぞの王の御落胤だから殺された」疑惑に繋がり、より大掛かりな調査に至ってしまう。

 だから、国を放逐される王子は冒険者になって「出奔」するのが一番生き残る確率が高い。

 何しろ放逐されるフローライト王国の王子の人数は多いのだ。目立たず祖国には二度と戻らず、数に埋もれて忘れ去られてしまえば、平民の冒険者としては、それなりに良い生活が可能だ。美形で魔法も使えるのだから。


 しかし、今回のフローライト王国からの留学生は、フローライトの瞳を持ちながら、王族としてではなく伯爵令息として偽名で入国して来る。

 冒険者でもなく、フローライト王国の国籍も所有したままだ。

 現在のフローライト国王が後継者として指名した王子の中に、17歳に見える年頃の王子は存在しない筈だ。

 だとすれば、気に入った女性の産んだ王子だったために去勢されて飼われている、王族として教育されていない王子の一人だろう。

 仮にも王族であった学院長が、自分の利益になると密約を交わすほど精巧に、貴族の身分を証明する書類が偽造出来るとは思えない。

 おそらく()()()()()本物だ。()()()()()が本物とは限らないが。

 書類の紙も書式も、伯爵家当主の署名や印璽も、国王の署名や印璽も本物ならば、「バダック・ベルモント」として送り込まれる留学生は、フローライト国王が王命を下して何らかの役目を負わせた駒だろう。


 一言で言えば、面倒極まりない。


 アンドレアの感想は、それに尽きる。

 どれだけ無礼な喧嘩を吹っ掛けられても、大陸の端と端に位置する二国が開戦という事態になれば、それは大陸全土を戦禍に巻き込むということになる。そんなことは避けなければならないし、現実的に考えて、もしそうなったとしても、近隣各国に協力要請をするのも互いに利益が見込めず、不毛な努力になりそうだ。

 けれど、実際に現状は無礼な喧嘩を吹っ掛けられている。容認して良いことではない。

 他国に舐めた真似をされたら思い知らせてやるのも、『抑止力』である『苛烈な最凶王子』アンドレアの仕事だ。


「モーリス、取り敢えず他の二人も説明頼む」


 仕事だからキッチリやる。

 だが、留学生はあと二人いる。

 ハロルドやジルベルトとも情報を共有するために、アンドレアは先を促した。

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