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お母さんを探そう

忘れられそうですが、ニコル6歳、クリストファー5歳です。

二人とも見た目は可愛らしい幼児です。


「で、兄さんはカップ麺に食いついて私を殺しに来たわけね? へぇ~っ」


 ニコルの前で小さくなるクリストファー。コナー公爵家の人間には信じ難い光景だろう。

 だが、性格が破綻していて他人がどうなろうと感情が動かない彼の代わりの無い『特別』の一人が実妹の(みやこ)──今生のニコル──なのだ。

 その自分の『特別』を自分で殺そうとした事実は、もし成功してしまっていたらと考えると肝が冷えるどころではない。


「私に非常識レベルの加護があって良かったねぇぇ?」


「ごめん」


「視界を埋め尽くす量の妖精に群がられていた時は本当にどうしようかと思ってたけど、こうなってみると本っ当に良かったわ」


「ごめん」


「勿論、言葉の謝罪だけじゃなく誠意も見せてくれるよねぇ?」


 ヤクザの言いがかりみたいだが、ここは暗殺のプロに殺されかけたニコルに分がある。殺そうとしておいて「ごめん」で済むわけがないのだ。


「わかった。誰を殺ればいい?」


「ちょ、兄さん何でそっち。クリストファーに馴染みすぎ」


「まぁ、この立場は割と楽だ」


 うわぁ、とドン引いた表情のニコルだが、前世の実兄が既に人殺しであることに特に驚きも忌避感も無い。その辺りの他人はどうでもいい感がよく似た兄妹だ。


「てかさ、兄さんも転生してるってことは向こうで死んだんだよね? 私が死ぬ頃はまだ生きてたよね。いつ何で死んだの?」


「俺が死んだのはお前が死んで五年後だな。お前、過労死って公表されてたけど解剖したら栄養失調だったぞ。どんな生活してたんだよ。俺の死因は殺人だ」


「待て兄さん、どこから突っ込めばいい。何で平和大国日本で一般サラリーマンが殺人で死んでるのよ。あー、あの頃忙しいが天元突破して食事がサプリや栄養剤の点滴になってたんだよねー」


「おま、母さんに泣いて怒られるぞ。俺は結婚を迫るストーカー女に駅のホームから突き落とされたんだよ」


「いや、兄さん女に結婚迫られるとか無理ゲーじゃん。頼むからお母さんには内緒にして」


 久しぶりに再会した兄妹の会話は平和大国での前世を話題にしているのに殺伐としていた。


「ねぇ兄さん」

「なぁ(みやこ)


 兄妹の声が重なった。言わんとすることは同じだった。


「お母さんも」

「母さんも」

「「転生してるんじゃない?」」


 頷き合う二人。


「私、最後にお母さんのご飯が食べたいって思いながら死んだんだよねぇ」


「俺は、お前と母さん以外の女は滅びろって思いながら死んだ」


「それで私達がここに転生してるならさ」


「母さんも絶対いるな」


 根拠は無いが、最早確信だった。


「けど、どのキャラに転生してると思う? もしヒロインがお母さんなら、大切にしてくれる男と今度こそ幸せになれるように全力でバックアップするけど」


「そうだな。ヒロインが母さんなら邪魔者は全部俺が排除しておく」


「それ原作まんまのクリストファーだよ」


 一瞬黙るクリストファー。しかし、不快な記憶が自動で手繰り寄せられたのか眉を顰めて首を振った。


「何となくカンでしかないが、ヒロインには転生していない気がする」


「どうして?」


「俺もお前も本質が似たキャラに転生しただろ。地味キャラは違うがゲームのニコルも中身は遣り手商人だった筈だ。お前の本質が活かせる立場で転生している。だったら母さんがヒロインに転生は有り得ないだろ」


「あー」


 ニコルが納得の呻き声を上げた。


「ヒロインて男のことしか考えてない自己中他力本願デモデモダッテ女だもんね。常に自分は主人公で被害者って考えだし。お母さんとは掠りもしないわ。て言うか、ヒロインの本質ってあのクソ姑っぽくない?」


 ニコルが「うげぇ」と舌を出しながら言うと、クリストファーも眉を顰めて同意する。


「俺がさっき思い出してたのも父方のババアだ。母さんが死んだ次の年、俺が二十歳で酒解禁になったろ? あの時初めて父方の爺さんとまともに会話したんだが、あのババア、爺さんのストーカーだったんだって。しつこいから一度だけ酒の誘いに乗ったら朝には既成事実が出来ててデキ婚だったってさ。だから父さんは一人っ子なんだと。俺に酒と女に気をつけろって言ってた」


「うわぁ・・・」


 関係が希薄だった父親が人として欠けていた理由を垣間見てニコルは絶句した。


「そんなババアとヒロインの行動原理は似てるだろ? 母さんがアレに転生するのは有り得ないと俺は思う」


「うん。クソ姑もよく悲劇のヒロインぶってお母さんを悪者にして婆友に同情買ってたもんね。お母さんが悪役令嬢に仕立て上げられてた」


「昭和の姑は分かりやすく悪役令嬢キャラっぽかったけど平成の姑は底意地の悪いヒロインだって会社の奴が言ってた」


 話が脱線して来たことに気づいた兄妹はサクッと軌道修正した。


「じゃあ、とりあえずヒロインは無しで。けど女性キャラって残りは悪役令嬢の立ち位置だけだよ? アンドレアルートの高飛車お嬢様もジルベルトルートのセクシー悪女も違うと思うし」


「ジルベルトルートの悪役令嬢は俺の姉だろ。違うの確定だ。お前の顔見た瞬間お前だって分かったんだから面通し済みの姉が母さんの筈がない」


「そう言えばそうだね。てことはクリストファールートの敵もコナー公爵家のメイドだから違うか。もう見た?」


「見た。違う。可能性としては脳筋騎士ルートのライバルになる女騎士か陰険美人ルートの悪役令嬢の才女か。どっちも貴族令嬢だから家もわかるし侵入してみる」


「任せた」


 久々の再会だが意思の疎通に問題は無い。

 今のところ、この世界では唯一の互いに背中を預けられる人間だ。

 今生の家人に生業は特殊でも良くしてもらっている自覚はどちらも持っているが、それとこれとは別なのだ。

 心から信じられる人間というのは簡単に得られるものではない。

 そんな二人が恋愛シミュレーションゲームの主要キャラに転生している奇妙さに苦笑が洩れる。互いに恋愛とはほど遠い場所に生きて価値観を持っていたのだ。今生でもそちらに期待はしていない。

 兄妹共通の今生の目的ができた。前世の母を見つけ出して幸せになってもらう。


 だが二人はまだ知らない。

 母が男性として転生していることを。

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