夢を利用された少女
友達だと、思っていたのは、最初から自分だけだった。
ニコルは、刑の執行を待つ貴族牢の中で、全てを諦めて佇んでいた。
何も知らず、友人の依頼で合法の薬草と、何の変哲も無いアンティークの宝石を入荷して売っただけだった。
そこを考慮され、慈悲を賜っての毒杯という処分内容が、重いのか軽いのか、未だ学生の男爵令嬢に過ぎないニコルには分からない。
元平民の男爵家の庶子の彼女は、眩しいくらい自信に満ちていた。
それに、自分に自信が持てず、臆病なニコルは憧れてしまった。
積極的で、身分の高い令息達にも物怖じせずに話しかけ、親しくなってしまう彼女は多くの同性達に妬まれた。
自分に自信があれば、ニコルも彼女を妬んで嫌ったかもしれない。
でも、ニコルは彼女を妬む気も起きず、近づきたくて友達になった。
優しくて明るい彼女は、同じ男爵家の令嬢という学院内では一番低い身分を全く気にしていなかった。
祖父が平民の成金男爵家の娘だと、裕福だから尚更、ニコルへの陰口は攻撃的で辛かった。
これ以上、攻撃されないように、目立たないように、地味に装うニコルは、そのせいでもっと侮られ、対等な友人というものが貴族学院では作れていなかった。
彼女はそんなニコルの友人になって一緒に行動してくれて、馬鹿にしないでニコルの夢を楽しそうに聞いてくれた。
彼女が高みに昇って行くと、ニコルも何だか満たされたような気持ちになった。
だからニコルは求められるままに、そして自発的に、彼女に沢山の商品を融通した。
ニコルが融通した商品で、彼女が華やかさを増して令息達に褒められていると、自分が褒められたように嬉しかった。
彼女が身につけた商品は注目を浴び、地味なニコルでも令嬢達に小さな影響を与えられるのだと密かな喜びを覚えた。
そんな、他人の力を借りっぱなしの罰が当たったのかもしれない。
いつか、自分のプロデュースした商品を扱う、自分の商会を持ちたかった。
卒業後は父に付いて商いをもっと学んで、手に取った人が楽しくなるような商品を、手に入れた人が幸せになるような商品を、いっぱい生み出して流通させたかった。
そんな、地味で臆病な自分には似合わない、大それた夢を、「ニコルならきっと叶えられるよ!」と笑顔で聞いてくれた彼女。
本当に、友達だと思っていた。
その気持ちは、一方通行だったけれど。
刑の執行は、明日の朝だと伝えられた。
何処かで、彼女が自分を利用しているだけなのだと、本当は少しずつ気がついていた。
でも、友達を失うことは怖かった。
臆病で人を見る目の無かった自分が処刑されることは、受け入れている。
こんな自分は、生きていたって仕方がないと思う。
だけど、そんな自分に巻き込まれて、人生を滅茶苦茶にされてしまった家族に、どう償えば良いのか分からないくらい申し訳なく思う。
ミレット男爵家は、ニコルの罪を受けて平民に身分を落とすことになったと聞いた。
母は、きっと凄く怒っているだろう。父と離縁して、子爵家の実家に帰るのかもしれない。
自分のせいで、家族がバラバラになってしまった。
ニコルの気持ちは、どんどん沈んで行く。
大嫌いだった。
本当は注目を浴びたいくせに、そうなる勇気も無くて、ただ他人を羨んでいる自分が、とても嫌いだった。
楽しいことも、華やかなものも、本当は好きだったのに、似合わないから、それを口にするのが恥ずかしくて、ずっと『地味なニコル』として生きて来た。
本当は、そんな生き方に、誰より納得していないのは自分だった。
ごめんなさい。ごめんなさい。
誰に、何に謝っているのか分からないけれど、ニコルの心に浮かぶのは、謝罪の言葉ばかりだった。
商いのイロハを教え、地味な娘でも可愛い可愛いと愛してくれた父に謝りたい。
外国に住居を移してしまったから、ほとんど会えない祖父母は、とても尊敬できる方々だと父から聞いていた。
そんな祖父母の恥となってしまう不出来な孫でごめんなさい。
顔を合わせる度に、辛気臭くて不愉快にさせてしまった母にも、謝らなければと思う。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
本当は、分かっている。
一番謝らなければならないのは、自分自身へだ。
大切にしてあげられなくて、ごめんなさい。
好きな服を着せてあげられなくて、ごめんなさい。
可愛い髪型やお化粧をする勇気が無くて、ごめんなさい。
友達が作れなくて、ごめんなさい。
自信が持てなくて、ごめんなさい。
夢を叶えられなくて、ごめんなさい。
───好きになってあげられなくて、ごめんなさい。
生きていたって仕方がないと思って、ごめんなさい。
騙されてしまって、ごめんなさい。
こんなに早く死ぬことになって、ごめんなさい。
ああ、どうか、願いがもしも叶うなら、謝らなくていいくらい、『ニコル』を大切にして、幸せにしてくれる誰かに、『ニコル』を託したい。
この、情けなくて弱い私の魂は、もう要らないから。
空の器を、己を憐れんで嘆かずにいられる魂で満たして、どうか、夢を叶えて。
朝陽が昇り、貴族牢の扉が厳かに開かれる。
ニコルは、澄んだ若葉色の瞳を前に向け、俯くことなく微笑んで毒杯を受けた。
その死に様は、気高い貴族令嬢として相応しい、美しいものだったと、元男爵の父親は伝え聞き、滂沱の涙を流したと言う。