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壊された天才少年

 なんてツマラナイ人生だっただろうか。


 クリストファーは、何も映さない紺色の瞳をぼんやりと開いたまま、迎える終わりを待っていた。


 思えば、最初から駄目だった。

 産まれて初めて目が開いた時に、兄と目が合ったことを覚えている。

 生後すぐに視覚がはっきりしていることも、赤ん坊の時から記憶があることも、能力的には非常に高くて恵まれているらしい。

 だけど、それがマズかったのだ。

 臆病で卑怯な兄の不安を誘ってしまった。


 クリストファーは、強くなろうとすると兄に妨害された。

 加護を授かる前の幼少期から、身体を鍛えようとすれば腕の骨を粉砕され、体術を身に付けようとすれば脚の骨を粉砕され、暗殺術を習得しようとすれば手の骨を粉砕され、武術の修練を試みれば足の骨を粉砕された。

 それを繰り返される内に、兄に逆らえば、コナー家の一員としてだけではなく、一般貴族のひ弱なボンボンとしての生活さえまともに送れない身体にされそうだと理解させられた。


 兄に倣い、姉もクリストファーの虐待に参戦して来てからは、食事を満足に口にすることも出来ず、栄養不足の身体は、砕かれた骨が正常な形に戻る力を持てないまま成長した。


 クリストファーは、間違いなく天性の才能を持って生まれていた。

 だが、鍛えることも技術を身につけることも、兄と姉の妨害で出来なかった彼の身体は、ひ弱で脆弱なままだった。

 一を教われば十以上を理解して応用する頭脳を持ちながら、それに気づいた兄と姉から教本を奪われ、教師を遠ざけられて、クリストファーが覚えたのは、「バカなボク」の振りをすることだった。


 服を着ていれば誤魔化せるが、両手両足の長さはそれぞれ歪に違うアンバランスな身体。

 それに不安はあったものの、妖精の加護は貴族としてもソコソコの多さを得られた。

 兄と姉の手の者の目がある所では「バカなボク」の振りをして、クリストファーはこっそり魔法も自分の能力も磨いた。

 あまりにもバカっぽい口調で話していれば、流石に兄姉として恥ずかしく感じたらしく、コナー家の人間として最低限の教養だけは学ぶことを妨害されなかった。


 もっと自分の才能を伸ばしたいのに、隠れて独力では限界がある。

 バカの振りも飽きて来た。

 退屈な日々の中、学院に目新しいオモチャが編入して来た。

 平民上がりの女が、愚かで有名な第二王子と取り巻き達を誑し込んでいる。

 あいつらチョロ過ぎ。

 姉が目を付けているジルベルトまで堕とした怪しげな女に、クリストファーは自分も近づいてみることにした。

 この女からは、破滅の匂いがしたから。


 バカっぽい言動をしながら女に夢中になった振りをして、王子と取り巻きと女の仲を引っ掻き回していたら、女にコナー家から暗殺メイドが派遣された。

 丁度いいスパイスだと思ったクリストファーは、力試しがてら暗殺メイドを退けた。

 物語の騎士みたいに「君を守りたい」なんて有り得ない台詞を吐いてみれば、監視中のコナー家の奴が顔面崩壊して面白かった。

 それからも、何回も女にちょっかいを掛けて、暗殺メイドが派遣されたら女が適当に怪我を負ってから退けていた。


 ある日、ちょっと別のことを考えていたら、暗殺メイドを退けるタイミングを間違って、女が死にそうになっていた。

 もう少し、この女には踊ってもらいたい。

 まだ遊びたいから、今は信頼を失うのはマズイ。

 クリストファーは、適当に女が喜びそうな特別感のある台詞を残して帰宅して、次に女に会った時には、兄と姉を殺して父に言うことを聞かせたと大法螺を吹いた。

 コナー家の監視が顔を青くしてたから、かなりヤバい法螺だったのだろう。

 それでも構わなかった。

 退屈なのだから。


 第二王子が学院を卒業すると、女は王宮に出入りし始めた。

 側近の公爵令息と侯爵令息が女に求婚したのには驚いたけど、そのどっちも保留の形で蹴って王子から王宮出入りの許可を取り付ける手腕に、クリストファーは女から感じる破滅の匂いが濃くなったと嗤った。


 アレの後ろに絶対、何か吹き込んでる()()がいるだろ。


 親から期待されていないクリストファーは、高みの見物でコナー家の精鋭達が、素人に毛が生えた程度の淫売に出し抜かれる様子を眺めていた。

 あの女と、普通に接触してる人物がいるのに、偉そうな兄達は全然気が付かない。


 専属護衛が『剣聖』だからと第一王子に略奪されて、落ち込んでる第二王子は、薄っぺらい言葉で慰められながら、女を王宮内の立ち入り禁止の場所に次々案内していた。

 心ここにあらずな第二王子は気づいてないようだけど、女は禁書庫から何か盗み出していた。

 これはいい暇潰しになりそうだ。

 女を尾行すれば、人気の無い場所で取り出したのは、(まじな)いの禁書だった。

 ピンポイントでコレは、偶然ではないだろう。

 女は知らないだろうが、女の後ろにいる()()は、大罪を犯させるつもりで指定したのだ。

 それなら、その思惑に乗ってやろう。

 このくだらない今を、壊してやったらアイツらはどんな顔をするだろう。


 禁書の内容は中々興味深かったけど、材料が揃えられない儀式を覚えても意味が無い。

 この厚さの本の中身が全部(まじな)いの儀式に関することならば、きっと死や病を齎す大仰な(まじな)いの他に、手軽に材料の揃う条件の簡単なものがある筈だ。

 その効果がどんなものか分からないが、この女の後ろにいる奴が望んでいるのは、多分その(まじな)い。


 あった。

 精神操作に魅了か。

 こんなことが可能なら、世の中は滅茶苦茶になるな。

 最高だ。


 そのページで捲る指を止めるよう誘導し、クリストファーは親切に解読してやった。

 女が、醜悪な顔で笑って駆け出して行った。


 第一王子がご乱心な様子を見て、クリストファーは儀式の成就を確信した。

 監視は複数人で付いていた筈だが、女を操っている()()の手下は随分と優秀らしい。

 次期国王に(まじな)いをかけられるなんて、間抜けな連中だ。

 ご乱心の第一王子の見物にも飽きたクリストファーは、女にも興味を失って目を離した。


 それは、突然のことだった。

 ニコル・ミレットが、大罪の共犯として捕らえられ、死罪が確定した。

 何故、と思ったが、少し考えれば分かることだった。

 あの女は、ニコル・ミレットを利用して搾取していた。(まじな)いという大罪をやらかそうとした時に、必要なモノを揃えるならニコル・ミレットを使うに決まっていた。


 あの女を通して、何度か言葉を交わした貴族令嬢にしては地味な少女。

 あの女が、三人でいた時にクリストファーとニコル・ミレットを残して第二王子に駆け寄って行ったから、二人だけで話したことがあった。


『貴方は、どうして偽っているの? そんなにキラキラした才能を持っているのに。どう見たって、貴方、本物の馬鹿になんか見えないわよ?』


 他の誰の言葉も、記憶する必要が無いから聞いたそばから忘れていっていた。

 けれど、ニコル・ミレットのその言葉だけは、ずっと耳にも頭にも心にも残って忘れることが出来ない。


 もう一度、ニコル・ミレットに会いに行かなければ。


 理由なんて自分でも理解出来ないけれど、もう一度、彼女の声を聞いて話をしなければ、自分がどうして生きているのかも分からなくなりそうだった。


 ニコル・ミレットが拘束される貴族牢の手前で、暗殺メイドに道を塞がれた。


「やはり、こちらに来ましたね」


 何故か、暗殺メイドにはクリストファーが夢中になっていると見せかけていた女ではなく、ニコル・ミレットを目指して来ることが分かっていたらしい。


「貴方の処分を命じられました。お命頂戴いたします」


 技術的には負ける気は無かった。

 だが、身体的な格差は持久戦になれば覆せない。


「可哀想な方」


 一発逆転を狙ってカウンターを喰らい、あとは死を待つばかりのクリストファーを見下ろして、暗殺メイドは妙なことを言った。


「何もかも、手遅れでしたね」


 どういうことだ。

 何を言っている。


「愛を知らない貴方が、本当に大切にしたいと思った少女には、本能的に無関心を見せていたことに私は気づいていました」


 何だそれは。

 そんなことは考えていなかった。


「あの少女は、貴方の『お遊び』で破滅します。嬉しいですか? あの女から漂う破滅の匂いを、周囲に広く撒き散らしたかったのでしょう?」


 違う。

 望んだのは、彼女の破滅じゃない。

 彼女は違う。

 けど、でも。


「貴方が望んだ結末です」


 望んでいた、破滅。

 退屈で、どうでもいい今を、この国を、コナー家が大事に守りたがっている全てを、破滅させてやりたかった。


「──僕を、そう育てたのは、コナー家だ」


「はい。可哀想な方。貴方は、()()()()()()()のです」


「───は?」


 頭の中で、何かがカチリと嵌り、クリストファーは目を見開いた。


 ああ、そうか。

 つまらな過ぎて、笑えてくる。

 クリストファーは一呼吸分笑いを零した後、虚ろな目に何も映さず口を閉じた。


 なんてくだらない人生。

 自分でやり直す気にもなれない。

 だから、この魂をくれてやる。

 ソコソコの加護をくれた妖精達よ、願いが届くならば聞いてくれ。

 滅茶苦茶強い誰かに、この天才の器を使わせて、二度とクリストファー・コナーを、()()()()()()()()()()()

 破滅を望む相手と、大事に隠したい相手を、二度と間違えないように。


「さようなら。クリストファー様」


 暗殺メイドの別れの声は、もうクリストファーの耳には届いていなかった。

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[一言] こんな世界、ない方がいい
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