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兄と妹の再会

 王国の暗部を司るコナー公爵家という特殊な環境下でクリストファーは伸び伸びと成長して行った。

 クリストファー・コナーとして生まれ持った身体能力の基礎値が元々高かったのもあるだろうし、性格の適性も大きいだろう。

 前世が日本人とは思えないくらい、クリストファーは物騒な家に馴染みまくっていた。

 5歳になった現在では立派なコナー家の戦力の一員として数えられている物騒幼児だ。


 五年前に策謀を巡らせた通り、嫡男を自分が認められる後継者に育てるために、今日も兄を小突き回しては過酷な修行に引きずって行くクリストファー。

 8つも上の兄を育てる弟。十二分におかしな状況だが、コナー家にはたまに早熟の天才が生まれるようで、家人の誰も疑問を持つことはない。

 兄は弟を悪鬼のようだと思っているが、残念ながら世間的には5歳のクリストファーは泣きぼくろが特徴の華奢な美幼児だ。言うことを聞かない兄に拗ねてみせれば周囲の人間は全て悪いのは兄の方だと感じさせられる。

 ゲームでのヤンデレ枠はクリストファーだったが、毎夜涙で枕を濡らす兄の方が弟のせいで闇落ちしそうだった。

 それでも8つの年の差をもってしても兄は弟に敵わない。戦闘センス、状況判断能力、冷静さと冷酷さ、どれを取っても、この5歳児は化け物だったのだ。


(そろそろ鞭だけじゃなく飴もやらないと壊れるか。しっかり俺の下で次期当主をやってもらわなきゃならないからな。)


 当主を自分の下に置こうとしている辺りが既におかしいのだが、二つの人生に渡り色々あったクリストファーの性格は割と破綻しているので気にしていない。

 平和な国で温厚な日本人ぽく生きていた前世でも性格破綻者の片鱗は見えていたのだ。元から懐に入れた身内以外はどうでも良いいタイプの人間だった。

 彼が身内扱いしていたのは母と妹だけだったので、その二人がいない今生で心から大切にしようと思える人間は今のところ存在しない。


 そういう自分の性格を考えると、転生先がクリストファーというのは当然だったのかもしれないと思っている。クリストファーの設定は、「人間不信で他人は利用するものと考えて生きている」だ。設定のような「強い孤独」は抱えていないが。

 前世から自分の本性を偽って生きることには慣れているし特段の不満も感じなかったのだ。前世も今生も居心地が良いわけでもないが悪いわけでもない。

 世間的に見る善人だろうが悪人だろうが、どちらでも器用に周りに合わせて生きることは難しくない。見せかけるだけならどちら側のスペックも高い方だと自覚している。


 ただ、物心つく前からどこか歪んでいた自分を丸ごと受け入れて「普通の子」として懐で遊ばせて育ててくれた母と、同類としか言えないほど自分と似た妹と居る時だけは、それが何処でも居心地が良かったのは覚えている。

 ゲームではヒロインがクリストファーの孤独を癒やして堕とすが、あのヒロインが自分を堕とせるわけがない。そもそもゲイの自分が女に堕ちることは無いし、あの二人の代わりなど存在しない。させない。しようとしたら許さない。

 マザコンでシスコンだと言うなら言え。代わりの無い存在を心に持つことで強く在れるタイプの人間も存在する。クリストファーは完全に開き直っていた。


「父上、これは?」


 任務達成と兄の育成の褒美として父親から与えられたモノを、しげしげと見つめてクリストファーは問うた。

 この世界では未だかつて見たことはないが、前世知識では非常に馴染みのあるものが己の手の中にある。


「ミレット男爵家の娘名義の商会の新商品だ。カップ麺という。作れる人間が少ないため、未だ注文生産で高価な品だが湯を注いで暫し待つだけで出来たてのスープ麺になる優れものだ。火と水の魔法が使えればこれを装備品に入れるだけで食糧に不自由しなくなる。特殊任務に当たる者が熱い食事を摂れるのだ。画期的だな」


 知ってる。クリストファーは口に出さず呟いた。

 この手のものはそういう理由で進化することが多い。


(と言うか、ミレット男爵家の娘って「妖おね」のお助けキャラだよな? 確か、ニコル・ミレット。ヒロインと同学年だからクリストファーの一つ上だ。ゲーム主要キャラがカップ麺開発に関わってるって絶対怪しいだろ。そいつも転生者じゃないか? ゲームでヒロインが弁当やら菓子やら作って攻略対象に渡したりデートで飲食するシーンは多かったが、カップ麺なんか一度も出て来てねぇぞ。)


「それは楽しみです。魔法で出した湯で実食してみます」


 4歳でたっぷり全種類の妖精の加護を授かったクリストファーにとって、魔法でお湯を出すことなど造作もない。4歳で加護を授かる子供は稀らしいが、元大企業の営業部長は幼くても口が達者だった。

 魔法が使えるようになる条件が「知性が確立し言葉を自在に操ることが可能になって妖精の加護を授かる」だと習ってから、徹底的に優先して舌を鍛えたのだ。

 口の回る魔法チート幼児に可愛げは微塵も無いが、コナー公爵家の期待の星が家人に冷たくされることは無い。


 自分の部屋に戻ったクリストファーは、この世界で初めて手にした「カップ麺」に魔法で出した湯を注いで暫し待った。前世では3分が標準待ち時間だったが、これは1分だ。麺は豚骨ラーメンにあるような極細麺でストレート、スープは鶏ガラに塩とシンプルで、彩りの乾燥野菜も湯できちんと戻っている。野菜は玉ねぎとトマトだ。

 この国の標準食は前世日本で洋食と呼ばれていたものに近い。このカップ麺なら違和感無く受け入れられるだろう。


(開発者は前世大人までの記憶がある、それなりに頭の良い人間だ。無理に前世の味を再現するでもなく、この世界で3分は長いと感じる立場の人間にニーズがあることも理解している。この世界に生まれてたかが六年でこれを作り出す知識と頭と技術力、それに自分が立つ安全な土台を固めるのは只者じゃない。デキる転生者が敵に回ると厄介だ。今の内に()すか懐柔するか───)


 5歳児がカップ麺を啜りながら考えることじゃない。


「よし」


 そして気合を入れて即行動する5歳児。

 警備も厳重な他所の貴族の屋敷に6歳の娘を暗殺か懐柔目的で侵入するのが目的だ。

 今生における英才教育の賜物だが元々の資質が彼を動かしている。


 ミレット男爵家は男爵家とは思えないくらい厳重に警備されていた。余程の要人が滞在する場所にしか備えられない魔法を用いた警報や侵入者阻止システムが仕掛けられている。

 クリストファーはニコル転生者説を更に強めた。こんなものを仕掛けるには自分と同等の非常識な量の妖精の加護が必要だ。膨大な魔力量と一人の人間による複数魔法の重ねがけが必要な内容だからだ。

 伊達にコナー公爵家の英才教育を受けていないクリストファーは魔法の読み取り能力も高かった。

 これを仕掛けた人間は自分並みに性格がひん曲がっていて頭が回るだろうと予測した。

 敵になるなら面倒この上ない。いっそ懐柔を試みる前にサクッと殺るか。

 そう考えてしまう程度には「ニコル」の力量を認めていた。

 ミレット男爵家の他の人間が転生者だとは考えなかった。国内貴族の素性はコナー公爵家が調べ尽くしている。調査の余地があるのは各家の幼子くらいなのだ。

 ミレット男爵家に幼子はニコルしかいない。


 クリストファーは警報も侵入阻止も掻い潜り、「ニコル・ミレット」の背後に音もなく降り立った。

 そして────。


「相変わらず物騒だなぁ、兄さん」


 首の後ろ、急所に刺す予定の極細の針は魔法で弾かれ、振り向いたニコルがクリストファーと顔を合わせた瞬間驚愕に目を見開きながらも破顔して言った。


「お前、(みやこ)か。どうりで!」


「何を納得したのか私をどうするつもりだったのか、じーっくり聞かせてもらいましょうか?」


「お、おう」


 コナー公爵家の嫡男が見たら腰を抜かして吃驚しそうなクリストファーがタジタジとなる珍しい事態に、ニコルは面白そうに笑みを深める。

 ともかく、こうして兄と妹は異世界で再会した。

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