愚かな傲慢王子
『一度目』の主要人物達の最期と願いを、二日おきに一話ずつ投稿します。
本編ではありませんが、本編の種明かし的な内容になっています。
こうなって、今更、後悔というものをした。
違う。こうならなければ、後悔すら出来ないほど、自分は愚かだったのだ。
クリソプレーズ王国第二王子アンドレアは、『療養』という名目の幽閉場所である離宮の一室で、鉄格子の嵌められた窓から、遠く王城の尖塔を眺めていた。
出ることを禁じられた、この部屋に入れられてからの時間の感覚は既に無い。
目の覚めたアンドレアは、もう自分がどう処されるのかを知っていた。
兄の第一王子に後継者となる男子が二人生まれたら、王家の血を残す種馬としての価値も無くなる自分は薬殺されるのだ。
アンドレアは生まれた時から、彼自身の価値というものを何一つ、誰一人からも見られていなかった。
ずっと、価値の無い人間だった自分を必要と感じてくれる、自分だけの家族が欲しかった。
アンドレアが生まれた環境は、全てが兄の為に在るものだった。
今思えば寂しかったのだろう。
価値の無い自分に忠義を尽くす臣下などいる筈もないと、最初から信じなかったのだから、側近にも心を許せなかった。
価値の無い自分を友とする利益など無いのだから、誰かと友情を育てることなど考えもしなかった。
自分には誰もいない。
そう感じる孤独な心の隙を突かれて、見え透いた甘言に溺れ、縋ってしまった。
目が覚めてみれば、あんな睦言は、誰にでも当てはまるような一般論に「貴方だけ」と付け加えただけの白けた台詞だったと判断出来る。
自分はいつから愚かになったのだろう。
知らないことを知ることが好きだった。
身体を動かすことも好きだった。
考えることも好きだった。
だと言うのに、どうして自分は学び鍛えることを厭うたのだろう。
自分には価値が無いのだと知り、学ぶことも鍛えることも拒んで更に愚かと蔑まれ、自分の味方は世界に一人もいないのだと絶望していた。
自分の愚かさに引きずられてしまった側近達は、どうしているだろうか。
一人ひとりの顔を思い浮かべ、アンドレアは憂いの眼差しを遥かな尖塔へ向ける。
従兄弟のモーリスには見下され嫌われていたことを知っている。彼が側近となったのは、父親の公爵の命令だろう。
プライドの高いモーリスにとって、愚かな無価値の王子の側近であることは、どれだけの恥辱であったのか。解放してやれなかったことが、非常に申し訳なく感じる。
綺麗なジルベルトが気に入って、幼い頃に無理矢理に自分の側近としたが、人形遊びをしたがる子供のように幼い彼を王宮に呼び出す度に、彼が大人達の手によって穢されていることに、自分は長く気付けなかった。
恨まれているだろうと思うと、無理矢理に側近として目の届く中に置いているくせに、自分から近付くことも話しかけることも出来なくなっていた。
価値の無い自分に忠誠を誓って、唯一人の専属護衛となってくれたハロルド。
ただ、専属護衛になるなら王宮に待機用の部屋を与えると言っただけなのに、彼は驚くほどに感謝を表し忠誠を誓ってくれた。
彼だけは信じてもいいかもしれないと気持ちが動いたが、ハロルドはとても価値の高い『剣聖』になった。
価値の無い自分が、とても価値の高い『剣聖』を専属護衛にしている不自然さに、言いようのない不安を覚えた。
そして、誰からも愛され尊敬される、何者よりも高い価値を持って生まれた王子である兄が、『剣聖』であるハロルドを欲していると知った。
ハロルドが、『剣聖』になる前に価値の無い自分に忠誠を誓ってしまっていたから、忠誠を誓った主人の命令が無ければ、何より高い価値を持つ兄に望まれても主人を替えることが出来ないのだと聞いた。
ハロルドに命じて主従関係を解消し、側に彼が居なくなってからのアンドレアは抜け殻だった。
夢中になっていた女の媚態すら、煩わしく感じるほどだった。
何も考えず、女の求めるままに、本来であれば立ち入り許可の必要な区域や、王族のみが入室可能な場所に伴った。
よく覚えていないが、禁書庫にも入れたようだった。
そして、女が禁書庫から盗み出した怪しげな禁書により大罪を犯し、責任を問われたアンドレアは幽閉の身となった。
アンドレアは自嘲する。
王族として、責任を問われたのは産まれて初めてだったのだ。
初めて果たす王族の責任が、幽閉され、用済みになれば毒杯を賜ることなのだ。
とんだ笑い話だ。
今、アンドレアが感じる後悔は、王子として生まれ、王子としての責任を放棄する生き方をしてきた、もう間もなく終わりを迎える人生に対してだ。
もしも、やり直せるのならば、もう自分だけの家族など求めない。
そんなものは必要無い。
己の愚かさで守るべき義務の全てを放棄して終える、この生を正せるのならば、あとは己の力と努力で如何様にも望みは叶えてみせる。
抵抗したことなど一度も無いと言うのに、信用の無いアンドレアを幽閉する為にかけられた、厳重な鍵を開けて、侮蔑の表情を隠しもしない騎士が二名入室する。
騎士の一人の手には、銀盆に載せられた黄金の盃。
「ああ、ようやくか」
薄っすらと笑みを浮かべて、アンドレアは毒杯を受け取る。
躊躇無く黄金の盃に口をつけるアンドレアは、消えゆく意識の中で祈っていた。
どうか、願いを叶えてくれ。
もう、自分を大事にしてくれる者を、気に入って手に入れた者を、嫌いながらも側に居てくれた者を、自分の愚かさで苦しめたくない。
願いを、叶えてくれ。
妖精よ。