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バッドエンド(モブ)

ロリコン犯罪者が胸糞悪い妄想をします。ご注意ください。

残酷描写あります。


 ゴードン・ファーレルは、いつものように出仕しようと馬車に乗り込んだ。

 向かう先は王城。馬車はファーレル公爵家の豪奢な装飾を施した特別注文の逸品。

 次期国王である第一王子側近の自分に相応しいと、ふかふかのクッションに埋もれながら悦に入るゴードンは、ニヤついた顔で脳内ピンクな妄想をし始めた。


 最初から気に食わなかった年増の煩い婚約者が、自ら言い出したのだ。ニコルを第一王子派に取り込むためなら身を引くと。

 父親のファーレル公爵が、パーカー伯爵の長女である婚約者との離縁を絶対に許さないと言うから、涙を飲んで妄想だけで諦めていたニコルを自分のモノにすること。

 折角、素晴らしい効果の貴重な媚薬を持っているのだから、理想そのものなニコルが他のくだらない女共と同じ年増(15歳以上)になってしまう前に使いたかった。

 今ならば、まだ間に合う。

 愛しいニコルが年増(15歳)になってしまうまで、もう一ヶ月と少しあるのだ。

 ゴードンの脳内には、R15程度では表現してはいけないニコルへの責苦が(つぶさ)に繰り広げられている。


「おっと、下半身が熱くなってしまったな」


 下卑た笑いを纏わせながら、ゴードンは独り言ちて目を閉じた。瞼の裏には、凌辱され、あられもない姿で鳴き狂う愛しいニコル。落ち着こうと目を閉じたのに、下半身の熱は治まるどころか高まった。

 このままでは王城に着いても馬車を降りられないので、萎えることを考えるかと、腹立たしい年増の婚約者の姿を思い浮かべる。

 あの、年増でブスで心根も醜い婚約者は、本当に共に過ごすのが苦痛だった。

 ゴードンに寄り添うこともせず、次期公爵夫人になる自分のことしか大切にしていなかったのは明白だった。相手を嫌い、内心で貶めているのはお互い様なのだ。


 ゴードンは、婚約者のナディアが自分を馬鹿にしていたことを知っていた。剣の腕は、騎士の家の出で騎士団長の娘である女性のナディアに劣るし、学院の成績も、下位で争っていたけれどナディアの方が少しばかり上だった。体面を保つために、ナディアよりは上の成績にするよう公爵家の権力は使ったが、いつもナディアはゴードンを馬鹿にしていた。

 ゴードンは勉強も不得手だし愚かではあるが、自分が馬鹿にされていることには敏感だった。

 嫌々婚約しているのはお互い様で、政略結婚ではよくあることでもある。そのまま仮面夫婦となって、家庭に幸福を見い出せない人生になる貴族は少なくない。ゴードンは、自分もいずれそうなるのだろうと暗澹たる気持ちで日々を過ごしていた。


 だが、思いがけない幸運が舞い込んできた。ナディアから「身を引く」という言質が取れたのだ。

 他の次期国王側近仲間達という、発言力の強い証人達の前でだ。

 ゴードンがナディアを心底疎ましく思い嫌っていることも、ナディアから馬鹿にされていることも、仲間達は知っている。

 ニコルさえ手に入れてしまえば、ナディアが後から発言を翻しても、彼らが証言してくれるだろう。

 ()()()()()()()()()()()ニコルを手に入れて、ニコルの持つニコット商会の権利を第一王子派に譲渡させれば、その後でニコルが壊れても死んでも問題は無い。

 今後も新たな商品を開発して国益を、と考える者もいるが、今までに発売された商品だけでも利益は十分な筈だ。

 秘匿されている商品らの原料や開発手順を、商会の権利譲渡の時に一緒に手に入れるのだから、それだけで第一王子派の力は今とは比較にならないほど高まるだろう。

 第二王子に甘い王妃だって、ニコット商会の化粧品を第一王子派が独占販売するようになれば、態度を改めるに違いない。


 次期国王の側近という立場に在る自分を過大に評価しているゴードンは、大分に不敬なことを考えている。

 そもそも王妃は第二王子に甘いわけではない。

 次期国王となる定めの第一王子には、その性質上、側近の選定や教育の方針、不測の事態のフォローから、後ろ盾として守るために名や力を使う時など、父である国王が主となり事に当たる。そして、生まれた時から第一王子のスペアであり、将来は次期国王の補佐であることが定められている第二王子は、国王の補佐役でもある王妃が主導して側近の選定や教育、フォローを行い、後ろ盾として名を使う。

 これは、古くからの王国法でもあり、公表もされている王家の王子達への対応の方針である。貴族なら習わずとも常識で知っているような話だ。

 だが、ゴードンの中では、王妃が第二王子を甘やかすから第二王子が生意気になって好き勝手に振る舞うことが許されているのだと、事実が捻じ曲げられていた。

 国政に表立って関わらない王妃が本当に甘やかしていたとしても、クリソプレーズ王国で「王妃に甘やかされているから」第二王子が権力を持つということは無い。

 アンドレアが今持っている強大な権力は、実力と実績から国王陛下に与えられたものだ。

 それを、第一王子側近のゴードンは認めることができない。


 目を閉じて不埒な妄想から不敬な思想まで脳裏に渦巻かせていたゴードンは、馬車の進路がいつもとは異なることに気がついていなかった。

 いつものように停車して、いつものように御者が外から扉を叩いて到着の合図を寄越し、いつものように扉を開けて外に降り立ったゴードンは、ようやく気がつく。


 ここは、王城ではない。


 見たことの無い屋敷。おそらく貴族のものではあるが、ファーレル家とは交流が無いのだろう。

 手入れはされているが、人が住んでいる様子は無い。

 地理的にどの辺りなのかも、やけに高い塀に囲まれた屋敷の敷地の外を確認することはできない。

 門は潜ったのだろうが、ゴードンの背後には立派なファーレル公爵家の馬車が目隠しをしているので、門の隙間から外を窺うことも、門からどれくらい中まで入ったのか見当をつけることもできなかった。

 何が起きたのか、今ひとつ現実感を持てずポカンとするゴードンが、脇に立ついつもの御者に目を向けると、何だか目線がいつもと違うような気がする。

 いつもは自分の目の高さより下にある御者の帽子の鍔が、俯けて顔を隠しているけれど、自分の目線より上にある。

 この御者は、ゴードンよりも拳一つは背が高い。

 その事実に気づいた時、御者の格好をする()()()が顔を上げた。


「ようこそ。ゴードン・ファーレル」


 ゴードンの目が見開かれる。

 御者の格好をした背の高い男は知っている顔だった。

 ウォルター・コナー。コナー公爵家の嫡男。次期コナー公爵。つまり、クリソプレーズ王国の暗部を司る家の後継者。

 当主や後継者が直接出張るのは、諜報よりも、()()


「う──」


 嘘だ! そう叫びたかったゴードンの口は、何処から投げられたものか分からない布に巻き付かれ塞がれた。

 ここは、コナー家に取り込まれた貴族が所有する屋敷の一つ。

 コナー家の『処刑場』の一つだ。

 御者に扮していたウォルターは、帽子を取って青みの強い水色の髪をふわりと揺らすとニコリと微笑んだ。


「これから、君の、処刑を前提とした尋問を始める」


 ゴードンとて、優秀ではなくとも貴族ではある。そこそこの加護は授かっているし魔法も使えるのだ。だが、どう藻掻いても口に巻かれた布を取り去ることはできない。

 後退っても、背後は貴人用の特注品だけあって大きく頑丈な馬車だ。

 少しでも脇に立つウォルターから離れようと、ガクガクと震える足を叱咤して横向きに踏み出しかけた時、笑みを深めたウォルターが白い手袋を嵌めた手を軽く振る。


「っ⁉」


 声は出せず、ゴードンは驚愕した。

 音も気配も無く、瞬きの間に頭部を頭巾で隠した黒尽くめの者達がゴードンを取り囲んでいた。


「邸内へ連行しろ」


 配下へかけるウォルターの声は凍りつくような冷ややかさだった。

 だが、ゴードンは自分へ向けられる笑顔と優しげな声の方が恐ろしいと感じる。

 同年代で同じ公爵家の嫡男だ。ウォルターとは何度も顔を合わせたことはある。学院でも一学年しか違わず、ウォルターは第一王子のエリオットと共に生徒会に入っていた。ゴードンは生徒会役員ではなかったが、エリオットの側近だからと生徒会室に出入りしていたので、親しくはなくとも会話だって何度もしたことがある。

 けれど、今ゴードンの直ぐ側で優しげな笑顔を浮かべている恐ろしい男とは、全く記憶の中の印象が一致しない。

 コナー家の後継者と言っても、背は高いが細身であり、大人しそうで甘い顔立ちのウォルターを脅威に感じたことなど無かったのだ。

 ゴードンの持つ印象では、ウォルターと荒事が結びつくことは無かった。

 だから、今のウォルターはゴードンにとって、まるで知らない人間だった。

 優しげに垂れた空色の目も、緩やかに空気を孕む柔らかそうな青みの強い水色の髪も、丁寧な口調も、笑顔を貼り付けていることも、記憶と相違は無いと言うのに。

 その目の奥にある酷薄さ、髪が纏う放出を待ちわびる禍々しい魔力、愉悦を含んだ声、笑顔と言うには急角度に吊り上がった口端、ごっそりと、中身が別の生き物に入れ替わったかと思うほど印象が違う。


「ここには()()()()()が入って清めるので、遠慮なく汚してくれていいですよ」


 貴族の屋敷らしい上質な造りの内部と、視界の中を通り過ぎて行く重厚な調度品の数々。

 力の限り抵抗しても、ゴードンを連行する黒尽くめの頭巾達の手が緩むことは無い。

 暴れるゴードンの様子など何一つ気にした風もなく、ウォルターはごく丁寧な口調で話し続ける。

 黒尽くめの頭巾達は何人いるのか、後ろを見ることも叶わないので数えられないが、触れられていてさえ気配を感じないし、誰一人声も発すること無く、足音さえ立てない。

 気味の悪さがゴードンの恐怖心を加速させる。


 引き摺られながら階段を三階分昇らされて、重そうな分厚い扉を開けて中に押し込まれた。

 鎧戸が閉められ、外の様子を知ることの出来ない広い部屋に、魔道具の明かりが灯っている。

 貴族の屋敷なのだから灯火の魔道具くらいあって当然なのだが、松明か篝火の方が似合いそうな荒廃とした雰囲気に瀟洒な魔道具が違和感を促す。

 元は主人の私室であったと思われる部屋は、ここまで連行される途中で見えた部屋と異なり、()()()()()いなかった。

 壁紙は無惨に破れ剥がれ落ち、壁が抉れている箇所も散見される。

 壁にも天井にも床にも、新しいものから古そうなものまで、段階を踏んで変色した赤から黒の夥しい量の染みが残されたままだ。焼け焦げた跡や、得体の知れない青や緑の液体が染み込んだような痕跡もある。

 空気は生臭さよりも饐えた臭いと刺戟的な薬品臭が混じり合い、臭いの原因を想像すれば恐怖しか無い。

 こみ上げる吐き気に気が遠くなりかけた途端、口を覆っていた布が外された。

 塞がれていた息苦しさから反射的に開いた口に、身体を拘束している黒尽くめの一人が何かを差し込む。


 何らかの液体を注入する管のようなものだ。


 慌てて再度口を開き吐き出そうとするが、大きな手で口と鼻を覆われてしまえば涙を撒き散らしながら飲み込むしかない。

 一体、何を飲まされたのだ。毒か、毒なのか。どんな効力の毒なのだ。自分はこれからどうなるのだ。

 恐慌状態に陥りそうなゴードンの両頬に、先程とは違い黒い手袋を嵌めたウォルターの手が添えられ、空色の瞳と視線を合わせられる。


「大丈夫。処刑までは、必ず正気を保ったまま生かしておくから。飲ませたのは、そのために必要な薬だよ」


 ウォルターは、まるで慈母のように目を細めてゴードンの頬を撫でる。


「安心して。私は()()だけは弟より得意なんだ。弟は強過ぎて、どれだけ加減してもすぐに()()()しまうから。ちゃんと、()()のが得意な弟に君が処刑されるまで、じっくり、丁寧に、私が話を聞くよ?」


 安心。何処に?

 逸らせず絡め取られた視線の先、ウォルターの瞳に宿るのは紛れもない狂気だ。

 それを感じ取ったゴードンは、「コナー家の男はどうして皆垂れ目なんだろう」、そんなどうでもいい感想で現実逃避を図ったが、もう逃れる術が無いことは身体が理解していた。

 先程飲まされた薬はゴードンから声を奪った。だが、頭はクリアになって吐き気は治まり気分は爽快だ。

 これから尋問だと言っていた。じっくり丁寧に話を聞く、とも。

 声を奪っておいて尋問と言うならば、ウォルターに言われた内容を只管に首肯することだけを求められるのだろう。首を横に振れば頷くまで拷問されるだけだ。


「さて、それでは、最初に王位簒奪の謀略から認めてもらおうかな」


 とんでもないことを言い出すウォルターに、そんな事実は無いと心の底から否定したいゴードンだが、処刑が前提と言われたことを思えば、どうせ助からないなら余計な拷問は受けたくない。

 弱々しく首肯するゴードンは、やはり愚かで甘かった。

 ウォルターがクリストファーから受けた命令は、「俺が処刑する時に正気で生きていたら何をしてもいい」だ。


「──⁉」


 ブチリと音を立てて一掴み分も頭皮から無理矢理引き抜かれた自分の髪を見て、声にならない絶叫を上げるゴードン。


「おやおや、とんでもない大罪人なんだね。君は。処刑までに、その性根を矯正しておかないとね」


 毛根側にベットリと血の付いた髪の束を興味なさげに床に放り捨て、ウォルターは目も唇も三日月のように形作って歓びを露わにした。


「安心して。遺体がどんな状態でも、『祭儀部』の優秀な部下達は、()()()()()()元通りにする天才だから。葬式は、()()()()()()()遺体で出してあげるよ」


 この男は「安心」という言葉の意味を知っているのだろうか。

 また、どうでもいい感想が現実から逃避したいゴードンの脳裏を掠めたが、それは激痛に遮られた。今度は、指を一本、潰された。


「狂わないように、痛みも薬で軽減してあるんだよ。まぁ、限界はあるけどね。ふふ。甘ったれた君が、どのレベルまで耐えられるのか楽しみだな」


 コナー家で最も強いのはクリストファーだ。それは覆しようのない事実であり、だからクリストファーはコナー家を掌握し支配している。

 だが、クリストファーが得意とするのは破壊と殲滅。コナー家において、現当主のゲルガー・コナーを凌いで最も拷問が得意なのはウォルターだった。

 クリストファーですら、ウォルターの拷問痕を検分すれば「あいつ、子供の頃苛め過ぎたかな。歪ませ過ぎた」と遠い目になるほどなので、獲物の辿る最期までの道程に「安心」など在ろう筈も無い。

 けれどゴードンは、まだそれを実感できていない。絶望で正気を手放すことが無いように、その辺りもウォルターは器用に加減する。

 まるで息づかいも感じさせず室内に佇む黒尽くめの頭巾達に囲まれて、ゴードンの長い長い()()は、始まったばかりだった。

ゴードンが布で口を塞がれたのはエリカ捕縛の際にハロルドが使っていた捕縛術と同じものですが、視界から恐怖を与えるために、わざと頭部全体を覆わず口だけを塞ぎました。

より高度な技術が必要なので、暗部の人間はコレの訓練を積みます。

剣がメイン武器の騎士よりも、元から投擲武器や鞭や鎖や縄での戦闘が多い職種なので上達も早いようです。


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