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バッドエンドの仕掛人達

新年一発目。長いです。


 クリソプレーズ王国第二王子アンドレアの現在の主な職務は、国内の不穏分子の調査及び粛清である。

 王族らしい表向きの華やかな公務も担いはするが、王子が割り振られるその辺りの殆どは第一王子が担当している。

 現在のクリソプレーズ王国では、表の顔が第一王子、裏の顔が第二王子だと、国内の主だった貴族や各国の首脳陣には専らの噂だ。そして、その噂は珍しいことに事実そのままである。


 アンドレアの仕事は国の暗部を司るコナー家の仕事と被る部分はあるが、コナー家当主が国王直下とはいえ、報告を上げ判断や行動許可を得るタイムラグが致命的になりかねない案件や、粛清相手の身分が高位である場合など、王族として責任を負えるのならば独断で動いて構わないと国王から言い渡されているアンドレアが当たった方が解決が早いからと動くこともあれば、政治的デモンストレーションでアンドレアが陣頭指揮に当たることもある。

 国王や次期国王から国内貴族の敵意を逸らしつつ、クリソプレーズ王家を侮れば痛い目を見るぞという国内外への牽制の意味も持ち、コナー家の正体を晦ますためのデモンストレーションだ。

 お陰でアンドレアは、王族で最も刺客を送られる機会が多い。『剣聖』が専属護衛で丁度いいくらいだ。


 そんなアンドレアでも、今回ジルベルトを通してコナー家の真の支配者であるクリストファーから齎されたネタには頭を抱えた。

 次期国王である第一王子周辺に触るのは、アンドレアが『天才』と呼ばれる第二王子だからこそマズいのだ。

 今までも、第一王子周辺の者達の、他の立場の者ならば粛清まで行かずとも警告やペナルティくらいは課すような事案は目にも耳にもしていた。

 それでも、第二王子が第一王子の側近や後ろ盾に手を出すことはギリギリ控えていた。かなりの場合に独断で動くことを許されているアンドレアが、唯一国王陛下への報告が必要で判断を待たねばならない案件が、第一王子絡みなのだ。

 アンドレアが王位に全く興味を示さず、担う職務でどんどん王位から遠ざかることで、この国には本来ならば継承争いのある国に有りがちな「第一王子派」や「第二王子派」などというものは無い。

 だが、「次期国王」の威を借りたい者達は、せっせと第一王子に阿っては「第一王子派」を名乗っている。

 そこに「第二王子」が手を下すと、アンドレアを目の敵にする「第一王子派」が騒ぐ。色々な意味で、アンドレアの存在が脅威である貴族が多いからだ。

 アンドレアを排除することが、どれほど国益を損ねるものかを考えることも無く、彼らはアンドレア排除のチャンスを常に虎視眈々と狙っている。


 だが、今回は見過ごす訳にはいかなかった。

 自称帝国との密通に密輸。しかも(まじな)いの教唆疑惑まで出て来た。

 いかに第一王子側近であれど、公爵家の後継者だろうと、だからこそ見逃してはならない。

 アンドレアが動けば、確実に第一王子の力を削ぐことになる。おそらく、次代のクリソプレーズ王国で第一王子が王位を継いでいても、アンドレアの監視下で『お飾りの王』となるくらいには力を削ぐ。

 既に、コナー家当主から国王陛下へも報告は済んでおり、アンドレアは陛下から「お前の考えで動け」と一任された。

 つまり、第一王子の立場をどうするかまで、陛下はアンドレアに委ねたのだ。第一王子エリオットは、父である国王から見限られたと言っても過言では無い。

 アンドレアも、覚悟を決めねばならなかった。

 頭を抱えたものの、覚悟はあっさり決まった内心に、多少の私怨があったことは墓まで持って行く秘密だが。権力尽くでジルベルトを奪われそうになったことは、アンドレアにとって許せるものでも忘れられるものでもない。


 現在、第二王子執務室は、それと分からない偽装はされているが厳戒態勢だ。

 見た目は通常の人払いの状態だが、各所にコナー家の者が配備され、「第一王子派」の鼠が入り込めないようになっている。

 当主が国王直下というコナー家が、全面的に次期国王である第一王子の力を削ぐ結果となる仕事に協力する事態は、歴史的に見ても少ない。

 第二王子側近のジルベルトと友人関係にあるクリストファーがコナー家の真の支配者であることも無関係ではないが、クリストファーは第一王子と第二王子の間であれば意識は中立に保っている。

 中立だから、国王の寵臣だろうが第一王子の側近だろうが掴んだネタは相応しい立場の人間に流して裁きに協力するのだが。

 アンドレアも、クリストファーが自分に忠誠を誓う常なる味方だとは考えていない。だが、今回の協力の裏を読み疑うこともしなかった。

 当たる事の大きさを思えば、ただありがたい。


「ファーレル公爵家か。我が国もそろそろモスアゲート王国方式を取った方がいいのかもしれないな」


 提出された報告書から手を放し、溜め息と共に吐き出された台詞。厳戒態勢でなければ、普段であれば第二王子執務室だとて口に出せない内容だ。

 モスアゲート王国は同盟国の一つだが、三代続けて何の功績も無い家は、公爵家であろうと爵位を落とされることが国法で定められている。

 クリソプレーズ王国には、その法は無い。

 ファーレル公爵家は、元は武に秀でた王弟が臣籍降下して興した由緒正しい家ではあるが、かなり前に一度だけ騎士団長を輩出した以降は功績も無く傑物も出ず、王女が多く生まれた国王の時代に側室が産んだ王女を降嫁されることで体面を保って来た家だ。

 武門の家を名乗り、息子は騎士団に入団させることも多いが、能力や適性に乏しく騎士団でもパッとしない。戦時でなくとも、軍のトップをお飾りにできるほど平和な時代を迎えたことはまだ無く、騎士団は基本実力主義だ。指示を出す立場に身分だけの能無しを置くことは無い。

 試験に受かりさえすれば、血筋が良く見目も良い公爵家の息子は近衛騎士に向くのだが、如何せん試験を突破する頭と実力も持ち合わせていなかった。

 ハロルドが年齢一桁で近衛騎士の試験を満点突破したのは歴史に残るレベルの快挙とはいえ、公爵家が用意するレベルの家庭教師に師事して程々の優秀さがあれば、満点でなくとも突破はできる筈なのだが、ファーレル公爵家から近衛騎士が出たことは、ここ数代無い。

 今回挙げられた嫡男のゴードンも、第一王子と同い年で公爵家の息子と言うだけで側近に選ばれたが、学院での成績が良かったわけでも剣術の技量を認められているわけでも無い。近衛騎士の試験は、密かに受けて落ちたことを隠蔽していた。コナー家の洗い出しは、容赦なく過去の恥まで暴き出した。


「第一王子の側近に関しては、血筋と能無しであることくらいしか、こちらも敢えて掴んでいませんでしたけど、想像以上でした」


 厳戒態勢をいいことに、モーリスもいつも以上に辛辣だ。彼にも鬱憤は積もりに積もっている。


「学院時代の成績改竄、各種試験に落ちたことの隠蔽、違法賭博で負った借金を立場の弱い者に肩代わりさせる、人身売買組織と繋がる非合法の店に出入りし未成年の幼い少女に接待をさせる、違法売春の未成年娼婦を買う、王命を侮り王命に反する計画を企てる、公爵家令息の正式な婚約者を略取し禁制品の劇薬にて害する準備と計画、自称帝国の工作員の国外脱出幇助、自称帝国との密通、自称帝国からの密輸、更に(まじな)いの教唆、ですか。小悪党に権力を持たせると大罪人に化けるものですね」


 クリストファーの本気の激怒を目の当たりにしたコナー家の精鋭達は、産まれて初めてかもしれないほど死物狂いでゴードン・ファーレルの足跡を洗い出した。

 その結果、出て来たのはいかにも小物めいた悪事と、愚かだから大胆になったのだろう大罪の数々。ここまでやらかしていれば、紛れ込ませた(まじな)いの教唆に疑いの目が向かないのも自業自得だ。

 どちらにしろ、それ以外の罪状でも死は免れない。単純計算で死罪数回分になる。


「ゴードン・ファーレルが件の孤児の街娼を初めて買ったのは、約二年と七ヶ月前。その後、繰り返し七回当該娼婦と人目を避け接触。約一年九ヶ月前、当該娼婦がモグリの薬屋から避妊薬と共に精神操作の(まじな)いに使用される『シオミチ草』を購入。今年三月、カーネリアン王国から一家で観光旅行に来ていた子爵家の6歳の娘が青いアンティークの宝石を目に嵌め込んだ人形と共に行方不明となったが、その娘の手を引いて歩く当該娼婦の姿が複数の人間から目撃されている。当該娼婦の居住する孤児院近くの廃屋にて目を失った人形のみ発見。カーネリアン王国子爵令嬢の行方不明事件と同日、その孤児院からも妖精の加護を多く授かったばかりの7歳の少年が姿を消している。同日、クーク男爵が当該娼婦を庶子として国へ届け出、養女に迎えている」


 アンドレアの挙げていく事実は、何一つ偽りなど無いが、事実と結果を知れば、ゴードン・ファーレルが娼婦を唆して(まじな)いを用い悪事を企んだようにしか見えない。それが真実でなくとも。


「当該娼婦は現在エリカ・クークと名乗り、貴族令嬢として貴族学院に在籍、通学している。現在の貴族学院には俺という王族の他、国政に影響力のある宰相の息子や騎士団長の息子、外務大臣の息子で『剣聖』のジルも在籍中だ。他にもコナー家を始め、公爵家や侯爵家の令息令嬢は多い。王妃が産んだ王族が在籍する時期は貴族の子供は増えるからな。そこに(まじな)いのやり方を知っている娼婦を送り込む。当人の意図がただの嫌がらせだったとしても、国家転覆を企んだようにしか見えん状況だ」


「どうせなので、ついでに、最終的には次期国王に自分の()()()()の娼婦を宛てがって操るつもりだった、という企みも追加しておきましょう」


 ゴードン・ファーレルの人となりを多少は知っているアンドレアが、国家転覆を企める気概は無いだろうゴードンがエリカを唆した動機を呆れ気味に予測すれば、モーリスも皮肉げに応じる。

 実はエリカの企みを正しく言い当てていたのだが、モーリスがそれを知ることは無い。


「儀式の現場を見た者は誰もいないが、購入した『シオミチ草』はコナー家の複数回に渡る家捜しでも発見されず、目を失った人形や姿を消した加護の多い少年、当該娼婦と会った日から異常行動を繰り返すクーク男爵、と、状況証拠は真っ黒だ。クーク男爵は精神操作の(まじな)いを使われていて、儀式を実行したのは娼婦エリカだろう」


「派手な公開処刑が必要になりますね」


 モーリスの言葉にアンドレアは苦々しく頷く。

 (まじな)いを行った者は、身分、立場、(まじな)いの種類や成否に関わらず、全て必ず公開しての極刑とする。それが、国法以上に厳格に守らねばならない同盟の条文に定められた内容だ。

 だが、次期国王である第一王子の側近の公爵家嫡男が主犯であるなど、醜聞として度が過ぎる。国の威信に関わる大きな傷となり、同盟国の中で対等な位置に在ることは難しくなり、下手をすれば我が国は同盟を結ぶ他国の監視下に入ることにもなりかねない。

 ゴードンの方は()()()()()罪状で()()()()ことになる。

 当然、ファーレル公爵家も取り潰しまではできない。

 公表されるのは、『稀代の悪女』である『娼婦エリカ』という単独犯の犯行だ。


「お誂え向きに違法売春の街娼ですからね。自称帝国の工作員と接触していた可能性を誰も否定できません」


 アンドレアの『氷血の右腕』と呼ばれるモーリスは、国を守るためなら罪を犯した人間をパフォーマンスのために利用することに対して何の感情も持たない。

 エリカは既に(まじな)いの実行犯だ。どうせ公開しての極刑となる。そこに、スパイ容疑や国家転覆の罪が加算されて拷問が増えたところで、最終的には死ぬ。犯罪者が女性だろうが年下だろうが考慮する材料にはならない。

 それに、スパイ容疑はともかく国家転覆罪は実際に足を突っ込んでいる状態だ。楽に死ねる立場ではない。貴族家の女性で従犯であれば、主犯への罰が最も重く、素直に取り調べに応じれば楽に死なせてもらえるケースが多いのだが、「運が悪かったな」としか言いようが無い。

 本当に運が悪かったのはゴードン・ファーレルなのだが、モーリスは主犯がゴードンだと思っている。


「娼婦エリカの罪状ですが、違法売春中に自称帝国の工作員と知己となり、(まじな)いの手法と資金の提供を受け、クーク男爵を精神操作の(まじな)いにより操って養女となり貴族籍を不当に入手。自称帝国工作員に与えられた情報を元に、貴族学院に編入し、第二王子や『剣聖』他、高位貴族に接触を図り、彼らを足掛かりに次期国王と面識を持ち、次期国王に(まじな)いを行使することで国家転覆を策謀した。ということでよろしいですか?」


「ああ」


 話をまとめるモーリスも、受容するアンドレアも、「自称帝国の工作員」の部分を抜かせば正確にエリカの罪状を言い当てていることを知らない。

 真実を知っているジルベルトも、この場合は大切な主と仲間を騙すに当たると考えていないので何も言わない。


「派手に娼婦エリカの単独犯だとブチ上げるには、拘束するところからパフォーマンスが必要だな」


「その件に関しては、クリスから提案がありました」


 モーリスに話を任せていたジルベルトが進み出る。


「ニコル嬢を囮に使う、と」


 僅かに、執務室の空気が動いた。表には出さない驚愕でだ。

 ジルベルトがニコルを特別扱いしているのは周知の事実であり、クリストファーも王命による守護という役割を超えてニコルを大事にしているように、彼らにも見えていたのだ。


「よく決断したな」


 アンドレアが向けた言葉は、話を持ち込んだクリストファーと、クリストファーの提案を受け入れてアンドレアに伝えたジルベルトの両方に。

 アンドレアも考えてはいた。単独犯として拘束するなら、正に儀式の現場に乗り込んで取り押さえるのがパフォーマンスとして最高だ。

 だが、もしも一瞬でも遅れが出て、万が一にも(まじな)いが成就されてしまえば、拷問という名の尋問や、同盟各国への通達、舞台を整えての公開処刑が終わるまで、囮は(まじな)いの影響下に置かれることになる。

 王族がそのリスクを負うわけにはいかないし、政治的影響力の大きいモーリスや、戦闘力が高過ぎて操られた場合止められる人間が限られるハロルドや、止められる人間が存在しないジルベルトではマズい。

 ニコルの妖精の加護が王族以上であることは、申告があったわけでなくても屋敷に施された防御魔法から確信が持てる。可能性がゼロでは無いのだからリスクはあると言っても、他の人間を囮にするよりは、(まじな)いの対象にされても影響を受ける可能性が低いのだ。

 王族や、今回の事情を知る人間の中に、影響を受けるリスクを負っていい者はいない。ニコルだからいい訳ではないが、絶対に負えない人間がリスクに曝されるよりは遥かにマシなのは事実だ。

 妖精の加護が王族以上に多く、(まじな)いの対象にされても影響を受ける可能性は低く、既に王家とコナー家の庇護下にあり緊急時に保護と隔離が容易であり、(まじな)いの被害者として記録が残されても親も本人も失職するような国の要職に就いている訳でもない。

 ニコルは、理想的な囮だった。


 アンドレアが命じれば、ジルベルトはクリストファーを説得してニコルを囮にする方向へ動いただろう。

 ジルベルトの個人的な感情は一顧だにせず。

 それでも最適な結果を導くために、アンドレアは苦渋の決断でジルベルトに命じるつもりだった。何なら、第一王子の力を削ぐ決断よりも苦渋だった。

 それを、先回りして提案された。

 アンドレアも、アンドレアの内心を知るモーリスとハロルドも、感嘆を胸にジルベルトが伝える提案を聞く。


「クーク男爵を操り貴族令嬢となった娼婦エリカは、儀式に必要なモノを揃えることも孤児の娼婦時代より難しくありません。編入して二ヶ月以上経ち、王族に近付けない現状を打開しようと目論んでいる報告は上がっています」


「俺の婚約者候補達と接触していたようだな」


「はい。妙な意図を持って接近すれば私か犬が排除しますが、それ以前に学院警備の騎士に阻まれて我々には近付けていませんから。『対面して相互に認識』を狙うならサマーパーティーでしょう」


「そうだろうな」


 (まじな)いは、モノを揃えただけでは儀式を行っても成就しない。精神操作や魅了の場合は、対象と顔を合わせて相互に認識することが必要だ。

 学院のサマーパーティーは、特に給仕役の生徒は目当ての招待客役の生徒の下へ顔を覚えて貰いに行くのが主目的のような場でもある。対面しての相互認識の場として最適だろう。


「既にニコル嬢には、第二王子に妄りに近寄ろうと問題を起こしている男爵家の庶子の令嬢をサマーパーティーで近付けないための協力を打診し、了承を得ています」


 当たり障りの無い打診しかしていない。それでもそれを了承してくれた。伝えられた内容に、アンドレアは「ニコル・ミレットに借りができた」ことを脳裏にメモした。


「王族に近付く足掛かりとして、王家の庇護を受け王妃殿下がお気に入りを公言し、公爵令息の婚約者でもあるニコル嬢を操ることも有効だと、エリカ・クークも考える可能性はあります。王家に近付く足掛かりとまで考えが及ばずとも、商会を持ち資産家のニコル嬢を利用するために操ろうとは考えるでしょう。一度(まじな)いを成功させ、労せず通常ならば不可能なほどの成果を得た人間は、欲しいモノがあればそれに頼るようになる」


「サマーパーティーで、ニコル・ミレット嬢とエリカ・クークに面識を持たせるのか」


「はい。クリスがプリシラ・コナーに指示を出しています。学院内でニコル嬢の護衛も務めるプリシラ・コナーが配下を使ってエリカ・クークを我々から遠ざけ、同行するニコル嬢の下へ誘導。その後、対面を果たしたらエリカ・クークは理由をつけて会場から退出させます。必要以上にニコル嬢と関わらせることは、クリスの許容範囲を超えますから」


 ジルベルトの許容範囲も超えるのだろうことは、この場の全員が口にせずとも理解していた。


「十分だ。ニコル・ミレット嬢に不快な思いをさせたり直接的な危害を加えられることは俺も避けたい。それに、さっさと退出させた方が()()に取り掛かるのも早いだろうからな」


「それも狙いです。エリカ・クークは()()()()()までコナー家の監視付きで泳がせますが、()()()()()騎士団を踏み込ませます」


「そうか。現場の指揮はハリーが取れ」


 アンドレアの指示に、ハロルドは一瞬息を飲む。そして、やや躊躇いがちに申し出た。


「俺でいいんでしょうか」


 ゴードン・ファーレルの婚約者はハロルドの実姉だ。

 表向きは醜聞を起こして死ぬ程度で始末がつけられることになっても、ゴードン・ファーレルは大罪人である。実姉がその婚約者という立場では、ハロルドはこのままアンドレアの側近として生きて行くことが許されるのか、判断がつかなかった。

 今回洗い出された不祥事は、コナー家の真の支配者が当主からクリストファーに移行したことで国内貴族を再調査し、その過程で露わになったものだと伝えられている。

 その『再調査』の中には、パーカー伯爵家のものも存在する。

 ハロルドが、産まれた直後から家を出るまでの間に受けていた多岐に渡る虐待が詳細に記されており、公表されればパーカー伯爵家の大醜聞ともなる。当主の現騎士団長ランディ・パーカーの『王国最強軍人』としての功績を以ってしても相殺できない醜聞だ。むしろ、原因はランディのようなものなのだから、騎士団長の輝かしい名声も地に落ちる。

 大罪人の婚約者が実姉で実家は醜聞塗れ。被害者とはいえ自分は醜聞の当事者。

 今後もアンドレアのために働きたいが、もう表に出る仕事は無理だろうとハロルドは考えていた。


「何言ってんだ。今回のヤマは俺が主導するんだから側近のお前が現場に出るのは当然だろ。ジルはクリストファー・コナーとの繋ぎと俺が出る場の護衛。モーリスは騎士団の野郎どもから人気が低くて指揮に向かんから書類仕事な」


「勝手に見た目で侮って勝手に喧嘩を売って勝手に負ける筋肉ダルマに好かれても嬉しくありませんよ」


 線の細い美青年、背の高い美女にすら見える、怜悧な麗しの貴公子、そんな外見のモーリスに、勝手に喧嘩を売っては自爆する新米騎士が、ここ数年増えている。

 密かに新米騎士の度胸試し的通過儀礼になっているので、モーリスも遠慮なく叩きのめしているのだが、見た目とのギャップに納得できないマッチョ自慢達がモーリスに苦手意識を持っているのは一部で有名な話だ。

 ふふん、とわざと鼻で笑ってみせるモーリスは、相変わらずこの四人の調整役である。

 ハロルドの深刻さなど、アンドレアが許しているのなら笑い事だろうと暗に伝えているのだ。


「いざとなれば、うちの養子になればいいんですよ。ヒューズ公爵家は優秀な人間をいつでも歓迎します」


 モーリスが冗談めかして本心を口にする。


「大体お前、パーカー伯爵家を継ぎたくないだろ。ていうか、継げないだろ。貴族家嫡男の義務、果たすの無理だろうが」


 アンドレアの言にハロルドの唇が固く結ばれる。

 ハロルドの女性嫌いが相当に強いことは他の三人も以前から知っていたし、それに三人の実姉が関わっていることも予想していたが、本人が語りたがらないこともあり、報告書を見るまでは、実態が虐待の中でも非常に悪辣で人権を無視したものであることは想像もしていなかったのだ。

 三人の姉達がハロルドに行った虐待の数々は、首の皮一枚で()()()殺していないだけの陰惨かつ非道なもので、産まれたばかりの時期から幼少期を通して実の弟に向けられる感情として信じ難い内容だった。

 それなりに残虐な処罰を必要に応じて他者に与えて来た彼らですら、そう感じるほどの経験を刷り込まれて、ハロルドが今後、女性と子を成せるとは考えられない。

 ジルベルトも、事実を知って以降は、二度とハロルドに女性嫌いを克服しろとは言っていないし言えない。言うつもりもないし、他の奴が言えば見えない速度で殴るか蹴るだろう。

 貴族家の嫡男の最重要義務の一つは後継者を作ることだ。

 パーカー伯爵家の男子はハロルドのみ。法律上は、息子が継げない事情があれば娘婿が後継者となることも可能だが、パーカー伯爵家に関する報告書は当主のパーカー伯爵にも見せることになっている。娘達は三人とも勘当され貴族籍を失うだろう。パーカー伯爵家唯一の子供となったハロルドが子を成せなければ、家は断絶だ。


 パーカー伯爵家の報告書を当主に見せないままアンドレアが預かっておくこともできるが、アンドレアにそのつもりは無い。

 騎士団長であるパーカー伯爵は国王陛下の寵臣であり、王国の最強軍人として功績も大きいが、だからこそ、立場を変えてでも陛下に仕え続けるならば、潔白でなければならないのだ。

 パーカー伯爵は、親や家の名の下に王国貴族の中でも恵まれた生活を享受してきた娘が外道にも劣る行いをしたことを看過し、悔いることも無く罰も受けず生き続けることを許す親であってはならない。

 事実を知らせることで、パーカー伯爵は娘達を勘当し、自らの爵位と地位を返上するだろう。

 それによってパーカー伯爵家はクリソプレーズ王国から失われるが、元々、パーカー伯爵の領地は国王陛下が寵臣に貸し与えた優秀な代官が治めているから、返上されて王家直轄領となったところで領民の生活は何ら変わらない。

 王族として、間違った判断はしていないと自負するアンドレアだが、個人的感情としてはパーカー伯爵に対して、「貴様の責任なんだから家が断絶することで生じる批判も罪悪感も貴様が負え」だ。

 パーカー伯爵家の大醜聞をアンドレアの胸に納めておけば、パーカー家の人間の誰も経歴に傷は付かず、数十年後にはパーカー伯爵家を断絶させた戦犯がハロルドにされるか、外道にも劣る性根を持つ姉の誰かの夫がパーカー伯爵家を乗っ取るのだ。

 そうなるのは、単純に、非常に面白くないとアンドレアは考える。


「なぁ、ジル。ハリーにトドメを刺してくれ」


 アンドレアは、ジルベルトに出会う以前のように自身の存在価値が分からなくなって揺らぐハロルドに、最強の効果を発揮する切り札を使う。

 この場の誰も、ハロルドを仲間から失うことも、ハロルドに日陰の道を歩ませることも、望んでいないのだ。

 お前は、真夏生まれに相応しい無駄にハイスペックな暑苦しい変態犬でいればいい。

 仲間達の心の声が聞こえなかったことは、この場合ハロルドにとって幸いだったのか不幸だったのか。


()()()は、パーカー伯爵の所有物ではない。いつまでウジウジ悩んでいる。さっさとモーリスを『お兄様』と呼び主のために力を尽くせ」


「はい! ジル様!」


 脊髄反射のような即答だった。この瞬間、ハロルドの生涯背負う宿命が、『変態犬』に決まった気がする。

 「お兄様」と懐かれるモーリスが、冷ややかに手を振りながらも口許は笑みに緩んでいる。

 バッドエンドは向こう側に。守りたいモノは、勝てない喧嘩を売ってきた愚かな敗者を踏み台に、穏やかな未来へ送り出そう。

 ジルベルトは透明度を増した濃紫の両眼を細め、静かな微笑を浮かべた。

しばらく投稿は二日おきになります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「この瞬間、ハロルドの生涯背負う宿命が、『変態犬』に決まった気がする。」 ここ、最高でした。 笑っても許されるのだろうけど、流れ的に素直に笑ってはいけないような気がしてしまう微妙さも絶妙と…
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