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お助けキャラ

 クリソプレーズ王国ミレット男爵家。現在、ご機嫌でハイハイしていた一歳の長女が突如すっくと立ち上がり雷に打たれたように呆然と立ち尽くす(さま)に使用人達が凍りついていた。

 ミレット男爵家長女ニコルの小さな頭の中には怒涛の勢いで前世の記憶が駆け巡っているのだが、周囲で凍りつく彼らにそれが見える筈もない。


(えー、えー、これって転生? もしかして異世界? 羽が生えたちっちゃい子が飛び回ってるしソレ見えてるの私だけじゃなさげだし現代科学に到達してなさげで私は貴族のお嬢様らしいし。前世過労死のやり直し人生キタ? ヒャッホーイ)


 本人が脳内で小躍りしていようが、傍から見たら一歳児が急に立ち上がって目と口と鼻穴かっ開いて微動だにしない状況なのだ。使用人としては「ヤバいどうしよう」である。

 凍りついていた中で一番年嵩の女性使用人がハッとして慌てて主人を呼びに行った時には、本当にマズイ状況だったら手遅れなくらいの時間は過ぎていた。


(この一年間の記憶によれば、この家は祖父の代に爵位を買った成り上がり新興貴族で、元々は大きな商家だったのよね。今も商売は順調で、妬みから成金と当て擦る輩が多いって今生のお母様が言っていた。でも今生のお母様、見た目がまんま成金なんだよね。貴族だからか忙しいのかほとんど会ったことないけど。前世のお母さんは姑のせいで地味な格好ばっかしてたけど儚い系美人で料理上手だったなぁ。そう言えば、前世で死ぬ前にお母さんのご飯がまた食べたいって思いながら死んだんだっけ。お母さん、私が高校生の時に病気で死んだんだから無理なのにね。)


「ニコル! 大丈夫か⁉」


 今生のお父様が慌てた様子で駆け込んで来た。

 父親は今生の方が関わりがある気がするな、と考えながらニコルはかっ開いた目の視線だけ父親に向ける。

 仁王立ちの一歳児が凄まじい顔相で視線だけギョロリと寄越す。ホラーだ。

 ひっと息を呑みつつも、父親にはしっかり親心があった。様子のおかしい愛娘に駆け寄り抱き上げたのだ。


「どうした、ニコル。何があった?」


 心配そうに眉を下げ、まだ言葉を喋れない我が子に問いかけるミレット男爵は、商売人としては遣り手だが娘に対してはただの善良な父だった。

 その幼い娘が脳内で可愛らしいとは言えない考えを巡らせているなど思いもよらない。


(うん、父親はこっちがいいな。前世のは学校卒業までの生活費と教育費を出してくれてたことには感謝するけど、子育ては妻に丸投げで休日は毎回妻子を置いて消えて姑の攻撃から妻を守ったこともない人だったもんね。姑の攻撃に加担しなかったのは他所よりマシだったのかもしれないけど、お母さんの入院中も一度もお見舞いに来なかったし! この父親は、とりあえず子供には関心があるみたいね。今後じっくり見定めよう。)


「ニコル? どこか痛いのかい? 怪我はしていないね。熱もないみたいだ」


 抱っこしている一歳児の擦れた中身など知らず、ミレット男爵は愛娘の身体の異常が無いか確かめ、困惑しながらもホッと息をついた。


「とちゃま」


 ニコッとしながらニコルが言葉を発すると、ミレット男爵は娘と同じ黄緑色の瞳を潤ませ一気に相好を崩した。


「に、ニコル、言葉を、初めての言葉で私を呼んでくれたんだね。父様って、ああ素晴らしい。ありがとう。今日はお祝いだ!」


 感激に声も潤む父の腕の中で娘は黒いことを考え中だ。


(チョロいな。とりあえず商人で当主の父親は懐柔しておくに限る。前世チートを発揮するには後ろ盾と協力者が必要だしね。この一年の生活からして、私が持ってる知識で色々やれる気がするんだよね。前世でもいくつか商品の開発に携わってたし。と言っても化粧品メインで、どっちかって言うと商品開発よりメイク方法や美容知識の方が商品価値が高いかも? まぁ、稼げるならどっちでもいいか。)


 ニコルは前世の過労死に至るまでを時系列順に思い出す。

 高校二年の時、進路の相談に乗ってくれていた母が病死した。大学進学と専門学校で手に職を付けるのとで迷っていたが、母の死後、父親から兄と自分の面倒を見るのは大学卒業までと言い渡されて、二つ年上の兄と同時に家を出られるように専門学校を選択した。

 美容系の専門学校在学中に、実技経験を積むのとコネ作りのために卒業生の先輩の助手としてショーの楽屋に出入りしていたが、母親譲りの儚い系美人の顔を誰に邪魔されることもなくメイクアップした姿が関係者の目に留まりスカウトされた。

 CMモデルを経て女優となり、仕事が合っていたのかすぐに夢中になったし高い評価も得た。人気が出れば敵も出るのはどの業界も同じで、仕事の現場に用意された化粧品に異物を混入されることが何度かあり、自分で作ったもの以外は肌につけないと公言し、そのレシピがブランド化された。

 そして、女優業と商品プロデュースの両立の面白さにのめり込み、何年も休暇を取らず食事も「食べ物」を口に入れることを疎かにし、力尽きて独りで死んだ。


 儚い系の美人顔は、やりようによっては果てしなく地味になるが、土台は良いのだからメイクによっては華やかにも妖艶にも自由自在だとニコルは知っている。

 前世で役によってどんな存在にもなれたのは、演技力だけではなかった。


(私、どんな顔に育つんだろう? お父様を見れば不細工にはならないと思うけど。お母様も造りは悪くなかったし。とりあえず、どんな顔に育っても基本は肌質と髪質が大事。せっせと手入れしなくちゃね〜。)


 だがしかし、ニコルはキラキラの美幼女に育った三歳で衝撃の事実を認識することになる。


(国の名前がクリソプレーズ王国、第一王子の名前がエリオット、第二王子の名前がアンドレア。我が家は成り上がり新興貴族のミレット男爵家で私はニコル。金茶の髪に黄緑色の瞳。魔法は妖精さんにお願い。うん、間違いない。これ、「妖おね」の世界だ! 私はヒロインのお助けキャラのニコルだ!)


 何とな〜く聞いたことがあるような気はしていた自分の名前ではあったが気に留めてなかった。

 自分の住む国の名前も聞き覚えがあったけど、前世でも存在した石の名前だしぐらいに考えていた。

 だが、父親が手配してくれた家庭教師から王族の名前を教わり、魔法との関わり方を習い、引っ掛かった単語を前世の記憶と繋ぎ合わせると嫌な答えが引き出されてしまった。


(いやいやいや、無い、無いわ。私がお助けキャラとか無いわー。だって私あのヒロイン嫌いだもん。ゲーム性が高くてゲームとしては面白いからお母さんのお見舞いに持って行って勧めたけど、あんなヒロイン実際にいたら同性の友達できるわけないじゃん。普通にみんな嫌いだって。それにゲームのキャラデザのままだったらニコルってあからさまにヒロインの引き立て役じゃん。嫌いな女の引き立て役とか誰がやるかっての。)


 記憶に蘇る前世の乙女ゲーム、「妖精さんにおねがい♡〜みんな私を好きになる〜」を思い起こしてニコルはゲンナリする。

 男爵家の庶子でありながら、建前でしかない「学院内では学生は平等」を振りかざして王族と高位貴族のイケメンにだけ、しかも複数同時進行で擦り寄って媚を売る女が実際にいたらマトモなわけがない。


 設定ではヒロインには王族並みに妖精の加護があることになっていたけど、今生でニコルは知った。妖精とは非常な面食いであることを。王族は大概誰からも一目置かれるレベルの美形だし、ヒロインも外見だけは確かに良かった。

 ゲームのニコルは地味な女の子という設定だったけど、それでも設定上、一般的な貴族令嬢並みの加護は持っていた。それは、ニコルの土台は良いということだったのではないか。

 記憶が戻ってから磨きまくった自分はゲームのヒロインが幼い時以上に美幼女なのだろうとニコルは自己判断した。

 何故なら、一歳の時とは比べ物にならない量の妖精が自分に集っているのを自覚しているから。これ以上集られると生活に支障が出るレベルの密集具合だ。王族はこれ以上妖精を密集させているとも考え難い。


 家庭教師から習ったところによると、妖精は美しいものの近くに在ることを好むそうだ。だから裕福な家では子供が生まれるとベビーベッドの周囲を美しい宝石や芸術品で飾るらしい。そうやって呼び寄せた妖精が子供にも目を付けるのを願ってなのだとか。

 裕福ではない家では花や母親が刺した刺繍を飾るそうだ。

 そうして赤ん坊の近くに留まることを選んだ妖精は、子供が知性を確立し、言葉を自在に扱えるようになってから加護を授けるという。理由は謎だが、妖精にも決まりがあるらしい。

 加護を授かると魔法が使えるようになり、魔法は言葉を使うから、まともに喋れない乳幼児に加護を与えるとマズイことになりかねないからじゃないかと言われている。


 ゲームの世界では、妖精に「おねがい」するだけで登場キャラ達は魔法を使っていたけれど、実際に魔法を使うには、妖精に「おねがい」してできるのは()()()()()()を借りるところまでだ。妖精達は見た目通りに理解力が幼いのか、複雑な内容を通じさせることはできない。何をどう「お願い」しても、自分の持つ力をポイっと貸してくれるだけだ。

 それを魔法として発現するには、使用者がその力をどんな魔法にするか明確にイメージし、正確に言葉にする必要がある。

 精度の高い魔法を使うには、加護の多さだけではなく言語能力の高さと想像力が必須なのだ。

 けれど後づけで鍛えられる頭の出来とは違い、加護の多さ─引き出せる力の大きさ─は紛うことなく『授かりもの』。加護の多い子供を囲って英才教育を施せば、大魔法使いが生産できる。


 ニコルは背中に冷たい汗をかきながら考えた。

 この密集した妖精達は、現在三歳児のニコルがペラペラ自由に喋れるようになったら、こぞって加護を授けようと待ち構えているのか。

 恐ろしいことになる、絶対になる。

 魔法は加護を授かった妖精が貸してくれる力に見合ったものしか使えない。

 妖精は自然と共存する存在で、前世的に言えば四大元素の力をそれぞれ持っている。

 ファンタジー物などで使われていた「属性魔法適性」は、この世界では何の妖精の加護を持っているかにより、「魔力量」は加護を授けた妖精の数による。

 例えば、火の妖精の加護と水の妖精の加護を一つずつ持っている人間は火の魔法と水の魔法を使えるけど、大きな魔法を使ったり連発したりはできない。

 これが、火の妖精の加護を一つと水の妖精の加護を十体分持っている人間なら、火の魔法と水の魔法が使えて、火の魔法は連発できないし大きな魔法も使えないけど水の魔法は連発できたり大きな魔法も使えたりする。


(ヤバい。このままじゃ近い内に人間兵器になれる。)


 ニコルは勉強の復習をしながら頭を抱える。


(前世チートで自由に成り上がる人生計画なのに、人間兵器として王族に囲い込まれるとか絶対に嫌だ! この数の妖精に集られてたら外出したら即バレじゃない!)


 加護を授けて気が済んだ妖精は、お願いがあると呼ばれるまでは近くを離れることもあるし、加護を授けた人間の周辺を姿を出したり消したりしながら飛び回るのだと習った。

 3歳児相手だからと、家庭教師が子供向けの絵本を教材に『まほうとようせいのおはなし』をしたのだが、絵本の挿し絵が妖精まみれだったせいでニコルはすっかり誤解している。

 両親も使用人も絵本のように妖精にまみれて生活してはいないのだが。


(うー、どうしよう。成り上がり男爵家と言っても貴族だから、私も8歳になったらお茶会デビューはしなきゃならないんだよね。姿を出したり消したりって、もし全員が出しっ放しの事態になったら大パニック必至じゃないの! よし、それまでの間にある程度の立場を確立しよう。お父様にも力を付けさせて、王族だろうが高位貴族だろうが簡単に囲い込めないような財力や影響力をミレット男爵家に持たせてしまえ。そして、それを維持するには私の力が不可欠だと当主に認識させれば守ってくれるだろう。)


 だが、その誤解のお陰で野心に火が点きモチベーションも大きく上がったのなら、結果としては良かっただろう。

 相変わらず、あまり人情味の無いことを考えている前世持ち三歳児だが、それでも今生の父親のことは気に入っている。

 ただ、前世の経験の記憶から、あまり他人に心を許せないだけだ。

 前世では父親との関係が薄く、今生では母親との関係が薄いことも影響しているかもしれない。


(お母さんのご飯、もう一度食べたかったな)


 前世の死の直前に思ったことを、ふとまた思い出してニコルは頭を振った。

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