悪役令嬢?とヒロイン?
エリカ、安定の下衆思考です。
貴族学院に編入して二ヶ月経ち、季節は夏に差し掛かろうという頃、エリカは焦っていた。
可愛いエリカが、せっかく視界に入るように彷徨いてあげているのに、あれほど自分に夢中だった彼らが誰も近づいて来ないからだ。
ジルベルトが偽物に変わり、ニコルが学院に入学していない。それ以外に何が間違っていて皆が正しく動かないのか。
エリカは思い出す。
──彼らの周りをウロチョロして邪険にされてた女共が嫌がらせに来ていない。
あの女達に嫌がらせをされていると、彼らが助けに来てくれて、女達は悔しそうな顔や泣きそうな顔になって、とっても楽しくて気持ち良かったことを思い出した。
今回は、あの女達が彼らの周りをウロチョロしていない。
何故かは分からないが、一度目に比べて王子のガードが随分と固い。同じクラスに在籍する護衛が二人もいるし、他にも学院の警備をする騎士達までが一般生徒が王子に近づかないように牽制している。
王子も一度目とクラスが違うから、エリカのクラスが一度目と同じじゃないのはあまり関係ないのだろうが、ガードの固さは鬱陶しい。王子と行動を共にする全員に近づけないのだ。
一度目も王子と行動を共にしていなかった年下の公爵家の息子にも、何故か近づけない。
曲がり角で全然ぶつかれないし、ハンカチを落としても別の生徒が拾ってしまう。声をかけようとしても、毎回タイミングが悪くて上手くいかない。
一度目と同じように、身分が高いのに人懐っこい甘えん坊として振る舞っているくせに、エリカのことが見えていないかのように近づいて来ない。
あの人懐っこい素振りは偽物で、本当はエリカのためなら家族だって殺せるし国だって裏切れる、『暗部』とかいう仕事をする家の子だった。
一度目では、エリカがメイドに殺されそうになったら激怒して、兄と姉を殺して当主の父親に言うことを聞かせたから安心してと言っていた。彼に近づくと、またあのメイドが現れるのかもしれないが、まだ姿を見ていない。
お嬢様育ちの女達の嫌味など屁でもないが、できれば痛い思いはしたくないから、メイドから助けてもらってお姫様気分を味わうのは、今回は捨ててもいい。
とにかく、王子のガードが固すぎるのが悪いのだ。
あの女達まで王子達の周りをウロチョロできない。
エリカは女達をけしかけるために探った。
一般生徒が近づけないように牽制する護衛や警備の騎士に、まずはあの女達をけしかけて女達の印象を悪くしてから、エリカが被害者として登場するつもりだった。
まずは、ヴァージニア・キーオ。
エリカと同じ学年のAクラスに在籍する公爵家の娘。第二王子の婚約者候補だと高飛車な言動の多い金髪に緑の目のいけ好かない女。
たかが候補でしかないくせに、偉そうで馬鹿だと思っていた。取り巻きが美人だと褒める顔だって、高慢ちきな性格が出た不細工ヅラだと思っていた。
なのに、記憶にあるヴァージニア・キーオと顔つきが全然違う。高慢ちきで勝ち気な言動もしていない。まるで、街を仕切る凶暴な野良犬から身を隠す怯えた仔猫のような仕草と表情をしている。
取り巻き達との関係も、何となく違う気がする。まるで、ヤバい野良犬から身を寄せ合って逃げる仔猫の姉妹のよう。表向きは仲良しでも足の引っ張り合いをするような仲だった筈なのに。
思い切って、「第二王子の婚約者候補ですよね?」と訊いてみたら、「ひっ」と恐怖に引き攣った顔をして、涙目になりながら「い、言わないで・・・」と懇願された。
まるでエリカが虐めたみたいになって、取り巻き達の非難する視線がムカついた。
プリシラ・コナーには、何故か近づけなかった。
一度目では連れていなかった侍女達のせいだ。公爵家の令嬢は、学院に護衛を兼ねた侍女を連れて来てもいいことになってるなんて知らなかった。
ヴァージニア・キーオにはそんなのいなかったのに。「どうして護衛の侍女がいないんですか?」と訊きに行ったら、「目立ちたくないんです・・・」と、また涙目で答えられて、また取り巻き達に非難の目で見られてムカついた。
プリシラ・コナーが在籍するのは最高学年のAクラスで記憶通りなのに色々違う。
ジルベルトが偽物だからなのか、全然ジルベルトに纏わりつきに行かないし、一度目では互いに全然近づかなかった弟のクリストファーと嫌に仲が良い。
エマ・ハイラルも記憶と同じクラスにいたけど、何かおかしい。
一つ上の学年のAクラスで、薄紫の髪に赤い目の伯爵家の娘なのは同じ。父親が学院で使う教科書を作ったとか、何か有名な学者っていうのも同じ。毎日図書館にいるのも同じ。
だけど、モーリスの補佐として生徒会に入っていた筈なのに、生徒会室に近づきもしない。
会長がモーリスではないからなのか、エマ・ハイラルが大したことないから生徒会に入れてもらえなかったのか。一度目では学年首席で優秀だから、と、モーリス自ら生徒会役員に推薦していた。
成績がいいことを鼻にかけて、エリカを「Bクラスでも下の方のくせに」と馬鹿にしてはモーリスに叱責されて泣くのをまた見たい。
エリカがCクラスに在籍しているから、エマ・ハイラルも一度目と違うのだろうか。クラス内順位を気にするなんて小さい女だと思っていたが、生徒会役員にも選ばれていない今回は、エリカの引き立て役としても役に立たなくてムカつく。
前はモーリスと幼馴染みだと自慢していたから、それとなく「幼馴染みの方はいるんですか?」と訊いてみたら、知らない女の名前ばかり出てきた。本当に役立たずだ。
男の幼馴染みはいないのか訊いたら、何故か憐れむような顔をされて、「そういったお相手は、お父様のご紹介か夜会でご縁を結ぶことが一般的ですのよ」と言われた。「そういった」ってどういった意味か分からなかった。
公爵家の息子の幼馴染みはいないのか食い下がったら、「勉強だけが取り柄のわたくしに、そんな身分の高い方とのご縁などありませんわ」とか悲しそうに言われて、ここでも周りから非難の目で見られてムカついた。
ハロルドが学院の外で第二王子の護衛をしているとウロチョロしていた女騎士は、貴族だと言っていたけど年増だから学院は卒業しているし、クリストファーに近づくと攻撃しに来るコナー家のメイドは平民だから貴族学院に入学できない筈。
今回、この二人は見かけていない。
エマ・ハイラルが「夜会で縁を結ぶ」とか言っていたけど、夜会なら、とっくに行こうとして何故か入口で帰らされている。
父親のクーク男爵に命令して、ドレスもアクセサリーもバッチリ準備して最高に可愛いエリカで行ってあげたのに、招待状だって見せたのに、入口の警備をする騎士達に「資格が無い」とか何とか長ったらしく説明されて帰された。
資格って何⁉ 招待状があるんだから問題無いでしょ⁉
色々おかしい。色々間違っている。
エリカは奥歯を噛みしめる。
追い返されてから、夜会の招待状は手に入らない。クーク男爵も使えない。
やっぱり、男爵なんて低い地位じゃ招待状が手に入らないんだ。早く、エリカに相応しい地位を手に入れなければ。
奥歯を噛み締めるエリカは、遠くから自分を観察する冷えた紺色の瞳に気づいていなかった。
次回投稿12月23日午前6時です。