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夜会のルーチンワーク

 エリカに偽物扱いされているジルベルトは、エリカに学院に在籍していないと思われているニコルをエスコートして、夜会に参加していた。

 秋生まれのニコルが、満15歳になる前に夜会に参加しているのには、主に王家側の政治的な事情が理由としてある。


 本来は、夜会の参加資格は「茶会デビューを済ませた15歳以上の貴族」だ。それは、夜会参加資格と貴族の婚姻資格がイコールという国法に基づくものだった。

 多くの場合、夜会は出会いの場である。参加者には酒も振る舞われるし、自己責任で異性との接触も暗黙の了解だ。

 だから、何か()()()が起こった場合でも、すぐに結婚という責任を取れる年齢でなければならない。

 だが、対自称帝国の同盟が結ばれて以降、王族は貴族学院の卒業が婚姻資格を得る条件となり、貴族達の夜会参加資格とイコールの婚姻資格を得る年齢と、約四年もの差ができてしまった。

 それ以降、忖度というものか、貴族達も学院を卒業するまでは、婚約者のいる者でも結婚を先延ばしにするようになったのだ。


 つまり、現在、国法に定められた貴族の婚姻資格は形骸化されている。

 王家が大事に庇護し、コナー家が囲い込むニコルとお近づきになりたい貴族達に、そこを突かれてしまった。


 ──どうせ形骸化しているのだから、8歳の茶会デビューのように、「年内に誕生日が来て15歳になる者」には参加資格を与えよう──


 ニコルが15歳になる前から、それを歓迎する土壌は作られてしまっていた。

 世代的に、ちょうど第二王子の少し年下だったことも、それを望む者達の追い風になった。

 第二王子は、第一王子が無事に婚姻を済ませるまで婚約者すら決められない。

 国法以上に拘束力のある同盟の条文により、第二王子の婚約者候補である令嬢達も、それまでは簡単に婚約者を決めることができないのだ。

 その年頃の令嬢達が婚約者を決められないと言うことは、釣り合う年頃の令息達にも婚約者のいない者が多くなる。


 第二王子の婚約者が決定するまでに、令嬢達も令息達も、少しでも条件の良い相手を数人は候補として、顔繋ぎだけでも、しておく機会を増やしてほしい。


 そういった貴族達の要望は正当なものであり、受け入れなければ王家と一部の高位貴族の横暴と取られかねない状況だった。

 既に、多くの家が狙っていたニコルを王命によりコナー家の次男と婚約させているのだから、尚更だ。有望株である、第二王子の側近達の誰も婚約者を決めていないことも拍車をかけた。

 参加資格の年齢を大幅に下げず、「茶会デビューのように」という許容しやすく感じられるラインで妥協された提案が、王家としても譲って折れなければならない落とし所だった。


 子供が多く参加する昼間の茶会では婚活をしない、というのは、貴族間の常識でありマナーなのだ。

 水面下では当然そういった思惑で動く者は多くとも、その「常識」を持ち出して「夜会でなければ婚活できないから」と訴えられてしまえば、貴族達の規範となるべき王族は否定などできない。

 その「常識」を否定して、「茶会で婚活すればいいだろう」などと言おうものなら、自己責任で判断させるのは酷な年齢の子供達へのリスクが、看過できない内容になるだろう。


 目的がニコルへの接触だと分かっていても、王家を含む国の上層部の人間達は夜会の参加資格を改定するしかなかった。そもそも、ニコルに対する扱いも、念頭にある庇護の理由も、一枚岩ではない。

 だが、コナー家の正体を知らない貴族達を筆頭に、夜会に引っ張り出して()()()()さえ作ってしまえば、たとえ婚約者がいてもニコルを手に入れられる、などと愚考に至る者達から護るという意見は一致していた。

 傷ものにしてしまえば、由緒ある公爵家の令息との婚約など破棄される、王家からも見放される。そんな甘い考えで、王命での婚約であり、王妃が「お気に入り」と公言している、その意味を正しく理解できないレベルだから、コナー家の正体を知る地位に就けていないのだが、目先の欲だけで目の曇った輩の頭は働いていない。


 王妃主催の王宮茶会の中でも、特に参加者の多いものを選び、クリストファーとジルベルトは茶番を繰り広げた。王妃からは許可を得る前に依頼されていたし、国王陛下やジルベルトの主であるアンドレアの許可も得ていた。


『僕がエスコートできない夜会にニコルが参加するの心配なんだ。ねぇ、ジル、お願い! ニコルが夜会に出る時はジルがエスコートして!』


『他ならぬクリスの頼みであれば聞きたいところだが、非番でなければ約束はできないな』


『じゃあ、ジルが非番の時しかニコルに夜会に行かせない! 絶対に! だって嫌だもん。ニコルのお父上じゃ()()あった時に守りきれないかもしれないし、ジル以外の男じゃニコルの魅力にフラフラするかもしれないから頼みたくないんだ』


 可愛い系の外見を存分に駆使した、ちょっと子供っぽい我儘な公爵家のお坊ちゃん。自身を「僕」と呼び、拗ねた口調で頬を膨らませてみたり唇を尖らせてみたりするクリストファーは、コナー家の身内にとっては視界の暴力でも、現実を知らない衆人には微笑ましいものだった。

 側近仲間以外に特別に親しい人間を作らないジルベルトが、互いに愛称で呼び、柔らかな口調で相手をしていることも人々の関心と女性達の歓心を煽った。

 そこへ、王妃に頼まれたアンドレアが台本通りに登場した。


『構わないぞ、ジル。お前の友人の婚約者が各方面から狙われていて危険なのは事実だ。王家の庇護する令嬢が夜会で()()()()をされるのは王家の威信に関わる。どうせ一年後には婚約者殿がエスコートをして自分で護るようになるだろう。それまでニコル・ミレット嬢が夜会に参加する時はお前を非番にする。エスコート役として全力で護れ』


『御意』


『感謝申し上げます。第二王子殿下』


『クリストファー・コナー。名で呼ぶことを許す。ジルが友と認めた男だからな』


『ありがとうございます。アンドレア殿下』


 クリストファーに名前呼びを許した部分はアンドレアのアドリブだったが、この茶番により、クリストファーが夜会参加資格を得るまでは、ニコルがいつ誰の夜会に参加しなければならなくなっても、必ずジルベルトがエスコートできることになった。

 ()()()()()()()()を目論んでいた貴族達の思惑は外れた。

 欲に目が曇っていても、流石に『剣聖』に喧嘩を売るほど馬鹿ではない。

 ジルベルトにエスコートされているニコルに誘いをかけ、二人切りになることも、ジルベルトから引き離すことも難しい。


 ダンスに誘い、密着して内緒話をしようと企む者達も溢れていたが、クリソプレーズ王国では婚約者のいる令嬢が、婚約者が望まない相手とのダンスを断ることは身分に関わらず非礼に当たらない。

 夜会に参加したら一回は踊るのがマナーだが、エスコート役のジルベルトと踊った後に、「婚約者が嫌がるから」と誘いを断るのは、むしろ貴族令嬢としての常識だ。

 それを権力や腕力で無理矢理了承させることは暴力に等しく、「夜会で女性に暴力を振るった」となれば大変に外聞が悪い。

 実際のところは、婚約者の男の方に脅しをかけて了承させ、嫌がる令嬢をホールに引きずり出し、身体を密着させながら、()()()()()()()()を囁きによる脅迫で了承させるまでがセット。という夜会の闇があるのだが、クリストファーには夜会参加資格が無いので、会場でニコルの婚約者を脅すことはできない。

 もっとも、クリストファーが参加していたら返り討ちだろうし、次男とはいえ公爵家の令息に脅しをかけられる立場の者は、それほどいない。


 エスコートをするジルベルトは侯爵令息ではあるが、クリソプレーズ王国唯一の『剣聖』であり、実家の身分では測れない国の最重要人物の一人だ。

 ジルベルトがニコルをエスコートするのは、()()である公爵令息の依頼で、主である第二王子の命令であもある。

 ジルベルトがニコルを護るために、自分の実家よりも爵位の高い家の人間を排除したとしても、大義はジルベルトにある。

 それに、ニコルへの害意を、人間を辞めている驚異の勘で感知した側から、ジルベルトは静かな微笑を浮かべたまま、器用にピンポイントで害意に殺気を叩き返すので、良からぬ事を企む輩は訳も分からないまま謎の体調不良に見舞われて、二人に近付いて来られない。

 お陰様でニコルは夜会の度に、大変快適に飲食スペースでジルベルトと美食を楽しんでいた。


「ジルベルト様、このイクラとスモークサーモンとマッシュポテトのカナッペ美味しいですよ。レモンとフレッシュチーズのものと交互に食べると永遠にいけそうです」


「ハーブやスパイスがいい仕事をしているからね。レバーペーストとハラペーニョのテリーヌもニコル嬢の好みに合うだろう。白のスパークリングを柑橘の果汁で割ったものを用意させた。口直しに飲んでごらん」


 共に夜会に出始めた当初は嫉妬の視線をニコルに突き刺していた女性達も、夜会に来ても無邪気に料理を楽しむばかりのニコルと、完全にお世話をする保護者モードのジルベルトの様子に毒気を抜かれ、弟しかいないジルベルトの妹枠なのだろうと、敵意を向けることを止めていた。

 嫉妬の敵意くらいでジルベルトが殺気を返礼することは無いので、女性達がバタバタと倒れる恐怖の夜会が開催されたことはまだ無いが、今後もその可能性が潰されたことは幸いだろう。

 過去の茶会でも学院でも、ニコルがジルベルトに特別扱いをされている場面を目にした女性達は多い。

 他の女性は「家名+爵位+令嬢又は夫人」で呼ぶジルベルトが、唯一名前で「ニコル嬢」と呼ぶだけでも差は歴然としているし、身内と王妃殿下以外の女性で「様」付きでも名前呼びを許されているのもニコルだけだ。

 以前、茶会で年上の出戻り公爵令嬢が、「心配」を口に上らせ、御為ごかしにそれを指摘したことがあった。

 だが、ジルベルトはその場で、


『ニコル嬢は私の友人の大切な婚約者であり、私に劣情を持たないことに対する絶対の信頼があります。その信頼故の親しみを、10歳以上年下の私の弟に公爵家の名を出し断れない婚約の打診をして、私と繋がりを持とうとした方に口出しをされては、純粋な心配以外の他意を感じずにはいられませんね』


 と、実に麗しい笑顔で言い切ったのだ。

 普段は、『笑顔の最凶王子』と呼ばれるアンドレアや、『氷血の右腕』と呼ばれるモーリスの影に隠れ、女性にキャアキャア言われる麗騎士様か、そうでなくとも高潔な『剣聖』といった注目のされ方をするジルベルトだが、彼も『最凶王子』の側近の一人だ。

 その本質は、敵と目した者への冷酷さ、容赦の無さに如実に表れる。

 ジルベルトは、主の敵、仲間の敵、身内として懐に入れた者の敵、そして、自分が望んでいないのに自分を支配下に置き手に入れようとする相手には、微塵の情けも掛ける必要があるとは思っていない。

 茶会という公の場で事を起こしたのが、件の公爵令嬢の運の尽きだった。

 10歳以上年下の侯爵家の令息に、出戻りの身でありながら身分を振りかざして婚約の打診をしたという恥ずかしい事実を暴露され、ジルベルトが堂々とニコルを特別扱いするための演出に利用された上に、『剣聖』に劣情を持って繋がりを持とうとした疑惑を公言され、彼女の貴族令嬢としての人生は終わった。


 時間が経つに連れ薄れていた、ニコルに対しての「さわるな危険」も、この事態に再度復活し、嫉妬からの意地悪でニコルに直接関わろうとする女性はいなくなった。

 元から、ニコルに目立った意地悪をすると、ニコルの化粧品の恩恵を受けている母親達に怒られるので、表立った嫌がらせ行為はほとんど無かったが、影で行われていた()()()()()嫌がらせすら鳴りを潜めた。

 普段怒るイメージの無い人物の怒りの恐ろしさは、格別に効果が高い。

 煩わしい思惑と王家の事情で早くから参加することになった夜会でも、「微笑ましい兄妹」のイメージを植え付けて同性からの敵意を削ぐ効果を得られるのなら、グルメ堪能の時間と割り切ることもできる。

 ニコルは前世で栄養失調で死んでいるが本来は美食家であり、ジルベルトも美味しいものは好きだ。


「今日の仔羊のローストは前回のものより美味しいです。焼き加減が変わったのかしら」


「産地が違うんだよ。今日の仔羊は海にほど近い領地で産まれたものだ。前回の内陸部のものと餌が変わる。けれど、秋になれば内陸部の羊の方がニコル嬢の好みかもしれないね」


「秋が楽しみです」


「秋になったら、クリスとのデートで羊の串焼きを出す店に行ってみるといい」


「街に出かけると、クリスったら、いつも真っ先にジルベルト様へのお土産を探すんですよ」


「いつも楽しみにしているよ」


 聞き耳を立てる聴衆に、聞かせたい話題と聞かれても支障の無い話題を十分に聞かせ、ニコルは聞かれても怪しまれない程度の加工を施した疑問をジルベルトに洩らした。


「こういった華やかな場がお好きそうな方が同学年に編入して来ましたのに、一度もお見かけしないことが不思議ですわ」


 ガードの固さに声は掛けられないものの、第二王子と側近の周囲を視界に入るように彷徨き、王子達以外の護衛を連れていない高位貴族の令息にも、偶然を装って廊下の角でぶつかってみたり、通りすがりにわざとハンカチを落としてみたりするエリカのことだ。

 Cクラスでも、あまり素行の良くない生徒達と、「綺麗なドレスを着てお姫様みたいに舞踏会に行きたいの」と話していたという報告も上がっている。


「ああ、生徒会に苦情が何件か寄せられているご令嬢だね。彼女が夜会に参加しないのは当然だよ。参加資格が無いだろう?」


「あ・・・そうですわね」


 貴族の養子になっても、すぐに社交の場に出せるわけではない。昼の茶会に出すのでも、家格に合った最低限のマナーと常識は必要だ。会話に参加せず、ひたすら笑顔で相槌だけ打っているとしても、立ち居振る舞いだけは身に付けなければ公の場には恐ろしくて出せるものではない。

 エリカが養女になったのは、つい最近のことだ。引き取ってすぐに貴族学院に編入させるくらい考え無しな行動を取ったクーク男爵だが、茶会に出したという話は聞いていない。

 もしかしたら、エリカ自身が夜会の参加資格の条件を知らないのかもしれない。

 ()()にも夜会のシーンは無かった。()()()でも茶会デビューを済ませていなければ夜会の参加資格は得られないことを知らないまま、人生を終えたのかもしれない。

 全ては想像でしかないが、今確実に分かっていることは、現在、エリカ・クーク男爵令嬢に夜会に参加することは不可能だということだ。

 もし、クーク男爵が招待状を持っていても、参加資格の無い者を同伴することはできない。入口で追い返されているだろう。

 後で警備に確認しておこう。ジルベルトは脳内にメモした。


「さて、そろそろ頃合いか。ニコル嬢の未来の義姉上を呼ぼう」


 目ぼしい料理は試食したし、学生なら退出するのに咎められない程度の時間は滞在した。

 ジルベルトは片手を上げて合図を出し、クリストファーの実姉であるプリシラ・コナーを呼んだ。

 プリシラはジルベルトの一学年上の最高学年に在籍する、原作ではジルベルトルートの悪役令嬢だったコナー家の長女だ。

 水色の髪と瞳でダイナマイトな肢体を持つ妖艶な美女。そして、当然コナー家の一員として過酷な訓練を積み力を揮っている。ただし、クリストファーの支配下で。


 プリシラの原作での役割をジルベルトは気にしていない。今までも十分役に立ってくれているし、今後もクリストファーを裏切ろうとしない限り、協力体制を取れる相手だと考えている。

 ジルベルトが夜会参加資格を得てからの()()()にも随分と協力してもらった。色仕掛けで弱みを聞き出してもらった高位貴族や高官が数名、『婚約者』として潜り込ませ、指示通り内部破壊工作をしてもらった家が二つばかり。

 クリストファーから「自由に使って」と貸出されたので、ジルベルト的にはホワイトな環境で働いてもらったつもりだ。

 婚約者の家が二つも続けて没落したプリシラは、現在フリーだ。

 コナー家の令嬢が最終的に結婚するのは、取り込める家か傀儡にできる家の男だけだ。最終地点に到達する途中で、どんな目的でどんな男と縁を結ぼうが納得している、それがコナー家の女の誇りだと彼女は言った。

 ジルベルトは人として冷酷で非情な部分も大きいが、自分の道具として使うからには他所の誰かに壊されないよう庇護する器は持っている。

 プリシラは、クリストファーの直下で任務に当たるのに比べたら楽園のような職務環境だと、歓喜してジルベルトの命令を遂行していた。


 そんなプリシラが現在ジルベルトから受けている命令は、夜会に参加した際の男性の立ち入りが憚られる場所でのニコルの護衛だ。

 プリシラが公爵家令嬢として堂々と連れ歩いているコナー家の侍女らと共に、ニコルに「婚約者の姉」として付き添うことになっている。コナー家の侍女は全員、戦闘または暗殺の専門家だ。

 ニコルに加護を与えている妖精は、姿を現すことは無いが大人になっているため、ニコルは物理攻撃も魔法攻撃も毒も薬も効かないのだが、それを世間に知られないよう危機を脱するには、何者に狙われても無事でいることについて()()()()()()()()が複数必要になる。

 コナー家の長女と精鋭の護衛侍女達、そして『剣聖』。ニコルの才能や加護の多さが「おかしい」と気付く程度の知識と身分の持ち主こそ、配置された護衛の総合力を勝手に大きく見積もって、ニコルの略取が失敗に終わることにも勝手に納得するだろう。


 国王や王妃主催の夜会以外ではパターン化した作業だが、夜会に参加したジルベルトとニコルは、適当な頃合いで主催者に辞去の挨拶をする。

 例外無く引き留め工作をする主催者の相手をジルベルトが請け負い、その間に「お化粧直し」と称してニコルをプリシラ達と会場から出す。

 ニコルの前では被っていた「優しいお兄さん」の仮面を脱いだジルベルトを、強引に引き留められる主催者はいない。

 さっさと退出してニコル達と合流し、クリストファーが手配した馬車でニコルの屋敷へ送り届ける。

 ニコルの屋敷ではクリストファーが待機していて、必ず無事の帰還を確認する。


 国王陛下、王妃殿下が主催する以外の全ての夜会で、どの家に招待されても同様の作業が繰り返されている。

 ちなみに、コナー家やジルベルトの実家のダーガ侯爵家、モーリスの実家のヒューズ公爵家、ハロルドの実家のパーカー伯爵家では、夜会を開催してもニコルに招待状は送らない。ジルベルトの仕事を増やさないよう、当主に約束を取り付けてある。

 ミレット家が当面の間夜会を開催しないのは、混乱を避けるという大義名分で王命が出されている。

 ニコルと縁を取り付けたい家の全てを招待することは、子爵家の身分では許されない。招待する相手として、どの家を選び、どの家を選ばなくとも禍根は残る。国が荒れる元となる事柄は避けねばならない。発表された王命の理由に、異を唱えられる者はいなかった。

 第一王子の側近については、全ての家から招待状が送られて来ている。爵位、家格からして新興子爵家であるミレット家の令嬢が断れる招待ではない。


「このルーチンワークは、しばらく続きそうだな」


 皮肉げに片方の口端を上げたクリストファーに労われ、ジルベルトは濃紫に冷たい光を浮かべ、微笑んだ。

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