全然違うじゃない
ヒロインは下衆です。胸クソ悪いことを考え、実行もします。
売春や犯罪を表現した部分があります。
苦手な方はご注意ください。
エリカは記憶を頼りに、成功するために努力した。
確かに自分の容姿は、とびきり可愛い。近所の男の子達を従えるのなんか簡単だった。
けれど、初っ端から躓いた。
記憶では7歳で、「王族と同じかそれ以上」と言われていた妖精の加護を授かる筈だったのに、結局15歳になった今でも妖精の加護が、ただの一種類一体すら無い。
そもそも、母親の話では一歳までは小さな体を覆い尽くすほどの妖精が群がっていたらしいのに、一歳頃で急に寄り付かなくなって、そのままだったと言う。
10歳の時に母親が病気で死んだのも、その後に行った孤児院で男の子のボスグループにお姫様扱いされたのも、記憶の通りだったけど、貴族が迎えに来て養女になることが無いままボスが15歳で卒院した。
平民は15歳になれば結婚できるから、とボスはエリカが15歳になったら妻にするために迎えに来ると言った。
表面では「ありがとう」と可愛らしく照れてやったけど、内心では冗談じゃないと憤っていた。
平民の孤児の男など、『特別』な自分に相応しくない。
自分はいずれ、第一王子に見初められ夢中にさせて王妃になる。
エリカは、それを夢物語ではなく確定している未来として信じていた。
たとえ、ここに至るまでに記憶と随分違う進み方をしていても。
エリカは憎しみをこめて思い出す。
一度目の記憶があるから、呪いに必要なモノは早めに手に入れておこうと思った。
予定では10歳で貴族の養女になったら、すぐ買い集めるつもりだった。
平民のままじゃ買える値段じゃないから。
なのに全然迎えに来ないから、この私が苦労しなきゃならなかった!
遠い異国の珍しい香草と、アンティークの宝石。
どちらも、平民の中でも裕福とは言えなかった家の子であるエリカが手に入れられるものではない。
古かろうが新しかろうが、宝石なんて売る店にすら近付けないし、香草だって食用の安いものしか平民が利用する市場には出回らない。
平民のままでは必要なモノが手に入れられないばかりか、第一王子と顔を合わせて認識してもらうこともできない。
孤児院で暮らすまま12歳になる頃には、エリカは優先順位の一番を、クーク男爵の養女になることに変えた。
一度目の記憶で呪いの本をクリストファー・コナーと読んだことは覚えているが、とても難しい本だったから内容の全部は覚えていない。
覚えているのは見開きにした2ページ分だけ。魅了の呪いと精神操作の呪いの部分だけ。やり方も集めなきゃならないモノも似ていたから、その二つだけはちゃんと覚えている。
第一王子が城から出ることは少ない。これも一度目の記憶にある。
出てきたとしても、平民の孤児が顔を合わせて認識してもらうなんて無理なことは、この世界で12年生きていれば分かる。
一度目だって、第二王子にも貴族学院に入るまでは会えなかったし、第一王子とは王宮に出入りが許されるまで会えなかった。
だけど、エリカは覚えていた。
クーク男爵は比較的、一人で街に出かけるのだと。
勿論、下町などに行くことは無かったが、貴族街や貴族と富裕層向けの店が並ぶ辺りは、従者も護衛も連れずに気ままに散策していたのだ。
クーク男爵を操って、さっさと迎えに来させよう。
エリカは手に入れるモノを『シオミチ草』と、青系統か緑系統のアンティークの宝石に絞って努力した。
父親役を魅了したら、男の子達を転がす邪魔をされそうだから、クーク男爵に使うのは精神操作の呪いにした。
一度目は純潔のまま第一王子に出会ったけど、『エリカ』じゃない朧げな前世の記憶が、「非処女を誤魔化すのなんて簡単」という確信を持っていたから、カネやコネを得る手段を選ぶ必要は無かった。
初めて抱かせる時に、初い演技をしながら痛がって出血があれば、男は勝手に思い込むものだ。記憶は朧げながら、前世の経験上それは成功するという確信があった。
美少女で未成年。その価値は高い。
売春の相場は知らないが、貴族ではない年上の金持ちに狙いを定め、孤児院から離れた街で客を取った。
客が貴族だったら、学院に入ってからや王宮に出入りするようになってからマズいかもしれないし、貴族の養女になるまでは、孤児院でボスの息がかかったグループに守られるお姫様でいた方が楽だ。エリカを可愛い純真な美少女だと思い込んでいる馬鹿な男達の夢を壊して、自分の立場を悪くする気はエリカには無かった。
エリカは勉強は嫌いでも、そういうことに頭を回すのには積極的だった。
一度目では入手しようとしていなかった『シオミチ草』は、クリソプレーズ王国では需要が無いからと、まるで見かけることが無かった。
13歳でやっと見つけた、他の薬草に混入していた珍品だというそれは、一度目で買った、魅了の呪いに使う『カギグルマ草』に比べて目の玉が飛び出るほど高かった。
一年間、金持ちに体を売って稼いだカネを全部注ぎ込まないと買えない値段だった。
だけど、これを逃せば次はいつ国内に入ってくるかも分からない珍品だと思えば、仕方無かった。
エリカの記憶の中には、便利に使える自分の引き立て役だった地味なニコルという少女がいたが、ニコルと出会うのは学院に入ってからだ。
地味な引き立て役のくせに、ニコルは生まれた時から貴族として暮らしている。エリカがこんなに苦労しているのに生意気だ。
学院に入って出会ったら、この苦労の分、身も心も痛めつけて思い知らせてやろう。
まずは、ニコルに体を売らせて売上は取り上げよう。慰謝料だから、エリカが稼いだ10倍の額を稼ぐまで辞めさせない。地味なブスのニコルはエリカと同じ値段では売れないだろうから、複数プレイや変態プレイ、痛めつける客の相手がいいだろう。
学院内では、エリカに従う権力持ちの綺麗な男の子達に虐げさせてやる。実家が商会だったから、男の子達の権力で潰してやろう。借金まみれにして場末の娼館に最下級の娼婦として売り飛ばしてやる。
エリカは、自分より下の女が自分より恵まれた状況にあるのが、何より嫌いで許せないのだ。
アンティークの宝石を手に入れるのは、国内で需要の無い香草を手に入れるより、もっと大変だった。
一度目の時より値段は高いし、他国で富裕層に流行している高価な人形の瞳や装飾に使うからと、ほとんどクリソプレーズ王国には入って来ないらしい。
そんな流行は記憶に無いが、一度目はそもそも他国のことなど気にしたことも無かったし、アンティークの宝石を手に入れようとしたのは17歳の時だ。一度目でも過去にそういう流行があったのかもしれない。
迷惑この上ないが、エリカが13歳の時分では、アンティークの宝石は国内では出回っていないのが現実だった。
しかも、紛らわしいことに、今のクリソプレーズ王国で宝石が買える身分の人間に流行しているのは、アンティーク風に加工された新しい宝石だ。
アンティーク扱いされる時代には発掘されていなかった新種の宝石や、年代と共に色や輝きが薄くなるタイプの宝石が新しい内に、古めかしい意匠でわざとツヤを消した台座に嵌めて加工したものが流行の最先端だと言う。
アンティークの紛い物を見つけた時に、糠喜びさせられたのが腹立たしくて仕方ない。
流行の発信は王妃だと新聞に載っていた。使えない女だ。どうせ流行らせるならアンティークの宝石を使った人形を流行らせればいいものを。自分が王妃になったら、この、私に迷惑をかけた元王妃は鞭打ちでもして処刑してやろうと心に決めた。
けれど、14歳のある日、エリカは望みのモノを手に入れた。
やっぱり自分は『特別』なんだと、ほくそ笑んだ。
いつものように孤児院から離れた街で体を売った帰り道で、他国の貴族の娘だという幼い少女を保護したのだ。
幼い少女は、自国で流行している『高価な人形』を抱いていた。鈍く光る濃い青色の瞳の、古臭いデザインのドレスを着た人形。
貴族向けの高級ホテルから然程離れていない路地裏だった。けれどエリカは、「知ってるホテルだから連れて行ってあげる」。そう、親切ごかして優しげに笑顔を向けながら、どんどん高級ホテルから距離を取るよう歩いた。
そして、犯罪者の潜伏場として有名な、昼からチンピラが屯する裏通りの入口で、幼い少女から人形を取り上げて突き飛ばした。
──裏通りの中へ。
幼い少女の悲鳴は、一声で止んだ。あの小さな口など男達の手にかかれば一瞬で塞がれる。
年齢的に、妖精の加護だって授かったばかりで大して魔法で抵抗もできないだろう。一度目の記憶で知っている。加護だけあっても習熟するまで魔法は使いこなせない。
運が向いてきた。
エリカはほくそ笑んだ。
やっと、記憶通りに正しい道に戻せる。
あとは、生贄。
孤児院には、しょっちゅう新しい子供が入荷される。
目をつけているのが何人かいた。優しくしてやっていたから、愚かにも警戒心も無くエリカに懐いていた。
孤児が急に姿を消すことなんて珍しくもない。捨てたり死んだりした親を、求めて縋って、勝手に出て行ったまま川に落ちて流されたり、人攫いに連れて行かれたりするものだ。
形式的に一晩ばかり探して、皆忘れる。「よくあること」だから。
エリカはクーク男爵を探して、貴族街や富裕層向けの店の周囲を徘徊した。
材料は揃っていた。儀式のやり方は覚えていた。人目に付かない無人のボロ小屋が、儀式の場所にピッタリだった。
記憶にある顔と同じクーク男爵を、富裕層向けの雑貨店の近くで見つけた。
小道具は用意していた。以前に客が落としていった、上質なカフスボタン。
落とし物を拾った善良な少女の顔をして呼びかけた。警戒心を抱かせない、純真でか弱い美少女。
差し出したカフスボタンをクーク男爵の落とし物ではないと言われるのは想定内。切っ掛けさえあればいい。
潤んだ瞳で見上げ、「亡くなった母が私のお父さんは私と同じ栗色の髪だったって言っていたの」と、お涙頂戴な騙りをすれば、母と自分の名前を訊かれた。
男なんて簡単だ。貴族も平民も変わらない。
顔を合わせた。自分を認識させた。
何か思案するクーク男爵を残して、未練を感じさせず身を翻すのも計算通り。
ボロ小屋にコッソリと生贄を誘い出し、必要な材料を揃えて儀式を行った。
笑っちゃうくらい簡単なことだった。
クーク男爵の屋敷は記憶にあった。屋敷の近くで待ち伏せをして、その日の内にエリカを養女にさせた。
何の障害も無い。全ては上手くいく。
やっと、ようやく。
早く最高のステージに上がりたかった。
貴族学院で、見目麗しくて身分もお金も有るチョロい男の子達を従えて、早く気持ち良くなりたい。
せっかく記憶があるのに、学院に編入できたのは一度目と同じ時期だった。
でも、ここまで来れば努力なんか必要無い。あとは、記憶の通り、男の子達を転がしてやればいい。
第一王子と顔を合わせるための踏み台として、卒業までは、せいぜい優しくしてあげてもいい。
アンディは王子様だけあって何でも買ってくれたし、ジルを連れて歩くのは羨望の眼差しが快感だった。他の女には冷たいモルが自分だけに優しい特別感も良かった。ハロルドはアンディ優先でアンディに遠慮ばかりするからつまらなかったけど、クリスの情熱的な独占欲は満足できた。
また、エリカのものにしてあげる。
舌なめずりをしながら袖を通した、記憶にある制服。
記憶通りの門を潜って学舎へ案内される。
クラス分けのための試験は、あんまり記憶が役に立たなかったけど、記憶とは違うCクラスに入ったけど、些細な違いは今までもあった。
どうせ最終的には、『特別』なエリカが第一王子をもう一度夢中にさせるところに繋がる筈だ。
なのに、だと言うのに───。
あの地味なブス女のニコルは見つからない。記憶にあるBクラスにいるのかと探しに行ってやったのに、同じ学年の何処にもいない。
アンディが生徒会長なのは権力を使ったんだろうけど、あんなにアンディをバカにしていたモルが副会長に甘んじているし、脳筋バカで成績が悪いハロルドまで生徒会役員になっている。ジルは同じ名前で同じ髪と目の色の人はいるけど、どう見てもあのジルじゃない。
クリスは小さくて力が弱かった頃に兄と姉に虐待されてたから、兄姉弟仲は険悪な筈なのに、五学年にいる姉とベタベタしている。
ジルが偽物だからかもしれないけど、目が合えば啀み合ってたハロルドとジル(偽)は気持ち悪いくらい仲が良いし、接点なんか無かったクリスとジル(偽)は互いに愛称呼びの友人同士?
エリカに夢中だったくせに、男の子達の誰もチヤホヤしに来ない!
何なのよ⁉
本物のジルと便利なニコルを出しなさいよ!
「こんなの違う。こんなのおかしい」
エリカは奥歯を噛み締めて、自分を一顧だにしない一度目の下僕達を睨みつけた。
「全然違うじゃない。エリカ」
他国にアンティークの宝石を使った人形の流行を仕掛けたのはニコルです。
父親に企画やデザイン画を渡し、同盟国以外の他国の商人に、ニコルの名前を出さずに提案するよう依頼しました。