16歳の控室
本日三本目です。
夜会に参加するため用意を整えたアンドレア達は、王族専用控室ではなく賓客用の控室の一つを部外者立入禁止で使用していた。
アンドレアの気持ちを慮ってモーリスが手を回しておいたのだ。
「悪い。情けないな」
「いえ。平然としていたら寧ろ頭がイカれたのかと思いますよ」
「丁寧語なのに辛辣」
「はいはい」
落ち込むアンドレアは王族の盛装。モーリスも高位貴族の令息に相応しい装いだ。
ジルベルトとハロルドは、アンドレアの専属護衛の制服を着用している。
クリソプレーズ王国では、王族の専属護衛は抱える王族が私費で制服を作る。デザインも自由だ。現在、アンドレアの専属護衛は二人しかいないので、ハロルドはジルベルトと二人だけのお揃いが着られるこの制服に大変ご満悦である。
「俺は隙無く笑えていたか?」
「それはもう。人前では嫌味なくらい普段通りでしたよ。保証します。ハリーの方が、顔はともかく怒気を完璧に隠しきれていなくて反省対象です」
「ジル様が背中に手、当ててくれたから控室まで保ったけどヤバかった」
モーリスを茶化すこともハロルドに命令することもせず、ジルベルトは、じっとアンドレアの側に控えている。
「あの時、俺が我を忘れそうになる前にハリーがブチ切れかけたから正気を保てたんだ。感謝してる」
「王族をぶん殴るわけにはいきませんが、ハリーなら暴走しかけてもジルがぶん殴れば止められますからね」
「実際あの時、超高速の蹴りが入ってたから止まった」
「は⁉ 見えなかったぞ⁉」
「多分、あの場で見えたの俺とジル様本人と騎士団長だけです」
「君達、無茶苦茶ですね」
こういう時、調整の手腕を発揮するモーリスの存在の大きさを実感する、と他の三人は思った。
天才で年齢に似合わないどころか、「人並みの感情あるの?」と陰口を叩かれるほどに、強靭な精神を持つアンドレア。それでも弱点が無いわけではない。譲れないもの、突かれると心が乱れるものは在るのだ。
ハロルドは、性癖と修行マニアなせいで心身の鍛錬は必要以上に積み、結果も出ている。だが、逆鱗になる事柄は在るし、他の三人ほど感情を隠すことが上手ではない。
ジルベルトは、今回ばかりは当事者でもあるので、下手な台詞は口にしたくなかった。
モーリスは、常に全体を見ている。凶暴になりがちな本質を抱えるアンドレアとハロルドを、信頼する仲間を上手く利用しながら宥め賺し、四人の和が軋まぬように、誰にも気が引ける思いをさせないように、日常の空気に戻して行く。
「兄上が、手を引いてくれて良かったよ」
「そうですね」
「・・・諦めたと思うか?」
アンドレアの零した問いかけに、ヒヤリとした沈黙が降りる。
薄っぺらな台詞は却って不安を煽ってしまうだろうと、無言を貫いていたジルベルトが、主の声に潜む狂しいほどの不安と悲しみを感じ取り、堪らず口を開いた。
「何度繰り返されても結果は変わらない。私が貴方から離れることがあるとでも?」
ジルベルトは跪き、主の冷たくなってしまった手を取る。
「貴方の命令で私を捨てると言うのなら、いっそ自死を命じてください。私の唯一の主は貴方です」
「ジル。俺は───」
──王命でお前を寄越せと言われても従えない。たとえ、反逆罪に問われても──
見えなくても監視が付いていることは感じられる。口に出来ない想いは合わせた視線で伝わるだろうか。
アンドレアは、深く澄んだ濃紫の瞳を覗き込み、偽りの無い変わらぬ忠誠をそこに見つけ、口許が綻ぶのを自覚した。
「一生、俺についてこい」
「言われなくても」
「さて、アンディも浮上したみたいですし、会場に戻りますか」
ぱん、と手を叩いてモーリスが軽い調子で促す。
「戻って飲むか」
「何言ってるんです。君は今日は護衛でしょう」
「ジル様とお揃い着たかったから」
「どうして私が護衛に入る夜会は必ず二人体制なのかと思っていたが」
「ハリーが休暇返上でお揃いを着ようとするからですね」
「お前・・・」
呆れた視線を三対貰って何処吹く風のハロルドは、ワインの銘柄を次々諳んじてはモーリスに脇腹を肘打ちされている。
アンドレアは安心したように苦笑すると、自分より少し背の高いジルベルトを見上げ、片手を上げた。
「これからも頼むぞ」
「ああ」
主と臣下の態度ではなく、幼馴染みの親友同士の口調でジルベルトも片手を上げ、拳をコツンと合わせる。
──私は貴方を守れているか。
自らの不安は誰にも悟らせることなく、ジルベルトはアンドレアの前に立ち、扉を開けた。
15歳のジルベルトが『剣聖』になった場面や、16歳の第一王子とのイザコザは、本編〜乙女ゲーム編〜の回想シーンで詳細が出てきます。