もう二年待ってください
長めです。
説明と『剣聖』という存在の答え合わせ回のような感じです。
テーブルの上に現れた大人の姿の妖精は、土の妖精なのか髪と瞳が明るい茶色だった。
『取り敢えず私が代表で姿を現しましたが、初めて加護を与えた当初から付いていた妖精は、もれなく全員大人になっています。あ、私はジルベルトに加護を与えている土の妖精の一つです』
丁寧な口調とお辞儀で挨拶をしてくれる土の妖精の大人だが、口調や所作は貴族や貴族家の執事というより、サラリーマンぽい。着ているものが、子供の妖精みたいなヒラヒラの布ではなくシンプルなスーツっぽいところも、その印象を手伝う。
「ご丁寧にどうも。いつもありがとうございます」
すんなりと事態を受け入れて、ジルベルトも挨拶を返す。こちらも反応がサラリーマンぽい。
『実は、少し前からジルベルトの妖精は大人になっていたのですが、クリストファーやニコルの妖精も兆しが見えていましたので、タイミングを合わせてお知らせすることにした次第です』
「「え⁉」」
クリストファーとニコルの声が重なったところで、ジルベルトの妖精と同じ姿で髪と瞳が淡い水色と新緑色の二体が姿を現した。
「「ええっ⁉」」
『こんにちは。私はニコルに加護を与えている妖精です。ご覧の通り風の妖精の一つです』
新緑色の方が角度30度ほどでお辞儀をする。やっぱりスーツっぽいものを着ている。
『どうも。私はクリストファーに加護を与えている妖精です。水の妖精の一つです』
淡い水色の方も角度30度ほどでお辞儀をする。やっぱりスーツっぽいものを着ている。
(((妖精は大人になるとサラリーマンになるのか?)))
前世母子の三人が脳内で同じ疑問を浮かべるが、妖精達は構わず話を進める。
『我々が、三人が揃い他者の目に決して触れない場所で姿を現したのは、過去の失敗を踏まえてなのです』
「過去の失敗、と言うと?」
口を開いたのがジルベルトの妖精だったので、質問もジルベルトがした。
『加護を与え、気に入って側で見守り続け、愛しく想い、想いが通じ合ったことに浮かれた妖精が、時と場所を考えずに姿を現したことで、愛する者に苦しみを与える結果になってしまったのです』
「11年前に発見されたフローライト王国の剣聖の妖精ですか」
近年発見され、妖精や剣聖の研究分野を飛躍的に進歩させ、過去の常識を幾つも塗り替えた事柄だ。
フローライト王国は同じ大陸に存在する国ではあるが、クリソプレーズ王国からは大陸の真逆に位置する。国交もほぼ無い国のことなので、民衆にまで広がっている話ではないが、政治や軍事に関わる人間には「フローライト王国の剣聖の妖精の話」は有名だ。
ジルベルトも、外交官の父を持ち、第二王子の側近であり、剣聖を目指す誓いを立てた立場から、その分野の情報は優先的に伝えられていた。
『我々妖精は、力を与えるだけではなく、大人になれば会話が可能で知識や情報も与えられるということを、加護を与えた愛する者以外に知らせるつもりは無かったのです』
ジルベルトは内心驚いた。
会話が可能ということは相応の知能があるということだとは考えていたが、ここまで思慮深い知性を持っているとまでは思い至らなかったのだ。
いくら『剣聖』が国にとって重要で大事な人物だとしても、国家どころか全世界の人類の利益に繋がるであろう知識と比べたら、ソレを得るための道具に成り下がる。
妖精の機嫌を損ねないように、『剣聖』を監禁したり拷問したりはしないだろう。戦闘力の高さを考えれば、どうせできないだろうし。
だが、遠回しな強要や、真綿で首を絞めるような脅迫、ハニートラップ紛いの手法で性対象や恋愛対象にならない人間を近付け、『剣聖』に気に入らせて心理的に操る、などは十分に考えられる行為だ。
その『剣聖』が属する国が、彼を他からはしっかりと守りきれているのなら、それらの煩わしさは軽減されるだろうが、忠誠を誓った主から命じられれば拒否はできない。
『人間達は、彼に加護を与える妖精から望む知識を得るために、彼の主君にハニートラップを仕掛け傀儡としました。彼の主君は当時、国王に即位したばかり。若く経験の浅い王に野心や欲望を持って群がる者が多いのは、どれだけの時代が過ぎ去っても変わらないのです。その中に、現在も寵姫として後宮に君臨する側室がいるのですが、寵姫の願いのままに国王は彼に命じるのです。「妖精の答えが聞きたい」と』
想像はしたが、それは苦しいだろうな、とジルベルトは思った。
覚悟と想いが無ければ剣に忠誠は誓わない。それを行った主が愚者に転落するのは、主の命を守れず死なせるのと同じくらいの絶望を感じるだろう。
けれど、愚者となってもまだ生きているから、いつか忠誠を誓った当時の敬愛する主に戻ってくれるかもしれないと希望を持つ。
主を殺すぞと脅されるより、ずっと効果的で質が悪い。
『我々も馬鹿ではありません。時間をかけつつも、愛する者を守るために、適度に姿を現しながら、答えてやる質問を選別し、無知や気まぐれや感情的な様を装いながら、愛する者に都合の良い加護の仕組みをでっち上げては伝え続けてやりました』
「え・・・?」
今、所々に荒っぽい口調や不穏な言葉が紛れていなかったか?
ジルベルトの額に一筋の汗が流れた。
『フローライト王国の剣聖には、ジルベルトのように同等の力を持って助け合い信頼できる仲間はいなかった。常に多くの監視を付けられていた彼に、本当の知識を与えて訂正することは今でもできていません。妖精の記憶は共有されています。我々は、次に大人になれた者は間違わないよう気をつけろと共有する記憶から伝えられ、対策を話し合って来ました』
「・・・だから、このような状況を選んで姿を現してくれたのですね」
『はい。そして、愛する者を守るために意図的に人間に流した情報ではなく、事実を伝えるために今を選びました』
「なるほど」
ジルベルトは大きく息を吐いた。
伝えられている話とは随分違う。当然だ。伝えられた話も妖精の態度も、全て妖精から意図的に操作されたものだったのだから。
発見されて11年。無知で気まぐれで感情的を装うために、意図した情報を正確な内容で人間達に認識させるのは、効率を求めることもできず時間を要したのだろう。
気まぐれにしか姿を現さない妖精は、人間からの質問内容を理解しきれずに、答えが二転三転するのだとさえ伝わっていた。
けれどそれは、全部彼らにとって『愛する者』である『剣聖』を守るためにしたことだ。
たとえ、人間達から、「会話はできるようだが頭が悪いんじゃないか」などと、事実無根な侮りを受けたとしても。
ジルベルトは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。心の底から感謝します。私達を、私達が守りたいものを守ってくれて、本当にありがとうございます」
ニコルとクリストファーも、ジルベルトに続いて深く頭を下げる。本心からの忠誠を誓う主君を持たないこの二人が守りたいのは、ジルベルトだ。
大人の妖精とは会話が可能だが、気まぐれでいつでも姿を現すわけではなく、気に食わないことがあれば機嫌を損ね、『剣聖』以外の人間には国王相手でも、「お前嫌い」「もう話したくない」「知らない」などと言う。
口調は乱暴で幼くなることもあり、回りくどい言い方は通じない。
加護に関する話だけは饒舌になり、多くの未知の知識も得られたが、「魔法でこういうことができるか」などの質問には、「ハァ? 何言ってんの?」「難しい話わかんない」と機嫌を損ねる。
妖精の態度として伝え聞いているのは、そんな内容だ。
それらが全て、欲に塗れた人間から愛する者を守るための演技だったとは恐れ入る。そして、大変に好ましい。気が合いそうだ。
ニコルとクリストファーは、視線を交わして見解が一致していることを確認した。
フローライト王国の剣聖の話は、広く伝わる機会が無いだけで、別に機密情報というわけでもないため、普段の密談茶会で二人もジルベルトから聞いていた。
三年前からは、件の妖精の指示で、毎年新しい情報が纏められ、『剣聖候補』のいる国には無償で届けられることになってもいた。
妖精側の事情、事実を知れば、その思慮深さと愛情には頭が下がる。
「それで、伝えたい事実とは?」
ジルベルトが訊ねると、明るい茶色の妖精が説明役を買って出る。
『前提として、自我を持ち大人になった妖精が、愛する者を見捨てて離れるということはありません』
「では、性愛や恋愛に現を抜かすと自主的に力を与えることが無くなるというのは」
『愛する者を守るための偽りです。まぁ、我々が愛した者が性愛や恋愛を望んだ事実は一度も無いのですが。それに幼い妖精が“お気に入り”以上の“愛”を覚えるのは、確かに自分と同じ無垢の器を持つ者だけです。我々には性というものがありませんから、幼い内は理解できないものに執着する人間を愛することができません。人間風に言えば、「気に入ったから友達としてはいいけど、感性が合わないから恋人にするなら無し」という感じですね。我々は恋もしませんが』
妖精が大人になる条件としては『無垢な肉体』が必要だが、『剣聖』になってしまえば実は恋愛も性愛も自由だったということらしい。自由を伝えられても、それらを望んだ『剣聖』は一人も存在しなかったようだが。
愛する者を守ろうとする妖精が人間に告げた、偽りの理由は想像できたが、一応ジルベルトは訊ねた。
「何故そのような偽りを?」
『ジルベルトも経験があるでしょうが、格別に多くの妖精に気に入られる人の子というのは、特に性愛を含んだ恋愛に対して幸福な感情を持つことが困難な大人に成長することが多いのです。けれど、“特別な力”を持った彼らを縛るため、その血を一族に取り込むためと、性的または恋愛的な誘いをかけられることが非常に多い。相手が彼らにとって“敵”であれば自衛もしやすいです。でも、彼らの選んだ主君の側が、それらを仕掛けることの方が多い。お前が従える者の“特別な力”を失いたくなければ彼らを守れ、望まぬ行為を強要するな、という警告を与えるための偽りです』
想像通りの答え。
その『偽り』に、ジルベルトが助けられた事案は数え切れない。
だが、妖精の大人がここまで大人だったことに、ジルベルト達は驚嘆した。
その慈しみ守ろうとする姿勢は、まるで愛することを知っている親から子への愛情みたいだ。
もしかして、とジルベルトは思い至った。
「妖精の愛とは、もしや子への慈しみのようなものでしょうか」
『人間で言えば、それが近いでしょう。人間の親は必ずしも子を慈しみ守り大切にするわけではありませんが、我々が愛しき子を己の利欲の犠牲にすることはありません。だから、彼らが性愛や恋愛に幸福を覚えることがあるのなら、嬉しく思いこそすれ厭うことはないのです。もっとも、それを望む者がいなかったために、“妖精との相思相愛”の実情を歪曲して広めたのですが』
それぞれ、思うところがありジルベルト達は沈黙した。
ニコルとクリストファーは、前世では母の愛情を疑う必要も無く感じることができていたが、父や父方の祖父母は自分達にとって危害を加える敵ですらあったし、ニコルは今生の母親から売られそうになり、クリストファーにとって今生の家庭は弱肉強食で命のやり取りをする間柄だ。
二人とも、前世でも今生でも、生まれ持った性質と能力の高さ、敵意や害意に対する察知機能が高レベルに発達していることで、重度と言って差し支えない人間不信だ。
そこに、『人間と違って信じても大丈夫』な愛情を向けてくる存在が、生涯見捨てず『加護』という形で守り、側にいてくれる。
その愛情に応えたら、自分達が相手への愛を失うことはできなくなる。それを、二人は経験上分かっている。自分達を絶対に裏切らないと信じられるジルベルトへの愛を失うことは、今後も考えられないからだ。
──妖精達は、『相思相愛』となる相手を選ぶ時に、本能的に『適性者』を選んでいるのかもしれない。
ジルベルトが思ったのは、それだ。
前世の自分の息子と娘が、確実に裏切らない相手からの愛情しか受け取ることができないタイプだったことは分かっていた。
それは、自分の性質を受け継いでしまったからだということも。
ジルベルトは、前世で子を産み育てることで、『確実に裏切らない相手』だけではなく、『裏切られても構わない相手』への愛情を注ぐことを覚えた。
その経験が無ければ、今生で主への忠誠など誓えなかった。
それでも、ジルベルトもまた、『愛』と名の付く感情を与えるのも受け取るのも、非常に狭い僅かな隙間に潜り込めた心の内に入れた者だけだ。──相手が人間ならば。
自然には偽りが無い。無意識に、ジルベルトの愛情は、この世界では『自然』に向いていた。前世で都会生まれ、都会育ちだったことも無関係ではないだろう。日々、美しい自然を愛で、自然の恵みに感謝した。その想いが、廃れることも失われることも無いだろう。偽りの無い自然相手に、そうする必要は無いのだから。
妖精は、自分達への愛を失えない人間を選別して愛しているのではないだろうか。
人間からの愛は信じられず、自由を告げられても手を伸ばす気が起きない者。人間への興味が極端に薄い者。けれど偽りの無い裏切らない存在ならば愛したいと、根底に飢えを持つ者。
そこまで考えて、ジルベルトは一度思考を切った。
(だからどうした。私やこの子達を裏切らないなら、守れるならば、それでいい。)
「他に、伝えたい事実はありますか?」
『はい。我々に愛された者は、特別な力を得たことで、様々な思惑から命や身柄を狙われます。だから我々の力で毒も薬も物理攻撃も魔法攻撃も効かず、どのような病にも冒されることの無い身体になります』
ちょっと待て。三人は同時に思った。
(((それって最早人間か?)))
「妖精の加護ではなく力で、と言うことは、魔法でそれが可能になっているということでしょうか?」
脳裏に過ぎった疑問は口に出さず、詳しい解説をジルベルトは求める。
『そうです。この世界の毒も薬も、原料は植物か鉱物か生物ですから。我々の力で無効化は可能です。幼い妖精には「毒にやられた、助けてくれ」と言われても力を貸すことしかできませんが、大人になれば我々が共有する記憶の知識を用い、自らで考え最適な力を行使することができるようになります。愛する者の体内には常に我々の力を循環させているので、健康を害する物質は、毒でも薬でも病原菌でも無効化します』
明るい茶色の妖精が一息つくと、新緑色の妖精が続きを引き取る。
『魔法攻撃が無効化される理由は、「魔法は妖精の力を借りて使うもので、幼い妖精より大人の妖精の力が強いから」と、答えを要求された時に人間達には教えました。でも実際は、人間が魔法を使うために妖精から借りた力の使い方が、我々本職の使い方には及ばないからなのですよ。我々が自動で愛する者のために使っている力が、魔法攻撃無効と武器への力の付与だけではないことを知られないために、それらしいことを伝えています』
解説に入りたかったのか、淡い水色の妖精も手を挙げて話し出した。
『密かに使っている力ですが、人間の出せる速度と衝撃での物理攻撃など、我々にとって対応することは容易です。愛する者の意思を無視して勝手に我々が攻撃を行うことはありませんが、あらゆる防御は常に行っています』
常時完全防御展開、物理攻撃全無効、魔法攻撃全無効、毒物薬物全無効、病全無効。
(・・・何処のチートのバケモノだろう。『剣聖』って死ぬんだろうか。死ねるんだろうか。)
並んだ事実に、ジルベルトは歴史上の『剣聖』の生涯を綴った記録を思い出すが、幾つかの『自死』以外は歿状況が曖昧だった。
ただ、「生涯を主君に捧げて尽くした」と記述されるのみだ。
「過去の『剣聖』は、どうやって死んだのですか」
自らが死を望まない限り死ぬことは難しそうな、妖精から『愛する者』への守護。戦うことを生業とする称号ではあるが、寿命で天寿を全うしたという記録がただの一件も見当たらない『剣聖』の死に様。
ジルベルトの問いに答える声は沈鬱だった。
『主君を守りきれなかった絶望による自死が幾人か。主君から恐れられ疎まれ死を望まれ自死をした者が幾人か。残りは───“剣鬼”となり命を散らしました』
「剣鬼?」
初めて聞く言葉に訊くともなしに口から疑問が零れると、沈鬱な声のまま、史実に隠された存在を語ってくれた。
妖精と相思相愛となることで、特別に有用な存在となった彼らを欲する人間は、いつの世も限りなく多い。
彼らを手に入れるために手段を選ばない人間も数限りない。
彼らに守りたい存在がある限り、彼らは人間の世界で深い悲しみと激しい怒り、そして絶望をいずれ味わうことになる。
復讐のために狂った彼らの安寧のために、妖精達は彼らから『心』を喪わせる。
『心』を喪った彼らは死に場所を求め、あらゆる人間との関係を絶ち、人々の前から姿を消す。
愛する者の死と共に、彼らを守護する妖精も世界に還る。
だから、『剣鬼』の死に場所には、自然のエネルギーが不足している地が選ばれる。
荒野、戦場、枯れた森、汚染された海や川や湖。まるで、世界を保つためのエネルギーを補填するように、元『剣聖』だった『剣鬼』は多くの愛情を与えた妖精と共に、命を散らす。
──死体も残さずに。
死体が残らなければ、死亡状況は曖昧になる。
歴史書でも『剣聖』の最期が明確に記録される場合が少ないのは、『剣鬼』となって散れば死体が残らなかったからだ。
気軽に目指したというわけではないが、妖精の口から事実を聞かされると、『剣聖』は自己犠牲に生き自己犠牲に死ぬような存在だ。
ジルベルトは、自分はそれでもいいと思えるが、目指したわけでもないのに『剣聖』同様の存在になってしまうニコルとクリストファーに、『剣聖』のような人生を送らせたくはなかった。
「妖精の『愛する者』となるのは、『剣聖』とイコールではないのですね」
ジルベルトの問いに、新緑色の妖精と淡い水色の妖精は頷き合った。
新緑色の妖精が説明する。
『実はそうなんです。たまたま、初期の頃に我々が愛したのが剣士である時代が続き、記録に残る“特別な力”を持つ存在が“剣聖”と呼ばれるようになりました。華々しい称号が人間の間で有名になったのを機に、剣士ではない我々に愛された者達に、我々は忠告しました。その忠告を聞き入れ、“剣聖”を隠れ蓑に、静かな隠遁生活を送った者もいます』
「『剣聖』でさえなければ、自死したり『剣鬼』として散らなくて済むんじゃ、『剣聖』ってマジで犠牲者じゃねぇか」
思わず言葉の荒れたクリストファーに、淡い水色の妖精は声に悲哀を含ませる。
『そうです。我々は、その記憶をこれ以上増やしたくありません』
クリストファーの肩に手を置いて宥めたジルベルトは、妖精側の希望がそれならばと提案した。
「この国では『剣聖』の称号を授ける役割は国王が担います。今年のフローライト王国からの『剣聖』に関する報告書により条件は刷新され、現在、クリソプレーズ王国における『剣聖』の称号を得る条件は、国一番の剣士であること、我が国の騎士であること、加護を授けた妖精が大人に成長していること、の三つに絞られました。今の私は、公式の剣術大会で優勝することで全ての条件を満たすでしょう。それは年内にも可能です。ですが、『剣聖』の称号を得る時期をあと二年、夜会参加資格を得る年齢まで先延ばししたい」
ジルベルトから出された要望に、明るい茶色の妖精は穏やかな声で答えた。
『大切な存在を守るために、必要な時間なのですね』
「はい。実力だけでは、夜会デビュー前の子供の根回しは効果が低い。それまでは、それと分かる力を人目に晒さないようにしたい。それから──ニコルとクリスに『剣聖』同等の“特別な力”があることは、絶対に知られないようにして欲しい」
ジルベルトの願いは、ニコルとクリストファー本人らも希望することだった。
チート能力はお得だとは思っているが、人の世で生きるのに、過ぎた力を持つことを知られるのはハンデにしかならない。
それに、二人は考えていた。
「俺もそれを望みます。『剣聖』みたいな力を持つ人間が同じ時期、同じ国に何人も出たら『剣聖』の有り難みが減る。ジルが替えのきく存在として蔑ろにされるなんて冗談じゃねえ。それに、俺は自分の本当の力が知られない方が仕事もしやすい」
「私も、“特別な力”が公になることは望みません。私の身分じゃ、これ以上付加価値が増えるのは碌な未来が見えないし、誰にも知られていない方が、イザという時にジルベルト様を守りやすいもの」
明るい茶色の妖精と、新緑色の妖精と、淡い水色の妖精は目線を交わして微笑んだ。
『やはり、三人が揃っている場を選んで良かったです。互いが互いを守り思い遣る、我々が愛する者同士が近く助け合える場所に生きられたことは、過去にも無かったのです』
『もう、愛する者を絶望の中に散らす末路を覚えるのは、我々も辛いのです。どうか、幸せに生きてください』
『我々の内、ジルベルトに加護を与えた妖精以外が姿を現すことは、もう無いでしょう。ですが、いつでも目立たぬように、愛する者を守っています。それを忘れないでください』
新緑色の妖精と淡い水色の妖精の姿が、笑顔で手を振りながら薄れて消えていく。
「いつでも覚えてる。この世界の水や空気の美味さ、緑の鮮やかさ、澄んだ大気の中の炎の美しさへの感謝と賛辞と愛情を、俺が忘れることは無いだろう」
「忘れるわけがない。この世界の植物や湧き水の効能は素晴らしいし、地熱も綺麗な空気も私達の美しさを引き出し磨き上げる力になっているのよ。最大級に感謝して愛してるわよ」
クリストファーとニコルの言葉に、それはそれは嬉しそうな満面の笑みを印象に残し、二つの妖精の姿は完全に消えた。
『では、私も二年後まで姿を消しますね。目立たぬよう、守っていますが』
「はい。今後ともよろしくお願いします」
消え行く明るい茶色の妖精に対し、最後はまた、サラリーマンのような挨拶で締めたジルベルトは、質問を一つし忘れたことに気が付いた。
「・・・どうして妖精の大人はモーリスそっくりの顔なんだろうな」
すっかり妖精の姿の消えたテーブルの上を見つめたまま、ポツリと零すジルベルト。
「それな」
「成長後のやつね」
クリストファーとニコルも応じる。
中性的な整った顔立ちの妖精の大人。髪と瞳の色が力の種類ごとに違うだけで、全員同じ顔立ち。
「モーリスの顔、だったよな」
「だな」
「だね」
疑問は、多分二年後に持ち越しになる。
出会いと再会編は、ここまでです。
幕間を挟んで、〜乙女ゲーム編〜に入ります。