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俺様王子と色悪貴公子の出会い

 その日、ダーガ侯爵家にはクリソプレーズ王国の王妃が第二王子であるアンドレアを連れて訪問していた。

 目的は、学生時代からの親友である侯爵夫人とお茶を楽しみ、同い年の互いの息子に面識を持たせることだ。

 ダーガ侯爵の嫡男ジルベルトはアンドレアと同じ三歳になり、未だ屋敷から出たことが無いにもかかわらず王宮にも将来は国一番の美貌に違いないと名を馳せる人間離れした美童だ。

 艷やかで深みのある漆黒の髪は色合いに反してふんわりと軽やかに風を纏って輝き、何もかもを見透かされそうな濃紫でありながら透明度の高い瞳は、くるんとカールした長く濃い睫毛によって容赦なく魅力を増している。

 白磁よりも白く滑らかな肌は人形めいているが、幼子らしい薔薇色の血色が頬や関節部などに薄っすらと掃かれた様は生者の温かみがあり、造り物の人形であったとしても一目で欲しくなるほどの美に一層執着させる力があった。


「これは確かに、王宮とは言え、おいそれと外には出せないわね」


 テラスに用意された席でカップを片手に、王妃が嘆息混じりに親友の息子を眺める。

 こんなのを外に出したら絶対に良くない者共を招き寄せるし拐かされる。大袈裟ではなくそれが確信できた。


「ええ。使用人でも耐性のある者しかジルの姿が見える場所には入れないようにしているのよ」


 侯爵夫人も困ったように頬に手を当てて嘆息する。侯爵家の現在唯一人の息子だと分かっていても、拐って己のモノにしようとする使用人が跡を絶たず幾人も解雇しているのだ。

 おかげでジルベルトは屋敷の中でも限られた場所でしか行動の自由は無く、厳選されたジルベルトに耐性のある使用人のみがその場所の出入りを許され彼の世話をしていた。

 互いの子供を同性なら友人に、異性なら婚約者にと企んでいた母親達は、赤ん坊の頃から度重なるジルベルトの誘拐騒動に、王族が王宮からの外出を許される三歳になるまで顔合わせを断念するよりなかった。

 王子であるアンドレアよりも、恐ろしいほどに美しいジルベルトの方が外出による危険度が高かったのだ。

 今日は、三歳になったアンドレアの外出許可を得て王妃がダーガ侯爵家まで連れ出すことで漸く叶った顔合わせだ。


「見て、アンディったらジルベルト君に見惚れてすっかり固まってしまっているわ」


 クスクスと口許を扇で隠しながら微笑ましそうに我が子を見守る王妃の視線の先で、クリソプレーズ王国第二王子アンドレアは、風で乱れたサラサラの銀髪を整えるのも忘れてクリソプレーズの瞳をまん丸に見開き、ぽかりと口を開けてジルベルトの姿を凝視していた。

 ジルベルトは初めて見る自分と同じくらいの歳の子供を興味深げに見ていたが、いつまでも動かないので首を傾げ、そっと小さな手を上げて人差し指の先で突付いてみた。


「うわっ‼」


 突付かれて我に返ったアンドレアは飛び退くようにジルベルトから離れると、突如として顔を真っ赤に怒らせ周囲の大人が止める間もなくジルベルトに全力で体当たりをした。

 響く母親達の悲鳴を背景に、ジルベルトが地面に倒れて行く様子がやけにゆっくりに見え、頭を打って目を閉じた瞬間に時間の感覚が戻ってアンドレアは真っ青になる。


「おいっ!」


 駆け寄って助け起こそうとして護衛に羽交い締めにされた。


「頭を打った者を急に動かしてはなりません」


 冷静にかけられた声に強く唇を噛む。

 アンドレアは何でも自分が一番になりたかっただけだ。王宮では兄が何でも一番で自分は二番なことが不満で仕方なかった。今日は同い年の子供と王宮の外で会うのだと言われて来た。王宮の外なら自分が一番だと思っていた。なのに、会った子供が自分より一番に相応しい「特別」を持っていた。こんな美しい生き物を見たことがない。これは一番だ。ずるい、悔しい、そう思ったら堪らなくなって突き飛ばしてしまった。

 怪我をさせるつもりなんか無かった。あの何より美しい瞳を閉じさせるつもりなんか無かった。

 嫌だ、離れたくない、触りたい、自分のモノにしたい。

 泣きじゃくるアンドレアが護衛に羽交い締めにされながら伸ばした手は届かず、横たわったままのジルベルトのために主治医が呼ばれている。


 周囲の大騒ぎを意識の外に、ジルベルトは目を閉じながら「うわー」と脳内に感想を洩らしていた。


(これってアレだよね、入院生活で最後にやってた乙女ゲームの世界だよね。娘がお見舞いに持って来たやつで、タイトルは何だっけ? 結構ぶっ飛んだやつだったような。あ、そうだ。「妖精さんにおねがい♡〜みんな私を好きになる〜」だ。今日顔合わせたの、どう見てもメインヒーローの俺様王子だよね。てことは、ジルベルト・ダーガの私は色悪貴公子か。待て、待ってくれ、TS転生か? いや、無理。女として生きた記憶がガッツリ戻って女とアレコレは無理。無理無理無理。え、どうしよう。どうする?)


 目を閉じながら眉間にシワの寄っていく美童の様子は儚く苦しげに見える。

 その内心を知らなければ。


(あー。マズイ。色悪貴公子路線に向かわなくても侯爵家の嫡男なら結婚して跡継ぎ作らないとならないよね。できるの? 子作り。三歳児が将来勃つかどうか真剣に考えなきゃならないってどういう状況だ。うわぁ、どうしよう。ストーリーを思い出せー。ジルベルトにはまだ生まれてないけど弟がいた筈。早々に家督を継ぐのは弟ってことにしてもらって、弟に当主教育を施してもらおう。成人してから子作り不可能だと決定したら手遅れだし妻や婚約者が被害者過ぎる。)


 苦しげに呻く美童は周囲の涙を誘っているが、苦悩の原因は将来男としては不能になりそうな自分の未だ存在しない被害者への先走った罪悪感だ。


「医者は! 医者はまだか!」


(けど理由がなぁ。嫡男の立場を放り投げる結果になるのだから、家にも親にも後継者となる弟にも迷惑のかからないようにしたい。えーと、ジルベルトって第二王子の側近だったよね。側近として全力を尽くすためだとしても原作通りの文官系じゃ妻がいるのが当然だよなぁ。あ、原作で求婚エンドにならない側近もいたな。脳筋騎士だっけ。「武の道を極めるのに妻子は不要」って自分(ジルベルト)がいつも読んでた『剣聖』の絵本にも書いてたし。せっかく男に生まれたんだから鍛えまくるのは楽しそうだな。よし、そっちだ。決めた!)


「ジルベルト様、失礼いたしますよ」


 聞き慣れた主治医の声がして瞼を指で押し上げられ、ジルベルトは意識を外側に戻した。


「わたしは、だいじょうぶです」


 たどたどしい幼子の声が自分から発せられることに違和感を覚えつつも、ジルベルトは主治医の手を借りてゆっくりと起き上がった。

 前世は、こことは異なる世界の日本という国で生きて死んだ。女性として生まれ、44歳で病死するまでに結婚もしたし息子と娘も産んで育てた。その記憶が、たった三年のジルベルト・ダーガの記憶としっくり融合している。

 ここが、入院中に見舞いに来た娘や息子の協力を得て全ルートをクリアした乙女ゲームの世界っぽいことも自覚して。


「アンドレア殿下、尊い御身を指でつくなど、失礼もうしわけありませんでした」


 前世の記憶のおかげで言葉は以前より滑らかに出てくる。

 立ち上がったジルベルトが今生で習った貴族が王族に対する礼を取ると、護衛が羽交い締めにしていたアンドレアを放した。

 すぐに駆け寄ってアンドレアはジルベルトの両手を取り握る。


「気にするな。おまえはわるくない。ジルベルト、おれの『そっきん』になってくれ」


 母である王妃から聞かされていた、今日会う子は自分の側近候補だと。側近は、ずっと自分の側にいてくれる人間のことだと知っている。だったら候補なんかじゃなくていい。ジルベルトは側近にする。絶対だ。もう決めた。


「はい。アンドレア殿下」


 にこりとジルベルトが笑うと耐性のある主治医や厳選された使用人達も息を呑んだ。王妃が連れて来た護衛や側仕えやアンドレアは魂を奪われたように惚けて固まった。


「あらあら、大丈夫かしら」


 おっとりと首を傾げる王妃と、無事に顔合わせが済んで安堵している侯爵夫人、そして危険物レベルの美貌を持つ自覚は未だ足りないジルベルトだけが通常運転だ。

 ともあれ、こうして一見原作通りにアンドレアとジルベルトの顔合わせ及び側近決定は終了した。

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