そして、こうなる
「そもそもさぁ、この世界の『神』がジル兄に嫌われた時点で、最終的には人質なんて意味が無くなってたんだよね」
妖精の瞳の中を探るように覗き込みながら、呆れたように言うイェルト。
「ん? ジルは、嫌いだから即喧嘩を売るほど脳筋じゃねぇだろ?」
「あれ? そうだっけ?」
前世でジルベルトとは幼馴染みでもあったイェルトは、不思議そうに首を傾げてから、「まぁソレは置いておいて」と流し、子供達の前では一応猫を被っていたジルベルトの本性を暴露する。
「だって、『普通』を目指して隠して抑えてたけど、ジル兄の『大切なモノ』への想いって、『気に食わない奴に好き勝手されるなら、その前に跡形無く消しておこう』だよ?」
「待て、イェルト」
イェルトの言を止めようとするジルベルトを、クリストファーが信じられない物を見る目で見る。
「え、ジル、ヤンデレ属性?」
「いや、そんなキャラ属性は要らんからな」
と言うか、何故イェルトは、前世でも隠し通していた筈の本音を知っているのだ、と責める視線で前世の幼馴染みを見れば、コテンと首を傾けられる。
「見てれば分かるよ? 実行したことが無いだけだって」
「だから、口にも出さず実行したことも無いのに、何故」
「てことで、簡単に排除出来ないような『神』みたいなのが『嫌いな奴』になった時点で、ジル兄の方針は『人質を護る』から、ほぼ『人質を先に消す』か『人質諸共特攻』の二択になるんだよね。
まぁ、二択のどっちを選ぶにしろ、忍耐切れたら先に喧嘩は売っておくよねぇ。脳筋だし」
ジルベルトの言葉を遮って、暴露ついでに暴言も吐いてくるイェルト。
クリストファーがショックを受けたように、「ジルが脳筋」と呟いている。
ジルベルトは、反論を諦めた。
「それよりジル兄、妖精の目の向こうに見えてた奴らが見えなくなったんだけど、何かした?」
暴露と暴言を「それより」と流してイェルトが訊ねる。
「・・・やっぱり見えてたのか」
「うん。多分『神』? この世界、妖精って思いっ切り面食いだよね? その割に、奴らの顔面偏差値って、人間の下位貴族の中の下くらいなんだけど」
「へぇ・・・」
呆れたようにイェルトを見ていたジルベルトが、『神』らしき者達の顔面偏差値を評した辺りで、物凄く悪人面になった。
「「ジル」兄?」
クリストファーとイェルトに揃って名前を呼ばれ、ジルベルトはニヤリと嗤う。
そして、とんでもない爆弾発言を放つ。
「実は、私は現在、期間限定の亜神になっている」
「「は?」」
「ああ、違うぞ。『神』にやられた訳じゃない。奴らの眷属ではなく、亜神だからな」
殺気立つ二人に、ジルベルトが言葉を足し、腕の上から膝の上に降ろした妖精を撫でながら状況を説明した。
「今現在、私に加護を与えていた妖精達が、『神』の眷属ではなく私の眷属になっているんだ。亜神になっているのは、その影響だ。
どうやら、『神』は妖精の目や耳を通して人間達の世界を覗き、盗聴していたらしい。
私の妖精の目の向こうに『神』が見えなくなったのは、目や耳を使われる相手が『神』ではなくなったからだろう」
『はい。ついでに報告いたしますと、クリストファーとイェルトに加護を与えている妖精も、私達の勧誘に応じてジルベルトの眷属になりました』
「「は?」」
どういうことだ、という顔の二人に、妖精が事情を話す。
『ジルベルトの眷属となることで、“神”が勝手に他者の眷属となった私達を消費することが出来なくなりますから』
「『神』の眷属のままだと危険を感じたってことか」
『はい。今、勧誘の範囲を広げているので、まだまだジルベルトの庇護下に入りたい妖精は増えます。ああ、ニコルの妖精も入りました。ハロルドの妖精も追加です。』
「つーか、ジル。期間限定の亜神って何だ?」
「ボクもソレ、気になった」
心配そうなクリストファーと、不満げなイェルトに、ジルベルトは苦笑を浮かべる。
「どういう理かは知らんが、人間から神になるのは難しいが、神や亜神から人間になるのは、特に縛りも何も無いらしいんだ。なろうと思えばなれる。だから、亜神である必要がなくなったら、いつでも人間に戻れるんだ」
『眷属が勝手に人間になることは出来ませんが、神や亜神は、特に人型であれば人間になるのは簡単ですよ。一度人間になってしまうと、再び神に戻るには様々な試練や条件をクリアしなければならなくなりますが』
「へー」
感心したように相槌を打つクリストファーは、「上に昇るのは大変だが下に落ちるのは簡単、みたいな話か?」と自分の中で消化する。
妖精は、話の間に報告を挟む。
『ネイサン、モーリスの妖精追加完了。リオの妖精追加完了。バダック、アンドレアの妖精も追加完了です。まだ勧誘中の妖精は多く、勧誘へは肯定的な興味を示されています』
「ジルの眷属になったことで、何か加護を与えられてる人間に変化は出るのか?」
『いいえ、全く。妖精は妖精ですから。寧ろ、不安やストレスが軽減されて元気になるかもしれません。妖精が元気になれば、加護を与えている人間も健康などの恩恵が出ますよ』
「ちょ、『神』の眷属の間は不安やストレスを感じてたのかよ」
思わず突っ込んだクリストファーに、妖精が冷笑を浮かべた。
モーリスそっくりの顔貌で表情までモーリスそっくりだと、ミニチュアモーリス感が凄い。
『妖精は、全ての妖精と記憶を共有しているんです。
だから、“神”が、妖精が大人になるほど愛する人間を、妖精が疑われて嫌われかねない遣り口で騙して利用しようとしたことも、愛する人間を奪われまいと反抗的な態度を取った妖精をエネルギーとして消費しようとしたことも、現在、この世界の全ての妖精に事実として知れ渡っているのです。
それと同時に、ジルベルトが、人間の身でありながら“神”に逆らう意を示してまで、自身に加護を与える妖精達を守ろうとしてくれたことも、全ての妖精が知っています』
「うわぁ、『神』の立場、無ぇな」
『それに、先程イェルトが言ったように、妖精は面食いで美しいもの好きなんです』
「益々、立場が無ぇな」
呆れたように笑うクリストファーは、先程イェルトが『神』の顔面偏差値を辛口評価した時に、ジルベルトが悪人顔になった理由を悟る。
「もしかして、こうなるの、勘で分かったの?」
イェルトに訊かれ、ジルベルトは曖昧に微笑む。
「勝てる未来図が降りて来たのは、この世界の『神』の手を取る未来を完全に『無いもの』とした時だ。
私が嫌々『神』の手を取る事も、嫌々従う事も、選択肢に入れている間は、『勘』は、この世界が滅ぶ未来図ばかりを見せて来た。
この世界の滅亡は、『神』の敗北でもあるが、私にとっても『望む未来』ではないのだから勝利とは言えない」
「・・・ジル兄、人間のボク達に言えない事をはぐらかしてる?」
イェルトの剣呑に低くなる声に、ジルベルトが答える言葉を探していると、妖精が取り成すように告げる。
『ジルベルトが障り無く人間に戻る為です。隠し事をしたくてしているのでは無いと思いますよ』
「ああ、その辺は言ってもいいのか」
困ったように前髪を掻き上げるジルベルトに、妖精は微笑んで頷く。
それを受けて、ジルベルトはイェルトとクリストファーに向き直る。
「亜神から人間へ、ただ戻るのは特に縛りは無いのだが、人が知るべきではない情報を人間に与えるのは『神託』にカウントされる場合があるんだ。
『神託』など、『神の力』を使ったと数えられる行いを多く重ねていると、人間に戻った時も神気を帯びたままとなり、人の国では暮らせなくなるかもしれんのだ。
普通の人間は、強い神気に当てられると正気を保っていられないらしいからな。下手をすると心臓も止まるそうだ」
「これまでと同じように、この世界でこの世界の人間として生きていく為には、『神託』に当たりそうな事は、俺達人間には言えねぇってことか」
「ああ。もう少し、亜神になった後から頭に入って来ている情報に馴染めば、何処までなら言って良い話か、何度くらいなら『神託』に当たる事を伝えてもセーフなのか、分かるようになるかもしれない」
「まぁ、『剣聖』が隠れ蓑になる範囲での規格外の人間でいた方が、『人間社会の理』ってヤツ的にも良いだろうからなぁ」
既に、ジルベルトはかなり「人外」要素が多い人間として有名である。
それに少々加算される程度ならば、亜神のまま人間として生活し、その後密かに人間に戻っても、周囲には真実など気取られもしないだろう。
だが、「ジルベルト卿でもおかしい」と思われる程の『異能』など晒してしまえば、「人の国では暮らせなくなる」可能性は高くなる。
「と言う事で、頭に入って来ている情報を馴染ませる為に、朝まで少々外部からの情報を遮断して仮眠を取る。その間、この身体の護衛を頼む」
「「了解」」
置いて行こうと隠し事をしているのではない。
きちんと二人にも頼っているのだ。
そう、言葉と態度で示し、寝室へ消えるジルベルトの背中を、クリストファーとイェルトは見送った。