結局こうなる
『至極当然の意見だと私達は思いますが、残念ながら、妖精の持つ情報の中には答えがありません』
イェルトの視線が自分を見ているのではないと感覚的に分かるのか、妖精は臆する事無く答える。
そして、集中するように瞳を閉じ、しばらくの間、「うーん」と困ったように唸ってから目を開けた。
『先程のジルベルトの疑問の答えを持っているのは“神”で相違ありません。ですが、それを答えることは、異世界、この場合ジルベルト達が元居た世界のことですが、そちらの世界の理に抵触する内容となりますので、この世界の“神”が勝手に人間に教える事は出来ない、と』
「聞きたければ人間を辞めろと?」
濃紫が剣呑に眇められ、妖精は頭を振った。
『それは流石に、言い出したら眷属の妖精達ですら止めます。
取り敢えず、眷属化に固執していた理由の一つ、と言うか、言い訳、でしょうね。眷属化すれば人間ではなくなるから、此方の事情も含めて色々と説明が出来た、とのことです』
異世界の神々の事情など聞きたくも無いし、聞いてやる義理も無いだろう。
そう、この場の人間達は思う。
元々が、信心深さとは無縁の生き方をしていた転生者でもある。
神だから、というだけの理由で配慮をする気になるような人間は、この場に一人も居ない。
冷ややかな空気を纏う人間達に、妖精が遠慮がちに訊ねる。
『妖精の持つ情報と、私の私的な意見を併せたもので良ければ、聞きますか?』
「是非」
そちらの方が、今更『神』から「真実の話だ」と前置きして聞かされる話よりも余程信頼性が高そうだ。
『私達妖精は、自分達が選定した形になっている転生者の魂のものであっても、元の世界の神が創った魂の特質までは分かりません。
ですが、もしも個人の持つ魂の特質をこの世界の為に使おうと目論んでいるならば、個人を世界と同化してしまえば叶う可能性が高くなるだろうな、とは思います』
「世界と同化、ですか?」
『はい。魂に付随する特質は、本来は個人だけに作用する類のものです。ですが、その個人が世界と同化し、世界そのものの一部となれば、個人の魂が有する個人に作用する特質が、世界に作用するようになる可能性は高いと言えます』
「神の眷属化が、世界との同化と言う事でしょうか」
『厳密には違いますね。
特に、先程の“神”の話では、ジルベルトの眷属化は「再生機能付きの不死身の身体に改造して物理的に地上の掃除」のような役割を課すタイプにする、と言う事でしたから。
そのタイプの眷属ですと、我々妖精のように、「世界を癒やす為に自分達のエネルギーを世界へ注ぎ、自分達の一部が日々世界と同化していく」タイプではありません。
逆に、「役割の為に世界からエネルギーを分け与えられて、世界の一部を己に同化させる」タイプの眷属となるでしょう』
妖精の話を聞きながら、ジルベルトは何となく、「自分が先に死んだら飼い主の一部になりたい犬」と、「飼い主が先に死んだら飼い主を自分の中に取り込んでしまいたい犬」の差を思い出していた。
「厳密には違うならば、仮に私を眷属化したところで、私の魂に付随する特質を、この世界の為に使えない可能性もある、と?」
『そうですね』
「その場合、目論見通りに行かなかったからと、私が消されたり、この世界の修理の為にエネルギーとして消費されるような事になりますか?」
『もしも“神”がそのような選択をした場合、ジルベルトに加護を与えていた妖精達は、全てが邪に堕ちるでしょう』
・・・「なりません」という否定はしないのか。
この世界の『神』は、同意も得ずに異世界から転生させた魂を、勝手に望まぬ眷属化をした後、それで狙った結果が出なければ「エネルギー塊」として消費しかねないような存在と言う事だ。
「何故、私に加護を与えていた妖精が邪に堕ちるのでしょうか」
『妖精は、愛する人間が望まぬ生き方をする事に、とても、とても、苦痛を感じるからです。
もしもジルベルトが私達妖精の同僚となれば、妖精全体の仲間にはなりますが、貴方に加護を与えていた妖精達は、常に貴方の側に居ることは出来なくなります。
それだけでも、とても悲しい。
その上、貴方を“神”によって失うなど、貴方を愛する妖精達に耐えられる苦痛ではありません』
妖精は、加護を与える人間が望まぬ生き方をする事が苦痛。
そういう性質があるようだ。
だから、ジルベルトに加護を与えている妖精は、『神』の眷属でありながら、『神』が望んでいる「ジルベルトの眷属化」を阻止するような動きをしているのか。
まぁ、普通に考えて、「愛する相手が望まぬ生き方を強いられる状況」を喜ぶ、という感性は特殊だろう。
「この世界の『神』は、過去にも似たような事をしていますか? 人間を眷属化して、失敗だったと処分や消費をするような真似です」
『いいえ。人間を眷属化すること自体が、初の試みの筈です』
「なるほど。でも、貴方から見て、この世界の『神』というのは、初の試みに失敗したら、眷属の処分や消費をしかねないのですね?」
『・・・はい。これほど何度も愛する人を、騙すように望まぬ生き方に誘導しようとする姿を見れば、その印象を持つのは避けられなかった事です』
これは、ジルベルト達に聞かせていると言うよりも、『神』への申し開きか。
「この世界の『神』は、妖精が『神』の指示通りに人間を騙さなかったり、妖精の愛する人間に『神』が危害を加えることに妖精が否定的な意見を述べることで、眷属である妖精を処分しますか? だったら、最低のクソ野郎なので、一切の協力を拒みたいのですが」
『!!』
妖精の瞳が、大きく、大きく瞠られる。
その瞳に映る感情が、目まぐるしく変化するのは、表に姿を見せない『神』が、裏で妖精にゴチャゴチャと捲し立てているせいだろう。
これまでの話を総合すれば、『神』が人間に手出しするには「世界の理」に反しないよう条件を満たす必要があるように思える。
だが、人間ではない『神の眷属』であれば、『神』は大分、好き勝手に扱うことが出来るのだろう。
ただでさえ、この世界の『神』が、ジルベルトが好ましく感じていた『世界』や『自然界』ではなかったと知り、話を訊くほどに、其奴は「嫌いなタイプの輩」であることへの確信が募っていた。
おまけに「眷属化」の目的の一つが、「好き勝手に搾取出来るようになるし、文句を言うなら簡単に消せるから」だと知れば、出来る限り穏便な解決法をと探りながら耐えていた忍耐力も、いい加減に切れる。
視界の端に、ジルベルトがキレたことを察したクリストファーが、「あーあ」という顔をしている様子が映る。
妖精の見開かれた瞳に映る感情は、最初の「驚き」や「ジルベルトへの感謝と喜び」から、「怯え」、「悔しさ」、「怒り」、「失望」、「憤り」、「奮起」、「拒絶」、と移り変わって行く。
妖精は、許容量を越えた負の感情に侵食されると邪に堕ちるのではなかっただろうか。
このまま妖精が、『神』への怒りや失望や拒絶の感情を膨らませて行くのは危険な気がする。
「おいで」
ジルベルトは、感情の移り変わる瞳を瞠ったまま黙して口を噤む妖精を、そっと抱き上げて、自身の腕の上に座らせた。
「大丈夫。お前達は私の側に居ればいい。消される時も一緒だ。
そして、私が『神』によって消される時は、この世界も共に、終焉となる。
だろう? イェルト」
「当たり前でしょ」
イェルトが、ジルベルトの腕に座る妖精の瞳を至近距離で覗き込む。
そして、飼い主に倣って喧嘩を売る。
イェルトには見えているらしい、妖精の瞳を通して向こうに存在する相手に。
「そもそもさぁ、本当に本気で世界の修復して世界を滅亡から救う気があったの?
狙った特質を持った魂の眷属化が、行き当たりばったりで確実性も無い『言い包めて飼い慣らす』なんて舐め腐りで達成出来るつもりだったとか。
その魂を眷属化出来たとしたら、世界が救えるかもしれないとか、計画からして仮定だらけじゃん」
イェルトの突っ込みには、「お前ら馬鹿だから、こんな風に平易な言葉で単純ストレートに言わなきゃ理解できないだろう?」という、嫌味と皮肉が込められている。
もしかすると、イェルトは妖精の瞳を通して見えているだけでなく、ジルベルトが雰囲気だけで感じ取っていた「妖精への脅しや罵詈雑言」も、内容や口調までが、ハッキリと聞こえていたのだろうか。
これは多分、聞こえているな。
喧嘩の売り文句が、やけに具体的だ。
イェルトの言葉を受けて、ジルベルトも分かりやすく例えてみる。
「盗品が換金出来たら、賭け金が手に入る筈だから、それで博打を打って勝てば、莫大な借金を返せるかもしれない。と言う事か。酷い計画だな」
妖精を腕に乗せ、これまでは、強気に出ようが「交渉」のスタンスを取っていたジルベルトが、イェルトと共に喧嘩を売り始めたことで、クリストファーは悟る。
キレたジルベルトが、腹を括って、己に加護を与える妖精達は、懐に入れたのだと。
そして、この世界の『神』には、見切りをつけたのだと。
クリストファーが、安堵の心と凪いだ眼差しで悟っている間、ジルベルトは、この世界を一つの船に置き換えて思考していた。
この世界は、既に沈みかけの泥舟だ。
これまで妖精を通して『神』が誘導しようとした方向を見れば、『神』が躍起になって気にかけているのは、「『世界』という船が船の体を成しているか」だけに思える。
人類滅亡を避けたいのも、慈愛などからでは無いだろう。
単純に、「人類」が全て滅亡してしまえば、この世界が「世界」の体を成さなくなるからだ。
この世界に於いては、「人類」というのも「世界」の構成要素として必要不可欠な一つなのだろう。
船に置き換えれば、客船か。
だから、船の体を成す為に、船体と船員と乗客が必要、という話だ。
その為に、人類滅亡という「乗客ゼロ状態」は避けたいだけで、船長が優先するのは、あくまでも「客船」という「船の体を成した船」が沈まないことだ。
その為ならば、船長は、一部の船員や乗客への暴虐も厭わない。
船の修理の為に、乗客を騙したり脅して船員として働かせ、用済みになれば、逆らう船員達と共に殺して、泥舟の穴を塞ぐ泥にするつもりなのだ。
この世界は、そんなヤバい船長が全権を握る船に等しい。
この先、船の修理に手を貸すことになるとしても、まずはヤバい船長をぶっ殺しておくのが先だろう。
ジルベルトの行動原理は、前世から少々脳筋寄りである。
だから、この世界の『神』に「嫌いなタイプ」という印象を持ったとしても、何かしら、ジルベルトが「降って良し」と思えるような、「お前スゲェな! 嫌いだけど認めるぜ!」的な要素が感じられたならば、眷属化の道も無くはなかった。
だが、この世界の『神』には、「ジルベルトの忍耐が限界になってキレる」というタイムリミットまでに、結局ソレが何一つ見つからなかった。
計画とも呼べない杜撰な企み。
反抗パターンも碌に考慮していない舐め腐った方策。
それらを自分達は隠れたまま、妖精の裏から、行き当たりばったりに投げて来る。
しかも、上位の立場に在り権力権能を持つだけで、それに付随する責任は、下位の存在に権力で押し付けて取らせようとする。
ジルベルトにとって、相容れないタイプのクソ野郎である。
地球の神話でも、神殺しの話は種々様々に語られていた。
神を殺すことで、呪われたり人間ではなくなる系の話が多かったかもしれないが、相容れないタイプのクソ野郎に「泥舟修理用パテ」にされる未来よりはマシだ。
ふと、ジルベルトは思い付く。
眷属を処分して泥舟修理用パテにすることが出来るなら、『神』を修理用パテにしたら、どれだけ大きな穴が塞げるだろうか。
ニヤリ。
ジルベルトの口角が吊り上がる。
「イェルト」
「うん」
「クリス」
「おう。置いて行くなよ」
「ああ。大丈夫だ」
だって、見えているから。
鮮明な映像で、自分達が、派手な喧嘩に勝っている未来が。
結局、ジルベルトは、嫌いなタイプでしかない『神』に喧嘩を売りました。