想定内の『黒幕』
ジルベルトは『神』に対し、かなり強気に出ているが、相手を侮っている訳では無いし、怒りで頭に血が上って理性を欠いている訳でも無い。
真っ当な交渉相手としての信用は皆無だが、『神』が「人間など如何様にも扱える力を持つ存在」だと言う事は念頭に置いている。
それでも強気に出ているのは、真っ当な交渉相手として信用出来ないから、ハッタリをかましているのが理由の一つ。
それから、自分の魂が、前世から『神』の勝手な都合で使う為に狙われていたと知ったことが、二つ目の理由。
人間が把握出来るような能力的なスペックという点ならば、前世の自分よりも余程高い面々が、転生者にも、この世界の人間にも幾らでも居る。
おまけに、『神』は、石を投げて「この世界の純正品」の人間型眷属を創った実績もある。
にも関わらず、ジルベルトを眷属化して使う事に固執しているならば、人間には分からない特殊な要素が『この魂』には付いているのではないかと踏んだ。
そして、その『特殊な要素』はきっと、それなりに珍しいものだろう。
元の世界では「それなり」の珍しさでも、この世界では、「そもそも存在しない」や「『神』でさえ創り出せない」程に。
三つ目の理由は、『神』であっても「世界の理」には縛られて動いているらしい事。
『神』が望み、ジルベルトが望んでいない「ジルベルトの眷属化」を強行した場合、「イェルトの魔王化と世界の滅亡」という未来が、確実なものとして『外れない勘』で見えているが、『神』はイェルトの排除に『神』らしい力を振るっていない。
多分、振るえないのだ。
それは、「世界の理」に縛られているからと言うだけでなく、『神』の力を振るってジルベルトの『切り札』となっているイェルトを排除することで、『世界』が修復不可なところまで壊れるからだと思われる。
その『世界』には、「人類」という要素も含まれているようだ。
現在、『神』は、ジルベルトに対する人質を所持しているような状態だろう。
だが、イェルトも、『神』に対して『世界』という質を取っている状態だ。
この先も自分達が無事でいられる保証は、無い。
『世界』の修復が進み、『神』が直接に人の世界へ手を出せる状況になった途端、「神罰」と称して鬱憤を晴らされる可能性も、否定出来ない。
だが、現状を越えなければ、それらの未来さえ、多分やって来ない。
その予感が、最後の理由だ。
前回、落雷事故により妹を失って世界の時を戻した『黒幕』が、今回は、自称帝国が追い詰められることによって「妹」が危機に瀕した時、再び世界の時を戻そうとする懸念は大いにある。
それが実行されてしまった時、結果は、「世界の時がもう一度戻る」のではなく、「世界は壊れて終わる」のではないか。
そんな、予感があるのだ。
何れにせよ、ジルベルト達が『黒幕』と呼んで警戒していた存在の排除は、こちらの目的とも重なる。
更に、排除する相手が自称帝国の要人ならば、こちらの目的とも合致するだろう。
だから、「その人物」の詳細情報を聞くこと自体には、元から問題は無い。
ただ、従順に要求を飲む形で話を聞き始めることは、信用ならない相手と交渉を続ける事になりそうな今後の為に、避けたかった。
妖精は、ジルベルト達の態度に、寧ろ好意的な表情を向けてから、静かに話し始める。
『その人物は、現在、貴方達が自称帝国と呼ぶ国の王、自称皇帝と呼ばれている人間の男の子供です。国内での立場は皇太子。名は、ダンテ・ビセント・メメット。年齢は現在31歳です』
メメットは、自称帝国が帝国を自称する前に、古代王国の王家墳墓遺跡の真上に在った小国の王家の名だ。
現在の皇族を自称する一族の姓となっている。
奴らが自称する、もっと長ったらしい姓もあるが、他の国々では認められていない為に「自称」でしかない。
この場で妖精までが、「メメット」としか姓を口にしなかったと言うことは、この世界的にも奴らの自称する姓は認められていないのだろう。
現在の自称皇帝は、ノルベルト・ドミンゴ・メメット。年齢は54歳となっている。
ダンテは生き残っている王子の中で最年長であり、母親は不明だ。
自称帝国の王子や王女の生母達は、名前も存在も表に出ない。
彼女達が、国外からの拉致被害者、もしくは違法な人身売買組織を経て売られて来た犯罪被害者だからだ。
自称皇族の母親達は、一応は「妃」と呼ばれるが、名ばかりの囚人かつ産み胎であり、殆どが一人子を産むと処分されるらしい。
ダンテは、自称皇帝であるノルベルトの補佐として隣に立つ姿を、国内ではよく目撃されている。
自称帝国内の噂では、「穏健派」だと言われている王子だ。
母親の出身国さえ判明していないが、濃い青の髪に淡い灰色の瞳の美しい男であり、妃が居るという情報は入っていない。
「ダンテが時を戻すほどに溺愛する妹は、二人の内どちらですか?」
『末子のアグネッタ・リーゼ・メメットです。今年17歳になります。ダンテの異母妹に当たります』
転生者だと言う「妹」は、クリストファーやイェルトと同い年だ。
アグネッタは、国内の公式の場にも滅多に姿を見せることが無い。
豊かに波打つ金髪に薔薇色の瞳の、人形のような美少女と言われている娘だ。
彼女も、母親は何処の誰なのか不明である。
「アグネッタが今の魂になったのは、いつのことですか?」
『アグネッタが生まれた時です』
妖精の答えを聞いて、ジルベルトは、ふと閃く。
「もしかして、前回の時が戻り、今回になった点は、アグネッタの誕生の瞬間ですか?」
『はい』
「時が戻るのは、魂を捧げて願った者の願いが叶う時点、でしたよね?」
『はい』
「それは、一人でも、複数人でも、全員の願いが叶う時点ですか?」
『はい』
一人でも・・・?
ジルベルトの中で、疑念がモヤモヤと不確かな形を成し始める。
「前回の世界の時を戻したことで発生した転生者は、全部で何人ですか?」
『九人です』
ジルベルトが、これまで把握していた転生者の人数が八人。
アグネッタを加えて九人だ。
「・・・それは、魂を対価に妖精に『やり直し』を願った者も合計して、でしょうか」
『はい』
という事は、新たな転生者は、これ以上出て来ない。
「以前の質問の答えでは、妖精への願いの対価は魂に限らないという話でしたが、魂以外の対価では『やり直し』は叶わなかったのでしょうか」
『いいえ。やり直したい、という願いだけならば聞き届けられます。ただ、戻る時点の願いに関しては、“自分自身”でやり直す事は叶わなくなる、“魂を対価にした者”が優先される為、運が良ければ叶う、という程度になります』
大分、ヒヤリとする答えが返って来た。
ジルベルトは、次の質問の内容を慎重に考える。
質問が、妖精の背後に居る存在に「引っ掛かりを覚えられる内容」になっては困るからだ。
ダンテを手遅れにならない内に排除する為に、ダンテは全容を知っているであろう、「世界の時を戻す方法」の具体的な手順を、多少は把握しておきたい。
だが、下手な質問をして、答えを得て、この場でソレを聞いてしまった者達が、「世界の時を戻す方法を知る者」だと『神』に判定されてしまう事を、ジルベルトは警戒している。
『神』は、人の手から「世界の時を戻す方法」を完全に失わせたいと匂わせているのだ。
もしも、ジルベルト達が、ダンテを殺して石板を消し去り、依頼は無事に完遂した形となっても、『神』がジルベルト達を「その方法を再現可能な人間だ」と判定したら、どうなる?
ダンテと同じように、命を奪うことで排除されるのも避けたいが、「人の手から完全に失わせる為だ」と屁理屈を捏ねて、人間であることを辞めろと迫られるのではないか?
既にジルベルトは、『神』を全く信用していない。
だから、最大限に警戒しつつ、取り敢えず一つ質問をした。
「今回のダンテは、アグネッタが転生者だと、前回のダンテは、彼女が魂を捧げて『やり直し』を願ったと、知っていますか?」
『いいえ』
ジルベルトは息を吐き出して、考えをまとめる為に沈黙する。
世界の時を戻す方法。
前回から今回への世界の時間の移動を、世界が時を戻した『一度目』だと思っていた頃にジルベルトが立てていた仮説は、「自ら願って魂を捧げる生贄が一定数必要であり、それを集める為に『黒幕』は各地で唆して回っていた」、というものだ。
実際に時を戻すには、自ら望んで魂を捧げた者以外にも、数多の人命や妖精の命がエネルギーとして必要だが、どれほど未来から戻るのだとしても、世界は「儀式の参加者の自覚を持ち、自ら望んで魂を捧げた者達」全員の願いが叶う時点に戻る。
そのような法則なのではと、考えていた。
だが先程、妖精は答えの中で、魂を捧げて願うのは一人でも戻る時点の願いが叶うと言った。
前回の世界は、世界の時が戻った「1回目」ではなく、既に古代の王族が幾度も邪法で時を戻した世界の、古代王族による邪法で戻った最後の時間から開始された、『一度目』だった。
魂を捧げる生贄が一人でも可であるならば、邪法を手に入れ、何度も世界の時を戻していた古代の王族にとっても、「戻る時点を願える者」の数は少ないほど良かった筈だ。
願う者が多ければ多いほど、戻る時点の候補範囲は広がり、王族の望んだ時点に戻れる確実性が減るのだから。
儀式を熟知していただろう古代の王族は、確実性を求める為、生贄は一人のみで儀式を行っていたのではないだろうか。
そうなると、前回のダンテが、戻る時点の候補範囲が広がってしまうのに、複数の人物を「魂を捧げて願う生贄」として唆していた理由が謎だ。
ダンテも、正確な儀式の方法を知っている人物だろうに。
これを訊ね、答えを聞いても、「人間を辞めさせる判定」が出ないものならば、解消したい疑問点である。
前回、『黒幕』に唆されて魂を捧げたと疑わしき人物は五名だ。
今回、中身が転生者となっている九名の内、ジルベルト、クリストファー、ニコルとアグネッタを除く全員である。
もしかすると、他にももっと、声を掛けた「生贄候補」が居たのかもしれないが、実際に魂を捧げたのは五名だ。
そして、ダンテは把握していなかっただろう「魂を捧げて戻る時点を願える者」が四名、追加で居た。
妖精に魂を対価として「やり直し」を願った三名と、ダンテの知らぬ間に勝手に『ナニか』へ魂を捧げてしまっていたアグネッタである。
そのせいで、「戻る時点」を願える者は九人にまで増え、その分もっと候補範囲は広がった。
前回、アグネッタの死を「無かったこと」にしようと、「世界の時を戻す方法」を実行したダンテは、どこまで時を戻したいと望んでいただろうか?
実際に世界が時を戻したのは、アグネッタが誕生した瞬間までだ。
それは、魂を捧げた中の誰の願いの時点だったのだろうか?
今の世界で、「世界の時を戻す方法を知っている」、という理由で排除しなければならない『黒幕』は、ダンテ一人なのだろう。
『神』という存在から排除を頼まれたのは、ダンテだけなのだから。
だが、そうだとして、前回の「世界の時を戻す方法」の実行に関わり、『黒幕』のダンテさえ弄んでいた存在が、他に、居るような気がする。
ああ、そうだ。
今降りて来たコレは、いつもの勘だ。