リアル神話
「では先ず、この世界の信仰が現在の形式になった経緯から教えて下さい」
淡々と切り出したジルベルトに、答える妖精も感情を抑えた事務的な口調で応じる。
『先日の話の通り、現代の人々が古代王国と呼ぶ国の王族は、人為的に世界の時を戻す方法を手に入れ、幾度も己が利益の為に世界の時を戻しました。
四度目の時、彼らの一人が言い出しました。
世界を思うがままに操れる自分達こそが、神である、と。
そして、彼らは、それまで在った信仰を廃するよう発令し、それまでの神を信仰することを厳しく禁じ、既存の神殿や宗教施設を全て破壊しました。
その後、彼らは自らを神と崇めるよう、民に強制したのです。
古代の王族は、世界を傷付ける邪な方法を幾度も用いた人間達ですが、それでも神が人間へ直接に手を下すことは、世界の理に反する行いでした。
ですが、世界の理を人の身で歪めた彼らが自らを神と称することで、漸く、神々が直接に手を下すに至れたのです。
神々は、古代の王族の血に連なる人間を、遡ってまで全てを、二度と生まれ変わることも叶わぬよう、念入りに魂を破壊して消し去りました。
絶大な権力を独占し、揮っていた王族の滅亡により、王国は荒れ、分裂し、崩壊しました。
その後、多くの人間や妖精の命が失われた頃、もう一度、世界の時は戻りました。
古代の王族が、神々が手を下す前に、その儀式を行っていたからです。
ですが、世界の時が戻っても王族の血に連なる人間は全て、初代まで遡ってまで、魂が消滅しています。
時だけが戻り、王族は誰一人として、存在しない王国に、戻りました。
戻る直前までに出された命令も、その結果も、命令によって造られた様々な物質も存在しているのに、王族の存在の名残は、廟に残った十にも満たない骸、数多の空の棺と副葬品だけ。
この新たな酷い矛盾が、それまでの繰り返しで発生して解消されずにいた矛盾と重なり合い、絡み合い、世界の歪みと傷は更に大きくなってしまいました。
時が戻った点が、神に関する全てを破壊し尽くし、神への信仰を禁じられた後だった為に、人々の神へ対する認識は非常に混乱していました。
神々は、これを利用することにしたのです。
人間達の信仰心を、大きく歪み、傷付いた世界を癒す力の一助にしようと。
王族が誰一人存在しない王国は、その一つ前の世界と同じように、直ぐに荒れて崩壊しました。
そして、 同じように、小さな国が興っては滅ぶ戦乱の世になるのですが、其処へ神々が石を投じたのです。
様々な種類と色の石を合計三十個。
神々が地上へ投じると、それは石と同じ色の瞳を持つ人間の青年の姿になりました。
神の眷属です。
神々は、彼らに命じました。
それぞれに国を興して戦乱を鎮めよと。
そして、傷付いた世界を癒す為に、この世界を構成する自然を神として信仰させよと。
石と同じ色の瞳の青年達が国を興し、神が命じたように信仰を伝え、現在の形式となったのです』
まるで神話を聞いているようだ、と感想を抱いたジルベルトは、正しく『神の話』なのだと、思い直す。
神々の迂闊な行動に突っ込みたい所はあるが、多分、今それを突っ込んではマズイのだろう。
だから、他の気になった事を訊く。
「石の数が、石の名前を戴く王国の数と合いませんが」
石の名前を戴く王国の建国王が、石から創られた『神の眷属』だったことには驚きだが、現在、大陸に存在する「石の名前を戴く王国」は、二十四なのだ。
三十個の石を投じたならば、六ほど足りない。
『国を興せず命が尽きた者が六、居ります』
「現在、『神の御業』と呼ばれる『国の色の瞳』の継承は、本当に神の御業だったのですね」
『はい。神の眷属だったのは各国の始祖である一人だけで、彼らの次の代からは、ただの人間です。
ただ、神の眷属と同じ色の瞳を継承した王家が治める国や、その庇護下にある国は、そうではない国よりも邪なモノに侵食されにくい、という程度の効果は残っています』
なるほど、と納得し、ならば、とジルベルトは訊ねる。
「今、自称帝国は古代の王族と同じように、自らを神と称し、様々な邪法に手を染めていますが、神が直接手を下すことは無いのでしょうか」
『理には反しませんが、それが出来るほど、未だ世界は癒えていないのです』
「前回、世界の時を戻したのは、自称帝国の人間ですよね?」
『はい』
あっさりと、答えが返った。
ジルベルトは、暫し考え、迷いを断ち切り、訊くことにした。
「その人物の詳細を教えて下さい」
クリストファーが、凝視して来る視線を感じるが、決意は変わらない。
これは、現段階で聞かなければ、手遅れになる情報だと判断したのだ。
妖精は、少しの間、何かを待つように動きを止めている。
始動は、眉を下げ、申し訳無さそうに目を伏せる仕草からだった。
『条件があるそうです。それを聞いたならば、その人物の排除を必ず成し遂げて欲しいと』
停止している間に、『神』から何やら言われていたようだ。
「人間を辞めさせる気か? と、お伝えください」
妖精には丁寧な口調で話すジルベルトが、高圧的に言い放った「神への伝言」に、妖精が口許をモニョモニョとさせている。
笑うのを我慢しているように見える。
ややあって、妙に清々しい表情で顔を上げると、首を横に振った。
『眷属にはしない。権能も与えない。人間のままでいいから頼みを聞いて欲しい。情報は、妖精の持つものの範囲内ならば、与えて構わないと』
「その人物の排除だけで良いのか? 排除に付随する条件は? と」
『その人物の排除と、その人物が所有している、古代の王族の廟から掘り出した、世界の時を戻す方法の破棄、消滅を頼みたいと。期限は、その人物が時を戻す儀式を開始する前まで』
「その正確な時期は?」
『不明です。ですが、少なくとも今回は未だ手を出していません』
期限が全く予測出来ないと言うのは、引き受けるリスクが高過ぎる。
期限内に依頼を完遂出来なかったと難癖を付けられて、「お詫びに人間を辞めろ」と要求されたら、多分イェルトが世界を滅ぼす。
暫し思案して、ジルベルトは訊ねた。
「その人物が前回、世界の時を戻した理由を教えて下さい」
今回の期限の目安とする為に。
『妹の死を、無かったことにする為です』
妖精の答えは、全くの予想外の内容だった。
「妹の、死、ですか?」
『はい。庭に出ていた妹が、天候の急変によって雷に打たれて酷い火傷を負い、治療の甲斐なく四日後、悲惨な姿で死亡したのです。儀式の開始は、生存も傷の回復も絶望的と告知された、落雷から二日目です』
妹。
ジルベルトだけでなく、クリストファーとイェルトの頭の中でも、現段階で掴めている自称皇族の系譜が引っ張り出されている。
確か、今、皇帝を自称して国内の公式の場に出たり、その名で声明を出す壮年の男には、息子が三人、娘が二人居ることは把握されているが、皇帝を自称する男には、生存している妹は居ない筈だ。
と、言うことは・・・?
大凡の期限が予測出来るようになるまでは、「その人物」の詳細を聞くことは避けたい。
ジルベルトは質問の方向を変えた。
「今回、その妹は、まだ生きていますか?」
『はい』
「前回、その妹が死亡したのは、前回のジルベルトが何歳の時ですか?」
『十六歳の時です』
冷たい汗が、ジルベルトとクリストファーの首筋を流れる。
現在、ジルベルトは二十歳だ。
今回、前回と同じ落雷事故が起きていれば、既に間に合っていない。
だが、今回はまだ間に合うと言うことは、事故を回避している?
「何故、妹は落雷事故を回避出来ているのでしょう。以前に質問をした時の答えでは、今の世界で、今回に対する『一度目』の世界の記憶を持つ人物は、既に処刑された転生者エリカのみと言う事でしたよね」
『はい。それで間違いありません。今の世界に、前回の世界の記憶を持つ人間は、もう一人も居ません。
落雷事故が回避されたのは、その妹が転生者だからです』
「っ・・・それは、『ナニか』による転生者ですか?」
『はい。私達には知らない所で選ばれ、決まった魂です』
「その妹に転生した魂の、前世の名前と、本来の妹の魂から何を言付けられたか、教えて下さい」
『前世は、國村美姫子という名前の女性だったようです』
「國村病院の妹だ」
イェルトの呟きに、クリストファーもピクリと反応するが、先に妖精の答えに耳を傾ける。
『言付けは、雷に気を付けて、庭に出ないで、お兄様に愛されていればいいのよ、です』
「本質が酷似。ねぇ、ジル兄。ソイツだよ。ソラ姉が殺された原因。國村病院の院長が溺愛してた妹」
「本質って、兄に溺愛されるのは本人の性質と言えるのか?」
「度合いが異常な溺愛を平然と受け入れる、当たり前だと思っている、って性質じゃない?」
美姫子と実際に対面したことの無いジルベルトが疑問を口にすれば、直接見て調べたことのあるイェルトが、臭い物を前にしたように鼻に皺を寄せて答える。
自分の為に、夥しい人間と妖精の命を生贄にする兄の行いを「当たり前の愛情」として享受する妹。
自分の為に、人体実験も、それに伴う口封じの殺人や違法行為も非人道的なアレコレも、「当たり前の愛情」として享受した妹。
並べれば、同質な気はする。
ジルベルトは、クリストファー、イェルトと視線を交わし、妖精に訊ねた。
「その妹が生きている内は、・・・生存が絶望的にならない内は、か。その人物は儀式を開始しないと考えてよろしいか」
『・・・可能性が高い、としか言えないそうです』
「期限が曖昧であるのは、後々依頼失敗と難癖を付けられそうで受け入れ難い。何か明確な期限を設けてもらおう」
『・・・では、その妹の死、または妹の生存が絶望的となる状況を期限とするそうです』
「生存が絶望的とされる具体的な条件は?」
『・・・国の滅亡が目前、居城が落とされる、えーと・・・え? 生存を諦める?』
妖精にさえ「そりゃ無いだろう」という顔をされているが、裏で妖精に言い聞かせている存在は、「生存を諦める」などという、本人の気の持ちよう次第の条件を期限にされて、こちらが納得すると思っているのだろうか。
「「「は?」」」
ジルベルト、クリストファー、イェルト、三人のイラッとした声が重なった。
かなり、怖い。
多分、この場に他に人間が同席していたら、殺気と威圧に当てられ、色々垂れ流して気を失っているだろう。
妖精は、後ろ暗いところが無いのか平然としているが、その見えない背後で言い聞かせている存在には、三人の苛立ちが伝わったようだ。
『あ、取り下げるそうです。期限は、その妹が暮らす自称帝国の主城が落ちる時、で良いそうです』
「では、我々が前回の世界の時を戻した人物の詳細を聞くならば、その人物を排除し、世界の時を戻す方法を破棄、消滅させることを請け負う。
その期限は、自称帝国の主城が落ちる時まで。
それより前に他の事情で妹が死亡し、その人物が儀式を開始しても、我々は一切の責任を負わされる事が無いのだろうな?」
『はい』
「破棄、消滅させなければならない世界の時を戻す方法とは、どのような形状で数は幾つか」
『石板です。数は一つ。複製した物も、何かに書き写した物も存在していません』
「では、その石板を、跡形も無くなるまで壊せばいいと言うことか?」
『そうですね。粉々に粉砕して高温で焼き尽くせば完遂とします』
再び、ジルベルトはクリストファー、イェルトと視線を交わした。
頷きが返って来る。
ジルベルトは、妖精に向き直った。
「では、その人物について、詳細を聞かせてください」