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覆る世界の真理

 ゴジル侯爵邸制圧の日から五日目、ジルベルトはダーガ侯爵邸へ帰邸していた。


 想定より随分と早期の帰邸となったのは、事情や理由あっての帰邸指示が出されたからである。


 現在、生贄にされかけていたシュンガイトのリートン公爵家の子供達は、王都のヒューズ公爵邸で保護されている。

 保護の名目での監視、観察ではあるが、ともかく事実としてヒューズ公爵邸に滞在している。


 子供達は、ハロルドへ明確な害意を向けた国の国王のひ孫であり、未だ明確に「シロ」という結論は出せない状況だ。

 そんな彼らが滞在する同じ屋敷へハロルドを帰すことを、当面の間は控えるという判断が下った。


 その判断はハロルドの安全の為と言うよりは、後日、子供達の真意を見定める際に、ハロルドが、より効果的な()となる為である。


 そんな事情で、ハロルドはしばらく帰邸出来ない為に、勤番が交代制となる場合の夜勤は、全てハロルドが担うことになった。


 五日目の今日、一旦、交代制が取れる状況になったことで、アンドレアからジルベルトへの帰邸指示が出された。


 現在、ダーガ侯爵は密命を受けて王都を離れ、長期間、王都の屋敷へ帰れる見込みが無いからだ。


 当主のブラッドリーも、成人男性である長男のジルベルトも屋敷へ長く戻らない状態は、ダーガ侯爵家の立場と、キナ臭い現状を鑑みれば物騒なのだ。


 帰って家令といつもの遣り取りをして、私室へ入ったジルベルト。


「お帰りジル兄」


 イェルトが抱きついて来ても、驚きはしない。


 家令からはイェルトの訪問は聞いていないのだから、勝手に入って来たのだろうと考えただけだ。


 ジルベルト(国の要人)の私室に勝手に入ることが出来てしまうことが大問題なのだが、前世からの刷り込みか、この男に関しては、侵入やら何やらは考えるだけ無駄だと放り投げている。


「ああ、今帰った」


 抱きついて来たピンクブロンドの頭を撫でながら応え、「妖精に話を聞くつもりだったがイェルトが居るなら後日にするか」と考えた途端、脳裏を過ったワンワン魔王パラダイスに、ジルベルトは嘆息する。


 ああ、そこからもう、隠すのはヤバいんだな。


 諦めの嘆息だ。


「クリス、居るんだろう?」


 声をかけると、クリストファーが姿を現した。


「イェルトを巻き込む覚悟が出来たんだな」


「勘のせいで強制的にな」


 獲物を捕獲する蛇のように巻き付いて離れないまま、じっと見上げて来るイェルトを見下ろし、もう一度溜め息を吐いて、ジルベルトはクリストファーにもソファを勧め、イェルトを巻き付けたまま自分も腰を下ろした。


「イェルト、これから此処で見聞きすることは、他言無用だぞ」


「うん」


 コックリと頷いて、ピットリとジルベルトに擦り寄るイェルトの姿は、無害で健気に見えるが、実態はワンワン魔王パラダイスの惨劇の主役である。


 先程ジルベルトの脳裏では、煙立ち昇る瓦礫の山の中で、「ジル兄が()()ボクを捨てたのは、『この世界』のせいなんだね」と、ガラス玉のような目と無機質な声で呟いていた。


「妖精よ、質問に答えてください」


 どうにもならないことは、さっさと諦めるに限ると頭を切り替え、ジルベルトは妖精を呼び出す。


 姿を現したのは、前回と同じ、明るい茶色の髪と瞳の妖精だ。


「うわ、ミニチュアモーリス」


 流石のイェルトも間近で初めて見た妖精の姿の、モーリスとのソックリ具合には驚いたらしい。

 思わず声を出しただけで、会話の邪魔をする気は無いようなので、そのまま話を進める。


「先日約束した対価を頂きたい」


『はい。承知しています』


 静かな、決意を秘めた凪の表情で、妖精は承る。


「では最初に、()()()()が、私に人間を辞めさせてやらせたかった事を具体的に教えて下さい」


『はい。貴方を神の眷属として、この世界の修復の為に働いてもらおうと、していました』


 身動ぎをするイェルトを抑えて、ジルベルトは質問を続ける。


「神の眷属とはどういうものか、世界の修復とは何をするものか、教えて下さい」


『神の眷属は、端的に言えば我々妖精の同僚です。神の指示に従って行動し、人間には無い多くの権能を持ち、寿命はありません。

 貴方は、妖精と全く同じ役割や造りになる予定ではありませんでした。

 妖精は、世界を維持する為に、世界に出来た傷を癒すことが主な仕事です。

 貴方には、頑丈で再生機能付きな不老不死の身体と強力な武力によって、妖精の癒しが間に合わないほどに世界を歪めて傷つける存在の駆除と、妖精のサポートを担ってもらう予定だったようです』


 かなり嫌な感じの改造を目論まれていたようだが、妖精の口ぶりでは、『神』がジルベルトを、どう造り変え何をさせるのか、具体的な所を妖精が知ったのは、つい最近のように聞こえる。


「はっきりと訊きますが、()()()私がこの世界に転生後、人間を辞めさせられることを知っていましたか?」


『いいえ。()()()、貴方達がこの世界で幸せになり、この世界を好きになってくれることで、この世界が救われることになるとしか聞いていませんでした』


 妖精が聞かされていた事も、嘘ではないのだろう。肝心な所はすっ飛ばしているだけで。


 ジルベルトが『この世界』を好きにならなければ、人間を辞めさせて眷属にしたところで、『この世界』を救う方向に尽力するなど有り得なかった。


 ジルベルトは、そういう性格だ。


 正義感や慈愛の心など、転生前から持ち合わせていない。

 護るのも、失うことを拒むのも、自分が気に入っているから、自分の懐に入れたモノだからでしかない。


 もしも初めから『神』の眷属として転生し、「世界を歪める存在の駆除」を命じられていたならば、手っ取り早く()()()()()駆除して回っていた。


 そうしていた()()()、ではなく、そうして()()、だ。


 元来、と言うか、前世から、ジルベルトは面倒臭がりの性質を持っている。

 加えて、面倒になるほど、行動原理が脳筋になりがちだ。


 世界を歪める存在を、局所的に探し出してチマチマ駆除するよりも、「人類全部を世界から消してしまえば自然は回復するし守られるだろう」という暴論に行き着くのが目に浮かぶ。


 だが、人間として転生して生きて来て、『今の世界』にも、共に生きるこの世界の人間にも愛着を持ってしまった()は、「世界を守り、回復させる為に全人類を駆除」という行動を取る選択肢が消失している。


 使う予定の『意思ある道具(ジルベルト)』が「取る可能性のある行動」の中から、「危険な項目」が消えるのを、手ぐすね引いて待ち構えられていたかと思えば虫酸が走る。


 思いついた、更に胸糞悪い予想を、ジルベルトは問い質す。


「前世の私と関わりの深い人間達が、同じ世界に転生しているのは、私に対する人質ですか?」


 例え、この世界に愛着を持てなかったとしても、同じ世界に、前世の子供達が、前世で懐に入れていた存在達が、転生していると知ってしまえば、彼らを護る為に、世界が壊れることを防ごうと尽力し、全人類を滅ぼす選択肢は持てない。


 ジルベルトが、早期に再会し、存在を認識出来るような距離や身分や年齢の人間に、各々が転生している。

 特に、強く心を残していた子供達は、同じ国の同世代の貴族に転生していたのだ。


 全てが偶然と言われるよりも、全ては仕組まれていたと言われた方が、余程納得が行く話だ。


『疑われて当然です。でも、転生させる魂を、()()()()()()が選んだのは、ジルベルト、クリストファー、ニコルだけです。他は、()()()()()()全く預かり知らぬ所での選択と決定でした』


「クリスとニコルは、私への人質ですか?」


『・・・現在の、この状況からの()()ですが、その意味がゼロには見えません。()()は、彼らは条件も満たしているし、彼らが一緒に転生していればジルベルトの支えにもなるし、ジルベルトが喜んでくれるから、この世界のことをもっと好きになってくれるだろう、と。そう聞いて、納得していました』


「なぁ、一つ気になってるコト、答えて貰えるか?」


 丁寧な言葉を使う気も無くなったのか、クリストファーが眉間に皺を寄せたまま訊ねる。


「クリストファーの質問にも答えてください」


 ジルベルトが言えば、妖精は覚悟したように頷いた。


「その話だと、ジルは初めから狙われてたって事じゃねぇ? 初めっからジルには後から人間辞めさせて、不死身の神敵殺戮マシーンとやらにするつもりで転生させるのが決定してて、後付けで人質に使えそうな俺等を条件に合う器に入れて転生させたってことか?」


『今のジルベルトの魂が目を付けられていた事は、事実です。初めから、今のジルベルトの魂を、この世界に転生させることは決定していました。目的は、この世界を救う為にと、そう聞いていました。クリストファーとニコルの魂が選ばれたのは、確かにジルベルトの後です』


「私が、『剣聖』になることは、決定事項だったと?」


『いいえ、それは違います。ただ、()()が必ず気に入るだろうことは、予想されていたのだと思います。そう、言われていましたから。ジルベルトだけでなく、クリストファーとニコルも』


 意外な答えに、ジルベルトとクリストファーは顔を見合わせる。


「大人の妖精に愛される、『剣聖』と同等の加護を得る条件を教えて下さい」


『大人になる前の妖精達が興味を惹かれるのは、美しい人間です。これは、姿形が、という認識で間違っていません。

 興味を惹かれて集まって、言動などの振る舞いに、余程気に入らない部分が無ければ、そのまま加護を与えます。


 加護を与えた人間が、ずっと側に居たいと感じるほど興味を引き続けると、妖精はその人間の側に居続け、愛情が募るほどに成長して行きます。


 傾向としては、美しい物を生み出す人間には、興味を持ち続ける妖精が多いです。


 芸術作品や商品となる製造品、形の無い演奏や歌唱、または舞踊や剣技なども、美しいと感じるなら側で見続けるでしょう。

 その他にも、凛とした芯のある生き方や、純粋な心根、初期の輝きを曇らせない眼差し等、美しい、好ましいと感じる物を見ることが、妖精は大好きなのです。


 ですが、幼い妖精は、不純や濁りを苦手とします。


 肉体の純潔を失った人間は、妖精から見ると、不純物が混入したようなイメージで、最初の美しさから変質してしまったように見えます。

 これは、性行為という、妖精にとっては理解不能な行為を繰り返すほど不純物が増し、最初とは別の存在になっていくように、妖精には見えています。


 また、何も成さず、何も生み出さず、停滞した生き方をする人間は、妖精の目からは、その存在が濁って行くように見えます。


 これらは、妖精の目で見ると、という感覚なので、解説が難しいです。


 魂が変質したり濁っていく、という訳でも無く、ただ、()()()()()()()()()、という物が、残念な方向に変わったり汚れたりして行くように見える、としか言えません。


 妖精は、一度与えた加護を引き上げることは出来ませんが、加護を与えた人間が苦手な存在になってしまえば、興味を失います。


 興味を失った人間にも、願われれば、加護を与えているので仕方無く力は貸しますが、愛情は育ちません。

 そして、愛する気持ちが育たなければ、その妖精自身も成長しません。


 妖精は、愛する気持ちを覚え、それが募るほどに成長します。

 また、同じ人間に加護を与える仲間が多ければ多いほど、成長の速度は早まります。


 それらの要素が総合的に組み合わさり、加護を与えた人間が不純や濁りで()()()()()()好ましくない人間に変質してしまう前に、妖精が大人に成長すると、人間が剣聖と呼ぶ加護の持ち主になるのです』


 姿形が美しく生まれ、良くも悪くも純粋で、肉体の純潔さえ失わなければ、妖精にとっては、取り敢えず「不純な人間」ではないらしい。


 やはり、人間基準での善性や高潔さなど、まるで関係無かった。


 とにかく『剣聖』と同等の加護を得るのに必要なのは、姿形の美しさを絶対条件とした上で、「妖精にとって美しいと感じられる」物を生み出すか、生き方をするか。


 残酷であっても強欲であっても、非情であっても冷徹であっても、性悪であっても人でなしであっても、肉体の純潔を失わず生きていればチャンスは無くもない。


 ただし、何も成さず生み出さずの、多分、「妖精にとって、見ていても()()()()()生き方」をしているならば、美しい姿形で肉体が純潔であっても「濁っていて」美しくないから愛されない。


 美々しい箱入り令嬢や姫君が、コレに当たるのかもしれない。


 箱入りではあるが、この世界には無かった物を次々と生み出し続けているニコルは、一般的な「箱入り令嬢」とは異なっているようだ。


 聞いた話の条件ならば、()()ジルベルトも、()()ニコルとクリストファーも、確かに妖精の好みに合致しただろう。


 だが、妖精の話を聞きながら、ジルベルトは、この世界では禁忌にあたる、一つの考えに行き着いてしまう。


 聞けば聞くほど、()()()()()『妖精』という存在に対し、「完全な嘘」を吹き込むまではせずとも、意図的に与える情報を絞って思考を誘導する、()()()()()『存在』を感じる。


 この世界の『神』は、『世界』そのものであり、それは空や大地や海のような『自然界』だと、()()()()()()教わる。


 『神』が『自然界』だとしても、神格化されたそれらは意思を持ち、眷属である妖精達に指示を与えるくらいのことは、するのではないか。


 そこまでは、考えていた。


 だが、ここで聞いた妖精の話に登場する、『裏で妖精達に言い聞かせている存在』は、聞けば聞くほど、どうにも卑怯で狡猾、そして粘着質な小物という印象が増す。


 端的に言えば、ジルベルトにとって「嫌いなタイプ」である。


 それは、目に見えている『この世界の自然界』と重ねるには、非常に違和感が強い。


 だから、ジルベルトは妖精に訊ねた。


「この世界には、現代の人間達に『神』として信仰されている『自然界』の他に、『神』が存在していますね。多分、『妖精』と同じように()()の」


『・・・はい』


 妖精の答えに、クリストファーとイェルトも息を呑む。


 この世界に於いて、真理であったモノが覆されたのだ。







《後日談》


 クリストファーとジルベルトの会話。


「ジル、この世界に『世界』じゃない『神』が居るって、なんで分かったんだ?」


「印象が重ならないことから違和感を抱いた」


「印象ってズバリ何?」


「好きか嫌いかだ」


「は?」


「だから、好きか、嫌いか、だ。

 この世界に転生してから、この世界の自然に対して『コイツ嫌い』と思ったことは一度も無いが、如何にも妖精が猜疑の対象になるような遣り口で、自分は実在さえ隠しながら妖精に指示を出している存在に気付いた時、『あ、コイツ嫌いだ』と思ったんだ。

 仮に、この世界の自然が意思や自我を持っていたとしても、あそこまで嫌いなタイプになるとは思えなかった」


「うん。アンタも十分、イェルトと同類だぜ。本能と直感の野生児」


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