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進み、されど止まる

「俺、アイツ(ハロルド)の鼻は自称帝国を滅ぼせるんじゃないかと思う」


 クリソプレーズ王国王城、第二王子執務室。

 モスアゲート王国の国境封鎖の砦から、ハロルドお手柄の報せを受けたアンドレアは、呆れ混じりの喜びの笑いを洩らす。


 ハロルド本人は、尋問にも立ち会う為に未だ戻っていないが、自称帝国が封鎖後も外部と連絡を取り合う手段として、例の蜥蜴の存在は既に我が国以外の同盟各国にも伝えられている。


「鳥はダミーだったのでしょうか」


「いや、アレはアレで最初の内はメインの連絡手段だっただろう。鳥の撃ち落としや、捕獲されて連絡内容を奪われることが相次いでからは、おそらく鳥に付けた内容は此方に見せる為のガセだ」


「なるほど」


「モーリス、他にも連絡手段に使えそうな習性の生物について、覚えがあればリストにしてくれ」


「御意」


 指示を受け、モーリスが早速机に向かう。

 彼の脳内には、これまで読んだことのある生物図鑑の内容も全て収められているのだ。

 ただし、図鑑に載る生物を実際に目にしたことがあるのは、自主鍛錬と称して山や森に籠もった経験のあるハロルドやジルベルトである。


 ふと思いついて、ジルベルトがアンドレアへ提言する。


「イェルトを、ここに呼ぶのは不味いでしょうか。彼は祖国でも『野生児』として有名でした。生物の生態や実際に見て触れた経験の知識は、もしかすると図鑑を記す学者以上やもしれません」


「ああ。有り得るな。今回の話は上層部なら知らされている話だ。『野生児』と有名なイェルトを招いて話を聞こうとするのは、特に怪しまれることじゃない。許可する」


「バダック」


 アンドレアの許可を得て頷き、ジルベルトが名を呼べば、バダックは一礼して部屋を出る。

 イェルトを第二王子執務室へ招く手配の為だ。


「ネイサン、他に外部と連絡を取る手段を何か思いつくか」


「連絡手段ではありませんが、自称帝国について新たな情報が入るほど、どうにも向こう側には、かなり用意周到で慎重な人物が居るように感じます。なれば、事前の『自身に不測の事態が起きた時の指示』が一切無いのは不自然であるように思えます」


 アンドレアの指名に考えを述べたネイサンは、無言で続きを促され、今考えられる可能性を述べる。


「例えば、『最後の指示を受けてから◯◯ヶ月経過しても新たな指示を与えられない時には、こう動け』のように、予め時限装置の如く『本当の最後の指示』を仕込んでいる可能性が考えられます。

 その場合の指示は、向こう側にとって『最悪の事態』を予測した、形振り構わない内容である可能性が高いのではないかと」


「大陸各地で大規模なテロ行為など、か」


「それも有り得る指示の一つです。精神操作の(まじな)い済みの自国勢力を暴れさせる指示に尽きるのか、鼻薬を嗅がせた各国の権力者に蜂起を唆せ、という指示も含むのか、唆す()()の内容も、対自称帝国同盟各国への国を挙げての開戦行動なのか、金で動く国王周辺のみを暗躍させるつもりか。現時点では絞れません」


「確かにな。今のところ出来るのは、想定して警戒するのみだ。陛下にも可能性を進言しておく」


 一礼してから、ネイサンがモーリスの補佐に回る。


「ジル、何か懸念があるのか?」


 何やら思案げな様子のジルベルトにアンドレアが訊ねると、「確信があるものではありませんが」と前置きの後、不安を呼ぶ内容が告げられた。


「連絡手段だけは残っていたようですが、既に物資などの出入りは封鎖が完了していると見られます。今回の此方側の対応で連絡手段も失ったとなれば、あとどれくらいの期間で()()()()()()は自暴自棄になるのか、と」


「逆に、何を仕出かすか。危険が増す可能性か」


「はい。自爆覚悟で破れかぶれに国境へ打って出る、ならばまだしも。あの土地にあるのは古代王国の王族の墳墓です。副葬品の中に、今まで外に知られていない古代王国時代の禁術邪法が眠っている可能性もゼロではない。

 例えばですが、国民全ての命と引換えに大陸中に死病を流行らせる、のような荒唐無稽に聞こえる類の『最悪の結末』ほど、古代王国の邪法ならば用意しかねないのではないでしょうか」


「ああ・・・古代王国だからな。否定出来ないところが何とも言えん」


「『魔導兵器』の()()()()()を考えると、国民全員の命()()では、そこまで大きな効果は出せない気もしますけどね」


 表情を苦笑に変えて、重くなる空気を転換したジルベルトに、アンドレアも「まぁな」と応じる。


「奴らが追い詰められ、自暴自棄になって想定外の最終手段に手を掛ける()()辺りで、包囲した同盟各国で一斉に攻め入り叩き潰せれば理想なんだがな」


「同盟各国の国内情勢が、全て安定している訳ではありませんからね・・・」


 自称帝国を封じた包囲を、例え()()()()()()()()()であろうと、それを破るのは最終決戦の時であり、決して失敗の許されないその機会は、一度きりだ。


 攻め入る為に、現在不動に固めている国境線に動きが出れば、その目を縫って自称皇族が脱出する隙が無ではなくなる。


 今回、同盟各国の国主達は、全ての同盟国から愚王が廃された機に、『対自称帝国同盟』の目的を「緩やかな滅びを待つ包囲」から改め、自称帝国の滅亡及び自称皇族殲滅を強固な前提としたものとして、再度条約を結び直した。


 自称皇族を、一人たりとも生かさず、逃さぬこと。


 その為にも、どの国の自称帝国との国境も、乱れ無く、()()()まで固めておかねばならない。


 正直な話、国内情勢が、国王という最高権力者の下で、しっかりと統制が取れた形で安定している国の国境は、今直ぐに自称帝国側へ攻め入ったとしても、それと同時に国境線を堅守し続けることも可能だろう。


 安定と堅実のカイヤナイト、負の遺産を清算し、「優しい王族」や「正義感で目を曇らせていた騎士」も生まれ変わったクリソプレーズ、国王への恐れがカリスマに変換されているパイライト。

 この三国が、それに当たる。


 だが、未だ若く、即位間も無い王の国、アイオライトとモスアゲートは不安が残る。


 アイオライトは、国王が国政の主導は取れつつあるようだが、未だ軍部全体の掌握となると甘く、指揮系統の精度から、「国境線の堅守」と「自称帝国側へ攻め入る」の両立を狙うのは博打だろう。

 現在は、「国境線の堅守」一本に絞って勅命で縛り、統制が叶っている状態である。


 モスアゲートの国境線の砦を護るのは他の同盟国からの派遣部隊だが、最終決戦の際に国王に反旗を翻した国賊が現れて砦を()()()()()()()()()()()襲撃されるような事態は避けたい。

 一度腐敗し切った国を壊し、急ぎ、再生統治する為に「粛清と恐怖」を手段とした新王ブライアンは、当然のことながら恨みも大いに買っているのだ。


「自暴自棄になられるまでに、猶予は然程無いかもしれんが・・・。今直ぐに、他国の国情を安定させる法など無いからな」


 内政干渉。

 王族が、最も避けるべき他国との関わり方だ。


 特殊な植物の調査から、図らずも古代王国について調べる機会となり、掘り下げるほどに「古代王国の王族墳墓を領土に抱える」自称帝国への、何を仕出かすか測れない不気味さは増した。


 全容の分からない異様な効果を齎す邪法が、古代王族の暮らしの影には煩いほどチラついていた。


 只管に残虐。異常に血を好み、人命の消費には、まるで執着しているかのような熱心さ。


 その邪法の一種か一部が、はたまた複数の完品か、それとも残滓か。

 例え残滓や一欠片のヒントであろうとも、自称皇族がソレを手にしている可能性を思えば、焦りと不安は消せない。


 それでも国家間の秩序を考えると、焦りから強攻策を採ることなど許されない。


 アンドレアの中にあるジレンマは、側近達にも共有される想いだ。


 事態は進行している。

 決して、同盟国側にとって悪い方向ではない。

 だが、一度、止まらねばならない。


 それは、誰か個人が悪いという話では無い。

 何処か一カ国に責を負わせて感情を逃がせば良い話でもない。


 全体を見るからこそ、未来を考えるからこそ、事態の進行に合わせて走り続けることは、能力として可能であっても、「してはならない事」となる。


 やるせない想いを込めた嘆息が、第二王子執務室に小さく零れたが、それは互いに見ない振りを選んだ。





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