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モスアゲートの砦にて

 リオを補佐に、モスアゲート王国の国境封鎖線を護る砦へ到着したハロルドは、黙々と、これまで砦で捕獲された自称帝国民の調書に目を通していた。


 ハロルドは、そのまま騎士の身分でモスアゲートへ入国、砦へ入場したが、リオはクリソプレーズ王国兵団の兵士の身分証で入っている。


 この砦には、同盟各国から騎士や兵士、そして暗部の人間が派遣されている。

 だが、いくら同盟国の人間同士とは言え、暗部の人間を馬鹿正直に「暗部の人間です」と身分を明かして顔合わせなどしない。


 各国、「多分、暗部の人間だろう」と思われる者が騎士や兵士を名乗っているのは、暗黙の了解のことである。


 リオは、晒せない色の目を持っているので色硝子の眼鏡を外せない。

 その為に彼が取っている態度は「チャラついた不良兵士」の振る舞いだ。

 着崩した兵士の軍服に、不必要な目立つアクセサリーと色硝子の眼鏡、砦内で禁止されている煙草の代わりに咥えたロリポップが標準装備である。


 作ったような「チャラついた不良兵士」キャラだが、暗部の人間が身分を偽りキャラを作っているのは、どの国もお互い様な暗黙の了解だ。

 分かりやすく作っている方が、寧ろ誠実感があるという茶番でもある。


 だから、そのキャラのままに無礼な喋り方でリオがハロルドに話しかけたとしても、ハロルドは別に怒りはしない。


「ねーねー、ハロルドの旦那ぁ。シケた(ツラ)してんねぇ」


 ハロルドの対面に座って同じように調書に目を通していたリオは、クリストファーからハロルドがヒューズ公爵家の養子となった経緯を聞いていた。

 そして、ハロルドの実父が帰還するのと重なる時期に今回の派遣命令が出た意味も、聞かされずとも察していた。


 人間離れした嗅覚のハロルドしか出来ない役目を与えられて、という部分は勿論小さくない。

 だが、一分一秒すら王都滞在時間が重ならないように調整された出立と、砦からの帰還時期の指示は、「逃されて守られた」と見るに十分な要素だった。


 老人の域まで生きた記憶のあるリオからすれば、「主に大切にされていて良かったじゃねぇか」という感想だが、まだ若いハロルドには、自身の不甲斐なさから来る苦い思いが己を傷つけ苦しめるようだ。


 内心では「やれやれ若いねぇ」と微笑ましく零せるものの、現在の身体の実年齢はハロルドより二つばかり歳下だ。口からは出せない言葉である。


「ねー、ハロルドの旦那ぁ。外に出ましょうや。そんで、森の方、そのスンゲェ鼻で嗅いでみてくださいよぉ。今日ってぇ、風が()()()()()()じゃないっすかぁ。俺、旦那が手柄立てるトコ目撃して、アンタの主に超カッコ良く報告してぇな〜」


 やろうと思えば凛とした孤高の王子の態度も取れるリオの、力の抜ける口調と、椅子を前後に揺らしながら机に懐くだらしない格好に、ハロルドは溜め息を吐いて立ち上がった。


 リオに、気を遣われていたことは、クリソプレーズの王都を出立した時から気付いていたのだ。

 それが、隠しているつもりの自分の内心に気付かれてのことだと察してしまえば、今までのように大人気ない態度など向けられない。


「少し、外の風に当たる」


「はいはーい、お供しまっす」


 口笛でも吹きそうな楽しげな調子で、猫背気味に背を丸めながらユラユラ身体を揺らして歩くリオ。

 如何にも騎士然としてスッと伸びた背筋で真っ直ぐに歩くハロルドとの対比が、逆にコンビとしてしっくり来るように見えてくる。


 砦の外は晴れていて、無風でもなく風が吹き荒れているということも無い。

 風は匂いを運び、辿り着いた匂いが即座に散らされることも無い「丁度いい感じ」だ。


 国境の森に視線を向け、スンと一度鼻を動かしたと思う間もなく、ハロルドの右手が振られた。


 リオの口から「ヒュ~」と尻上がりの口笛が出る。


 ハロルドが袖口から出した投げナイフが、森の手前の地面に突き立っている。


 茶色っぽい、小さな蜥蜴を仕留めて。


「騎士が自然に袖口から暗器出して動く的に百発百中って、コッチの立場無いんスけど〜」


 どうせ周囲からも、リオは暗部枠で派遣されているとバレバレだ。

 口調は作ったキャラのままだが、話す内容は身分を偽る者として身も蓋もない。


 しかし、蜥蜴を仕留めたハロルドの様子が()()ではないことに、リオは気付き、緩い雰囲気を引っ込めて注意深く蜥蜴を見定める。


「何なんスか。あの蜥蜴」


「変な匂いを感じた」


 言い切って、慎重に蜥蜴に近付いたハロルドは、手袋を重ねて着けてから刺さったナイフごと蜥蜴を拾い上げ、そして。


 そのナイフで一息に蜥蜴の腹を切り裂いた。


 遠巻きに眺めていた他国から派遣された騎士達から、ちょっと引いた感じの気配がするが気にしない。

 クリソプレーズから派遣された軍人は、ハロルドの奇行に慣れているのか動じないようだ。


「旦那、スゲェお手柄っすね」


 リオの口調は巫山戯ているが、声は低い。


 裂かれた蜥蜴の腹の中から金属のカプセルが取り出され、そのカプセルの中からは、文字列が記された紙片が取り出されたのだ。


 おそらく、自称帝国内部からの、国外残存勢力への指示を記した暗号文だ。


「ハロルド卿、それは」


 クリソプレーズからの派遣部隊の隊長を務めるギリアム・パースが近付いて来る。

 ギリアムは、新生クリソプレーズ王国騎士団にて副騎士団長に着任した老騎士だ。現場主義の矍鑠(かくしゃく)とした老人は、祖国を離れて任務に就く砦の同郷軍人らの纏め役である。


「ギリアム隊長。直ぐにこの蜥蜴の特徴を図付きで報告書にまとめ、同盟各国の国境へ送ってください。この蜥蜴は番の元へ向かう習性がある。おそらく、その習性を利用して封鎖された国の内外で連絡を取り合っています」


「なんと! 承知した。貴殿は」


「俺は、コレの番を連れて連絡を待っているであろう国外残存勢力の確保へ向かいます。この蜥蜴が番を感知出来るのは、優秀な個でも半径30キロ圏内。此方に感知されないギリギリまで森の表層に出てから蜥蜴を放ったとしても、ここから20キロくらいの範囲に居ると思われます。匂いが辿れる内に急ぐので失礼」


「匂いを辿れる⁉」


「その蜥蜴の匂いは覚えました。コレ、暗号文、解いておいてください。リオだけ付いて来い。他は足手まといだ!」


 切り裂いた蜥蜴の死体は丁寧に、金属のカプセルに戻した紙片は投げ渡し、ハロルドは踵を返して走り出す。

 そのスピードは、確かに普通の騎士に追えるものではない。


 同じ速さで駆けながら、リオが問う。


「旦那、あの蜥蜴、なんて名前なんです?」


「図鑑に載るような名前は特に無いらしい。珍しくもない奴で地方によって呼び方も変わる。山籠りの時に何度も必ず二匹セットで居る蜥蜴を見たから、帰ってからモーリスに訊いたら教えてくれた」


「半径30キロ圏内の番を目指すって?」


「番がいる個は、一度番った個を感知出来るらしい。優秀な個体だとその範囲は半径30キロ。一般的な個体でも半径20キロ以内なら番と離されても再会する種だそうだ」


「何か、スゲェ」


「蜥蜴がか?」


「いや、小さな疑問を流さず訊いて、それを記憶に留めておけて、それが記憶の引き出しから必要な時機を逃さず取り出して利用出来て、てゆー旦那の能力っす。あと、なんでそんな蜥蜴にまで詳しいんスか、モーリスの旦那。マジで人間図書館」


 リオの物言いにハロルドが小さく笑った。

 それまで、大好きな御主人様(ジルベルト)の関心を奪われそうで、どうしてもトゲが抜けなかったリオへの気配から、ささくれたものが溶けた。


「お前が俺に外に出ろと言ったから、見つけた蜥蜴だ。お前の手柄もきちんと主に報告する」


「あざーっす」


 リオの巫山戯た謝辞の後、二人は黙り、気配を消す。


 獲物が近いことを、把握したのだ。


 ハロルドは、嗅覚で。

 リオは、音と気配で。


 そのまま、獲物に近付く。


 視線とハンドサイン。

 正面からハロルド。リオは背後に回る。


 獲物は一体。他に人間の存在無し。


「何者だ。ここは一般人の立ち入りは許されていない」


 消していた気配を急に現し、木陰から剣の柄に手をかけた姿を見せて誰何の声を発するハロルド。


 藪の中、こちらを向いてしゃがみ込んでいた獲物が急転換して後方へ逃走を目論む。


 そこは、リオが張った罠の範疇だ。


 細い、細い、されど丈夫な金属の糸が、この短い時間で獲物の逃走経路を読んで、高さを変えながら張り巡らされている。


「ぐおぉっ」


 くぐもった声を上げて本能的な防御反応を見せた獲物が作った隙を、ハロルドもリオも見逃さない。


「やはり、連れていたな」


 拘束の済んだ獲物に、スン、と鼻を動かし、腰に付けた小さなポーチから先程仕留めたものと同種の茶色っぽい蜥蜴を取り出したハロルド。


 暴れる獲物は、一見「その辺のただの村人」だ。


 だが、もしも「その辺のただの村人」だったとしても、国王が近付くことさえ禁じている土地に侵入した平民だ。

 何事も無くても斬り捨て御免か、捕らえられた後はスパイ容疑で拷問コースが妥当な立場である。


「取り敢えず、意識刈っちゃいますね〜」


 自害防止も込みで、しっかりと「対プロ」の拘束を施した獲物に、更に薬物と物理圧迫で意識を失わせ、リオがヒョイと俵のように担ぐ。


「旦那ぁ、コイツ、()()の匂い、どうっすか?」


 アレ──精神操作の(まじな)い。


「ああ。()()


 鼻根に酷くシワを寄せて重々しく答えるハロルドに、リオがカラリと軽く笑った。


「スッゲェ。大当たりじゃないっすか。お手柄お手柄〜」


 砦へ向かい、軽快に足を進めるリオとハロルド。

 細身のリオも、人間を一人担いでいるような重い足取りを感じさせない。


 この「蜥蜴騒動」によって、自称帝国の危機状況は、内部の想定を遥かに越えて悪化が早まることになる。





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