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次への指示

 午前休憩の茶請けとして、騎士団で聴取が行われた『フローライトの瞳の冒険者』の主張が記載された報告書が朗読され、モーリスとネイサンの調査も一つの区切りがついたので、アンドレアは次の指示を各所へ下した。


 まず、『フローライトの瞳の冒険者』の方だが、やはりバダックが直に会って話を聞く価値も無かった。

 大陸西側の話とて、別段、その男からでなければというものでも無い。


 奴の主張は、概ね「愛国心を忘れた者達を説伏せ、祖国の大事に救国主として凱旋を」という夢想に終始するものだった。


 此方で把握している「去勢されずにフローライト王国を出奔の形で出られた御落胤のその後」では、「冒険者になるか、犯罪組織に捕まったか」という程度の情報だった。


 だが、「冒険者になった者」には続きの分岐ルートがあり、「冒険者の仕事で知り合った依頼人と信頼関係を結び、スカウトされて後ろ盾や保証人となってもらった後、平民として冒険者以外の身分を得て転職」している者達も存在していたのだ。


 多くは、経済を回す商人が国内では貴族より力を持つような小国だが、それでも「何処かしらの国の国民」は、「冒険者」の身分しか無い「無国籍者」よりは諸々の信頼を得やすい。

 行商や商隊の護衛などで知り合い、誠実な仕事ぶりや実力を買われた者達は、大凡三年以内に「うちに来ないか」と誘われ、承諾するようだ。


 それを、今回騎士団に連行されたような者達は、「誇りを失い自分を安売りしている」と詰っているらしいが、現実が見えているだけの話だ。


 小国の商家で護衛隊長となっている者や、商家の娘の婿となった者、商家の取引先の工房で職人へ転職した者、同じく取引先の農家に弟子入りして畑仕事に精を出す者、平民として国籍を得た後で縁ある農村に移住し、その村で害獣を狩る猟師として村民に大変感謝されている者、等々。


 バダックの他にも、しっかり「自分の人生」を手に入れている「フローライトの瞳の御落胤」は意外に多かった。


『血統的に全員アホ。とかじゃなくて良かった』


 と、バダックが内心で安堵していたことは把握されていない。


 現在、フローライト王国は苦しい立場に置かれている。

 他国の『剣聖』へ王命で攻撃を仕掛けたのだから当然だ。


 クリソプレーズ王国は、距離を理由に静観の構えだが、大陸西側の『剣聖』を有する国家は、連盟を組み、フローライト王国を非難している。

 接地する国が無い為、まだ開戦には至っていないが、その緊張感は明日にでも破裂しかねない状態だと伝わっている。


 そんな祖国を救うために立ち上がれと、『フローライトの瞳の冒険者』達は、「裏切り者」や「愛国心を失った者」を説伏せる為に各国を巡っていると言う。


 将来に明るい展望が無く、同類と身を寄せ合い傷を舐め合う生活で燻っている中、()()()()()()()()同胞の存在が面白くないからと見下し、祖国が苦しい立場に在ることを「好機」と捉えることこそ、「愛国心」が疑われる生き様のように思えるが。


 バダックのように、力のある国の王族に庇護され、王族の側で働くような者は居なくとも、他の「説伏せて回った」同胞達の周囲の人間達にも、好印象は与えていないだろう。

 相手が平民と言うことで、更に態度は悪かったと容易に想像がつく。


 小国の商人や農民の噂が、国力が段違いで距離も遠い国の貴族の耳に入ることは、滅多に無いか数年遅れになる。

 だが、あと二年ほども経てば、注意を向けて集めずとも『フローライトの瞳の()()()』の悪評は、クリソプレーズ王国の王都にも届いていのたかもしれない。


 この辺りの「フローライト国王御落胤の冒険者()()のその後」については、クリストファーを通して、ニコルに裏付けとなる情報を提供してくれるよう依頼することになった。


 モーリスとネイサンの調査は、現段階ではこれ以上進む見込みが無いと言うことで、一度区切りをつけることにした。


 何しろ、古代王国に関しては、しっかりとした史料がほとんど残っていない。

 今回の調査も、歴代研究者達の資料に頼ったところが大きい。


 だが、そんな中でも新たに「古代王国に由来あり」と疑いの強い植物が幾つか挙げられた。


 挙げられた植物の中には、フローライト国王が連用している精力剤や催淫剤の原料として使われている薬草もあった。


 フローライト国王は、広大な後宮に管理不能となるほどに妃を迎え入れ、管理不能となるほどに子を産ませている。

 そして、十数年前から、まるで麻薬中毒者のような症状が現れている。


 クリストファーが、「強い薬物の複合使用と長期連用による影響」が麻薬中毒に似た症状を引き起こしているのでは、と疑いを持ち、今も研究と実験は続行中である。

 先般、研究の目処が立ちそうだと報告を受けているので、結果次第で国としての対応の方針も決まるだろう。


 ランディには、日付が変わってしばらく経ってから、ヒューズ公爵と()()()()()()()()()()ジュリアンが会ったと言う。


 専属護衛を全員連れて、という辺りに、ランディが全ての信頼を失った現在の状態が見て取れる。


 ハロルドとスティヒタイト王国王女との縁談を「良い話を持って来ました、褒めて下さい!」と言わんばかりに語るランディを黙って眺めていたジュリアンは、ランディが一通り主張を終えるとヒューズ公爵オズワルドに顎をしゃくったそうだ。


 オズワルドは、至極当然な常識を以てランディの主張を否定した。

 真っ先に放ったのは、「ヒューズ公爵家の息子の縁談に、平民が口を挟むとは。頭がイカれているのか」という嘲りだ。


 反論しようとしたランディを、ジュリアンに合図された専属護衛達が、威圧と剣の柄に手を掛けることで黙らせた。


 オズワルドは、「イカれた頭では理解出来なかろうが」と前置きして、ランディがしたことの非常識さ、非常識を越えて既に法に触れる罪であること、一国の公爵家と、その公爵家へ養子縁組の勅命を出した国王への侮辱行為に当たること、国交を結ぶメリットも無い遥か遠方の国の王女と我が国最強の騎士の婚姻では、利益があるのは向こう側のみで我が国にはデメリットしか無いこと、などを滔々と説いた。


 更に、公表していないだけで、既に『ハロルドの将来』については、我が国にとって最も利益のある道を陛下(ジュリアン)と共に決定し、内示を下していることを付け加えた。


 これについては、「物は言いよう」の類であり、ジュリアンは国王として『指示』は下してはいない。

 だが、ハロルドの婚姻については、「『生涯独身』という本人の現在の希望を尊重し、国が政略の為に婚姻を強制することは無い」と、国王ジュリアンが養父のオズワルドに直接言葉で認めている。


 それに、指示は出していなくとも、国にとっては、アンドレアの専属護衛であるハロルドが家庭を持たず職務に専念出来る状況は、実は非常に都合が良い。


 婚姻により貴族女性の人生を守ることは、貴族紳士の義務ともされている。

 だから、将来有望な貴族青年に「独身を貫け」という命令を王家の都合で下すのは、外聞が相当に悪いことになる。


 アンドレアの『専属護衛』は、()()()()()()()()()()()()ような人物でなければ務まらない。

 だから、現在アンドレアの『専属護衛』は、『剣聖』ジルベルトと『国内最強騎士』のハロルドの二名のみなのだ。


 実際は、例の模擬戦後に騎士団が生まれ変わってからは、近衛の中からも選りすぐりがチームを組んで交代で付いているし、コナー家からもクリストファー直下の精鋭が影からの護衛として複数付いている。

 しかし、それでも、『専属護衛』のジルベルトかハロルドは必ずアンドレアの側に付くことが必要なのだ。


 それだけ、アンドレアには敵が多い。


 二名しか居ない「アンドレアの専属護衛」は、たとえ家庭を持ったとしても、全くそれを顧みることが不可能な職務状態に置かれることになる。


 多忙な部署の役職付きや、夜勤や遠征が当たり前な軍人の家族も、然程、夫や父親が「家庭を顧みている」と感じることは出来ないだろう。

 だが、それでも彼らには複数の交代要員が居るし、臨時の増員が絶対に不可能と言う訳でも無い。


 アンドレアの専属護衛は、現在の二名の代わりは居ないし、臨時の増員も絶対に不可能だ。


 ハロルド自身が望んで家庭を持たない人生を選んでいる、という形で、代理の用意できない職務に専念してもらえるならば、国としては万々歳なのだ。


 アンドレアは、表向きは「第二王子」であり、「次期王弟」でしかないが、実際は「次代の実権者」であり、クリソプレーズ王国にとって決して失えない()()()()()()()()()だ。

 それは、「傀儡の王」以上に。


 ランディは、そんなアンドレアの重要性を知らないから、アンドレアの専属護衛を務めるハロルドの、()()()()()()重要性も理解しない。


 ハロルドは、国にとって「替えの利く」男性王族の一人でしかないアンドレアの専属護衛。


 ランディは、そうとしか認識していないから、スティヒタイト王国へ売ることで、執着愛の全てを注ぐ妻リナリアの望みを直ぐに叶えられそうな()()であるハロルドの所有権を、常識的には有り得ないのだと頭では分かっていても、無理を通して主張したいのだ。


 パーカー家男子の執着は、執着の度合いと対象によって人生が左右される。


 度合いは才覚・能力に比例するので、影響を受ける周囲や執着対象はともかく、()()()()()()()幸せな人生だったのかもしれない。

 だが、対象が「生身の人間」である場合、不幸や問題は、執着の度合いが強いほど起こりやすい。


 ランディの場合、執着対象が「家格も年齢も釣り合う貴族令嬢」だったので、手に入れるまでは寧ろ執着が良い方向へ作用していた。

 幸いなことに、執着した時点で婚約者も居ない令嬢だった。

 ランディは、自身の家より一つ爵位の高い家の令嬢に求婚する為、自己研鑽に励み、功績を得ようと尽力した。


 執着対象(リナリア)手に入れた(妻にした)後も、ソレを誰にも文句を言わせず囲って(しまって)おく為に、ランディは功績を積み上げ、地位を上げ、財産を増やした。

 それは、顧みられない子供達には既に不幸が起きていたが、それでもまだ、国や主君にとっては利益のある状態だった。


 だが、執着対象が生身の人間であれば、その性質は不変ではない。


 リナリアは、ランディの妻となった後は、それまで以上に囲われた狭い世界で生きることになった。

 そして、夫の「浮気と離れること以外は何でも望みを叶える」という姿勢の愛し方と、そんな愛し方が実現出来てしまう才覚によって、世間知らずで浅慮でありながら鼻持ちならない人間に変化して行った。


 逃げられない為に、()()()()()を付けさせまいと、婚約が決まった頃からリナリアの教育にまで口を挟み、要求を通していたのはランディだ。

 婚姻後は伯爵家の女主人としての教育さえ、受けさせる指示を家人へ出していない。


 お陰で、リナリアの中身は、「甘やかされ過ぎて育った幼い子供」レベルの物の考え方をする似非貴婦人である。


 長い間ずっと、ランディへ「お願い」をするだけで何でも望みが叶う人生であり、それ以外の人生を知らないのだから、リナリアだけを責めることは出来ない。


 ランディはリナリアにとって、まるで『妖精』だ。

 「お願い」をすれば望みが叶う、リナリアだけが使える特別な魔法だ。


 リナリアを狂わせたのはランディであり、リナリアによってとっくに狂っていたランディは、リナリアのお願い次第で如何様にも、愚者にも悪党にも聖人にも英雄にもなる。


 今のランディは、「堕ちた英雄」であり、「愚かな国賊」だ。


 現状を認識するほどに、アンドレアはハロルドの執着先がジルベルトで幸いだったと実感する。


 ジュリアンから、「爵位が欲しくば、既に他人となった子を対価とするのではなく、自らの力で功を立てよ」と命じられ、城を追い出されたランディと会うことは、おそらく、もう無い。


 ランディが功を立てる為にと命じられたのは、クリソプレーズ王国から比較的近い「黒い駒」の場所の調査だ。比較的近いと言っても、西側寄りの大陸中央部分だ。旅程は長い。


 だたし、「黒い駒」云々の情報は、信用を持てないランディには与えていない。


 ただ、その近辺に麻薬密売組織の隠れ家があるのでは、という報告を受けたから事実を突き止めて来いと、もしも事実であれば、単身で組織の殲滅が叶えば先ずは準男爵から爵位を与えよう、その後は功績を積み上げれば褒美で爵位が上がる可能性は十分にあると。


 そんな、()()だけを、ランディに与えた。


 叶える気の無い願いを餌に、ジュリアンは一旦、ランディをリナリアの近くから遠ざけた。


 ハロルドは、おそらく年内には、血縁上の両親を失うだろう。


 まっっっっったく、一っっっっっっ欠片も、悲しまないだろうけどな!


 今頃モスアゲートで任務中な側近で親友のハロルドに思いを馳せ、アンドレアは苦笑を浮かべた。





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