オマケ付き
ランディが報告の為に王城を訪れた。
だが、彼は一人ではなかった。
三十代前半と見られる男性の冒険者を一人、伴っていたのだ。
そして、その冒険者の両眼は、フローライトの色をしていた。
「面倒なオマケを付けて来たな」
第二王子執務室、既にモスアゲートに出立したハロルド以外のメンバーが揃う前で、アンドレアはボヤいた。
「御迷惑をお掛けしております」
儀礼的に頭を下げたのはバダック。
バダックを含め、この部屋の中の誰も、バダックが迷惑を掛けているとは思っていないが為の言葉と態度である。
「まぁ、要請自体は受けても構わんかもしれんがな。聞ける内容に期待は出来んが、一応、大陸西側の生の話を聞く機会ではある」
ランディが連れて来た、『フローライトの瞳を持つ男性冒険者』は、『フローライトの瞳を持つ亡命者』であるバダックとの面会を要請している。
「貴方まで顔を見せる必要は無いでしょうが、あの色の目の『御落胤冒険者』達の動向が我々の邪魔になるものかどうか、探り程度は入れておいた方が良いかもしれんませんね」
「そうだな。ミレット嬢の所の元冒険者達の過去から察するに、恐らく似た境遇の彼らは自衛の為に集団を作っているだろう。徒党を組んで、こちらに要らん影響を及ぼして来るなら釘刺しか排除が必要だろう」
ニコルの『狂信者』となっている、彼女に心酔して忠誠を捧げている元冒険者達は、それぞれが「凄腕」で有名だった元上級冒険者だ。
ほぼ平民で構成される冒険者業界の中でそうなれるのは、何処かで王侯貴族の血が混じったことで美形に生まれ、加護を多く授かった者達である。
冒険者稼業は、命の危険と荒くれ者にまみれるような職業である。
そんな『冒険者』になる「貴族の血混じり」は、大半が「貴族の庶子」とは名ばかりの「母親が貴族男性から性的暴行を受けた犯罪被害者」という、身分社会の闇的な実情が在った。
まぁ、所謂「訳あり」でもなければ、「貴族の血混じり」で美しく加護も多いと言うのに、将来も収入も不安定な冒険者稼業になど就きはしない。
犯罪被害者となった女性の子、という「訳あり」の他にも、少数ではあるが、「貴族の傍系」や「没落貴族」も冒険者業界には存在する。
しかし、その手の「訳あり」で冒険者まで身を落とす羽目になっているならば、実力や人格にも「訳あり」どころか「難有り」な者が多く、頭角を現す前に潰されて消えるパターンが殆どだ。
ランディのような「本当に馬鹿みたいに強い、元伯爵家当主で元一国の軍人トップ」が冒険者として働いているのは、例外中の例外だが、彼の場合は『国王専属』の肩書が付く。
一般的な、「破落戸に毛が生えた程度」と認識されることが珍しくない冒険者とは、また別物である。
ともあれ、ニコルの配下に居るような、「母親が犯罪被害者」だから「貴族の庶子」な『元凄腕冒険者』でさえ、「両親とも確実に代々平民」であろう外見の冒険者達の中では酷く目を惹き、そして知らぬ間に妬みと逆恨みを集め、足を引っ張られて破滅しかけた過去を持つのだ。
父親は一国の王、母親は「美しいから国王に差し出された女性」である『フローライトの瞳の御落胤冒険者』達の外見レベルならば、どれほど悪目立ちすることか。
彼らが冒険者として無事に生き続ける為には、同じ境遇の者達と数を集めた集団を作り、助け合う必要があるだろう。
彼らは、「国を出奔して冒険者になった」という体裁を取っている。
しかし実態は放逐であり、国からは国籍を失わせる措置を取られている。
だから、『冒険者』という「大陸共通の身分」を手に入れる為に、彼らは冒険者ギルドに加盟しているのだ。
国籍も身分も無い状態で、美少年や美青年が彷徨くなど、死ぬより碌でもない末路が待ち構えること必至だろう。
実際、複数の人身売買ルートや違法娼館、地下組織の運営する見世物小屋などに、『フローライトの瞳の男性』が存在するという情報も流れている。
その瞳を持つ男性が、何処かの資産家に愛玩動物のように飼われている、という話も、異なる複数の国で聞こえるらしい。
そういう未来を避ける為に、彼らは同類で身を寄せ合って生きていると、推測される。
恐らく、他に、それ以上の「いい手」を思い付くことも、実行出来る能力も無かったのだろう。
「彼らから見たら、バダックの地位と生活は、垂涎ものでしょうね」
胡散臭い笑顔で面白そうにネイサンが言う。
「苦労知らず、と思い込まれていそうです」
冷笑を浮かべてモーリスが相槌を打つ。
「亡命成功の後、亡命先で王族の庇護を受け、現在の身分は平民ではあるが立場は第二王子専属侍従。収入も生活も安定。仕事は、お茶汲みと書類整理くらいで危険も無し。とか。後半、実情と乖離してますね」
バダックの淹れた茶を飲みながら、ジルベルトが「御落胤冒険者達が思い込んでいそうな内容」を羅列する。
「お前ら、面白がるな」
呆れたようにアンドレアが言う。
「ランディ殿と件の冒険者は、二人とも『王族用』の応接室に入れてあるんですよね?」
「ああ。父上がヒューズ公爵に同席させて、ランディ殿の『報告』を聞くそうだ。まぁ、どちらもお忙しい身だ。どれほど応接室で待たせた後のことかは知らんがな」
アンドレアの言葉で、室内メンバーは今回のランディ達の扱いの意味を理解した。
王城の『王族用』応接室は、密談が可能な部屋だが、それには、王城の主にとってはの注釈が付く。
中の会話が外に洩れないよう厳重に配慮された部屋にはなっているが、そこで王城の主──国王に聞かれて困るような話は出来ない。
王城で「応接室」に案内された時、そこが『王族用』であるなら公に知られる理由は三つ。
一つは、単純に「王族が同席する」場合。
二つ目は、「王族が歓迎している相手である」場合。
三つ目は、「王族が使用に値すると認めている来客」の場合。
そして、公には知らされていない理由としては、「逃亡と外部の邪魔を防ぎ、国王の手の者が監視と盗聴及び記録を行う相手である」場合だ。
今回、ランディと「面倒なオマケ」が『王族用』応接室に案内されたのは、公には知らされていない理由の為だ。
だが、当人達は、公に知られている理由に該当すると考えているだろう。
待っていれば国王ジュリアンが来ると聞かされているし、ランディにも『国王専属』の肩書を持つ自負がある。
オマケの方も、愚かであれば、「『国の色』の目を持つ自分が王族として扱われている」と胸の内で思っているかもしれない。
だが、『国王専属』として任務を与えているランディの報告を、「応接室で聞くから」と待たせている現状は、ジュリアンがランディが持って来た話を重要視していないという意味だ。
息子と違って本当に脳筋なランディには、通じていないだろうが。
重要な書類が机上にも積まれ、重要な案件が声と言葉で室内空間に露出される場である『国王執務室』に、『国王専属冒険者』であるランディは、『報告』に訪れたと言うのに、入室を許されなかったのだ。
これは、国王の怒りと失望も表している。
登城より前、王都に入った時点で、ランディ達はクリソプレーズ王国の暗部にマークされていた。
その間の彼らの言動の報告、それに、王都帰還の連絡をして来た際に喫緊であると判断される付属情報が何一つ無かったことから、彼らとの謁見を「重要度低」の扱いにすることを決めたのは、ジュリアン自らである。
どれほど待たせる気かは知らないが、平民のランディが国王と宰相である公爵の時間を頂くのだ。
最短でも、朝から日没までくらいは待たされるだろう。
ジュリアンへの忠誠心だけは疑惑の無いランディは兎も角、ランディが連れて来た「オマケ」の方は、何時間で馬脚を現して本音や隠している要求をぶち撒けるだろうか。
室内の言動は全て、監視と盗聴と記録が為されていると言うのに。
「大体、バダックにだって、ただ目の色が同じだけの一介の冒険者が当日に面会を要請して叶うものではないでしょう。出奔前に、貴族の常識すら教育を受けなかったのでしょうか」
呆れを乗せてモーリスが言う。
バダックは、フローライト王国の『国の色』の瞳を持っているが、身分は平民だ。
しかし、亡命後、第二王子執務室専属侍従として真摯に働きながら、その能力で価値を認められ、行動と為人で第二王子執務室メンバーとの間に信頼を築き、現在は『第二王子専属侍従』の地位をも得ている。
今のバダックは、第二王子執務室のみに専属で付く侍従ではなく、第二王子アンドレア自身に付き従い、私室へ入って身の回りの世話まで許された侍従だ。
今現在、その地位を得ている者は、バダック唯一人である。
「王族の専属侍従に、血縁がある可能性が高いだけの、知己でさえ無い平民が、急に訪れて会いたいから会わせろと言う。我が国であれば下位貴族の子供でさえ非常識だと理解しますよ」
「フローライト王国でも、法令上は許されない行為ですよ。尤も、あの国では平民が王族の専属侍従になることは想定されていませんが」
モーリスの皮肉に、ネイサンが合いの手のように補足説明を入れる。
「バダックが俺の専属侍従だということは伝えてるんだよな?」
「ええ、勿論。それが何か? という顔をしていたそうです。『王族用』応接室に案内した後だったので、自分が王族として扱われていると勘違いしているのでしょうか」
「それはまた、頭の悪そ・・・ゴホン。バダック、フローライトの後宮の教育事情はそれほど不自由だったのか?」
頭の悪そうな奴だ、と言いかけ、咳払いで一応誤魔化したことにして、アンドレアはバダックに水を向ける。
「後宮の教育事情、となれば様々、としか。私は後宮では教育を受けた事実が一切ございません。ですが、あの国の後宮で男子として生まれ、去勢されずに冒険者になっている者は、生母の実家が強い後ろ盾として庇護していた者だけです」
「奴らならば、最低限の教育は受けられたと?」
「条件的には可能だった筈です。彼らは去勢を免れる為に後宮の管理官にかなり高額な袖の下を渡し続けるので、差し入れも自由でした。差し入れには教師も含まれます」
「は? 後宮に部外者が入れたってことか?」
「一応、許可されるのは老人のみ、とは言われていたようですが、老人に見える部外者が入っていた事実はございます」
「ネイサン」
余りに有り得ないことを聞いたと、アンドレアはネイサンの名を呼ぶ。込められた意味は、「法的にはどうなんだ」である。
「勿論、フローライト王国の法的には、極刑相当です。招かれた教師も、招いた妃も、その子供達全員も、見逃した管理官も。
部外者を入れたことによって後宮内の王族に危害が加えられた場合、妃の実家と管理官の実家も一族郎党処刑で取り潰しです。
国王に危害が、となれば、責は一管理官だけでは負えませんので、管理官を纏める長も一族郎党処刑で取り潰し。更にフローライト王国にて後宮管理官達の上役に相当する宮内大臣が更迭でしょうね。
ああ、もしも国王が弑されたとなれば宮内大臣も一族郎党処刑です」
つらつらと遠い国の法を諳んじるネイサンを眺めながら、アンドレアは結局、フローライト王国の後宮事情の理解を諦めた。
「あの後宮は、数が多過ぎて、最早、人間による管理は不可能な状況に至っているかと」
バダックが執事らしい笑みを浮かべて一礼しつつ述べるのが、おそらく一番正解に近い「フローライト王国の後宮事情」だ。
数。と一言で纏めたが、そこに含まれる意味は雑多である。
暮らす妃の数。暮らす王子や王女の数。日々新しく入って来る妃の数。生まれる王子や王女の数。確認されている死者の数。知らぬ間に死んでいた死者の数。いつの間にか消えていた人間の数。
許可を受けている出入りの商人の数。常の出入りが許された後宮管理官の数。必要に応じて出入りを許される技術官や官吏の数。常駐する医師や薬師の数。出入りを許された医師や薬師の数。
そして、泡沫のように「人」として認識されていない数多の使用人達。その他諸々。
「門の所で、入った人数と出た人数くらいは確認していた筈ですが、全ては袖の下次第というところもありましたので。
袖の下を渡しても厳しく検められるのは、死体の運び出しでしょうか。死体に紛れて『国の色』の目の者が逃亡することが無いよう、という意図でございます。
許可を得ずば絶対に外に出られないのは、国王以外の『国の色』の目を持つ人間だけでございました」
「そこだけは徹底していたのか」
「はい。ですが、そろそろ現王の種から成る『フローライトの瞳』の子供は、生きている者だけで千人を超えていましょう。つまり、この色の目の価値は、既に暴落済みでございます」
自身の目を指しニコリと笑んだ後の痛烈な皮肉。
外へ出さないよう守る稀少価値も、外へ出たとして「目の色」を理由に王位簒奪を謀れる付加価値も、手に入れたからと官位が上がるような政治的価値も、既に千人を超える『フローライトの瞳』の人間には見出だせなくなっている。
何なら、人買い達の需要とて、市場に同種の品がダブつけば、金銭的価値も暴落中だろう。
そう、現フローライト国王を実父に持つ『フローライトの瞳』の男が宣うのだ。
遠い異国で王族に自らの実力を認められて、確固たる地位を得たバダックが。
「お前がそう言うなら、俺から見てお前より相当に価値の低い、応接室で待機中の冒険者の目は何に例えたら良いのだろうな」
「路傍の石で良いのではないでしょうか。御身の貴いクリソプレーズに映す価値が有ろうとは、私には思い難く」
師匠譲りの口調で喋り続け、上品な仕草で戯けたバダックの脳内台詞は以下の通り。
『後宮時代に甘やかされてた金持ちのボンボンが徒党を組んでるだけでも鬱陶しいってのに、タカる相手を目指して職場に突撃したらイイ部屋に通されて、精神が完全に王族返りしてんだろ、コレ。面倒臭ぇ。あいつら半端に教育受けてっから勘違いに拍車かかってる気がするわ。
殿下は勿論、ジル様の視界に映す価値無し一択で良いだろ。下手に視界に入れたら勘違いして売り込んで来んぞ。去勢されずに生きたまま国を出たことで、あいつら自分達のこと特別な人間だと思い込んでるからな。
面倒臭ぇコトほざき始めたらどう始末すっかな。根城叩くにゃ遠征が必要になりそうだしなぁ』
応接室で苛つきながら不遜な態度も露わになりつつある『フローライトの瞳の冒険者』の未来は、どうにも明るく朗らかなシーンは見えないもののようである。