集まり始める情報
モーリスとネイサンの調査結果報告会の後、古代王国に由来の在る植物の調査は継続しつつ、自称帝国の影がチラつく『禁足地』の調査に注力する方針をアンドレアは決定した。
既に、ジュリアンへの報告、必要な各所への指示は済ませてある。
そんな中での、アンドレアの専属護衛兼側近ハロルドへ持ち込まれた、『禁足地』に灰色の駒を置かれた国であるシュンガイト王国の王孫令嬢との縁談である。
タイミングが良いのか悪いのか。
どちらにしろ、ハロルドに持ち込まれる縁談については、国内からでさえ受ける予定は無かったのだから、国同士の交流も無い他国からの話が纏まる結果など無かったのだが。
それでも、自称帝国への利益供与が疑わしい国王の溺愛する孫との縁談を、絶縁したとは言え血縁者を使ってまでアンドレアの専属護衛兼側近へ持って来た事実は、非常に重い。
この縁談の裏で、シュンガイト国王が自称帝国の手先に唆されていた事実があるならば、シュンガイト王国はクリソプレーズ王国へ敵対行為を行ったことになる。
黒い駒の置かれた小国、灰色の駒を置かれた石の名前を戴く国、それらの全てが、自称帝国を包囲する同盟各国に対する「未だ認識されていない潜在敵国」である可能性が小さくないのだ。
既に、同盟各国への忠告はジュリアンに任せてある。
どの情報をどのような形で同盟各国の首脳と共有するか、今頃は国王側近達と協議しているだろう。
古代王国由来の植物の調査を一旦中止せずに継続するのは、自称帝国が呪いの儀式に使用している植物に関して、今回、詳細な情報を得たことで新たな疑念が湧いたからである。
自生場所が現在『不毛の地』でもない山間部に点在する『カギグルマ草』ならまだしも、『シオミチ草』の自生地は、現在は他の植物の生えない『不毛の地』となっている場所であり、この大陸中その一箇所しか無い。
それなのに何故、自称帝国の人間が大量に所有しているのか。
また、過去に大罪人として処刑された「娼婦エリカ」は、『シオミチ草』をモグリの薬屋で購入していたが、ソレが店頭に並んだ経緯としては「他の香草に紛れて入って来た」という店側の供述が残っている。
何故、大陸に一箇所しか無く、他の植物の生えない不毛の地で採取された筈の『シオミチ草』が、他の香草に紛れ込んで、全く需要の無いクリソプレーズ王国へ入って来たのか。
それぞれの自生地と比較的近い場所に、黒い駒の場所や灰色の駒の場所は在る。
それらの場所に潜伏する自称帝国勢力が、自勢力への安定供給が可能な量を採取、保管している可能性は大きい。
また、自称帝国は、それらの植物の自国内での栽培に成功している可能性もある。
更に、意図的に様々な国への流通商品の中へ、呪いに使用する植物を混入させている可能性も出て来たのだ。
自称帝国からの流通物ならば、警戒と排除は可能であり容易でもある。
しかし、黒い駒及び灰色の駒の置かれた数と位置を考えれば、それだけの異なる国々から発した、または経由した物品を、全て警戒排除することは現実的に不可能だ。
これは、『世界』への静かなテロ行為と言えるのではないだろうか。
捧げる供物の用意には手間取るだろうが、儀式の手順自体は然程難しくない、「魅了」や「精神操作」などの呪い。
大陸の国々の流通物の中に、自生地の限られる、需要が無ければ国に入って来ない筈の、「儀式に必要な植物」が密かに混入されている。
密かに混入している「珍しい植物」の存在について、民のどこまで認知が広がっているものか、現時点で既に国の上層部も把握は出来なくなっているだろう。
其処に、人間の欲望を唆る『呪い』の効果と儀式の手順の情報を流す。
・・・儀式には、妖精を生贄として捧げる必要がある。
欲に駆られた人間が、大陸の各地で、世界を癒す妖精を生贄として消費する事態が多発する。
そんな未来があるならば、『神』である『世界』は、人間を見放すのではないか。
「ミレット嬢に依頼をかけていた情報、どう見る?」
アンドレアは思考を一度閉じ、今朝方私室でクリストファーから渡された、ニコルへ依頼していた情報収集の第一報を纏めた文書を前に、側近達に問う。
「シュンガイトは、やはり臭いですね。彼の国が自称帝国と繋がっていたという情報を把握していなかった此方の落ち度ですが、呪いの儀式に必要な『アンティークの宝石』を大量入手する理由を、我々が与えてしまった感があります」
「ああ。我が国にそれらが入ってくる確率を低める為の策だったが、皮肉なことにな」
シュンガイト王国では、ニコルが発案者であることを隠し、ニコルの父親が会頭のミレット商会から、アンティークの宝石を瞳に使用した完全オーダーメイドの超高級ドールを流行らせていた。
それらは、我が国を守るために、クリソプレーズ王国で「魅了」や「精神操作」の呪いの儀式に必要な供物が入手しづらくなるようにと取った策だった。
しかし、超高級ドール流行の仕掛け人として、王家のお墨付きでミレット商会に協力していたシュンガイト国王に自称帝国との繋がりがあるならば、その「協力」は、此方の為ではない。
自称帝国への協力の隠れ蓑にされていたのだ。
件の超高級ドールの材料を集める為に、シュンガイト王家は『王家のお墨付き』を以てアンティークの宝石集めに手を貸してくれた。
しかし、そうして集めた宝石は、シュンガイト王家の名を使ったのだからと、事前に「王家の姫や妃らが手元に置きたいと望んだ石」は除いてミレット商会へ渡されていた。
商会へ渡される前に抜かれた宝石の数も色も、商会側には知らされていない。
本当に、王家の姫や妃達の手に渡っているのかも。
「我が国へ仕掛けた陽動作戦では、随分と豪勢に石も草も使い捲っていたようだしな」
「他の、黒や灰色の駒を置かれた国の流通に関する情報も、全て穿った目で見れば怪しく感じますね」
「何処の国も『王家の庇護する商会』や『王族が贔屓にする商会』は、多かれ少なかれ存在するのは当たり前ではあるがな」
それぞれの国に、一定期間以上滞在していた年嵩の商人らから集めた話の中で、商人の勘としては腑に落ちない好景気が感じられた時期と、『禁足地』の発令時期との相関が、不気味な繋がりを覗わせる。
それらの「腑に落ちない好景気」を支えた各商会が、他国との通商で使っていると推測されるルートが、黒や灰色の駒の『禁足地』同士を繋ぐ「現在は正式な道として把握されていない廃された筈の通路」に近接するか交わっているのだ。
更に、騎士団から借り出した、背後関係や大本の組織が国外に在る犯罪の記録台帳と照らし合わせてみると、複数のメジャーな麻薬の製造工場や密売組織の拠点と目されている場所の付近には、黒い駒の『禁足地』がアクセス便利な地点で存在している。
これまで、それら麻薬の製造工場や組織の拠点が複数の異なる国の領土内にバラバラに在ったこと、自称帝国との距離、「自称帝国は同盟国により封鎖が成されている」という思い込みなどが、可能性を考えることを排除し、多くの麻薬の大本と自称帝国を繋げて考えられたことは無かった。
だが、こうなると、自称帝国の資金源の一角は、麻薬の売上であることが非常に疑わしい。
既に「自称帝国のお家芸」のように知られている、人身売買と併せれば、どれだけの稼ぎだったものか。
「・・・自称帝国は、これまで我々が考えていた以上に、勢力を大陸各所に広く延ばしていたということでしょうか」
「そうなるだろう。何しろ、『封鎖』したつもりでいただけで『封鎖』の実態は無く、ほんの二年ほど前までは出入り自由な『玄関口』があったんだからな。
警戒する同盟国を避けて、それ以外の国では犯罪集団として荒稼ぎ。その資金を回して、諸国の時の権力者と繋ぎを作れば、後ろ暗い方法での金稼ぎは更に容易になり、手も広げられる。
一応真っ当な国家として体裁を保たねばならない『普通の国』達が、手段を選ばず金策に走れる奴らに経済力で凌駕され、『普通の国』同士での国家間競争の為に金を欲して、奴らと密かに手を組む」
「何世代もかけて、こちら側にとっては『悪循環』と呼びたくなるような、勢力拡大方策が取られていたのでしょうね。まるで気付いていなかった、こちら側の完敗です」
「これまではな」
低く、声を発したアンドレアに、全メンバーが険しい雰囲気を纏わせて首肯する。
そう。
気付けなかったこれまでは、確かにこちら側の完敗だろう。
完全に、自称帝国側に、してやられていた。
間抜けにも、出し抜かれ続けていたのだ。
だが、これからも同じでいる気は無い。
「同盟締結から五十年以上も好き放題にされながら時が経過した後となるが、漸く本当に、自称帝国は『封鎖』された」
「国外残存勢力は、本国から指示も援軍も受けることが出来ない状況です」
「そうだ。先王陛下から頂いた資料からは、自称帝国の国外残存勢力と疑わしい、国籍不明の工作員らしき者達が、各国で統率の乱れた動きをしている様が覗える」
コンラッドが、凶悪な目力で快諾した「アンドレアへの協力」の成果の一つが、クリストファーから持ち込まれた文書の数刻後に、アンドレアの手元に届けられていた。
二十年以上、大陸漫遊のような生活を送っていたコンラッドには、王族の見地見識を持ちながら、王族らしからぬ人脈と経験がある。
そして、その目と耳で実際に見聞し、その肌で実感した「現地の空気」とも言える、形無き情報の蓄積があるのだ。
そのコンラッドが、今も保持する伝手から取り寄せた「生の最新の現地状況」の第一報が、机上に広げられている。
「国や地域に偏りも無く、広範囲で満遍なく、『統率者を失ったかのような動き』を取っているようですね」
「ああ。いくら、本当の封鎖が始まったからと言って、この状況は、おかしいと思わないか?」
「・・・訓練された専門職、の筈ですよね、奴ら」
「そうだ。この二つの文書、そして同盟各国へ行われた、国境封鎖線破壊の為の陽動作戦の顛末から、俺は一つの仮説を思いついた」
アンドレアが、手に持っていたニコルが配下や傘下の商人達から収集した情報を纏めた文書と、コンラッドが大陸漫遊時代に築いた人脈によって齎された各地の最新状況に嘗てコンラッド自身が実際に見聞きした内容を加味した文書を机上に並べ、不敵に笑う。
「おかしいだろう。
裏取りするまで取り敢えず仮定ではあるが、自称帝国は、封鎖されていない遠隔地に、複数の麻薬製造販売拠点を持っていたんだぞ?
それが潰された訳でもないのに、我が国へ陽動作戦を仕掛けた奴らは、資金難から消耗戦に出ていた。
本国が封鎖され、本国では深刻な物資不足に陥っている。そんな非常事態で、『封鎖線破壊の為の陽動作戦』に、金策が役割であろう主君を同じくする筈の同国の勢力が、資金の融通をしなかった、ということになる」
「それは・・・ひどく不自然、ですね。資金提供が無かったのがクーデターや手柄の奪い合いが目的ならば、先王陛下の文書にあるような、大陸各地での『平時の個人行動的』や『我関せず』のような動きは妙です」
「だろう? いくら、国外へ出る任務を与える前に、ガチガチの思想統制と洗脳教育で思考を固めたとしても、訓練された本職は、固められた『御国第一、御国絶対』の思想をベースに職位に沿った行動を臨機応変にするものじゃないか?」
「自称帝国の工作員は、悲しいことに、崩壊した『前モスアゲート暗部』より余程、本職らしいですからね」
「だから、おかしい」
アンドレアの言葉に、徐々にメンバー達は、アンドレアの思いついた『仮説』に、自分達も思い至り、息を呑む。
「俺達が今までに遭遇したことのある自称帝国工作員らは、根本的に普通の精神状態に見えなかった。だが、それを、徹底した思想統制と洗脳教育の賜物だと考えていた」
「洗脳教育を施されて思考が固まっている人間と、精神操作の支配下にある人間の区別は、大変に付きにくいものでしょう」
「ああ」
アンドレアは、全員が同じ答えに辿り着いたことを認め、明言する。
「俺は、自称帝国が国外任務を与えている者は皆、本国の高位の身分の者による呪いの精神操作支配下にある、と考える」
「それならば、封鎖が完全に成った途端に本職らしからぬ動きを取り続けることに納得がいきます」
「指示外の行動は禁じられている可能性もありますしね。支配した側にとって想定外の事態が起これば、支配されている側が臨機応変な対応を現場で取ることは不可能でしょう」
「『玄関口』を出入りするのは全て呪い済み、と言う事だったなら、我が国が自称帝国に潜ませていた間諜がその存在を知れなかったことも無理は無い。自称帝国へ送られる者は、呪いの餌食にならぬよう、自称皇族と『互いに認識』の状態にならない範囲での情報収集を命じられていたらしいからな」
自称帝国にとって生命線でもあった『玄関口』の存在は、何よりも厳重に秘匿されていたことだろう。
おそらく、自称皇族の中でも一部しか、その存在を知らされていないほどに。
そうでなくては、これほど長い間、隠し切れない筈だ。
確かに、間抜けなことに、同盟各国は自称帝国に、ずっとしてやられてきた。
だが、各国とも自国の暗部から精鋭を多数、送り込んでいたのは事実。彼らの齎した情報で、多くの自称帝国の企みを阻止した実績もある。
だが、その送り方や指示も含めて、「してやられていた」ことは認めなければならない。
おそらく、自称帝国側は、こちらが『呪い』という禁術の存在を把握し、警戒していることを利用していた。
送り込む間諜が精鋭ならば、呪いによって寝返られた場合の被害は大きい。
だから、呪いを警戒している各国上層部は、送り込む間諜が精鋭であればあるほど、「自称皇族には認識されるほど近付いてはならない」という指示と共に任務を与えるだろう。
そう、読まれていたのだと考えられる。
だから、絶対に気取られたくない情報は、自称皇族から外に出さない。
そういう策を採られたのではないだろうか。
そうすれば、敵国から送られて来た間諜は、『自称帝国が絶対に気取られたくない情報』にも近付けない。
そして、自称皇族以外の者が、『自称帝国が絶対に外部に知られたくない情報』を知るならば、全てを呪いにて支配下に置く。
あの『玄関口』の存在は、自称帝国内部に潜伏しての諜報活動では、却って知ることが難しかったのではないだろうか。
『玄関口』の存在を知る者の中には、初めから国外任務を与える為に呪いをかけられた者も居るだろうが、知ってしまったが為に、呪いを以て支配下に置かれた者も居るだろう。
「封鎖した国境を空から越えた鳥類の全てに対し、捕獲や撃ち落としに成功したとは言えない。
仮説に基づき、精神操作の支配下にあると思われる国外残存勢力が、陽動作戦の実行部隊のように新たな指示を受ける機会を徹底的に排除するよう、陛下に上申する」
アンドレアの宣言に、側近達は皆、黙して御意を示す礼を執った。