表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/196

それは連発していい言葉じゃない

 後半、タイトル通りのツッコミを入れたくなるかもしれません。


 第二王子執務室メンバーが、心の伴わない貼り付けたような笑顔で表情を揃えて居並ぶのは、王城の応接室の一つ。

 主に、王城勤めの貴族が勤務時間内に人と会わねばならない時に、使用許可を申請して使う部屋だ。


 応接室にはランクがあり、現在彼らが使用しているのは『高位貴族向け』の一室である。


 面会を申請して来たのが侯爵家当主であり、面会を望まれた対象が「ハロルド・ヒューズ」という公爵家の養子だから。


 というのは、建前。


 ハロルドに面会を申し込んだのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、『王族用』を使用している。

 面会を受ける条件として、「第二王子アンドレア」という王族が同席するのだから当然のことである。


 アンドレアが同席していながら『高位貴族向け』が使われるのは、「お前を歓迎していない」という無言のメッセージとなる。

 そして、『王族用』と比べ、扉や壁の厚さ、護衛の配置、構えられた場所的にも、中で為された会話が外部に洩れる危険性が高いのが『貴族向け』応接室だ。


 王城内で貴族同士の()()()()()など、応接室でするものではない。


 それは、それ専用の部屋が在る。


 ()()()()()()()の一つが、『王族用』応接室なのだが。


 彼らが揃えているのは、作られた表情だけではない。

 胸の内で考えている文言も、である。


 このタイミングで、コレか。


 という、呆れや嘲り、不快感、時機の巡り合わせへの驚きなどを混ぜ込んだ一文だ。


 ハロルドへの面会を申し込んで来たのは、クリソプレーズ王国の侯爵家の一つであるゴジル侯爵家当主、フリード・ゴジルだった。


 ゴジル侯爵家は、ハロルドの生母リナリアの生家であり、現当主フリードはリナリアの実弟だ。

 ハロルドにとっては、血縁上は一応、叔父に当たる。

 ただし、ヒューズ公爵家へ養子に入る際に、キッパリと法的にも絶縁しているので、現状、赤の他人でしかない。


 元々、リナリアがハロルドの実父へ嫁いだ後、リナリアが貴族夫人として健在であった頃でさえ、パーカー家とゴジル家の交流はほぼ無かった。

 ハロルドがパーカー家嫡男だった頃も、ゴジル侯爵家の人間とは私的な交流どころか、社交の場でさえ顔を合わせて言葉を交わしたことが無い。


 当然、彼らはハロルドの窮状に気付くことも、手を差し伸べることも、全く無かった。


 だが、ハロルドの実父ランディが失脚し、パーカー家の廃絶が決まった後、王族の覚え目出度いハロルドを「血縁」を理由に手に入れようと、一時期、お為ごかしに無礼で強引な接触を執拗に繰り返していた。


 無表情で冷ややかに激怒したモーリスに、当時の当主だったハロルドの血縁上の祖父とその妻の祖母は、再起不能なまでに心を折られて領地へ隠遁する羽目になったのだが。


 その時の、両親の絶望に染まった顔を、フリードは忘れたのだろうか。


 そもそも当時、既にヒューズ公爵家との養子縁組が()()()()()()()()()、「血縁」だの「家族の情」だの虚偽にまみれた妄言を濫用して横槍を入れて来たのだ。

 貴族家当主の座に居る資格など無い。


 前ゴジル侯爵夫妻は領地の片隅の別荘に逃げ込んだ後は、二度と王都へ戻る事は無く、社交界にも一切顔を出していない。

 モーリスが把握する『使用人ネットワーク』によれば、夫妻は別荘の戸外にすら出られないほどに、人の視線に怯えながら暮らしているらしい。


 だと言うのに、今回、懲りずにゴジル侯爵家当主から持ち込まれたのは、ハロルドへの縁談だ。


 血縁上の繋がりはあっても法的には赤の他人であり、ハロルドに対して何の権利も有していないくせに、である。


 公表されているパーカー家廃絶の理由の一つは、ハロルドへの幼児期の姉三人からの苛酷な虐待による傷を原因とする「嫡男の生殖能力の喪失」だ。


 その情報の公開以降、婚姻してもハロルドの血を引く子供は望めないこと、養父である宰相ヒューズ公爵と主君である『粛清王子』アンドレアへの恐れなどから、これまで国内貴族がハロルドへ強引な婚約の打診をして来ることは無かった。


 学院で接していた同世代の国内の令嬢達は、ハロルドの女性嫌いを実体験していることもあり、政略的に旨味を求めて打診を仄めかす当主達も、ハロルド本人が軽く躱せる程度の()()で済ませていたのだ。


 現在、王太子エリオットの成婚フィーバーに乗って、国外からクリソプレーズ王国貴族へ多くの縁談が寄せられている。

 大分下火にはなり、既に断った件も数多いのだが、それでも「ダメ元」のような感触で出してくる輩も居るので、まだまだ完全に収まる日は遠そうだ。


 寄せられる縁談の一番人気は、相変わらずハロルドのままだ。


 碌な下調べもせずに、「第二王子側近」、「公爵家の養子」、「王族専属護衛が務まる騎士」、という肩書きだけで縁を望んで来た者達も居るが、公表されているハロルドの生家廃絶の理由を知って尚、「却って都合が良い」と言い放つ者達も居る。


 欲しいのは、クリソプレーズ王国の宰相ヒューズ公爵や第二王子アンドレアとの繋がりであり、それはハロルドと姻戚になるだけで手に入る。

 ハロルドの功績があれば、妻を得て家を出た際には叙爵の可能性は高い。

 子を成せないハロルドの後継者には妻側の血筋から養子を取らせれば、『クリソプレーズ王国貴族家の乗っ取り』も容易だ。


 そういう本音が、「都合が良い」という言から読み取れるのだが、読み取れるだけで明言はされていない為に、相手の身分によっては此方からの断り文句も穏便にせざるを得ない。


 ハロルドに生殖能力が無い、というだけでは、引き下がらない相手が結構な数で居るのだ。


 かなり多忙な『第二王子側近兼専属護衛』という自身の職務を不足無く遂行しながら、最近は連日それらの対応に腐心していたハロルドのストレスは、現段階で物凄い質量で蓄積されている。


 この場が設けられたのは、実はゴジル侯爵の要望を叶えたように見せかけての、ハロルドのガス抜きと、これ以上ハロルドへの縁談を増やさない為の牽制の下準備だ。


 主君(アンドレア)からも義兄(モーリス)からも御主人様(ジルベルト)からも、「口撃だけなら好きにして良い」というGOサインが出されている。


 口撃だけでも、枷を外せばどんな爆弾を放つか分からない凶犬(ハロルド)に、抑止力となる三人が揃いも揃って「好きにして良し」の許可を与えたのは、ゴジル侯爵が持って来た縁談相手が理由だ。


 ゴジル侯爵の嫡男バートンは、国外から妻を娶っている。

 それは、クリソプレーズ王国内に於いてゴジル侯爵家が落ち目であり、バートンの婚約者探しに当たって国内の有力貴族家からは尽く打診を断られたからだ。


 侯爵家のプライドから、下位の身分からの嫁取りは受け入れ難く、フリードは幾つもの国外の高位貴族家へ打診を行った。

 そして、シュンガイト王国のリートン公爵家の長女ネリーをバートンの妻として娶ることに()()したのだ。


 リートン公爵家は、シュンガイト王国の王家と縁の深い家門である。

 ネリーも現シュンガイト国王の王孫の一人だ。

 交流の薄い他国の貴族とは言え、石の名前を戴く国の公爵家の令嬢であり王孫でもあるネリーとの縁を結んだことを、フリードは「成功」だと思っている。


 だが、シュンガイト王国は、先日第二王子執務室で行われたモーリスとネイサンによる調査結果報告会の場で、地図上に()()()()を置かれた国だ。


 つまりは、現国王が、自称帝国にとって都合の良い場所を「禁足地」として発令してまで、利益供与を行っていると疑わしい国だった。


 そんな国の王孫。

 しかも、話を持って来た「キャロル・リートン」は、バートンの妻ネリーの実妹を紹介するという体裁だが、「現シュンガイト国王が最も溺愛している」と内外に有名な王孫である。


 心証は漆黒だ。


「ゴジル侯爵。貴殿は『生理的嫌悪感』という言葉をご存知ですか?」


「は?」


 流石に歓迎されていないことには、落ち目でも腐ってもクリソプレーズ王国の高位貴族家当主なのだから気付いている。

 居心地悪げに引き攣った笑顔を浮かべていたゴジル侯爵へ、殊更に作り笑顔を深めてハロルドが口撃を開始した。


 急に「生理的嫌悪感を知っているか」と問われ、間抜けな声を上げた侯爵へ、ハロルドは早速爆弾を一つ投げつける。


「多くの人間は、目の前に大量の人糞が積み上げられていたら覚えるような感覚のことです」


「は・・・?」


 いきなり何を言っているのか。

 そんな困惑が声音に乗ったゴジル侯爵の「は?」だが、ハロルドは気にせず作り笑顔で続ける。


 大量に積み上げられていなくても、大抵の人間は生理的嫌悪感を覚えるぞ。


 という、仲間達の内心のツッコミも気にしない。


「例えば、その大量に積み上げられた人糞を捏ねて、人形を造り上げた者が居たとしましょう。その人物は、天才芸術家と名高い人物であり、出来上がった人形の造形は稀なる美しさを現している。

 だがしかし、それでも人糞です」


「何を・・・」


 何を言い出すんだ。

 そう言いかけたゴジル侯爵の言葉を、聞こえなかったかのように流して遮り、ハロルドは滔々と持論の展開を続ける。


「天才芸術家の手による造形美に奇跡が起こり、その人糞人形は自我を持つようになった。

 けれど、どんな奇跡が起ころうが、人糞であることに変わりはありません」


「いや、あの・・・」


「人糞人形が持つようになった自我は、人間達が理想とするような素晴らしいものだったとしましょう。

 けれど、人糞でしか無いのです」


「ちょっと待・・・」


「周囲の人々は人糞人形を褒めそやし、人糞人形に人間の伴侶を与えようとしますが、伴侶として与えられようとする人間には、どうしても人糞で出来た人形を受け入れることが出来ません。

 何故なら、人糞なのですから」


「おい!」


 ここまで来てハロルドの意図に気付き、困惑から激高に感情を切り替えたゴジル侯爵が荒らげた声を上げると、漸くハロルドの感情が宿った視線が侯爵へ向けられた。


「っ!」


 感情など空っぽな視線を受け続けていた方が良かった。


 そう、侯爵が後悔しても、もう遅い。


 ハロルドから向けられた視線は、良く出来た作り笑顔のままで、底知れぬ憎悪と憤怒の闇を湛えている。


 瞬間で肝が冷えるどころか凍り付いた感覚で、ゴジル侯爵は言葉を失う。


「貴殿は、人糞で拵えた人形に、愛を囁き、抱きしめ、口付け、交合が出来ますか? 人糞人形と婚姻を結び、共に家庭を築くことは? どれだけ造形が美しかろうが、奇跡によって理想的な自我を有していようが、生理的嫌悪感を催す『大量の人糞』が姿形を変えただけの存在を相手にです」


 ハロルドの表情は、話し始めた時と変わらぬ笑顔のまま。

 ハロルドの声音は、話し始めた時と変わらぬ明朗かつ穏やかな調子のまま。


 それを裏切る視線の闇が、却って恐ろしい。


「私にとって女性とは、一つの例外無く『生理的嫌悪感』を催す対象です。身分も造形も能力も思想も関係ありません。多くの人間が『大量に積み上げられた人糞』に覚えるものに等しい感覚を覚える対象なのです」


 表情を変えず、声も口調も変えず、「人糞」がゲシュタルト崩壊しそうなほど話の中で繰り返されているシュールさが、いっそ仲間達の中では可笑しくなって来ているが、当人同士にとってはシリアスな対峙である。


「妻として娶られた女性は『人糞人形』に等しい扱いを夫から受けると言うのに、外圧で無理矢理にでも私の伴侶に収まらせようとする意図は、()()()()()()()()、どのような陰惨な謀が裏に存在するのでしょうか」


「・・・っ」


 何か言葉を口にしたくても、ハロルドの視線に怖気たゴジル侯爵の喉は、震えるばかりで声を音にしない。

 水面に口を出して餌を強請る魚のように、はくはくと忙しなく口の開閉だけを繰り返しても、ハロルドの独演は止められない。


「どれほど、その女性の不幸を望んでいれば、『人糞人形』扱いの待つ婚家へ嫁ぐことを命じられるのでしょうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言うのに」


 笑顔は変わらず、声音の明朗さと穏やかさも変えず、自身の意向を吐露する部分はしっかりと強調するハロルド。


 通りの良い彼の声は、装飾だけは立派だが、よく声の洩れる薄い扉の向こう側まで、しっかりと聞こえていることだろう。


 溜まりまくった鬱憤の解消も目的の内だが、今日()()()()ハロルドが「人糞」などと強烈な言葉を多用したのは、室外へ洩れた会話の内容が、尾鰭背鰭を付けた噂となって広がるように、と目論んだ下準備の為である。


 防音効果の期待出来ない『貴族向け』応接室を使用したのも、その為だ。


 勿論、尾鰭も背鰭も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、先んじて人員は手配している。


 燃え尽きた灰のように色を無くした顔色で、一度も会話の主導権を取れないまま、「時間だから」と面会を切り上げられたゴジル侯爵フリード。


 来訪時に比べて十年は年老いたように見えるフリードなど一顧だにせず、ハロルドと彼に付き添った第二王子執務室メンバー達は、サラリと部屋を出て行く。


 第二王子執務室という『ホーム』へ帰還した後に、「お前、『人糞』言い過ぎ」、「策だというのは分かりますが、君は王族側近の公爵子息なんですよ」というお叱りが、主君(アンドレア)義兄(モーリス)から下されるのだが。

 晴れ晴れと遣り切った顔のハロルドは、まだ知らない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ