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図書館と辞典の調査結果・中

「もう一つの黄色い駒の場所。ここは、こちらの地図では小さな湾内であり、海水で満たされていた場所になります」


「海水で満ちた場所か。『シオミチ草』を連想させて来る」


 現在の地図と古代王国時代を再現した地図を見比べたアンドレアの反応に、いつもの胡散臭い笑みを薄く浮かべてネイサンは説明を続ける。


「はい。ここが大陸唯一の『シオミチ草』の自生地なのです。

 現代に於いて『シオミチ草』の需要があるのは、現在の地図上でフローライト王国の南側に点在する小国の隙間、この迫り出した海岸突端部に棲む少数民族の『成人の儀式』で施される化粧の香料としてです。他に、表立って需要のある国や民族は確認されていません」


「駒の位置は、少数民族の棲む場所とは離れているな」


 古代王国時代は海中だった場所に置かれた黄色い駒は、フローライト王国を挟んで北側に幾つもの国を越えた位置だ。


「そうですね。その少数民族の『成人の儀式』ですが、化粧を施した後、海岸突端部の崖から海中へ身を投げて()()()()()()です」


「生還するまでが、一連の儀式ということか?」


「そうとも言えますが、生還した者だけが成人と認められます」


「そりゃあ、生還しなけりゃ成人にはなれないだろうな」


「ごく狭いコミュニティ内で古くから受け継がれた『掟』は、時代が進む毎に、当時はあった『納得がいく理由』が消失や変質をして、後世の人間にとっては無茶苦茶だと感じられる内容になることが間々あります」


「あー、それも『掟』か」


「はい」


 鬱陶しげに銀色の頭をガリガリと掻くアンドレアに、重々しくネイサンが頷く。


「彼らは『掟』により、十五歳で男女の別無く『成人の儀式』に挑まなければなりません。儀式の意味は、『罪の匂いを纏い、擬似的に咎人となって尚、神の愛を受けていれば生きることを許される』ということで、生還して『神に許された者』以外は、生き続けることを許さないことも『掟』です」


「矛盾してるな」


「何処かの時期に、重要な部分が失伝しているのかもしれませんね。または、矛盾も含めて神慮として伝えられているものか」


「なるほど。しかし、『罪の匂い』か。『シオミチ草』が化粧の香料に使われてるんだよな」


「この大陸に現在まで残っている、国を持たずに独自の文化を保持したコミュニティを築いて生きる少数民族は、全て、過去の時代で何処かの国家の権力者から逃げ延びた民が隠れ棲んだ集団であると目されています」


 アンドレアへの応答は、ネイサンからモーリスに引き継がれた。


「『シオミチ草』を成人の儀式で使用する民族は、『千切れた首輪』の入れ墨が民族の特徴です。

 彼らは乳児の内に、自分達の血脈を象徴する入れ墨を彫られる。

 祖先から継がれて来たその入れ墨の意匠は、首輪が、祖先が『元奴隷』である事実を子孫へ偽らず伝えることで、同じ血を繋ぐ者達への戒め。

 その首輪が千切れていることは、『二度と隷属することは無い』という決意を表しているそうです」


「奴隷だった過去を戒めとする、ということは、『儀式』の意味からも、隷属していた間に罪咎に加担していた民でありそうだな」


「ええ。この古地図の湾内の海中だった部分ですが、海岸の少し入った所に印があるでしょう」


「あるが、コレは何だ? 水瓶の中に鳥籠が収められているような図だが、現代の施設に置き換えられる物が想像つかん」


「ある国もあるのかもしれませんが、少なくとも大っぴらに()()()()()が存在していると知られている国を、僕は知りません」


 ほぅ、と体内の不快を逃がすように一つ息を吐き、モーリスは続ける。


「この湾内は、王家が所有する『水牢』と、現代でも通じる言葉を借りれば、そう言えるものでしょうか。ですが、我々の想像する『水牢』とは用途や趣が違うものだったようです」


 一言での説明が難しいようで、モーリスが珍しく悩ましげな表情を見せている。

 少し考えて、ネイサンが口を出した。


「檻の中に入れた動物を展示して、それを見物する娯楽場が開催されることがありますよね」


 この世界には「動物園」と呼ばれる固定の施設は無いが、前世の移動動物園のような、街中には居ない動物を展示して客寄せをする催し物はある。

 大体が、前世の移動サーカスのような一団とセットだ。


 同じ部屋の中で話を聞いていた、前世の記憶を持つ者達は、胸糞の悪い答えに行き着いた。


 水族館。


 それも、多分、展示していたのは『人間』なのだろう。


「この場所が何であったのか。印の位置には、古代王家の所有する、おそらく別荘のような建物が在ったようです。それに纏わる昔話の中の、『訪れた王族が、湾内の海中を覗き込んで、()()()()()()()()()()()()()()()()を愛でる水中の檻があった』という一文を見つけたのが最初でした」


 気を取り直したモーリスが、咳払いを一つの後、説明を再開する。


「ただ、僕には檻で囚われるような大きさの魚に『色とりどり』という印象が無く、引っ掛かりを覚えたので、『王族が愛でていた魚』の描写に焦点を当てて、類似する昔話など様々な資料の中から只管探してみたんです」


「『魚』じゃなかったんだな」


「ええ。魚に『若く美しい』までは、まだ有り得る表現かもしれません。ですが、『鮮やかな色の髪を長く伸ばさせて』と言える毛髪が、古代の魚にはあったのでしょうか? 更に、魚に『手足に枷を付けて鎖で檻に繋いだ』と言える手足は?」


「髪の長い、手足のある、若く美しい色とりどりの『魚』、か。悍ましい嗜好だ」


「言い伝えられる古代王家の()()からすれば、古代王族らしい嗜好ではありますがね」


 ほぅ、と、また一つ息を吐き、モーリスは話を『祖先が罪を犯した奴隷』と思しき少数民族に近付ける。


「この、海中の檻に、各地から捕らえて運び込んだ『魚』を繋ぐ役割を担っていたのが、奴隷でした。海に潜ることが得意な近隣の村の民、素潜り漁で生計を立てていた村のようですね。それを、村一つ丸ごと奴隷にしたようです」


「奴隷が禁止されるまでは、近代でも奴隷の子は奴隷だったからな。代々、海中に潜って王族が愛でる為に『魚』を檻に繋ぐ役目だった元漁村の民か」


「おそらく」


 淡々と頷くモーリス。


「『魚』の檻を沈めていた場所、現在は海水が引いて『不毛の地』となっている場所。

 そこに自生して成長出来る植物は、『シオミチ草』のみ。

 その『シオミチ草』の香りを付けた顔料で化粧を施して、祖先が罪を犯した現場であり『神』でもある『海』へ飛び込む。

 成人の儀式の形をとって、祖先の犯した罪の贖いを子孫が受け継ぎ続ける民族。

 そのような解釈に至りました」


「納得、出来てしまうなぁ」


 重い溜息が、アンドレアから吐き出された。


 古代王族に纏わる話は、掘り起こすほどに気分が鬱々として来る。

 異常性の強い犯罪者の調書を、延々と読まされている時の気分に似ている。


 第二王子執務室メンバーは、その手の調書や手記に長期間触れて読み込むことにも慣れているが、それでも空気が重くなる。


 何だかんだ言っても、現代は法治国家と称して許容できる国家が大陸には多い。

 ここまで大掛かりに、人民虐殺を()()()()()継続して行える人間は、現代では、そう見つからない。


 規模を小さくして、自称帝国の中では似たような事態が起きていないとは言えないが。


「取り敢えず、魅了と洗脳の(まじな)いの儀式で使う植物は、古代王国の悍ましい過去に由来を持つものだと、どちらも仮説が成り立つという結論でいいだろう。

 青い駒の説明でも悍ましい話が聞けそうだ。その前に、一旦、休憩」






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