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図書館と辞典の調査結果・前

 ここからしばらくグロい描写が多くなります。

 ご注意ください。


 モーリスとネイサンの、アンドレアから指示を受けた調査内容の報告書が仕上がった。


 互いに『人間図書館』、『人型法務辞典』と渾名を付ける二人の頭の中には、元から膨大な知識が情報として詰まっている。

 それらの中から、アンドレアが望む物を抜粋し、必要な形に整える作業が第一段階。

 そして、第一段階では不足する内容を把握して、新たな知識や情報を収集するのが第二段階。

 不足を補い、結論に至る論拠と考察の推移を纏め上げるのが第三段階。


 第二段階までは、各自で。

 第三段階は二人で磨き上げ、結論に、より正確性を求める作業となった。


「まずは、こちらをご覧ください」


 ネイサンが机上に広げるのは、大陸を網羅する詳細な現在の地図。

 この執務室から持ち出しを禁じられた、軍事的機密資料の一つである。


 その地図上に、複数の色に塗り分けられたチェスのポーンのような形の駒が並べられている。


「この、赤の駒が置かれた場所が、それぞれクリスから報告のあった『罪血豆』と『厄瘤根』の、この大陸唯一の自生が確認される群生地です。どちらも現在は、何れの国の領土ともなっていない土地です」


 赤い駒の位置は、大陸の中央近くと北側に一つずつ。


「次に、黄色の駒の場所ですが、これらは全てが、現在、何れの国も所有を主張していない土地です。土地の面積や形状は様々ですが、赤い駒の土地と同様に、『不毛の地である』という共通点があります」


 点在する黄色い駒は八箇所。

 ネイサンによる「駒の説明」が続く。


「青い駒は、現在、石の名を戴く国、それ以外の小国家や部族単位の小さな集落を含めて、何処かしらの国家の領土、または所有を主張する土地の中に在りますが、各々の国家、部族等で定められた法により、『禁足地』となっている場所です」


「この黄色い駒の場所、何れの国も所有を主張しない不毛の地の中で、不毛の地となった原因が古代王国滅亡後の時代に有ると、複数の歴史資料に信頼性の高い記述のある場所の駒を外します」


 モーリスが説明をしながら、幾つかの黄色い駒を地図上から外した。


「今、駒を外した場所は、古代王国滅亡後の時代で、豊かな土地であった時期の記述、一つまたは複数の国の興亡があり、人間が生活を営める土地であったという歴史が、異なる複数の国の学者や知識人により、書物や記録資料として残されている場所です」


「不毛の地となった原因は、所謂『神々の怒りに触れた』というやつか。どれも、過去に滅びた国の人間が、大規模な自然破壊を意図的に起こした戦場跡地だな」


 手元の資料を見てアンドレアが確認すれば、モーリスが頷く。


 この世界の『神』は、世界そのものであり、主に『神』と呼ばれる『世界』とは、空や大地や海や森、河や湖など、あらゆる生物を包み込む様々な自然界のことを指す。


 人間が、『神』とも等しい自然界を、神々の許容を超えて破壊した時、人々は、『世界』によって与えられていた豊かさを取り上げられると言われている。


 荒れた戦場跡地や、無計画で限度を覚えない土地開発が強行された場所は、それらを主導した人間の国が滅びた後も、人々へ実りを与えることを拒む。


 拒まれた土地で再び人々が、取り上げられた豊かさを享受するには、神の怒りが解かれること、妖精が土地を癒す為に集うことが必要だ。


 神の怒りが解かれる時期は決まっておらず、規則性も無い。

 だが、神の怒りに触れて不毛となった土地は、妖精の癒やしを受けるまでは、資源も作物も、人々の生きる糧となる物は何一つ生み出すことが無い、ということだけは共通していた。


「残った黄色い駒は二つです」


「どちらも大陸の西側だな」


「はい。そこで、こちらの古地図と見比べてみてください」


「これは?」


「古代王国の研究者らの集大成ですね。クリストファーも『罪血豆』や『厄瘤根』の由来を調べる時に使った物です」


 現在の大陸の地図に並べて広げられたのは、研究者達が何世代もかけ、遺跡や資料などから類推して描いた古代王国時代の大陸地図だ。


「黄色い駒の位置が、何やら記号がある位置と重なるな。この記号は何だ? 金塊の絵か?」


「はい。古代王国の王家の金蔵の場所だと考えられているようです」


「金蔵にしては範囲が広くないか? 宝物殿ということか?」


「いえ。宝物殿は別の場所に。規模が、ちょっとした城並みではありますが、現代で言うところの金庫が在った場所だそうです」


「金庫が城規模・・・」


 経済的強大国であるクリソプレーズの王族や高位貴族であっても、想像を絶する規模の「金庫」である。


「一体、その規模で、どうやって管理を」


 呆れたように言って眉を顰めるアンドレアに、モーリスが蒼眼を眇める。


「そこが、不毛の地のまま現代でも()()()()()()()所以であるのかもしれません」


「戦場や無尽蔵な自然破壊、ではないよな。金庫なんだから」


「ええ。城並みの規模の巨大金庫は、現代では存在も技術も消失している『魔導金庫』だったのでは、と」


 モーリスの答えに、アンドレアの眉間の皺が深くなる。


「古代王国の『魔導具』と言えば。眉唾物、というか、断片的な技術の記録が残っていても、試してみる気も起きないコストの高さと胸糞の悪さで後世の人間をドン引きさせるアレか」


「ええ、アレです」


 大陸全土を支配下に収めるほどに栄華を極めた、謎深き巨大王国。

 国名すら記録が残されていない為に、通称は『古代王国』で統一されている。


 後世、長きに渡り多くの研究者が死力を尽くして栄華の解明に当たっているが、出て来る話、そこから推察される実態は、他人事の感覚で眺めるならば、「気が狂っている」としか言えないモノばかりだ。


 儀式、風俗、その他諸々あるが、中でも『魔導具』は、現代人が早々に「価値無し」の見切りを付けた分野である。


 古代王国から伝わる品、という現物が未だ存在していてもおかしくはない時代。

 古代王国滅亡とされる時期から、凡そ百年以内ほどの時代の記録から、部分的に解明された『古代王国の魔導具』は、今のところ三種類。


 兵器として造られた魔導具。

 ()()は、魔導砲撃一発当たり「優秀な軍人千名」らしい。

 それでいて、効果範囲は現代の加護が多めの王族が放つ広範囲攻撃魔法より狭く、威力も低い。


 恐ろしくコストパフォーマンスの悪い『魔導兵器』だが、大陸を統一していた古代王国が、どんな需要があって兵器を実際に稼働させていたのかと言えば、軍事演習だったらしい。

 王家の威光を示す為だ。


 他に、劇場の照明装置の魔導具と、大浴場の巨大な湯船に常に湯を張っている為の魔導具があったらしいが、どちらも兵器と同じような、大量の命が燃料で、コストが馬鹿高い代物である。


 オイルランプや蝋燭は、当時はまだ無かったのかもしれない。

 妖精が貸してくれる力と相性の良い素材に力を込めて光源とする、現代人が使う『魔道具』の照明も、開発されたのは近代だ。


 だが、ごく普通の樹木から作られる薪や炭までもが、古代王国では存在が無かったとは考えられない。


 照明や湯沸かしの『魔導具』も、王家の示威行為だった、ということだろう。

 人民を、どれだけ()()出来るかで、王家の権力を誇示していたのだ。


「城並みの金蔵が『魔導金庫』ではないか、という根拠は?」


「貯蔵されていた金塊の量に対する人足の少なさ。出し入れに関わる人間が、()()()()()()()()一人だけに限られていたこと」


「古代王国で家紋持ちは、王に直参を許された大貴族だけ。だったよな?」


「はい。完全な形の家紋は、王家の物を含め一つも残っていませんが、家紋を持たない者は、王の視界に入ったら即極刑だったらしいですから」


「殆ど記録が残っていないってのに、どれだけ簡単に他者の命を奪っていたかという逸話だけは事欠かないんだよな」


「古代王国の伝承の多くが『眉唾物』とされるのは、現代人からすると、非現実的なまでの暴虐ぶりを語る内容が殆どだから、ですし」


「根拠は、それだけか?」


「いえ。最大の根拠は、『金蔵は大飯ぐらい』という、何らかの調書のような記録と、『金蔵を()()()には、中の金と同じ重さの処女の血が必要』という、おそらく遺書のようなものに記された一文ですね」


「うわぁ、『魔導具』臭いな」


「はい」


 思い切り嫌そうな顔をするアンドレアに首肯するモーリスへ、ネイサンが一枚の資料を手渡す。

 紙面には、二色を使って円形のデザイン画のような物が描かれている。


「その、金蔵の在った場所と思しき『不毛の地』は、本当に草一本生えない死の土地です。ですが、その金蔵の管理者の家紋を、断片から周辺地域の古い時代の資料も参考に修復してみたところ、このような結果に」


「これは・・・、鍵と、歯車の意匠に見えるな」


 モーリスから差し出された家紋の修復図を手に、アンドレアが唸る。


「はい。魅了の(まじな)いに使われる『カギグルマ草』を連想しますね。ですが、カギグルマ草の自生地は、多くはありませんが大陸西側山岳地帯全域に渡ります。ネイサン」


 声を掛けられて、ネイサンが別に綴られた資料を手に前に出る。


「古代王国の法律は、明確な文書としては現存していません。ですが、古代王国滅亡後から近い時代と言われる頃、現代の学者達からは『蛮族』と解釈されている氏族が興した国が存在していたそうです。その『蛮族』には、『喫人(きつじん)裁定』という氏族の掟がありました。古い文献にも残っています」


「喫人。人間を食うこと、だな」


「はい。彼らが現代人から『蛮族』と認識されるのは、その掟が為でしょう。別方向からは、その氏族は滅びた古代王国に所縁のある貴族だったのでは、という説もありますから」


「大きな国が滅びた後、氏族だけで国を興した、となれば、亡国貴族の血脈は疑われるだろうな」


「ですから、その氏族の掟も、亡国からの由来が疑われるかと」


 後世では蛮行としか感じられない『喫人』だが、割と近代までは、儀式として、王侯貴族だけでなく民間でも行われていた記録がある。


 民間では、雨乞いや豊穣祈願の儀式だったようだが、戦乱と国の興亡の続いた時代の王侯貴族の場合、「戦勝国の人間が敗戦国の王族や名のある武将を喫人する」という儀式が、『当然の礼儀』のように罷り通っていたという話もある。

 大陸の歴史上、百年間にも満たない期間であり、大陸南西地域に集中していた風習だが、血を尊び、相手の誇りを讃えるからこその儀式だったそうだ。


「その氏族では、裁定と言うが、何の裁定を目的としての喫人だったんだ?」


「継承の資格です」


「氏族の長か」


「はい。新しく長になろうとする者は、古い長を己の手に掛けて殺し、その身を骨一片、毛の一本も残さずに一昼夜で完食することで、見届人達から継承の資格を認められます」


「いや、無理だろ」


 思わず突っ込むアンドレア。

 苦笑するネイサン。


「ええ。当時の人間が、現代人に比べて異常な消化能力を持っていた、ということは無いでしょう。当時も、この掟、『喫人裁定』では()()をするのが不文律だったようです」


「不文律」


「はい。見届人達を自派閥に取り込んで、掟に背く行為も辞さない忠誠を得られるか。見届人は有力者の中から選ばれています。古い長を失った後、有力者達の支持を受けて氏族を率いて行けるかも試されていたのでしょう」


「そうなると、喫人の必要は」


「実際にする必要は無かったと考えられます。実行して成功した()()が実在したとは考え難いですから。この氏族の長だったと思しき人物の一人が残した、一見恋文に見える詩が『喫人裁定』への想いではないか、という説もあります」


「甘くなさそうな恋文だな」


「そうですね。甘い睦言ではなく、焦がれる情と嘆きと諦念、祖霊へ馳せる想い、自身と子孫への呆れを表した詩です。この詩の()()()()が『喫人裁定』という氏族の掟だと仮定して解読すると、『由緒正しき作法だから自分も通過したし、子孫にも受け継ぐが、誰も実行はしていないのに、氏族を繁栄させたい熱情と才覚だけでは何故認められないのだ』と読めます」


「由緒正しき作法、か」


 難しい顔で嘆息したアンドレアに、ネイサンから話を受け継いだモーリスが畳み掛ける。


「古代王国滅亡後の近い時代に、亡国の流れを汲む貴族と思しき氏族が示す『由緒正しき作法』は、古代王国が由来では。そう考え、金庫番の家紋持ちの『継承方法』に関する何らかの話が、伝わるか残るかしていないものか、集中して調べました」


()()は、あったんだな」


「はい。やはり、『喫人』を想像させる文言が幾つか。それと、『喫人裁定』と重なる『一昼夜』や『骨一片残さず』の文言。条件が『喫人裁定』と同様ならば、やはり人間には実行は不可能です。『喫人裁定』の見届人に当たる者達を、金庫番も、抱き込んでから継承資格に挑戦していたと思われます」


「氏族の『喫人裁定』では、古い長の死体を、一昼夜の内に見届人達が細かく解体し、遠方の地に捨てるか埋めるかして新しい長に協力していたようです」


 ネイサンが先ほどの話に補足する。

 それをモーリスが繋ぐ。


「金庫番の継承資格では、氏族の見届人のような役割を担う『虚空馳衆』と呼ばれる者達が居たようです。どのような身分から、どういう基準で選ばれる者達か詳細は判明していません。伝わるのは、『風貌が一切覗えない真白の覆面姿で、全てが終わるまで一声も上げない男達』とだけ。ですが、『白い覆面姿の男が土中深くに両手で一抱えほどの何かを埋めに来る』、という昔語の怪談話がある地域が、大陸西側の山間の村々に、広範囲に散らばり存在しています」


「・・・その怪談のある地域は?」


「カギグルマ草の自生地と一致しています」


 ゾワリ。

 史実がベースとなる怪談は、完全な作り物より薄気味悪いものだ。


 ぶるり、と背筋を震わせて、アンドレアはもう一つ、地図上に残された黄色い駒の説明を促した。







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