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不穏を孕む人

 三人揃っての茶会は久し振りのニコル邸。


 すっかり女性らしい顔付きと身体つきになり、外では年齢相応に猫を被っていた表情から、素の表情に戻しても違和感を覚えない大人の雰囲気を備えるようになったニコル。

 すらりと伸び盛りの身長で、子供っぽさを徐々に縮小しているクリストファーと並び立てば、やはり似合いでしっくり来る絵面だ。


 この二人が「似合い」に見える絵面であることは、クリソプレーズ王国にとっても非常に重要な意味を持つ。

 未だ、「金の成る木」、「金の卵を産む鵞鳥」であるニコルを妻に、側妃に、妾妃に、愛人に、養女にと、諦めの悪い()()()()()達が跋扈しているのだから。


 まずはクリストファーがニコルに、先日ジルベルトに話したのと同じ内容の、ニコルが作った「ヤバい薬」に混ぜた稀少な植物が、古代王国に特殊な由来のある物であったことを教えた。


 その上で、前世とは異なる魔法や妖精の実在する世界での薬物研究の、前世とは異なる危険度や危険性を説き、前世の知識や感覚だけで「気をつけたつもり」になることは、非常に危ういのだと言い聞かせた。


 また、いくら『コナー家のクリストファー』を隠れ蓑にしていても、クリストファーの指示下で何度も「ヤバい薬」の開発に成功していることは、既に国の上層部の一部には知られている。


 このまま、思いつくままに「出来ちゃった」が続けば、クリソプレーズ王家やコナー家の庇護を物ともせずに強硬手段でニコルを狙う者も出て来るだろう。

 王家やコナー家の中から、「国の為に」の大義名分で裏切り者が出る可能性も否めない。


「ごめんなさい。見るからにヤバげな見た目だとは思ってたけど、そこまでおどろおどろしい代物だとは想像もしてなかった。由来から付く可能性のある効果も、想像がついてなかったし、『この世界では有り得ない物』が作れてしまった危うさも、頭で考えていても実感は、多分出来てない」


 肩を落として、しょげ返ったニコルが、今回は本気で反省の弁を述べる。


 彼女の「実感の無さ」は、ニコル自身の自業自得という面もあるものの、周りの権力を持つ大人達の都合で堅牢に囲い込んだ結果でもある。


 幼い内に()()()()()のはニコルだ。

 だが、ニコルの()()()()が齎す莫大な利益を享受する国の権力者達と、私情でニコルを護りたいと願った前世の保護者達(ジルとクリス)が、ニコルがこの世界を「自分が生きる現実世界」と実感するには不十分な時間しか、「この世界の生身のリアル」と触れさせずに囲った。


 現在、ニコルが交流を許されている「この世界の生身の人間」は、彼女の狂信者でもある護衛や部下や使用人の他は、クリストファーとジルベルト、あとは制限付きで王家が許可する人物のみである。


 彼女の狂信者達は、「生身の人間」と呼んで良いか疑問なほどに、『ニコルの道具』めいているし、クリストファーとジルベルトは「この世界の人間」と言うよりも、ニコルにとっては「前世の母と兄」の感覚が強く残っている。

 そして、制限付きで王家が許可する人物とは、「この世界のリアルを実感」するほどの付き合いは持てない。


 そんな生活を送っていれば、前世の人生の記憶の方が今生の現実より長いニコルの感覚は、『仮想現実体感型のゲーム内で、自分の作った物を売って儲ける生産職』をプレイしているかのような、何処か、「この世界を舐めたもの」になって行く。


 今生きている実世界を、現実として実感する感覚が希薄なまま育てないのだから、頭でだけ「これが現実」と考えることが出来ていても、どうしても感覚は追いつかない。


 ニコルのこの世界への現実感の無さは、今更もう、「頭で考える」以上のところまで改善が進むことは無いだろう。

 ニコルの安全を保持する為には、世界の現実に十分触れている周囲が、今までと同じように、彼女を堅牢に護って行くしかない。


「稀少な素材が手に入ったら、植物に限らず、使う前に俺に報告と相談だ。俺の許可が下りないブツは、外部に出すつもりの無い研究だとしても使用を認めない。いいな?」


「はい」


 厳しい表情に見合った声と口調のクリストファーに、消沈して首肯するニコル。


 彼女を護る為の厳しさと制限。

 だが、そうして制限をかけながら、国の事情で、『ニコルが自由に使うことを禁じた素材』を、『国に成果を返す研究』だけは依頼する立場に、クリストファーとジルベルトは居る。

 言葉では「依頼」とは言っているが、実際は「国家からの命令」であり、拒否権は無きに等しい。


 ニコルを厳しく叱るのも、国の側の人間として理不尽な制限や、拒否権の無い依頼を告げるのも、ジルベルトも代われる立場に居るにも関わらず、いつもクリストファーが請け負う。


 ジルベルトは、二人の遣り取りが落ち着くのを黙って香茶を飲みつつ眺めて待ち、思案する。


 今、ジルベルトが自身の()によって抱えている『確実にクリストファーの負担を増やすことになる話』を、(クリストファー)と分け合うべきかどうか。


 ただでさえ、クリストファーはジルベルト以上に多忙な身である。

 そして、ニコルに関する()()()()も全て任せ切りだ。


 更に、本日はアンドレアから、外務部資料中のニコル関連の、「断定的な明言を避けただけの図々しい要求」をして来た連中の対応を、クリストファーに全権を与えて担わせる指示まで持って来ている。


 ──当面は、一人で抱えておくか。


 静かな微笑を浮かべたまま、ジルベルトは心の中で、一人、決めてしまう。


 後で、クリストファーが激怒する。

 というのが、「予想」ではなく「外れない勘」で降りて来るが、決定を覆す気は無い。


 ジルベルトが眺める先では、「今後国から出されることになるであろう依頼」の話が、クリストファーからニコルへ伝えられている。


 ニコルから報告を受けた「素材」の中からクリストファーが指定するモノ、クリストファーが入手して持ち込んだモノの研究及び解析。

 クリストファーが指定する「素材」の入手。

 大陸中に、買い付けや販売で人を送り込んでいるニコット商会を通じて、クリストファーが指定する情報の収集。


 ニコルは全てに不服を見せず、承諾。


 クリストファーが、「本当に心配してるんだからな」と眉を下げて締め括るのを、申し訳無さげに「はい。反省します。ありがとう」と受け取るニコル。


 二人の変わらぬ関係に微笑んだ後、ジルベルトはカップをテーブル上のソーサーに戻し、ニコルへの報告を開始。


 まずは、囮として名前を借りた結果の報告と感謝。

 そして、外務部を通して寄せられた要求の実態と注意喚起。

 アンドレアの判断で、ニコル関連の対応はクリストファーが全権を持ち「好きにする許可」が出ていること。


 併せて、同席するクリストファーへもアンドレアの判断と指示を伝える。


 クリストファーは、不敵に唇を歪めて承諾。


「さて、私からは仕事の話は以上だな」


 優雅に長い脚を組み替えて、一口サイズのレアチーズタルトを摘みながら、茶のおかわりを片手を上げて頼むジルベルト。


 その態度は自然であり、彼が先ほど二人の遣り取りを眺めながら、一人心の中で「後でクリストファーが確実に激怒するであろう決定」を固めていたことなど、露ほども漏洩していない。


 新しく淹れられた茶の香気を楽しみながら、伺い知れない腹の底で、()()()()()()に沿った行動予定を組み立てる麗人の様子を、二人の『前世の子供達』は、未だ怪しんでいない。


 ──未だ、であるが。





《おまけ》


 仕事の話を終えた後、ニコルが来シーズンに発売予定の新作ドレス生地の感想を聞きたいと、布生地の巻物を何本か取り出した。


 手に取り、手触りを確かめながら時間をかけて眺め、ジルベルトは常の微笑を柔らかく緩めて答えた。


「ああ、・・・とてもお洒落で良いと思うぞ」


「本当⁉ ジルベルト様にそう言って貰えると自信が持てちゃう! ちょっと工房に指示出して来るね!」


 嬉しそうに巻物を抱え、イソイソと屋敷内の服飾工房へ向かうために席を外したニコルの気配が、すっかり遠ざかってからクリストファーは密やかに訊ねた。


「なぁ、・・・ここだけの話、本当の感想を聞かせてくれねぇか」


「・・・何のことだ」


「一本目の生地を見て、脳内にパッと浮かんだ感想は?」


「・・・東南アジアのちょっとお洒落な食堂の壁紙」


「・・・二本目は?」


「・・・家でピアノ教室を開いてるっぽい上品な婦人の家のカーテン」


「・・・・・・三本目」


「・・・薄暗くて店内で香を焚いてるカレー屋のテーブルクロス」


「・・・・・・・・・よし」


 長い沈黙の後、クリストファーは決意を表すように一言、自身に気合を入れると、ジルベルトに向き直って宣言した。


「さっきアンタがニコルにした返答は、最善だった」


 腕組みをしながらウンウンと頷いて、徐ろにその腕を解いてサムズアップまでされたジルベルト。


「・・・私に、そっち系の情緒を求めないでくれ」


「センスがおかしい訳じゃねぇのに、前世から変わらず不思議だよな」


「・・・何故、あの娘は気付いていないんだろうな。私に求めてはならない感想に」


「センスはおかしくねぇし、人間そのものへの丸ごとな絶対的信頼感のせい?」

 

 ジルベルトの口から、深く、深く、長い溜め息が吐き出された。


「・・・頼むから、あの娘をずっと見ていてやってくれよ。お前が居ないと、物凄く不安だ。色々と」


「アンタが敵に回らねぇ限り平気だろ」


「敵に回ることは無いが・・・」


「どうした?」


「いや。考え過ぎて疲れた」


「そうか」


 片手で顔を覆って、また溜め息を吐いているジルベルトを、クリストファーが細めた垂れ目で注意深く観察していることに、今のジルベルトは勘付いていない。





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