ミーティング
「出稼ぎ強盗に人身売買目的の人攫い、麻薬の売人に禁制品の密売人、禁忌薬物を仕込んだ女と組んで客をヤク中にして金を搾り取る美人局、暗殺用の毒物や仕込み道具の密売人、手配書の回っている賞金首に、我が国の要人の暗殺や拉致を請け負うプロを物色しに来た他国人。よくもまぁ、祭り期間中の『死罪相当』だけで、これだけの数と種類が出揃ったものだ」
待っていたブツが届いての全メンバーミーティング。
第二王子執務室にて、アンドレアは祭儀部の『案内状』を手に、呆れた声音で現実を眺める。
「各種が一件ずつでもありませんからね。随分と賑やかなことになっていたようです。『死罪相当』以下の犯罪者となれば、捕らえたところで収容場所が不足する有り様で、それなりの数を見逃したそうですよ」
モーリスが補足する、『案内状』記載以外の細かな事情は、先ほど父親に誘われて夕食を共にした際に同席していた宰相補佐官─コナー家の『仮面』の一人だ─から、世間話紛れに隠喩で伝えられた話だ。
「仕方あるまい。取り敢えず現状、『案内状』記載レベルの奴らの中に、友好的な国交を結ぶ国が無かったことが幸いと受け止めるしか無いだろう」
「そうですね」
「外務部からの資料の方も頭が痛いな」
肩を竦めたモーリスから視線を外し、外務大臣『毒針』ダーガ侯爵作成の資料に目を落として、アンドレアは溜め息を吐く。
「裏の見える交渉。明言しない要求は八割以上が、我が国の将来有望な貴族との縁組みだったんだな」
「まぁ、我が国は、経済的には現在おそらく大陸一の強大国でしょうし。内部に食い込みたいと望む国や貴族が多いところまでは予想していましたが。ここまでとは想定外でした」
ジルベルトが常と変わらぬ調子で微笑んで述べるのを、ハロルドが恨めしげに見つめている。
その様子を目にしてアンドレアは再び溜め息を吐くと、資料を机上に戻した。
「ハリーが一番人気か」
全員の視線がハロルドに集中し、ハロルドの眉間の縦皺が深さを増す。
「高位貴族で正妻の座を望むなら、あちら側にとって最も都合の良い条件を揃えていますからね」
モーリスの言に、ハロルドの表情が一転。朗らかな笑顔で細めた眼の奥に強烈な不快感の押し込められたものになった。
そして、滔々と、その「都合の良い条件」を列挙する。
本人も、自分が「条件だけなら最高の優良物件」であることは自覚がある。
「生家は廃絶していて婚姻後に口出ししそうな血縁者が居ない。
現在の身分が公爵家の養子だから一応『公爵令息』。
それでいて生家は伯爵家だから、自分が侯爵家以上の身分なら家や血統で俺を制御下に置けると思っている。
王族の専属護衛に就ける程度の騎士としての実力は保証されている。
商売は手掛けていないから、莫大な個人資産を持っていて金の力で反撃される恐れも少ない。
『クリソプレーズ王国の頭脳』と名を馳せる宰相の公爵家との繋がり。
『天才』と名高い第二王子殿下の専属護衛であり側近」
「後は、消去法で、正妻を望める独身貴族の中で一番身分が高いのはハリーですから」
エリオットの成婚で、既に水面下でほぼまとまっていた高位貴族の婚約の多くが本決まりになった。
水面下でほぼまとまっている話に余計な横槍が入らないよう、エリオットの成婚後に本気で婚姻する気がある貴族達は、他所からの打診を受け付けないという根回しも、話がまとまった頃合で済ませている。
その根回しをしなかった高位貴族の独身者の中で、外部から見て最も立場が安定しているのがハロルドなのだ。
「モーリスもネイサンも根回しはしてなかったのに」
「私は、クリソプレーズ貴族としては名が知られておらず、ノーマークだったでしょうからね」
ハロルドの不満にネイサンが答える。
「国交がろくに無いような国から、ぽっと出でモーリスの正妻を狙ったら、周辺諸国から囲んで指差しされて笑い者だろうが」
「それは分かってますよ! 次期宰相と目される宰相公爵の嫡男で、政治の中枢に存在感を示す第二王子の右腕の正妻を、ぽっと出で狙う国交の無い国の貴族なんて、将来の内政干渉狙いバレバレで頭悪過ぎです」
「そういうことだ。だから、お前なんだろ。義弟」
アンドレアの指摘に再度眼の奥の昏い笑顔に戻り、明るい口調と声音でキレ気味のハロルド。キレ気味でも、分析は冷静に出来ているところは流石である。
だが、アンドレアから事実でトドメを刺され、笑顔のまま口を噤む。
「まぁ、正妻を望まなければ許容範囲、ということも無いだろうが」
哀れに思ったアンドレアが、トドメを刺した本人だがフォローを入れる。
「僕の愛人、非婚の宣誓をしているアンディの愛人希望も多いですからね。情報不足か頭が足りないのか図々しいだけか、判断に悩みます」
「一番頭が悪そうな愛人希望は、『剣聖』の愛人希望ですねぇ。よく、こんな希望を仄めかす前に周囲から止められなかったものです」
冷淡にザックリ切り捨てる口調のモーリスと、胡散臭い笑みを浮かべながら毒を吐くネイサン。
ダーガ侯爵の手による外務部からの資料に記載されていたのは、祝典期間中にクリソプレーズ王国へ来訪した他国の貴族達の内、外務部の人間との面会を求めた人物と実際に面会が行われた人物の一覧。
更に、面会を希望されたが「外務部で会う必要無し」と判断した相手のリストと、判断理由。
これらの相手への今後の警戒や対応は、相応する各部署へ回すことに決定した。
そして、面会した相手との会談内容と、明言を避けて匂わされた要求及び、外務部の返答結果。
明言を避けた要求が、記載されたそれらである根拠など。
尚、外務部の返答に問題視すべき点は今のところ見当たらない。
要求は、明言さえしなければ侮辱行為に当たらないとばかりに、図々しい内容がずらりと並ぶが、九割近くが、正妻または愛人、少数ではあるが養子などの縁組みを望むものだった。
正妻としての嫁入り先に一番名が挙げられたのは、ハロルド。
これは、諸々の条件から仕方の無い部分もあるが、王族の専属護衛であるハロルドを、国外に婿養子として迎えたいという、こちらへ喧嘩を売っているとしか思えない要求も数件。
ハロルドの半数以下だが、独身の王弟レアンドロの正妻を望むものもあった。
レアンドロについては、王室の担当者が窓口となっているので、第二王子執務室では関知しない。
正妻の座を望めば障りのあるモーリスや、内乱抑制の為に生涯非婚を宣誓しているアンドレアの愛人希望も数は少なくない。
愛人なら良し、というものではないのだが、国や個人の考え方によっては、その辺りが緩いのだろう。
この二人の正妻の座を望んだ話がゼロでは無かったことに、資料を読んだ面々は頭痛を覚える。
クリソプレーズ王国の中枢へ食い込むことと『剣聖』との縁の二兎を望んだのか、ジルベルトの弟レスターとの婚約を求める者も多かった。
レスターは、ジルベルトの五歳下なので、まだ学院生だ。そして、『剣聖』である長男のジルベルトは家を継がないのだから、次期ダーガ侯爵でもある。
現在、諸外国に辣腕の外務大臣として名を馳せるダーガ侯爵の立場や、『剣聖』となったジルベルト、しかもジルベルトは王族の専属護衛でもあるのだ。
つまり、ダーガ侯爵家は現在、クリソプレーズ王国にとって最も重要な家の一つである。
それらを鑑みれば、『ダーガ侯爵家の後継ぎ』であるレスターの妻に、ぽっと出の他国人を選ぶことなど国が許す訳が無いと、何故思い至らないのか。
そして、それら以上に呆れ返る要求は、『剣聖』ジルベルトの「愛人希望」である。
ジルベルト以降、この大陸に『剣聖』は誕生していない。
多くの国々にとっては、『剣聖』の存在は御伽噺のようなものだろう。
だが、それでも、『剣聖』に対する扱いの注意事項は、妖精自らの話と要請によって、大陸中に広められた筈だ。
無学な平民ならいざ知らず、王侯貴族で「そんな話は知らない」は通らない。
自国の『剣聖』へ色事を仕掛ければ、国家反逆罪。
他国の『剣聖』へ色事を仕掛ければ、宣戦布告と同等である。
『剣聖』への愛人希望など、宣戦布告の手段としても、「常識も教養も知識も情報も不足した、考え無しの国家」として諸国から侮られる、最悪の悪手だ。
「やはり、レスターには俺の異母妹のどちらかとの婚約話を進めてもらうか」
苦い顔になったアンドレアが言う。
元々、国にとって最も重要な家の一つとなった時点で、レスターと国王ジュリアンの側妃が産んだ王女との婚約の話は出ていた。
だが、王女との婚約話の出た家へ煩わしい嫌がらせを行う野心家の存在や、レスター自身の「教育不足」を理由に、ダーガ侯爵が辞退していたのだ。
ジルベルトの弟レスターは、当時であっても、高位貴族の子息としてごく普通に優秀だった。
だが、それでは、「『毒針』ダーガ侯爵の後継者」としても、「『剣聖』ジルベルトの実弟」としても、「クリソプレーズ王女の婚約者」として公の場に立たせるには足りず、不安があった。
「そう、ですね。レスターも大分、育ちましたし。今なら父の承諾も取れるかもしれません」
思案するように言葉を区切り、それでも肯定の意見を述べるジルベルトに、アンドレアは苦笑を零す。
「ああ、イェルトと交流があるんだったな。先日、茶会で話した時は随分と逞しくなっていて見違えた」
「・・・イェルトに並ぶレベルまでは、誰も要求していないと思うのですがね」
珍しく、静かな微笑が崩れて「兄」の顔を覗かせ、嘆息するジルベルト。
ジルベルトを「飼い主」と公言して憚らないイェルトは、ダーガ侯爵家にも遠慮無く訪ねて来る。
そして早々に、実弟であるレスターから、イェルトがジルベルトを「ジル兄」と呼ぶ許可の言質を取った。
言質を取られたと気付いたレスターが奮起し、何の分野でもいいから、どうにかイェルトの鼻を明かしたいと諸事に励むようになった結果──「純真で可愛いジルベルトの弟」は、成長して行方不明となった。
現在、ダーガ侯爵家にて兄の帰宅を心待ちにする弟は、父親譲りの毒に覚醒し、イェルトを師匠とした『見た目詐欺師』の中身野生児だ。
多分、侯爵令息でありながら、一人で山奥に置き去りにされても生き延びることが可能である。
勿論、高位貴族として充分な教養と振る舞いも身に付いているし、見た目が筋骨隆々に逞しくなったという話ではない。
父親同様に細身で優美、柔和な笑顔で穏やかな口調の、文官を目指すタイプの貴公子だ。見た目は。
ただ、イェルトに対抗するために、父に倣った根回しや観察眼や搦め手の攻撃手段を備えるようになり、イェルトとの遣り合いの中で、護身術を超えた体術や暗器の扱いを何故か習得し、何度敵に完敗しても再起する根性が育ち、「最終的に勝つのは生きている方」という結論に達してサバイバル能力をモノにした、というだけで、見た目自体はそれほど以前と変わらない。
成長期なので、身長はすくすく伸びている。それだけだ。
「まぁ、各方面から狙われる弱点になり得る立場でしたからね。レスター君は。結果としては良かったのでは?」
モーリスの言葉に、理性では同意だが、私情では頷き難いジルベルトが居る。
純真さと弱さを心配はしていたが、あそこまでイェルトの影響を受けての変化は望んでいなかった、というのが兄心である。
結果としては、確かに心配事が一つ減って「良かった」なのだが、イェルトが先回りしてジルベルトの心配事を潰して行くことに昔を思い出し、「やり過ぎの先回りの数々」まで記憶の底から蘇ると、どうにも別の不安が生じる。
「外務部からの資料の縁組み案件に関しては、レスターの件は陛下から王女との婚約で話を進めてもらう。俺やモーリスの愛人だの正妻だのは、端から不当な要求であり相手にする必要も無い。今後も匂わせがしつこければ、いっそ明言を誘導し、国への侮辱行為として表沙汰にしてやる。ジルベルトの愛人希望の件は、『そんな要望をクリソプレーズ王国の外務大臣相手に匂わせた阿呆が居る』ことを当該国の周辺にネタとして流してやれ」
アンドレアの決定に、各所への上申書や指令書をモーリスとネイサンがサラサラと書き上げて行く。
「叔父上への話は我らは不干渉。細かな貴族家との縁組み要望は、各家へ注意喚起を促す。我が国にとっては何の益も無い縁組みばかりだからな。ニコル・ミレット嬢に関係する縁組みを含む要求は、対応の全権をクリストファーへ。実害が出そうなら、相手を煮ようが焼こうが磨り潰そうが構わん」
縁組み要望の中には、王家の庇護と王命による婚約の話が「当たり前の常識」となるまで拡散した現在でも、ニコルとの婚約やニコルを養女に、との望みを諦めていない者が涌いて出ている。
ニコル本人との縁組みでなくとも、後妻を迎えて既婚者のニコルの実父ミレット子爵との婚姻や、まだ幼児のニコルの異母弟を養子にくれ、または娘を婚約者に、という話もある。
ミレット子爵との婚姻は、当然、元平民の後妻との離縁がセットである。
この辺りの要望は、相手の身分が低いことで油断したのだろう。断定する文言が無いだけで、「匂わせ」とも言えない「ほぼ明言」の要求だったそうだ。
それが、クリソプレーズ王国への「ほぼ明言」な喧嘩の売り文句になっていることに思い至れない程度の輩は、コナー家の遣り方で掃除されても、輩共の本国に大きな支障も無いだろう、むしろ「働き者の無能」を排除してやることに感謝が欲しいくらいだと、アンドレアは思っている。
「で、一番人気のハリーへ今後も来そうな縁談話だが・・・」
最後に、ここまでテキパキと決断と指示を下していたアンドレアが言い淀んで言葉を途切れさせた。
ついでに、じっと主を見つめる炯々としたオレンジの双眸から、そっと目を逸らす。
「うん、まぁ、頑張れ」
「アンディ様!!」
ハロルドの悲痛な声が執務室に響くが、こればかりは強権で排除は難しい話なのだ。
当面は本人が努力する以外に対処の仕様が無い。
それはハロルド本人も理解しており、項垂れながらも職務遂行の為、隙無く身体は行動を開始した。