御成婚と立太子の裏で
GW後半二話同時投稿の二話目です。
女性を「産む機械」のように扱う記述があります。
地雷となる方はご注意ください。
クリソプレーズ王国第一王子エリオットとアイオライト王国王女クローディアが、本日、多くの人々の祝福を受けて婚姻を結んだ。
合わせて、クリソプレーズ王国法に則り、エリオットは第一王子から王太子となる。
成婚、立太子、どちらの式典も流石国力の強大なクリソプレーズ王国という華々しく盛大なものだが、立太子したところでエリオットがいずれ成るのは傀儡の王である。
それを思えば、エリオットの妃となるのがアイオライトの王女であることは、クリソプレーズ王国側にとって幸いだったのかもしれない。
アイオライト王国は現在、クローディア姫の同母兄が国王に即位している。
しかし、姫と国王の異母姉妹である、今は亡きアデライト王女のクリソプレーズ王国内での暴挙と、当時のアイオライト国王による、その後のクリソプレーズ王国への失態により、現アイオライト国王の相談役である筆頭公爵グレイソン家は、クリソプレーズ王国外務大臣ダーガ侯爵の『紐付き』の状態である。
国王が国の実権を握っていない。
その事実は、側妃にならば隠し通すことが可能でも、王妃にまで一切気取らせないというのは些か現実的ではない。
だが、事実を知ったところで、現在のアイオライトとクリソプレーズの関係を慮れば、元アイオライト王女であるクローディアは、いずれ王妃となった後も、現在のクリソプレーズ王国が決めた方針に、何も言えず、何も出来ることも無い。
エリオットの妃となったクローディアが望まれるのは、血筋は正統な次代の傀儡王エリオットの子を産むことのみ。
あとは、余計なことをせず、口を慎み、傀儡王と共に『綺麗なお飾り』でいることだけだ。
クローディア姫個人に何の咎もあらずとも、国の犯した失態の責任を王族が取るのは当然の生き方。
実態を知る者の中に、胸の奥でクローディアへ僅かな同情を寄せる者が存在したとしても、それを表に出すことは無い。
同盟国の王妃と成る教育をしっかりと受けていたならば、クローディア王女も現実を粛々と受け止めるだろう。
それでも、実情を知らない大勢の人々にとっては、第一王子の成婚も立太子も大きな祝い事であり、またとない慶事である。
経済効果も高まり、お祭り気分で高揚した人々は、貴賎を問わず少々気が大きくなり、注意力も低下する。
だから、裏で諸事を進めるのには最適な時期となる。
実情を知らぬ者達の中にも、一定の地位や権力を有し、国政に関わる場所に席だけは置き、小賢しく煩わしい策を弄して『君主が導く道』に小石を撒こうとする者達が居る。
それらを出し抜いて、この日、次代の実権者の側近二名の婚姻が成った。
婚約ではなく、婚姻である。
貴族、しかも高位貴族の婚姻は、凡そ一年以上は婚約期間を設けるのが通例だ。
しかし、今代の王太子と王太子妃は「同世代」とは言えない年齢差がある。
王太子と妃が同年代なら、国内貴族も予定を立てやすいが、次代の王族と自家の子供を『御学友』にする為の婚姻や子作りのタイミングに頭を悩ませる家が今代は多かった。
しかも、今代の王太子エリオットの同世代は、近年稀に見る「高位貴族令息の不作世代」だった。
既に廃嫡や放逐、この世に居ない者も散見されるほどである。
その上、「不作世代」の煽りを食らって側近と彼らの生家が抜け落ち、第一王子エリオットの勢力が成人後に大きく削がれる事態となった。
そんな第一王子が王位を継いだ後に国を割らぬようにと、「天才」と名高い第二王子が生涯独身を宣誓し、『王太子妃と同年代の王子の妃』の席が消えた。
第二王子妃を輩出する為に動きを見せていた家々は、第二王子に差し出す腹づもりだった娘を、そのまま王太子となったエリオットの側妃要員にスライドさせて未婚のままキープするのか、早々に高位貴族男性と娶せて『次代の王族の御学友』を産む役目を負わせるかで難しい判断を迫られ、各家の判断は分岐した。
つまり、御成婚に合わせて『御学友』を産む役目を家から命じられた、王太子妃と同世代の高位貴族の令嬢の数が、各家の当主の判断が分岐した分、目減りしている。
王太子夫妻の子供達に下位貴族の学友や幼馴染ばかりという事態になるのは、例え実力者を揃えたとしても外聞が悪い。
特に、国際的な評価評判に関わって来てしまう。
いくら『実力主義の国』を指標に掲げるクリソプレーズであっても、この国も王政の王国だ。
どうしても、王族の幼馴染や学友には、多方面の事情から、身分の釣り合う人物も必要になってくる。
過去にも、必要な数の『未来の王族と家格の釣り合う御学友』を作る為に、王家と国家が選んだ幾つかの高位貴族家の令息達に、「婚約期間を置かない即時の婚姻」を王家が命じた前例があった。
その『前例』を利用して、国中が王太子の成婚に湧く裏で、ヒューズ公爵家嫡男モーリスとコナー公爵家長女プリシラの婚姻、ラムレイ公爵家養子ネイサンとグラナ伯爵家長女ルミエラの婚姻を、正式に成立させた。
披露パーティーは通常と同様の準備期間を設け、一年ほど後に催される予定である。
同時に、ネイサンはグラナ伯爵家の婿養子となり、即日、密かにグラナ伯爵家の当主として伯爵位を継いだ。
この際、ネイサンの次のグラナ伯爵となるのは、必ずグラナ伯爵家の血を引く人物とする契約を結んでいる。
グラナ伯爵家の当主交代は、王家の祝典と時期が重なることを理由に発表を控えた。
当面はルミエラの父である前伯爵が表に顔を出し、「王族側近で多忙な婿のサポート」の大義名分で当主代行として実務を担うため、事情通か意識をして情報を得ようとしている者以外は、ネイサンが既に「グラナ伯爵」であることには、しばらく気付かないかもしれない。
まぁ、端からソレを狙って発表を控えたのだが。
式典、祝宴には当然、同盟各国からも多くの来賓が招かれている。
今回は、同盟国の全てから国王が来訪するという、クリソプレーズ王国の国威を更に高める状況である。
尤も、アイオライトとモスアゲートについては、即位間も無い新国王の国際的なお披露目の舞台として、同盟国中随一の国力を誇るクリソプレーズ王国の祝典の場を借りた形だ。
それも事実ではあるが、今回、同盟国全ての国王がクリソプレーズに集結したのは、同盟各国の、国としての最終判断を下せる立場に在る者達が自然な形で一堂に会することが出来る機会だからである。
各国の最高権力者を含む、他国からの賓客達がクリソプレーズ入りする前に、特に王都周辺の野盗やならず者等が一掃されて治安状況も安定し、国主達による会談が行われる際に盛り上がるだろう話題も提供可能な形に整った。
無自覚にクリソプレーズ王国の野盗狩りに協力していた自称帝国民達は、去年の秋の終わり、絞り込まれた野盗の根城で捕らえられた。
ある程度の絞り込みの後、付近の根城の中身を殲滅し、本物の野盗と入れ替わったクリソプレーズ王国暗部の者達が張った罠に、まんまと掛かったのだ。
消耗戦は、結局、クリソプレーズ王国の治安をより向上させただけで終わった。
それを告げられ、野盗に扮した暗部の人間から半笑いで感謝の言葉を述べられた自称帝国民達は、いい面の皮だ。
自害による逃亡も許さず、捕らえられた三名は全員、最終的には再起不能となる最も強力な自白剤で脳内の情報を抜き取られ、各々自白剤の投与から十日前後で死亡した。
同盟の約定では、呪いを行使した者は必ず公開処刑となっているが、行使したのが自称帝国民であり、対自称帝国の現状が「有事と同等」であることから、全ては同盟各国の国主会談での報告のみとされ、表へ流れる情報は詳細を伏せられる。
当然、公開処刑もしない。
表向きは、「複数の野盗集団をまとめて大盗賊団を作ろうと画策した無宿者共を討伐した」という、騎士団と兵団の功績が発表されているだけだ。
つまり、「討伐対象は全員、現地で死んだ」ことになっている。
その「悪企みをした無宿者共の討伐」も、他国から多くの賓客を招く第一王子の成婚と立太子の祝典前に、国内治安状況の見直しに取り組んだ結果、とされている。
表向きは、クリソプレーズ王国内における自称帝国民の暗躍など無かったことになっているのだ。
多くの要人が一所に集まる、テロリスト垂涎の一大イベントは、何事も問題が起こらず、慶びの中で進んで行く。
警備の采配を振るうのも、警備計画の原案を出したのも、王弟騎士団長レアンドロだ。
自身にも身内にも、敵には尚更厳しく容赦の無いレアンドロの、現在の二つ名は『冷血兵器』である。
決して熱くならず、冷淡に、厳かに指示を出し、己の強さを以て部下を鼓舞する騎士団長には、その巨躯に相応した戦闘力と超人的な頑強さ、鉄仮面のように動かぬ表情と人らしい温もりの欠落した声音から、かつての幼いアンドレアからの疑問と同様の、「あの姿は装甲で、中に本物の王弟殿下が入っているのでは?」という疑惑が生まれているとかいないとか。
そんなレアンドロの下、個人の感情で歪められた正義感による見る目の曇りを払拭し、『冷血兵器』の鍛錬から零れ落ちる事無く心技体を限界突破で高め続けた精練の騎士達が、指示を完璧に捉えて遂行しているのだ。
不心得者共も、間違いなどそうそう起こせるものではない。
お祝いムード一色に染まる王都を王城の窓から見下ろして、クリソプレーズ王国国王ジュリアンは、同盟国国主会談の行われる議場へ向かい、足を進める。
自称帝国の完全封鎖は順調。
自称帝国の国力削減は、概ね予想の範囲で時間経過に伴い効果が上がっている。
帰還不能となった国外残存の自称帝国勢力も、同盟各国では次々と潰されている。
今日の会談は、それぞれの国で潰した残存勢力関連情報の擦り合わせが主題だ。
この会談が終われば、正式に新たな側近を一名追加した第二王子アンドレアには、再び本格的に始動してもらうことになる。
以前よりも、更に荷が重く、難易度の上がる問題の解決の為に。
「まぁ、その為に、過労死しても構わない駒を呼び戻したんだけどね」
会談場へ向かう廊下の途中、誰にも聞こえない声でボソリと呟いたクリソプレーズ王国国王は、いつもの掴み所の無い表情の仮面と王者の威風を纏い、荘厳な議場の扉を潜った。
ここまでで『幕間・四』は終わりです。
夏の繁忙期に捕まる前に、本編の下書きを増やせるだけ増やしたいです。
ある程度の下書きが溜まり、連続投稿が出来るようになってから下書きの修正に入って投稿を開始する予定です。