屋根の上の昼休み
同時投稿の二話目です。
クリソプレーズ王城の屋上の一角、第二王子執務室専属侍従のバダックと、コナー家の真の支配者クリストファーの『右腕』リオが、和やかな雰囲気を醸し出しながら昼食を摂っていた。
本日の各々のランチメニューは、バダックが自身で作ったサンドイッチをメインとしたランチボックス。リオの方は久しぶりの本部帰還で携帯食生活から解放され、城下町で購入した大ぶりなソーセージを挟み込んだナンのようなパンだ。
「最近どうよ」
豪快にソーセージを食いちぎりながらリオに問われ、師匠仕込みの上品な所作でサンドイッチを食んでいたバダックは、素のぞんざいな口調で答える。
「あー、うちのボスに目付きの悪い老人ストーカーが発生して、赤毛の凶犬が排除しようとしてお義兄様に『待て』されて叱られた。飼い主様に異常事態無し」
「へぇ。平和だな」
「おー。そっちのボスは?」
「んー、さっき帰還報告に行った時は、『自重しろ』ってスゲェ笑顔で青筋立ててたな。嫁に」
「うわー。今度はどんな実験に参加出来るのか楽しみー(棒)」
そこまで何の警戒も無い様子で昼食と会話を楽しんでいた二人は、予備動作も無く揃って背後に暗器を投げる。
ドサリ。
暗器の数だけ、不審者──王城内への侵入者が倒れる。
「ふーん。今回は五人、と。お前のヤツに塗ってんの薬? 致死毒?」
ひーふーみーと、わざとらしく数えていたバダックがリオに訊ねると、再びソーセージにかぶりついていたリオが肩を竦める。
「まだ薬だ。即死体にしていい指示は来てなかったからな」
「あー、悪ぃ。俺は先週ボスから受けてたけど、お前、今日は休養日だし、そっちのボスからはまだ出てねぇんだな。えーとな、殺ってイイんだとよ。どうせこの場所に追い立てられて来るようなのは吐かせる価値も無いって結論。死体になってから人相判別出来る程度に損壊が抑えられてればオーケー」
「りょうかーい。うちのボスに確認取って明日から致死毒にしとくわ」
バダックが昼食をこの場所で摂っているのは、昼休みを利用した屋上一角の掃除当番を割り振られているからだ。
リオは、本日は本部帰還当日の為に本来は休養日。休日に王城で働く友人を訪ね、友人の昼休みに合わせて一緒に昼食を摂り、ついでに掃除も手伝っただけである。
掃除の対象が人間でなければ、取り立てて「普通の勤め人の日常」から逸脱した状況ではない。
「しっかし、俺が出張してる間に、そんなに異常増殖したんだ?」
リオが、表の顔があるため王都を離れられないクリストファーの代わりに、直属部隊の指揮を執りながら彼方此方へ飛び回っていた期間は数ヶ月間。
通常任務の第二王子執務室番をベテランの精鋭に引き継いで出立する前は、まだ王城の侵入者は全て、尋問の為に生け捕りの指示が出されていた。
その必要が無いほどの侵入者のレベル低下と、個別の尋問をやってられないほどの数の異常増殖が起きていなければ、「皆殺しOK」の指示など下りて来ないだろう。
「んー、まぁ、アチラさんも手段を選んでられない状態なんだろうなぁ。気付いてるだろ?」
運び出し当番の者達に、リオの薬付き暗器で行動不能に陥った二名はトドメを刺されてから運ばれた、五つの死体が消えた方向へ目線を遣り、バダックが鼻を鳴らす。
「全員、正気は無かったな」
答えたリオに、唇を片側だけ吊り上げて嗤うと、バダックは肯定する。
「洗脳済みなんだよなぁ、み~んな。最近のお客さん」
「薬物臭は無かったな」
「だろうなぁ。素材だって、ちょーっと動けるだけの素人だし?」
バダックのフローライトの双眸が意味有りげに眇められ、育ちの良さそうな整った鼻の頭に不快げなシワが寄る。
「まさか・・・」
洗脳の意味と方法の正答に、嫌な予感と共に辿り着き、リオも不快に頬を歪める。
「ああ。呪い使った刺客量産で消耗戦」
「・・・玄関口を塞いで約一年か。貯め込んだ金だけはあるが、物資も食糧も国内生産で不足してるんだったな」
同盟五カ国で完全包囲・封鎖していた筈の自称帝国が、モスアゲート王国に玄関口を持ち、其処から人も物も金も出入りさせていた震撼の事実が発覚し、今度こそは厳格な封鎖対応が取られて早一年。
自称帝国は、超越した力を求めて邪法に走り、数多の妖精を生贄としたことで妖精達から見放され、自然の恵み乏しい国土となっている。
とは言え、一年で凌げる限界を超える食糧や物資不足になるのは想定外だ。
以前、リオがイェルトと捕らえた墨入りの自称帝国工作員を吐かせて得た情報では、自称帝国の上層部が目標とする接地する各国への侵攻開始時期は、三〜五年後とされていた。
食糧や薬品等の備蓄は侵攻開始の前年から着手する予定となっており、当時の最重要項目は資金集めと加護の多い子供の拉致だった。
まだ予定には早い。
長く気付かれないまま玄関口を使用出来ていたことで、自称帝国の見通しは斯様に甘かった。
資金集めと加護の多い子供の拉致に全振りしていた時期という、自称帝国にとって最悪なタイミングで行われた国境の完全封鎖は、同盟国側にとっては、狙わずとも非常に効果的な兵糧攻めの結果が得られる好機となった。
「まぁ、しっかり封鎖してる以上、中から工作員が出て来て動くっつーことは出来ねぇけどな」
玄関口にされていたモスアゲートの領地が最も各国の目も厳しく取り締まられているが、現在、他の同盟各国も相互監視の体制を組み、それぞれの国の自称帝国と接する国境は、「出て来た者は確実に全員殺す」指示の下で完全に封鎖されている。
人っ子一人、中から出ては来られない状態だ。
「中から外へ出られる人間が居ないってことは、外から中へ戻れる人間も居ないってことだな」
リオの言う通り、玄関口の完全封鎖、そして有事レベルの警戒で封鎖される他の同盟各国の国境の状態から、これまで密入出国で自国の利益の為に活動していた自称帝国の人間達は、国外へ出ている者達がそのまま帰還不能となった。
ただし、空を飛ぶ鳥の全てまで移動を制限することは不可能に近い。
撃ち落とした自称帝国側から飛来した鳥に括られていた暗号を解読したところ、自称帝国の国内は現在深刻な食糧難に陥りつつあり、医薬品の類は既に枯渇状態らしい。
撃ち漏らした鳥を受け取ったであろう国外残存の自称帝国工作員らは、本国の苦境を打破する為、国境の封鎖に穴を開ける目的で陽動作戦に出ることを決めた。
これは、自称帝国へ向けて飛ぶ鳥を撃ち落として解読した内容だ。
他の国々でも、国外に取り残された自称帝国工作員らにより何らかの動きは出始めているようだが、クリソプレーズ王国に仕掛ける任を負った者は、王族もしくは軍部要人の暗殺を陽動の手段として選択しているらしい。
送られて来る刺客の狙いがそれらの人物であり、「尋問の価値のある刺客」から取り出した話では、雇い主の大元が自称帝国に繋がる人間だ。
しかし、本国との行き来が出来なくなれば、国外残存の自称帝国民らの資金も物資も早晩尽きると言うもの。
玄関口が自由に使えていたお陰で、本国上層部連中の見通しも甘くなっていたのが奴らの不運だ。
国外で工作を仕掛けるのに必要な資金は、容易に稼げるような額ではない。
プロの刺客を雇うのも、情報を買うのも、買収工作も、全て、後ろ暗い行為だからこそ多額の現金が必要になる。
しかも、プロの暗殺者にさえ、仕事を選べる高ランクの者達からは「クリソプレーズ王国の要人」をターゲットにした仕事は忌避されがちであり、通常の王族や軍人相手の相場の倍以上の額を吹っ掛けられる。
諸事情からプロの刺客を雇えるだけの潤沢な資金を用意出来なくなった奴らは、本国から持ち出した物資の中で、残っていた物を使うことにしたものと思われる。
──呪いの儀式に必要な物品を、使うことに。
自称帝国が帝国を自称するほど国土を広げた侵略手段、それに使われた強大な効果の呪いに必要な品々は、単純所持で極刑となる禁制品が含まれている上、稀少さ故に国外への持ち出しは避ける傾向にある。
だが、精神操作や魅了の呪いであれば、必要なブツは「ちょっと珍しい香草」と「古臭い宝石」であり、単純所持で罪に問われることは無く、自称帝国外でも珍しいだけで流通はしている。
儀式には現地調達となるであろう生贄も必要なので、結局は重犯罪者にならなければ呪いの儀式に使うモノが全て揃うことは無いのだが。
最初に送られて来た呪いによって作られた刺客は、王城勤めの貴族出身騎士の故郷の親戚だった。
貴族であっても「故郷の親戚」には現在の身分が平民である者も居る。
地方に住む平民が護衛を付けて生活することは、特殊な事情でも無ければ無い。親戚に貴族が居る程度では「特殊な事情」には当たらない。
見知らぬ人間からの接触が容易であった為に、狙われたのだろう。
精神操作の呪いをかけられた「騎士の親戚」は、受けた命令のままに王城を訪ね、騎士団所属の親戚の名を挙げて面会を申請した。
身分証が本物且つ身元が明らかであることで、申請は問題無く通過。
騎士との面会を果たした「親戚」は、騎士団長である王弟殿下の熱烈なファンであると言い募り、団長の姿を近くで見られるよう取り計らってくれと願った。
異常さを感じた騎士が、「親戚」へ了承の旨を伝えて安心させ、「団長を連れて来るからこの部屋で待機していてくれ」と案内したのは、一般人には初見で分からないだろうが、逃亡防止用の造りになっている貴人向けの尋問部屋だった。
案内された部屋で出された茶を疑うこと無く飲んだ「親戚」は、眠りに落ちた。
茶は強力な睡眠薬入りだ。
眠っている間に拘束し、専門の医務官が睡眠薬以外の薬物の影響を調べ、身ぐるみを剥いだ徹底的な所持品検めが行われた。
その結果、衣服の袖に毒針が、口腔内に自害用の毒が仕込まれていた。
王弟でもある騎士団長の暗殺企図が疑われ、緊急体制が執られた後、王城各所へ報告が上がる。
王族暗殺未遂の容疑者となった「騎士の親戚」を無理矢理起こして尋問したところ、彼が「薬物を用いない強力な洗脳状態」であることが判明。
報告を受け、『精神操作』という効果の呪いの実在を知る、ごく一部の国家上層部の人間は、背後に本国帰還不能となった自称帝国の人間の存在を推察。
これまでプロの刺客を雇って送り込み、国境封鎖の穴を開ける為の陽動作戦で王族や軍部要人の暗殺を企んでいた国外残存の自称帝国民の存在から、精神操作の呪いを受けた可能性の高い今回の刺客も、送り主は自称帝国の者と断定。
断定と同時に即時、呪いの儀式の生贄として狙われやすい子供が存在する国内全土の各所─孤児院や平民向け学舎等の施設へ、兵団の兵士が小隊を組んで派遣された。
更に、王都へ入る全ての道に、騎士の中隊による検問を敷いた。
誘拐や失踪が疑われる行方不明者の事案は新しい件から厳しく精査が行われ、特に対象が「加護の多そうな容姿」であれば最終地点まで追跡調査が為された。
これらは全て、呪い云々を抜かせば大々的に人々の耳目に入るよう、派手に広告して行われた。
この時点で、第二王子執務室専属侍従であるバダックの他、王弟騎士団長レアンドロの選抜した騎士団の団員複数名、国王ジュリアンの側近達、コナー家のクリストファー直属部隊のメンバー等に、呪いに関する詳細情報が新たに共有された。
精神操作の呪いを成就させるには、呪いをかける相手と相互に顔と名前を認識している状態であることを前提とし、『シオミチ草』という香草、青系統か緑系統の色を持つアンティークの宝石、そして、対象の持つ加護よりも多くの数の妖精を生贄として捧げて儀式を行う必要がある。
本物の貴族と、「身元の怪しい不審者」である自称帝国民が面識を持つことは非常に困難だ。
されど、王城に入り込むだけでなく、王族も現れるような場所まで案内してもらえる可能性を持つ人間となれば、平民であっても貴族に近い生まれや立場に限られ、それは加護が少なくないということと同意である。
しかし、兵士の監視が強い中、そのレベルの人間を精神操作にかけられる生贄をクリソプレーズ王国内で手に入れようとすれば、自称帝国民の居場所まで辿られる。
もしも苦労して上等な生贄を国外から連れて来て、折角堂々と王城に入り込める身分の呪い済みの刺客を用意しても、王都の出入りが騎士達によって厳しく検められている現状では止められる可能性が高い。
かと言って、自称帝国の人間が敵国内にて王族または軍部要人の暗殺を命じるのだ。
精神操作の呪いによる完全支配下にでも置かなければ、実行を躊躇させない意味でも裏切りを避ける意味でも、プロではない人間など使えない。
検問を敷いた時点で自称帝国民がまだ王都内に居たならば、袋の鼠となっていただろう。だが、どうやら奴らは既に王都外へ脱出後であったと見られる。
しかし、奴らの包囲網は狭められて行く。
国内各所へ派遣された兵士は、各地の駐在兵士や村長、町長等へ余所者への警戒も伝えていた。
不審人物は随時報告・把握され、町や村といった『人里』で、真っ当に身元を保証されて生活する人間を「行方不明」の状態にすれば、直ぐに中央の注意を引く状況にもなっていた。
追い詰められた自称帝国民が取った策は、村や町に所属しない無宿者や野盗の利用だった。
加護がほぼ無い人間を呪いで精神操作するならば、生贄は微量で済む。
例えば、加護の少ない人間の側に在る妖精、など。
生贄は、必ずしも禁書の記述通りに、「自身に加護を与える妖精か加護を授かる瞬間の子供」である必要は無いことを、儀式を幾度も経験している自称帝国民は知っていた。
特に、ごく微量で済む場合など、『魔法らしい魔法』も使えない程度の加護しか無い人間の抵抗を封じ、其奴の近くに付いたままだった妖精の全部が儀式の効果範囲外へ離れてしまう前に、素早く儀式を済ませてしまえばいいのだ。
過去に大罪人として処刑された娼婦エリカが、「加護を授かる瞬間の子供」ではなく「加護を授かって間もない子供」を生贄にすることで儀式を成功させていた件から、クリソプレーズ王国上層部の面々も、厳密に禁書の記述通りの状態の生贄でなくとも呪いが成就する事態は想定していた。
そこで、呪いによる攻勢が終息、または呪いを行っている自称帝国民の確保までの期限で、徹底的に「一般人」の行方不明状態を阻止もしくは解消の指示を出し、善良な一般市民が巻き込まれる確率の減少に努めると共に、「一般人」とは言い難い輩の巻き込まれや、それらに加護を与えていた妖精が生贄にされる事態には目を瞑った。
全てを救おうとすれば、救われるべき無辜の民まで手から溢れる。
掬い上げる手の容量は有限であり、民を導く為政者達も有能であれど万能ではない。
斯くして、無限ではなかろう儀式に必要な香草や宝石を消費して、国内の治安悪化の原因となっている野良の犯罪者らを生贄と刺客にしての、国外残存自称帝国民によるクリソプレーズ王国王城へ仕掛ける消耗戦が開始され、現在も続行中となっている。
バスケットから取り出したポットの紅茶をカップに注ぎながら、バダックはボヤく。
「仕掛けてる本人達も、もう詰みなのは分かってねぇのかなぁ」
「どうだろうな。こっちからはヤケクソにしか見えねぇが、自称帝国で生まれ育って自称皇族と国への忠誠心と愛国心を刻み込まれ、祖国万歳な洗脳教育で出来上がった奴じゃなけりゃ、国外に出る役目は与えられねぇんじゃねぇか?」
「あー、亡命されちゃマズイもんなぁ。てことは、御国と自分達の正義と『最後は俺達が勝つ!』ってことをガチガチに信じてる盲信者ってことか」
答えながら手を差し出したリオに紅茶入りのカップを渡してゲンナリとバダックは応じ、そのまま二人は空いている手で暗器を投じる。
やはり予備動作も無い。
「今度は四人かぁ」
重い物の落ちた音で人数を言い当て、振り向いたバダックは、先刻と同じくリオの分はトドメを刺してから運び出されて行くのを確認すると、気にすることも無く自分の分のカップを取り出してポットから紅茶を注ぎ始めた。
どうせ、野盗狩りに遭えば死しか末路は用意されていない輩だ。
チマチマと移動を繰り返している自称帝国民の所在地も、送られて来る元野盗どもの人相から根城を割り出すことで絞られて来た。
奴らの物資の消耗を促し、所在地をも絞り込む為に、送り込まれた『刺客』は効率良く処分が行われるよう、意図的に王城内への侵入を許し、侵入後は、この屋上一角へしか到達出来ないように誘導されている。
「しかし、どんだけ持って来たんだよ。草と石」
粗野な口調で品良く食後の紅茶を嗜みながら愚痴を吐くバダックに、リオは思わず笑いを溢した。