母と子の乙女ゲーム会議
ニコルの屋敷に集まったクリストファーとジルベルトは、流石は貴族の令息令嬢という優雅な所作で紅茶を飲みながら、優雅とは程遠い内容の戦略会議を行っていた。
進行役はデータの収集や分析が大好きなクリストファー。こういう場合、「才能と残念の両立」なニコルや、頭は悪くない筈なのに感性で行動しては色々やらかすジルベルトは黙って一歩引く。
根本は確実に同類なのだが、それぞれ得意分野は異なるのだ。
「まずは、イベントやエンディングで絶対に起こり得ないと言い切れる実現度0%のものを挙げる」
全員暗記は得意なので、後で処分に困るメモなどは取らない。全て口頭で進められる。
「アンドレアルートのエンディングはハッピーエンドもバッドエンドも無いだろう。第二王子が男爵家の庶子に婚約を申し込むのは法的に不可能だ。それに、この世界に修道院というものは存在しない」
ジルベルトが挙げた例に他の二人も頷く。
アンドレアと男爵家の令嬢の婚約が可能なら、とっくにニコルはアンドレアと将来婚約することが内定して、王命が出されていただろう。
ニコルほどの功績があれば、「その令嬢と婚約するために法律を変える、または特例措置を取る」ことも多少は考えられるが、たかが妖精の加護が普通の貴族令嬢より多いだけの男爵家の庶子と王子の婚約のために国法を弄ぶことなどない。ニコルを囲う方策を話し合った会議でさえ可決されなかったのだから、ヒロイン相手に実現する可能性は0%だ。
アンドレアルートのハッピーエンドは、アンドレアの学年の卒業パーティーで婚約者候補筆頭だった公爵令嬢を断罪して辺境の修道院へ送り、アンドレアが跪いてヒロインに婚約を申し込む。
後から撤回も言い訳もできない多数の貴族の目の前で成人した王子がやったら身の破滅な内容だ。
原作のアンドレアが、いくら周囲から侮られる俺様王子だとしても、愚かであればあるほどコナー家の監視が秘密裏に増やされるのだ。破滅するほどの馬鹿をやらかして王家の醜聞を生み出す前に回収される。
そして、偶像崇拝を固く禁じているこの世界では、教会も無ければ神職や聖職者も存在しない。
葬式は『祭儀官』という役職の官吏が呼ばれて執り行うのだ。
貴族の葬式に呼ばれる祭儀官は貴族であり、王城の『祭儀部』に所属しているが、各都市には平民の祭儀官が駐在する『祭儀支所』があり、平民の葬式を執り行っている。
この『祭儀部』の長は『祭儀大臣』なのだが、コナー公爵の表の顔だ。葬式を執り行う部署の大臣が暗部を司る長というのも背筋の寒い話である。
そういうわけで、この世界には「修道院」という言葉が無い。
裕福な平民や貴族の福祉活動の一環として経営される孤児院は存在するが、駆け込み寺か問題を起こした令嬢の追放先というイメージの強い『乙女ゲームの修道院』のような、健康で働ける大人を社会から隔離して預かるような施設は無いのだ。
この世界で問題を起こした女性を、幽閉ではなく隔離する施設と言えば、罪人を送る監獄か強制労働施設くらいのものだが、そんな場所へ送られるほどの罪を犯した貴族女性は、大抵の場合、沙汰が下るまでの自宅謹慎中に身内から毒殺される。
アンドレアルートのバッドエンドでは、アンドレアと婚約者候補筆頭の公爵令嬢の婚約成立が卒業パーティーで発表され、ヒロインが公爵令嬢への侮辱罪で辺境の修道院へ送られる。
相手が身分的に問題無くとも、アンドレアの卒業パーティーの時点で第二王子の婚約が成立することは有り得ない。
第二王子の婚約が可能になるのは第一王子と同盟国の王女の婚姻が無事に済んでから、というのが絶対的規則だ。
第一王子の婚約者であるアイオライト王国の王女はアンドレアの一歳下だ。王女が自国の学院を卒業するのを待っての婚姻となるため、第一王子の婚姻までには、アンドレアの学院卒業から、もう一年ある。
全ての同盟国では、同盟維持のための王族同士の婚姻が円滑に整うように、学生である期間や入学、卒業年齢も同じく揃えられ、王族の婚姻資格は学院を卒業することにより得られる。
王族が学院卒業まで婚姻資格を持てないのは、他国へ嫁ぐ王女が自国の貴族とも人脈を築くことが互いの国の利益に繋がるからだ。
第二王子が第一王子の婚姻前に、勝手に婚約成立など発表しようものなら、やらかす気配を察知した時点でコナー家の監視に回収される。
そして、やっぱり修道院は存在しないから送られることは無い。
「エリオットルートは、全イベントがあってはならないものだと思うけど、確実に実現度0%なのは、トュルーエンドのエンディングの『大聖堂での結婚式』よね」
ニコルの発言に、クリストファーとジルベルトは「あぁ」と死んだ魚の目になる。
エリオットルートのハッピーエンド。公式でトュルーエンドとされている「エリオットと結婚して王太子妃になる」だが、実現度0%な事態のオンパレードなのだ。
同盟維持に必須の婚約を破棄して自国の男爵家の庶子の女と結婚するなどと第一王子が言い出せば、取り敢えずエリオットは療養中として世間の目から隠されて、正気を取り戻すまで治療されることになるだろう。
それでも正気に戻らなければ、療養の甲斐なく病死と公表され、密かに毒杯を与えられる。
その場合、第二王子が立太子して同盟国の王女と婚姻することになるので、どちらにしろヒロインが王太子妃になることは叶わない。
例え、エリオットが「アンドレアに王太子の地位を譲り、自分はただの王子になるから」、と言っても、男爵令嬢では王子妃も無理。良くて公妾。平民育ちの庶子だから愛妾も有り得る。
そもそも、クリソプレーズ王国が同盟を結ぶ全ての国では、王太子妃になれるのは王族の姫のみなのだ。互いにそれが絶対条件であり、条文にも明記されている。
たかが妖精の加護が多いだけの男爵令嬢が、たかがスペアもいる第一王子に見初められたからと言って覆せるような軽い決まり事ではないのだ。
偶像崇拝禁止で教会も修道院も無い世界には、当然ながら大聖堂も存在しない。
ゲームのトュルーエンドでは、『大聖堂での結婚式』の後に『民に祝福されながら王都でのパレード』があり、『王宮での大舞踏会』で締め括られる。
存在しない大聖堂で結婚式が行われることは無い。
この世界では、基本的に結婚式はそれぞれの家で行われる。
招待客の数は、家の大きさに見合うものになるのが通例だ。
そして、婚姻を結ぶに当たり、神への誓いは立てない。
ジルベルトが剣聖を目指すと決意した時に立てたような『神への誓い』は、破棄されることがあてってはならないものとされてしまうのだ。
不貞が絶対に行えないだけならまだしも、離縁も絶対にしてはならなくなるのでは、夫婦間で被害者と加害者が発生した場合に被害者を救済できなくなってしまう。
この世界の一般的な結婚式は、各家で親戚や知人を招待し、事前に取り交わした婚姻における契約書の内容を読み上げて署名し、互いに一部ずつ持っていることの証人になってもらう儀式だ。
親しい者が大勢集まる目出度い場なので、そのまま宴会になだれ込むのも通例で、『神聖な儀式』と言うよりも、サラリーマンの「契約取れたぞ打ち上げやるぞ!」のノリが近い。
ちなみに、結婚式には祭儀部は出張って来ない。祭儀部は、あくまでも葬式担当だ。
王子と正妃の婚姻成立の際に王都をパレードして民にもお披露目、ということは現実にもある。
ただし、王子と正妃の婚姻成立の場合のみだ。正妃になり得ない男爵令嬢を囲うことになったからと言って、それを予算や警備の人手を割いてお披露目などしない。
まかり間違ってエリオットとヒロインがパレードなど強行することになれば、祝福ではなく石や腐った卵が飛んでくるだろう。
エリオットとヒロインが生きた状態でパレードするということは、エリオットは次期国王の地位を捨てているということだ。
同盟国の王女と婚約する『完璧王子』のエリオットは、現実でも民にまで次代の王と期待される人気者だ。女一人のために責任を放棄した王子に期待を裏切られた民は、エリオットのことも、エリオットの輝かしい未来を汚泥に沈めたヒロインのことも許さないだろう。
ラストの『王宮での大舞踏会』だが、王宮で大舞踏会は開けない。
理由は二つ。
クリソプレーズ王国で『大舞踏会』と称されるものは、夜会に参加する資格を持つ全ての貴族が招かれる、非常に規模の大きい舞踏会を指す。
まず、その人数を収容する規模の会場が、王宮には存在しないことになっている。実際にはその人数を収容可能な隠し部屋はあるのだが、貴族でも一部の人間しか知らない隠し部屋を使う訳がない。
それに、王宮には王族のプライベートエリアや国宝の宝物庫、王族のみが入室を許される禁書庫などがあるのだ。警備上の問題で、「夜会参加資格を持つ」程度の「全ての貴族」などに立ち入り許可を与えることはできない。
クリソプレーズ王国で大舞踏会が開催される時には、王城に幾つかある会場のどれかを使うことになる。
「ハロルドルートのエンディングが実現したならば、その後に続くクリソプレーズ王国のストーリーは無となっている筈だ。よって、あれも実現度はゼロだろう」
実際に『剣聖』がどういうものかという詳細は描写されていないが、原作にも『剣聖』という称号と、剣で魔法を斬り裂くシーンは出てくる。
ハロルドルートでは、ハロルドが学院の最終学年の時に出場した国王陛下御前の剣術大会で、騎士団長の父を下して優勝する。
その後、卒業間近の時期に、ハロルドが護衛中にアンドレアを狙う刺客から放たれた攻撃魔法を斬り裂くシーンがあり、ハロルドは国王から『剣聖』の称号を与えられるという件があった。
そしてハッピーエンドのエンディングでは、「剣聖になったハロルドがヒロインへの愛を剣に誓う」という場面が出てくるのだが、実現したら、これ以上無いバッドエンドに繋がる。
まず、騎士が剣に誓えるのは生涯に一度きりであり、既に主君がいるのに生涯一度のその一枠が空いていることなど無い。
原作のハロルドも、アンドレアの専属護衛である『アンドレアの騎士』として登場するのだから、アンドレアへの忠誠を、『騎士の剣への誓い』で済ませている筈だ。王族の専属護衛は、剣に忠誠を誓わずになることはできない。これも厳格な国法として定められている。
原作ではハロルドが唯一の『アンドレアの騎士』と紹介されているので、アンドレアに忠誠の誓いを立てた騎士は他にいなかったのだろう。原作アンドレアの人望の無さが窺える。
相手が王族でも将来性の無い主には誓わないほど、一介の騎士の誓いですら非常に重いのだが、『剣聖』が剣に誓う行為の重さは、国の未来を左右するレベルのものだ。
ハロルドに散々誘惑を仕掛けているヒロインがエンディングまで生きて学院に通っているのだから、原作のハロルドは、現実のジルベルトのように『剣聖を目指す神への誓い』は立てていない筈だ。
神への誓いを立てた剣聖候補にベタベタしていたら、ヒロインは早い段階で「国家への犯罪行為」として、しょっ引かれるか始末されている。
原作ハロルドは、貴族の子供として美形の遺伝子を継いで生まれ、設定通りに『脳筋』で『剣術馬鹿』で色事に気を引かれることなく王国最強の剣士となり、『天真爛漫』の設定通り妖精好みのまま、運良く無垢な肉体を維持できたことで、到達したタイプの剣聖なのだろう。
このタイプの『剣聖』が珍しいのは、美しい幼子が穢そうと伸ばされる手を全て退けられることが殆ど無いという他に、周囲の心構えが無いまま偶発的に誕生してしまった『剣聖』は、国に混乱を齎した歴史があるからだ。
歴史上の悲劇を繰り返さぬよう、時を経るに連れ、本気で剣聖を目指すならば誓いを立てる者が増えてきた。
現実のジルベルトが『天地に剣聖を目指す誓いを立てた』と公表する時に、『剣に忠誠を誓った主はアンドレアである』ことも周知されているので、この先ジルベルトが剣聖の称号を得た後もアンドレアに仕え続けることでの混乱は起きないだろう。
だが、ただの『アンドレアの騎士』が、急展開で『剣聖』になってしまえば、勢力バランスが崩壊して大きな混乱を招く。
同盟国の王女と婚約する第一王子の立太子が内定しているとしても、第二王子と挿げ替えた方が都合が良いと考える反乱分子はどこかしらに存在する。
原作のアンドレアは傀儡にしやすい愚かで傲慢な『俺様王子』だ。専属護衛として剣に忠誠を誓い済みの騎士が『剣聖』に大化けしたのなら、第一王子を暗殺して第二王子担ぎ上げたとしても、対外的に問題が起こりにくく好都合だと考えるだろう。
側近に『剣聖』を抱えるということは、注目も集めるし羨望もされる。『剣聖』を側近にする国王は他国からも一目置かれるのだ。『剣聖』を侍らせた王子を王太子にするメリットは大きい。
だから、ジルベルトは混乱を避けるためにも、幼い内から、『アンドレアは将来剣聖を側近に持つ可能性がある』ことを知らしめて来た。
第一王子とその側近達に、『剣聖』を側近に持たずとも王太子の地位が揺るがない実績を積ませ、内定通り「王太子は第一王子」であり、「次期国王は第一王子」であると多くの人々に刷り込む時間的余裕を作るためだ。
ジルベルトが主と選んだのは、3歳から交流し、努力と成長を近くで見てきたアンドレアだ。剣聖を目指す誓いを立てたと公表しても興味を示さなかったくせに、茶会デビューでその実力を目の当たりにしたら、水面下で急に接触を図ってきた第一王子陣営に鞍替えする気は毛頭無い。
それでも国の混乱を望みはしないし、第一王子に恨みも無いから猶予を作っている。
原作では、その猶予も無く、第二王子に騎士として剣に忠誠を誓っている『剣聖』が誕生してしまっていた。
騎士として生涯一度きりしか成せない剣への誓いで主君への忠誠を誓っていても、『剣聖』もまた、生涯に一度だけ己の剣に誓いを立てることができる。
騎士と『剣聖』が厳密に同一のものではないからなのだが、『剣聖』となった騎士には『剣への誓い』の枠が二つある形になる。
騎士としては既にアンドレアへの忠誠を誓っているとはいえ、『剣聖』の方の枠で自分達に都合の良い誓いを立てて欲しいと目論む魑魅魍魎が跋扈することは容易に想像がつく。
ただでさえ今後の混乱を思えば頭も胃も痛くなる貴族は多かっただろうに、その『剣聖』が剣聖の剣に女への愛を誓う。
───控えめに言って、最悪の事態だ。
『剣聖』が魔法すらその剣で斬り裂けるのは、相思相愛となった妖精からの過剰な加護によってだ。
主君への忠誠、家族への親愛、友人への友愛、それらを持つことを妖精が厭うことは無い。
だが、『美しいものが無垢なまま』であることを好む妖精が深い愛情を与えるのは、恋愛や性愛を望まない人間であり、相思相愛になった相手が恋愛感情や性愛への欲を持てば怒りを買う。
近年発見された、人語を解し意思疎通が可能な妖精から得た断片的な話ではあるが、恋愛や性愛に現を抜かすようになれば、加護は無くならなくとも、妖精が自主的に『剣聖』を護ることも力を与えることも無くなり、『剣聖』の代名詞とも言われる『魔法攻撃無効』や『魔法を剣で斬り裂く』能力が失われるらしい。それは最早、人間達が定義する『剣聖』から外れている。
つまり、女への愛など誓った『剣聖』は、『剣聖』ではなくなるのだ。
しかも誓うのが己の剣というのが最悪だ。『剣聖』の剣は、『剣聖』を愛する妖精が自主的に力を与えることで魔法すら斬り裂けるようになっている。
俗っぽい例えをすれば、「逆玉の輿に乗った男が、妻から贈られた地位を証明する実印を、他の女への愛を誓う証明書に押す」ようなものだ。失礼極まりないバレバレの浮気に、逆玉男の立場など微塵も残らないだろう。妖精に性別は無いらしいので、妻と例えていいのか知らないが。
本人の立場が微塵も残らないのは自業自得だが、『剣聖』誕生が発表されて間もない内に、『剣聖』が『剣聖』でなくなれば、発表した国が諸外国から笑い者になる。国益も大きく損なうだろう。『剣聖』の誓いの枠を狙っていた権力亡者共が怒り狂い、国も荒れる。
ハロルドの生家であるパーカー伯爵家は、おそらく取り潰しになり、本人は自害を命じられるだろう。それほど、国に、王家に泥を塗る結果となるのだ。
ハロルドを側近にしていたアンドレアの立場も危ういものとなるだろう。諌めることのできる主君が事態を見過ごし放置していた罪は重い。監視下でひっそりと生かされ、第一王子と同盟国の王女の婚姻が無事成立後、王太子夫妻に後継者とスペアとなる王子達が生まれた時点で毒杯ということも有り得る。
ヒロインは当然、『剣聖』への悪意ある誘惑により王国の権威を貶めんとした、として極刑だ。国王の信も篤い由緒ある伯爵家の取り潰しや王子の処刑にも繋がる犯行と決定すれば、ただの死刑ではないだろう。
なかなか見られないレベルのバッドエンドへの片道切符だ。
それに現実だったなら、『剣聖』となったハロルドがヒロインへの愛を剣に誓うような愚行が引き起こされる前に、コナー家が総力を上げてハロルドを回収してヒロインを暗殺することになるので実現度ゼロだ。
原作ではクリストファールートとジルベルトルートでしか暗躍していないように見えるコナー家だが、実際は国王のために国を影で支える実力者を束ねる一大組織だ。
そこに至る経緯に、故意、過失、無自覚の差は無く、問題を引き起こす可能性の高い8歳以上の国内貴族全員に、コナー家の手の者が張り付いている。張り付いているだけで、自滅を狙って愚行を放置する場合もあるが、国益を大いに損ねる愚行が放置されることは決して無い。
この場で三人がコナー家に睨まれることなく密談できているのは、面子の中にクリストファーがいるからという側面もある。
「起こってはならない事態はともかく、冷静に見ても実現度0%の物事は、エンディングに集中している」
クリストファーが自身の考察を述べる。
実際に起きたら相当にマズくとも、可能性がゼロと言い切れないことを抜かせば、この世界で実際に起こる筈がないことはエンディングにしか現れない。
この世界には無い概念や言葉、施設、慣習、職業などが登場するのもエンディングだけだ。
逆に、それ以外の部分は気持ち悪いほど妙にリアリティを感じられる部分も多い。
そのことから、クリストファーは一つの仮説を導き出した。
乙女ゲーム『妖精さんにおねがい♡〜みんな私を好きになる〜』は、この世界に現存するヒロイン視点の人生の記憶であり、それが何らかの方法で異世界に流出し、娯楽作品の形で世に出された。
それを踏まえて分析すれば、ヒロインが実際に生きたルートが推測できる。
原作で、結婚式まで表現されるのはエリオットルートのハッピーエンドのみ。
他の攻略対象者とのハッピーエンドは、アンドレアとジルベルトとモーリスのルートで婚約を申し込まれ、ハロルドルートとクリストファールートでは想いを告げられるだけだ。
そして、逆ハーレムエンドクリアの条件は、エリオット以外の攻略対象者全員と、同時進行でハッピーエンドに至れる好感度を満たすこと。
逆ハーレムエンドのエンディングは、アンドレア、ジルベルト、モーリス、ハロルド達が卒業する卒業パーティーで、ヒロインが彼らを侍らせ周囲の令嬢達から嫉妬の視線を浴びせられ、それをクリストファーが牽制している、というスチルだ。
途中経過がドラマチックな恋愛物語であるのに、各エンディングが妙に大人しいことは、前世でもプレイヤー達の違和感を誘っていた。
クリストファーは、あのゲームが異世界に流出した『ヒロインの記憶』だとするならば、ヒロインの選択ルートは逆ハーレムルートではないかと考えた。
「リアルで逆ハーって、バッドエンドしか産まないよね?」
引き攣った顔でニコルが問うと、クリストファーは重々しく頷く。
「だから、ヒロインが実際に生きた人生は、逆ハーレムルートからエリオットルートに入り、バッドエンドを迎えて終わったのだろうと俺は思う」
クリストファーの言葉に、ニコルとジルベルトは心臓がヒヤリと撫でられた気がした。