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ラムレイ公爵家の養子

 最高学年だったアンドレア達は、無事、学院卒業の日を迎えた。

 当然、「乙女ゲーム」の断罪劇のような珍事は発生せず、粛々と卒業式は執り行われ、その後の祝賀パーティーも、生徒会役員を中心とした在校生達の尽力によって滞り無く開催され、幕を閉じた。


 長らく生徒会の中心となっていたアンドレアと三人の側近が卒業してしまうと、一気に生徒会役員の人員は不足する。

 生徒会室でもそれなりの「第二王子管轄の執務」に関連する遣り取りが行われることを考えれば、下手な生徒を生徒会室に出入り自由な役員として勧誘する訳にもいかない。


 爵位や生徒会役員歴を考慮すれば、コナー公爵家のクリストファーを会長に据え、不足した人員も「公爵令息であるクリストファーの側近」で補うことが無難だろう。

 だが、上の学年に「公爵令嬢」が数人在籍している状況で、「公爵令息」だからと三学年のクリストファーを生徒会長に据えれば、()()()()()の横槍が入りそうだった。


 そのような状況下、学年進級準備期間の学院休暇中、ネイサンはクリソプレーズ王国の法務大臣を担うラムレイ公爵の養子となる手続きを行った。


 ラムレイ公爵には、既に実務を補佐する既婚の息子が二人居る。

 ネイサンは、ラムレイ家の継承権を持たない条件での養子であり、養子縁組の目的は、クリソプレーズ王国に於ける保護と後ろ盾の意味合いが強いことも周知した。

 これは、ネイサンがどれほど優秀であろうともラムレイ家の後継争いに関与することは無いのだと公にして、()()()()を減らすためである。


 今のところ祖国カーネリアンと事を荒立てる気の無いネイサンは、元々「将来は自由」、「どの家と縁組みする自由も妨げない」との約束を正式な書類にて取り付けていたが、フォルズ公爵家の当主となった実兄の顔を立てるため、生家へも事前に書簡を送っていた。


 書簡の内容は、クリソプレーズ王国の学院へ留学し、非常に充実した日々を送っていること。

 まだまだこの国(クリソプレーズ)で学びたいことがあるので、しばらくカーネリアン王国への帰国予定は無いこと。

 これまで「留学生枠」で生徒会役員の補佐として執務に励んでいたが、最高学年に進級した際には生徒会長へとの打診が内々にあったこと。

 しかし、「留学生枠の他国人」の立場のまま生徒会長職に就くことに自身は違和感を抱くこと。

 ちょうど、実父と絶縁後から祖国の報を聞きながら熟考を重ねていた内容とも相関するので、最高学年に進級する前に留学中のクリソプレーズ王国の貴族家と「継承権を持たない条件での養子縁組」手続きを取ると決めたこと。

 縁組する家は、クリソプレーズ王国にて法務大臣の職を賜るラムレイ公爵家であること。


 等を、手本のような儀礼に則り流麗な文字で綴ったものだ。


 因みに、「熟考を重ねていた内容」とは、未だカーネリアン王国では、幽閉中の実父と懇意にしていた同世代の多くの権力者らの地位や権力が保持され続けている現状から、()()()()()()、実父の権力が及びかねないフォルズ公爵家に籍を置いたままでは、ネイサン自身の将来が脅かされる不安が大きく、その事態を避ける為の手段について、である。


 まぁ、色々と言を弄してはいるが、ネイサンが御主人様(ジルベルト)を見つけ、二度と離れずに済むよう画策した辺りから祖国(カーネリアン)との決別はネイサンの中では決まっていた事柄であり、一時帰国で生家(フォルズ)から「ネイサンの将来の自由」を保証する正式な契約書をもぎ取って来た時点で、クリソプレーズ王国貴族との養子縁組はほぼ決定事項。

 アンドレア達の卒業を機にネイサンがラムレイ公爵家の養子となることも、ネイサンのアンドレアへの「売り込み」が成功した後すぐに内々には確定していたことだ。


 カーネリアン王国の現フォルズ公爵であるネイサンの実兄からは、特段の問題を感じていないことが窺える友好的な返信があった。

 妨害する気を起こされれば一番面倒な立場を有する相手が、「ネイサンがクリソプレーズ王国のラムレイ公爵家の養子になること」を「問題無し」と認めたことで、障害はゼロだ。

 いつの間にか、クリソプレーズ王国側への根回しは、ネイサンとネイサンから依頼を受けたモーリスで済まされている。


 淡々と、嫌になるほどスムーズに、最短で全ての手続きを、何一つ躓かずに完了させたネイサンと、それをサポートしたモーリスに、「そっくりだな、お前ら」とアンドレアは呆れたように嘆息する。


 ホテル暮らしだった部屋もいつの間にか引き払われており、フォルズ家の縁で雇用していた留学に随行した使用人と護衛も、一度カーネリアンに送り返している。


 ネイサンにも、王城の執務室から出せない類のモノ以外は、かなりの仕事量を振っていた筈だが、それらの合間に、気付けば全てが滞り無く済んでいたのだ。

 アンドレアは、胡散臭い紳士ヅラで笑みを浮かべる一つ年下の側近候補の手腕に、呆れ混じりの期待をするばかりである。

 モーリスと組ませておけば、大抵の謀は成功させそうだ。


 うちのメンツ(第二王子側近)は、どうしてこうもクセの強い奴ばかりなのか。


 蟀谷に手を当てて悩む素振りをするアンドレアを、幼馴染みの側近達三名が、「類友」と生温かい目で眺めて呟いていることを本人は知らない。


 ともあれ、ネイサンは、「カーネリアン王国からの留学生ネイサン・フォルズ」から、身分を「クリソプレーズ王国ラムレイ公爵家の養子ネイサン・ラムレイ」に移行した。

 実生活は、然程これまでと変わらない。

 生活の拠点が、ホテル暮らしからラムレイ公爵家の王都別邸へ変わる程度だ。

 本邸ではなく別邸暮らしなのは、ラムレイ公爵家の王都本邸では既婚の長男夫妻が当主夫妻と同居していることへの配慮、というだけの理由で、二人の義兄達とネイサンの関係は良好である。


 新しい学年へ進級後の生徒会は、ネイサンを会長に、副会長はクリストファー、会計と書記はクリストファー直下の貴族令息二名、補佐にコナー家分家筋の令嬢二名、新たな「優秀な留学生枠」としてカイヤナイト王国のローナン侯爵次男イェルトが正式メンバーとして学院へ申請され、承認を受けた。


「近付くと命が危うい生徒会室?」


 全員が学生から「大人」扱いされる身分になった第二王子執務室。

 報告書と共に提出された新生徒会役員メンバーの名簿を見て、ハロルドは首を傾げながら率直な感想を口にする。


「お前の鼻が嗅ぎ取った危険レベルは()()なのか」


 アンドレアは頬を引き攣らせた。

 彼としては、会長にネイサンを据えることで、雰囲気や得意分野のよく似たモーリス同様の、「常識人として危険人物達を制御する能力」を期待したのだが。


「え? アレ(ネイサン)は表向きは確かにモーリスと似てますけど、多分、中身の思考の危険度は俺と同類ですよ?」


 なるなら制御装置ではなく加速装置だと、自慢の鼻を指差しながら申告した変態犬(ハロルド)に、期待を打ち砕かれた。

 更に追い討ちまで掛けられる。


「養子とはいえラムレイ公爵家の後ろ盾があれば、結構な暗躍が出来そう、って言うか、やりますよ多分、アイツ(ネイサン)なら。ラムレイ公爵家の信用度も本人(ネイサン)の外面の信用度も高いですし」


「ハリー、あまり追い詰めてはいけませんよ。アンディの周りには、僕を唯一の常識人と言ってしまうくらい、常識人の人材が存在しないのが、変えようの無い現実なのですから」


「今トドメを刺してるのはモーリスだぞ?」


 ガックリと執務机に肘をついて項垂れるアンドレアの前に、バダックが新作の「アンディスペシャル」をそっと置く。

 前世の記憶を頼りに自作した練乳入りの、激甘ミルクティーだ。少しばかりミントで香り付けもしている。毒見をしたモーリスが、「やるな」という目線をバダックに送り、応えてバダックが目礼した。


 他の面々にストレートティーを配置しながら、バダックは「執事の嗜み」としてルーデルに叩き込まれた国内(クリソプレーズ)貴族の情報を鑑みて、「ラムレイ公爵家はネイサンにとって、ニーズがバッチリでウハウハで利用しまくれる家だろうな」という感想を頭に浮かべる。

 そして、「ラムレイ公爵家へ不利益を与えることは無く、後ろ盾としてガンガン利用する()()だろうから問題は無いよな」とも考えている。


 専属侍従までコレだ。

 確かに、アンドレアの周りには常識人の人材は存在していない。


「アンディ、落ち込む必要は無いだろう?」


 項垂れながら湯気の立つカップに手を伸ばすアンドレアの肩に、優し()に手を置いてジルベルトが語りかける。


「ジル」


 感激したように見上げる幼馴染みで親友の主君に、慈愛の笑みを浮かべたジルベルトは言い放った。


「そのメンツで会長が常識人だった場合、卒業前に肉塊か肉片になってしまうぞ?」


 ゴン。


 アンドレアは一度上げた顔を執務机とゼロ距離で接触させた。


「あ、ジル様がトドメを刺した」


「一度希望を持たせてから、という残酷さが高度なテクニックですね。流石です」


 澄ました顔で紅茶を飲みながら交わされる、親しみの籠もった友人同士の会話。


 色々言いたいことはあるけれど、まぁいいか。


 かなり悲壮な未来を覚悟したことが、幾度もある自身と、運命共同体でもある側近達の現在の和やかな様子を見れば、大凡のことはアンドレアにとって瑣末事である。


 新生徒会役員らについても、能力面に疑いは無いのだ。

 例えネイサンが想像を超えて「常識人」から逸れていたとしても、身内に取り込むと決めたからには悩む部分は()()ではなく、『使い方』だ。

 現時点でこれほどの手腕を振るえるネイサンが、新たに手に入れた「便利な立場」を悪くするようなヘマをやらかすとは思えない。


 コレはコレで、()()()()()になるだろう。


 涼しい顔で茶を飲む右腕(モーリス)と視線が合う。

 僅かに眇められた蒼い瞳に、アンドレアは応じるように、不遜にクリソプレーズの目を眇めた。


 長い付き合いの以心伝心。

 蒼い瞳は意思を伝える。


 貴方の仲間の誰がどう問題を起こそうが、その調整は僕の役目です。

 安心出来るでしょう?


 クリソプレーズは受け取って認める。


 ああ。

 お前が仲間である限り、俺は仲間と共に安心して全力を尽くせる。


 窓からは春の陽光が差し込む長閑な日和。

 そこそこ物騒な単語が飛び交いつつも、「大人」になった第二王子執務室メンバーの新しいスタートは、悪いものにはならなそうな予感がした。



 幕間・三は、これにて終了です。


 三月は、前世編を投稿予定です。


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