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恐怖のクリストファー村

 『幕間・三』は、本編『森の国決着編』直後から、アンドレア達の学年の学院卒業辺りまでの間の、大きな事件は起こらない日常の話になります。

 全四話、今月中に投稿予定です。


 ()()()を大人達に丸投げしたと言っても通常業務が減る訳でも無く、「後始末関連の報告書」の山は机上に積み上げられていく第二王子執務室。


 現在、アンドレアは通常業務である第二王子の公務にジルベルトを護衛として伴い外出中。

 第二王子執務室専属侍従であるバダックは、各種書類を各所へ受け渡しに梯子中だ。

 室内に居るのはモーリスとハロルドの二名のみ。作業能力の相性から、この二人が組んで「留守番デスクワーク」に当たる機会は多い。


「そう言えば、コロン男爵の処分は未だ行われていないが、表向きは咎め無しになったのか?」


 報告書の山に目を通し、実態との照らし合わせ作業に没頭していたハロルドが、同じ作業に勤しんでいたモーリスに問う。

 目は書類の文字を追ったままだ。


「まぁ、表向きは。国境の壁に穴を開けられたまま十年以上気づかなかったなんて、国の威信に関わりますからね」


 同じく書類から目を離さずモーリスは答える。

 決して表沙汰には出来ないが、貧しいコロン男爵が家族や領民の為に高価な薬草や茸などを採取しようと魔が差して開けてしまった『国境の壁の穴』は、今回のモスアゲート王国体制改革作戦に於いて非常に役に立っていた。


 かと言って、それで相殺して目溢しして良いような咎では無い。

 国境の壁に私的利用目的で勝手に穴を開け、国へ秘匿したまま長期間放置し、その穴を通って他国の間者や犯罪者──特に、自称帝国の工作員──が出入りしていた可能性を思えば、本来ならば一族郎党に領民も加えて死罪となるほどの大罪である。


「コロン男爵の首と胴はまだ繋がってるし、家も取り潰されてないよな? 未だ沙汰は決定してないのか?」


「内定はしていると思いますよ。昨夜、アンディの私室にクリストファーが打診に来たそうなので。断る理由も無いし、陛下の了承も得られる見込みだと言っていましたから」


「罪状の打診?」


 怪訝な表情で書面から顔を上げたハロルドに、モーリスも一度書類を机上に戻し、立ち上がると、最近はバダックに任せきりだった茶の用意を始める。

 休憩がてら、おそらくこのまま進むであろう話を、ハロルドにも共有しておこうと考えたのだ。


 ハロルドの好む、香りの強すぎないスッキリとした味わいの茶葉を使って淹れたお茶をテーブルの方へ置くと、意図を理解してハロルドも執務机を離れてソファへ座る。

 モーリスも斜向かいのソファに腰を下ろした。


「クリストファーからの打診はコロン男爵の罪状についてではなく、内容的にはクリストファーへの報奨に近いです」


「今回、コナー家、特にあいつ(クリストファー)直属の配下の担った役割は大きいからな」


「求められる()()が暗躍や暗闘に類するモノが多い任務でしたからね。しかも猶予無き一発勝負で失敗どころか不足さえ許されない厳しい状況でした。役割の公開されていないコナー家へ表立って報奨を与えることは出来なくても、コナー家を指揮したクリストファーが望む報奨は、余程の無茶でもない限り叶えられるでしょう」


「クリストファーがコロン男爵領を望んだってことか?」


 モーリスが話を区切ってお茶に口をつけたタイミングで鋭く問うたハロルドに、音を立てずにソーサーにカップを戻してからモーリスは頷く。


「コロン男爵領は、せいぜいが村一つといった小さな領地です。辺境かつ貧しい領地故に、他領と交流のある領民はほぼ居ない。クリストファーは、罪を自覚しているコロン男爵と、罪が明らかになれば確実に連座で処刑される男爵の家族や家臣及び使用人、連座で処刑される可能性の高い領民ごと、()()()()()()()()()()()()()()()貰い受けたいそうです」


「コロン男爵領の名を残したまま、コロン男爵の一族郎党も領民も生かしたままか? あいつ、人体実験でもするつもりか?」


 鼻の頭に嫌そうにシワを寄せて口をへの字に歪めるハロルドの、クリストファーへの印象がよく分かる台詞である。

 まぁ、実際のところ()()で正解から遠い訳でもない。

 また一口茶を飲んで、モーリスは今日の早朝にアンドレアから聞いた「クリストファーの打診」の内容をハロルドへ伝える。


「表向きは今までと同じ『コロン男爵領』という寒村めいた貧しい辺境の男爵領の体裁を保ち、実態をクリストファー直下の精鋭部隊の国境駐屯地にしたいそうです。壁の穴もそのままで」


「うえぇ。アレの直属部隊の駐屯地ってことは、田舎の村人めいた領民のふりしてソイツ等も住むってことだよな?」


「当然。ああ、元の住人は、コロン男爵を含む領民全員が、領外への()()は厳禁になるそうですよ」


 脱走という言葉が出て来る時点で、コロン男爵も領民も囚われの身になるということだ。

 尤も、本来であれば既に命が失われているような罪だ。コロン男爵側は反論など出来はしない。


「元々領外との交流がほぼ無かった領民にとっては、()()()()()()()()、新しい村人が増えた、新顔の行商人が来るようになった、程度の変化でしょう。直属部隊の()()()()も兼ねる為に一般人を囲いたいみたいなので」


「何の訓練だ?」


「当面は対人スキルが主だそうです。人心掌握や思考誘導、誘惑、洗脳、人格改変、記憶操作、催眠術等々」


 物騒な対人スキルが、モーリスの涼しげな声でつらつらと並ぶ。


「やっぱり人体実験だ」


 うげー、という顔をしているハロルドだが、人道的立場から忌避感を覚えてのことではない。ハロルドの倫理観とて、コナー家の人間と大差無い程度には壊れている。

 単純に、『ジルベルトの親友』の立ち位置のクリストファーへの妬みから、やること為すこと気に入らず、「非難し易い箇所」を見つけたら「それらしい態度」を取らずにいられないだけだ。


「まぁ、表向きは『お咎め無し』とせざるを得ないコロン男爵への罰はソレ、という側面もあってのことでしょうね」


 クリストファーの『打診』が通れば、「領民まで連座となる可能性の大きい一族郎党処刑」という処分が、「領民ごとクリストファーと彼の直属部隊の所有物になる」という措置に変わる。

 そうなれば、命を落とす者は当面の間は出ないだろう。

 元々人口の少ない領だ。領民は『限りある資源』である。()()でもしない限りは、今までと大差無い日常生活を送れる程度に加減した「実地訓練」で済まされるものと思われる。


 無関係な領民に関しては。


 コロン男爵の一族郎党の方は、そんな温い扱いで済まされはしないだろうが、自業自得である。


 コロン男爵は、如何に田舎の極小領地の役職無しの下位貴族だとしても、領地を預かり領民を守るべき貴族の末席に名を連ねていたのだ。

 深く考えもせず、国境の壁に穴を開けて私的に隣国へ密入出国を繰り返し、他国の暗部を名乗る人物に脅迫されて尚、国への報告を怠った彼の行動は、大きな惨事や戦禍の素因となった可能性も高い。


 国境の壁は国防を目的とした軍事設備である。

 この軍事設備の破壊によって、例え戦禍までには事態が発展しなかったとしても、テロリストが容易に密入国を遂げて人口の多い都市部で大規模なテロ行為に及び、国力の衰退に繋がるほど甚大な被害を出していた恐れもある。


 今回は運良く偶々、そこまでの大事には至らず事を未然に防げたが、そうでなければ、コロン男爵の名は『戦犯』として知れ渡っていたことだろう。

 領主が国防の為の国境の壁を私的利用目的で破壊した為に、多くの国民がテロの、戦禍の被害に遭った。そんな領の領民達は、「単純に領主に連座して処刑されるだけ」では済まなかった筈だ。


 もしも件の『国境の壁の穴』を素因とした惨事や戦禍が起きていた場合、被害者となった全ての人間が私的な処刑人となり、「コロン男爵の関係者」を皆殺しにせんと一丸となって追っていたかもしれない。

 恨みや鬱憤を「責任を取るべきコロン男爵の関係者」にぶつけたい人々にとっては、「コロン男爵領の領民」は十分に「コロン男爵の関係者」だと感じられるだろう。


 私的な処刑人は、国の法に則った処刑方法を執りはしないものだ。

 彼らは募らせた憎悪のままに、コロン男爵領の領民を探し出し、天誅でも叫びながら、最後の一人を惨殺し尽くすまで凄惨な事件現場を作り続けるだろう。


 領主である貴族が考え無しに軍事設備を破壊するとは、そういうことだ。


 コロン男爵と一族が、クリストファー直属部隊の実験動物になろうが玩具になろうが、同情の余地は無いとモーリスもハロルドも考える。


 モーリスの倫理観はハロルドのように壊れてはいないが、次代の実権者(アンドレア)の『右腕』であり次期宰相の内定者であり、公爵家の嫡男でもある。

 国政の中枢にて既に多くの案件に関与している立場からすれば、コロン男爵の行いは、「貧しい家族や領民の生活の足しにしたい」という想いに端を発していたとしても、言い分に耳を貸す価値も無い最悪の愚行だ。


 モーリスの方が、『特別な人間』以外に個人的な興味が一切無いハロルドよりも、ずっとコロン男爵の無責任で愚かな行いに怒りを持っている。

 感情は表情には一欠片も上って来ないが。


 そんなモーリスの前で、アンドレアと共に帰還したジルベルトがコロン男爵領の末路を聞いて零した感想、「ホラー小説の舞台になる村が出来上がりそうだな」に対し、ハロルドが「いいですね、ソレ! 『恐怖のクリストファー村』!」と不謹慎な冗談で大笑いし、義兄(モーリス)から氷のように冷ややかな視線で窘められることになる。


 しかし、トバッチリを避けて黙って聞いていたアンドレアの中では、今後のコロン男爵領の表現としてあまりにカッチリとハマってしまった『恐怖のクリストファー村』の名称は忘れることが出来ずに深く色濃く刻み込まれ、今後、職務上目にする書面の中に「コロン男爵領」の文字を見る度に、アンドレアの脳内では『恐怖のクリストファー村』に変換されることになってしまった。




 次話投稿、2月22日午前0時です。


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